できることを
やれることを頑張る皆さん
メーダイルの建国祭の出席が決まった。ゼイングロウはその日に向けて、厳戒態勢を整えることとなる。
一番狙われやすいユフィリアは、メーダイルの態度が悪くてもいちいち目くじらを立てずにスルーするように言われた。エレンやミレイからも話を聞いたが、過去の記録を開いて実際の出来事に目を通すと引いてしまった。その合間に外交を改めて頭に叩き込む。
ミオンをはじめとする護衛たちはますます鍛錬に身が入り、リス妖精たちは文官たちと相談して荷物に入れる衣装や装飾品を吟味する。
桑の木が終わったので帰ろうとしていたモルガナを捕まえ、魔法の対策を乞うことになった。渋ったモルガナであったが、彼は食道楽なので、シンラが通しか知らない甘味屋をいくつか教えることで手を打った。
「アイツらはねー。獣人は魔法を使わないから絶対、魔法関連で嫌がらせしてくるよ。五感を奪うとか筋力低下とか、デバフ系とかが定石だね」
モルガナはそう言って、ユフィリアにそれらの効力を打ち消す魔法薬を教えてくれた。
普段は適当なモルガナだが、年の功だけあって経験と知識は豊富だ。ミストルティンにない魔法薬の作り方を多く知っている。
いつでも持ち歩けるよう、衣装の隙間に薬を隠し持てるポケットを増設することになった。使う時が来ないのが一番だが、用心するに越したことはない。
ヨルハは公務をしていた。その隣に今日はユフィリアがいない。その代わりに、衝立を越しに女性たちの声が聞こえる。
柔らかで嫋やかな声はユフィリア。やや低めで通る声はミオン。不安げに揺れている若い声はソービだ。
今、三人は模擬お茶会をしている。
貴人たちの交流場として、お茶会やサロンはよくある。ゼイングロウでは少ないが、外交の時は必須だ。
ミストルティン貴族だったユフィリアは得意分野であり、彼女を中心に作法を教えている。ミオンも多少は知っているが、ユフィリアのほうが慣れていた。
ソービは良くも悪くも獣人らしく、力こそすべてな脳筋娘だった。お茶会などは無縁のイベントだったので、必死に覚えようと努力している。
ユフィリアもミオンもそんなソービを微笑ましく思っており、積極的に付き合っている。
ヨルハはユフィリアが良いのならと静観していた。それに、ソービには少しでも技量を挙げてもらわねばならない。
メーダイル帝国から招待状が来た。建国祭への誘いであったが怪しいことこの上ない。
ユフィリアは皇后としての公務に乗り気だ。彼女は国の、ヨルハの役に立ちたいと思っており、些細な仕事でも引き受ける。
ゼイングロウ帝国は十二支族の族長が各集落を纏めており、大まかな方針は彼らに委ねている。自主性という名の放任かもしれないが、獣人の種族によって文化は大きく異なるし、強引に統一するのは不利益が多すぎる。
皇帝は世襲制ではないし、歴代の皇帝もそれほど治世に積極的ではなかった。獣人たちは権力に固執しない者が多い。信じるのは実力(物理)である。
雑過ぎやしないかと思いつつ、これでうまく回っている。獣人たちの気質とやり方がマッチしているのだ。
「うん、美味しく淹れられましたね」
「やったー! 通しでできたー!」
隣はやっと合格点を貰えたソービが、飛び跳ねている。
お茶の淹れ方、茶器の扱い、給仕の仕方、不自然でない毒味や匂いチェックなどを込みでやるため、なかなかやることが多いのだ。
そもそもソービは優雅さや丁寧さというのが苦手。つい粗雑になってしまいがちで、何度も失敗していたから、喜びもひとしおだ。
「あ、そうだ。折角美味しく淹れられたから、お茶菓子を……ってぎゃー!」
「いやあ、この月餅は美味しいね! 皮の焼き印が見事だし、香辛料や砂糖を少なめにしているから、食べやすい」
ソービの悲鳴に一瞬腰の浮きかけたヨルハだが、モルガナの声を聞いて座り直した。
神出鬼没なモルガナのことだ。暇ができたからと、朱金城に魔法で忍び込んでもおかしくない。
「何すんだよぅ! それは数量限定品なんだぞ! トウダとクルトに頼んだんだ! 朝から交代で並んで、買ってもらったんだ!」
