財力で語る甲斐性
ヨルハの みつぐ こうげき!
ユフィに こうかは ばつぐんだ!
ユフィリアの花嫁修業が始まった。
ミストルティン貴族としては十分な教養を持っているが、ゼイングロウに嫁ぐにあたって知識不足は否めなかった。
土地について調べれば、恐ろしい魔物が犇めいているとありぞっとした。ミストルティンの周囲とは比べ物にならない強さの魔物が多く存在している。
アリスあたりは野蛮だと言いそうだが、ヨルハの独特の存在感もそういった環境に起因するとなれば納得がいく。物言わずとも強者の風格がある。
(ゼイングロウがあるからミストルティンに来ないのよね)
ゼイン山脈は魔物だけでなく、豊富な資源も魅力の一つだ。特殊な生物や植物も多く存在する。
だが、魔物の強さもあって他国からの移住者や旅行者は少ない。謎に包まれている点も多くあった。
王宮にはゼイングロウの書物が多くあって助かる。イアンは排他的な性格で獣人も好まない。家にはゼイングロウに詳しい本がないから、学ぼうにも難しい。
幸いなことに歴代の番たちについてもまとめられていた。
(……誰一人として戻ってきていないのね。ううん、離婚すらしていない)
もしや監禁や軟禁をされているのだろうか。
その割に夫婦仲は良好な姿が描かれており、子宝にも恵まれている。
だが、情報は過去の人間に都合よく改ざんできるのもまた事実。一概に鵜吞みにできない。
(……一目惚れ、なのかな? ヨルハ様は)
酉の族長と言っていた。
ゼイングロウの貴族である十二の一族の一つ。そして、今代においては彼が獣人族全体の長――つまり、ゼイングロウの皇帝。
一瞬、彼の姿が思い浮かぶ。恐ろしく整った顔立ちだが、独特の凄味があった。とろりとした熱を帯びた眼差しは、エリオスにはなかったものだ。
熱烈なアピールに喜びより、居心地の悪い困惑が強い。ユフィリアの人生において、あれほどストレートな好意や情熱をぶつけられたこと無かった。
悪意は感じられない。むしろ、真逆だ。
だからこそ、ユフィリアには理解が及ばない。ユフィリアは恋も愛も縁遠く、異世界の領域だった
だが、それとは別にゼイングロウについて学ぶのは怠れない。
きっと実家のハルモニアはメイド一人すら出し渋るだろう。嫁入りの準備は王宮がすべてやってくれるのはありがたい――アリスならいくらでも出すけれど、ユフィリアにお金は使わない両親だ。
もし実家に任せれば、格に合わない嫁入り道具や持参金しか用意されない。最初から嫁ぎ先からの印象が悪くなる。
自分で考えておいて、改めてハルモニア伯爵家にいる意味をなくすユフィリア。真顔になり僅かな躊躇いと共に、結婚への後悔が吹き飛んだ。
エリオスと結婚したら、何かにつけてケチをつけられただろう。
「少々よろしいでしょうか、ユフィリア様? 実家より荷物が届いております」
嫌な未来予想図を頭から追い出していると扉がノックされ、入室を求める声がした。
「ありがとう。入って頂戴」
了承と共に粗末な箱に入った荷物が搬入される。貴族令嬢としては少ない。
ユフィリアの予想よりも少なく、荷造りの際にドレスやアクセサリーをアリスが途中で持って行った可能性が浮上した。
荷物を持ってきた使用人たちも、確認のために中を開いて困惑している。
地味なドレスに古ぼけたアクセサリー。おおよそ年頃の貴族令嬢らしからぬ貧相なものだ。ハルモニアは伯爵家なのに、質素を超えている。
(お祖母様の遺品まで手を出したのね……)
ユフィリアの祖母は孫娘たちを平等に扱い、それぞれに装飾品を残した。
先に好きなほうを選んだのに、結局は奪うアリス。ユフィリアは妹の腐った根性に呆れるしかない。
ふと、ユフィリアが廊下に控える長蛇の列に気づいた。
彼らの手には大小の色鮮やかなリボンが掛かったお洒落な箱を手にしている。
「ユフィリア様。ヨルハ様より贈り物です」
なんとも言えないメイドたちの生暖かい眼差しと、にんまりとした笑み。そして、先ほど運ばれてきた量とは比較にならない荷物の数々。
包装紙やリボンを見れば社交界でも人気絶頂で、順番待ちのブランドのロゴばかり。
疎いユフィリアですら知っている。
「まずはドレスです。ユフィリア様の髪に合わせた純白、瞳の青、ヨルハ様の金や黄系をベースにしたものがまず十着」
「じゅっちゃく?」
「はい。オートクチュールは間に合いませんでしたが、どれも人気の商品です。普段使いできるドレスや、お茶会やサロン用、夜会や晩餐会向けと一通りあります。
カタログをお持ちしましたので、お好きなものがありましたらお選びくださいと伝言を賜っております」
ずらりと並ぶ色とりどりのドレスは壮観だ。アリスが見つけたら一目で奪うこと間違いなしの一級品ばかり。
「続きましては」
(まだあるの!?)