「知ってるよ。望月堂のだろう? 午前中には大半の商品が売り切れてしまう有名店」
怒るソービに、嬉々として答えるモルガナ。美味しい茶菓子に舌鼓を打ち、勝手にカップに手を伸ばしている。
ソービはユフィリアを喜ばせようと、同僚に頼んだのだろう。それ食道楽エルフが貪り食っているなんて、業腹に違いない。言葉に怒気が滲んでいる。
「私も何度か並んだんだけど、いつも品切れで食べたことなくってねぇ」
確かに並んでいるが、時間にルーズなモルガナは店に行く時間自体が遅い。無駄足を重ねているだけだ。
「モルガナ様、お時間はおありですか?」
にこりと微笑んだミオンが籠に入った揚げ片手に問うと、嬉しそうに表情を輝かせたモルガナが寄ってきた。
「うん、暇! すっごく暇!」
「ならこれをトウダとクルトに差し入れてきてください。ついでに、魔法使いとの戦い方を教えていただければ幸いです」
ぴしりと凍り付くモルガナ。
数個の菓子と引き換えに鍛錬に付き合うことが決定してしまったのだった。
できればこの部屋でお茶をしていたいと顔に書いてあるが、ミオンの圧が強い。ソービは頑張って入れたお茶を勝手に飲まれたのを恨んで、舌を出している。
頼みの綱はユフィリアだが、彼女は隙のない淑女の笑みを浮かべている。
「まあ。熟練の魔法の使い手であるモルガナ様にご鞭撻をいただけるなんて、恐悦至極ですわ。こればかりは、獣人同士では難しいですものね」
一縷の望みはバッサリ切り落とされた。
肩を落としたモルガナがとぼとぼと菓子入りの籠を持っていくはめになるのだった。
各自に己のやれることに邁進し、ついにメーダイルの建国祭へ向かう日が来た。
ユフィリアの侍女としてソービが常に傍にいる。この二か月のうちにミオンとリス妖精にみっちり扱かれたので、だいぶ所作が様になっている。
最初はミオンを侍女にという案もあったが、実弟である双子の弟たちが首を横に振ったのだ。
「無理無理! 姉さんはモロ武人って感じだもん。目つきと言い動きと言い玄人臭がすごいもん。怪しいって!」
「ソービなら失敗しても愛嬌で済ませられだけど、姉さんはこう……なんかしていたんじゃないかって、変に勘繰られそう」
双子の酷評にミオンは静かに眉根を寄せていた。ここで鉄拳制裁しないあたり、ミオンもそんな気がしていたのだろう。
ミオンは虎の一族の黒豹獣人だ。寅の一族は戦闘を得意とする者が多く、彼女もその一人。それを差し引いても肉食獣系オーラが強いのである。
「ソービは小柄で可愛いから、相手も油断しそうだしな」
顎に手をやりながら、トウダも頷く。子の一族は素朴で可憐な顔立ちが多い。美麗より、親しみやすい愛らしさを持っている。
舐められるのは大嫌いだが、可愛いは嬉しいのだろう。ソービは得意満面だ。
「トウダは背が高いし獣人特有の見た目だからねぇ。私は人間に近い見た目はしているけれど目立ってしまうんだよねぇ」
嘆くように額に手を当てて、大仰に頭を振るクルト。
「そーいやクルトは馬の特徴どこにあるの?」
「よくぞ聞いてくれた。実は私の耳は少しとんがり派! 足の爪は蹄のごとく強固で黒い! そして何よりこの見事に揃った睫毛こそが午の一族らしいだろう!」
物凄く微妙だ。その見事な反りのびっしりした睫毛が装着系のメイクでないことより、もともとの強烈に濃ゆい顔であることのほうが気になる。
演技がかった身振り手振りで演説するクルトを、少し離れたところで見るソービとトウダ。
「ねえ、トウダ。あんた午の一族に知り合いいる? ダチにゴージャス睫毛いる?」
「……いない。そもそも俺は幼い頃に引っ越したこともあって、知人が少ないんだ」
正直、期待はしていない。物静かなトウダが社交的でないことなど、ソービも知っている。
友人が多くいるソービでも、交友関係の大半が一族だ。次に多いのは卯の一族で、それ以外となるとガクッと減る。
とまあ、そんなことがあったのはさておき、一行はゼイングロウに出発した。
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