ぎょっとして振り返ると、ジュエリーの店でも開くのかと言いたくなる眩い輝きが目を焼く。
ダイヤモンド、真珠、サファイア、アクアマリン、トパーズ……どれもこれもドレスに劣らぬ豪華さだ。
どれも髪飾り、イヤリング、ネックレスはセットになっている。それにブレスレットやコサージュまで追加されているのもあった。
今まで生きてきて両親やエリオスから貰ったドレスやアクセサリーより多い。
「これだけあればドレスとの合わせやすいですね」
きゃっきゃっとメイドたちが楽し気に言うが、ユフィリアは目を回しそうだった。
むしろこれだけあると困る。選択肢が多すぎて迷走しそうだ。
「続きまし――」
「まだあるの!?」
悲鳴に近いユフィリアの声に、きょとんとした騎士。
プレゼントがあまりに多いので、力仕事が得意な彼らも手伝っているのだ。
「あ、はい。お帽子と手袋とバッグと靴と日傘。その他小物に紅茶とお菓子に――」
「そんなに部屋に入らないわ!?」
すでにユフィリアの声は悲鳴じみている。
説明されている間にも、絶え間なくプレゼントは搬入されていく。
さすが王宮のメイドと言うべきか、そんなユフィリアを微笑まし気だ。だが、ユフィリアの言葉にはちゃんと答える。
「それなら問題ありません。王宮の一角をユフィリア様用の衣裳部屋兼倉庫として貸し出す旨、陛下から了承を得ています」
ユフィリアの知らないところで勝手に話が進んでいて、魂が飛びかける。
何でもないように、いそいそとメイドはプレゼントを整理して運ぶ手はずを整えていた。
むしろ、彼女たちは「何をいまさら」とすら思っていた。すでに王妃から「すぐにヨルハ様から鬼のようなプレゼント攻撃が始まるから、覚悟なさい」と警告を受けていたので覚悟ができている。
搬入ルートは決められており、ユフィリアへの回覧後から収納まで万全。何なら、部屋ごとにプレゼントの種類が分けられている徹底ぶりだ。
「ゼイングロウ帝国ではずっと予算を組んでいたと聞きますし、ヨルハ様は番様探しの何年も前からご自身で財を集めていたと聞きます」
呆然とするユフィリアに、メイドが丁寧に説明する。
これはゼイングロウでは当たり前だそうだ。相手に認めてもらうために、自分は甲斐性があり見込みのある伴侶だと示す――求愛行動の基本。
しかもゼイングロウに隣接するゼイン山脈は資源の宝庫だ。数多な鉱脈、稀少な動植物だけじゃない。危険な魔物も多いが、それらを狩れば莫大な資産となる。魔物によっては、国家予算を凌駕する稀少な素材である。
ゼイングロウは裕福な国である。強者である獣人だからこそ成り立っている豊かさだが、商売っ気がなくても不況知らずである。
絶対番を逃がさないと言う財の暴力がユフィリアを襲っている。
目の前に運ばれた燦然とならぶ裸石は、ユフィリアの拳より大きい。こんな宝石、王族の肖像画ですら見たことがない。
「あと……」
「ええと、まだほかにありましたか?」
「書籍がゼイン山脈薬草全集五冊、ホーエンハイム式魔力濾過理論の原書です」
精神的ショックで疲れ果てていたユフィリアがくるりと振り返った。今までになく目を輝かせ、スススとメモを読み上げるメイドに近づく。
その手には茶褐色の革表紙の分厚い本がある。ボロボロに古ぼけていて、金色の装飾ははげかかっている。
薬草全集は一冊一冊が分厚く重いので、ケース入りで台車に乗っている。
「ほ、本物? え、えええっ! 学園の錬金書架にすら、写本の一部しかないのに……っ!」
原本丸ごととなると国立図書館に禁書棚か、博物館にしかない。それ以外だと、熱心なコレクターが持っているくらいだろう。
余りに希少性が高すぎてユフィリアも見たことがない。
恐々と受け取って、机に慎重に置く。ほうっとため息をついた後、古い紙の独特の匂いに緊張をしながら表紙を開いた。
(うわぁ……うわー! 本物です……っ! この独特の筆記体と今の紙にはない質感! ああっ、鑑定書もついてる!)
すごく現金なのはわかっていたが、ユフィリアの中でヨルハの株が急上昇していた。
だって、ユフィリアが錬金術を学ぶことを家族は歓迎してくれなかった。資格を取っても、隠れてこそこそしながら勉強を続けていた。
(ヨルハ様は、女性への学問に理解があるのかしら……?)
エリオスは嫌な顔をしていた。ユフィリアの成績がエリオスを上回るだけでも不愉快さを隠していなかった。
正直、下から数えたほうが速いエリオス。もしそれに劣る成績を取ったら、留年してしまう。
ユフィリアは速まる鼓動を感じ、本を抱きしめていた。
読んでいただきありがとうございました。




