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メーダイルからの誘い

波乱の予感



 その日の朱金城は忙しかった。

 普段なら気分にむらがあるヨルハの仕事の回りが、すごく早い。ユフィリア関連でなければ熱心に働かない彼にしては珍しい――と言うより、今回は愛する妻がいるから真面目に仕事をしつつ、そのユフィリアが部下の上奏を汲み取ってくれるので、円滑に進んでいるのだ。

 格の高いヨルハと上手く対話できない獣人は、実は多い。これは本能から来るものだ。

 神獣という圧倒的な威圧感が、ただそこにいるだけで溢れている。本人が意図して気配を消さなければ漏れてくる。なので、基本はシンラやコクランを挟むことが多い。そうでなければ、族長を経由するかだ。

 そんなヨルハだが、ユフィリアがいると妻にデレデレな一人の青年と化す。ぶつかる勢いで飛んでくるラブな空気にさえ目をつぶれば、ほとんど無害になるのだ。

 もともと有能なヨルハなのでやる気になっていれば、仕事が早い。目を離した隙に飛び去ることもないし、余裕をもってスケジュールを組んでいたがそれが前倒しになっている。余波で、シンラとコクランも仕事が押し寄せてきていた。

 この千載一遇をのがしてなるものかと、各部署は必死に決裁を回している。

 そんな報告を聞いて、コクランはため息をつく。


「ったく。あいつは普段から真面目にやれよ」


 基本最低限のことをやって、部下に任せている。好きで皇帝をしているわけじゃないので、その座を降ろされても気にもしない。

 むしろ、お役目御免になったら喜んで番を愛でる時間に使うだろう。

 絶対そうする。自分だったらそうなるし、そうなったので分かってしまうのがシンラとコクランである。

 幻獣の格を持つ二人はかつて玉座にいた。コクランは先代皇帝、シンラは先々代の皇帝だ。


 玉座、マジで邪魔。


 それが皇帝の座に就いた頂点になった者の感想である。

 仕事多い。番に会えない。会食嫌い。番との食事がなくなる。外交面倒。外交官より番の顔を見つめていたい。番の伴侶を持つ獣人の苦悩である。

 シンラはコクランが自分と同等の強さになったら即刻玉座を押し付けたし、コクランもヨルハが成人したら何とか玉座に座らせた。本人嫌々だったが、好き勝手したかったら就けと何とか説得した。

 当時のヨルハは番を得ていなかったし、番の素晴らしさについても懐疑的だった。番探しにも乗り気でなかった。しかしいざ見つかったら、周囲を振り回して段取りも無視するくらいなりふり構わずゴリゴリに強引に推し進めていった。

 若く高い格持ちへ玉座を贈るのは、円滑に番を得るためでもある。皇帝の肩書は強い。

 ゼイングロウの身分は特殊だ。ミストルティンやメーダイルのように貴族や爵位がない。だが、皇帝はいる。そして皇帝は一番偉い。

 つまり『皇帝』は外からでもわかりやすい、高貴の証明。主な番探し先はミストルティンだが、あちらとしても若き皇帝の伴侶を輩出するメリットは大きい。世襲制でなくても、番が見つかった時点で莫大な謝礼が約束されるのだ。

 結婚後でも皇帝の地位は役に立つ。内外から番を守るための大きな囲いでもある。同時に、自分を拘束する鬱陶しいものでもある。


「面倒でも番のためならやるだろう。……と、ついに来たか」


 そう言って、一枚の封筒を取るコクラン。

 隣で巻き物を読んでいたシンラも、ちらりと視線だけ寄越す。

 深紅の封筒は金粉が練り込まれ、細やかな文様が刻まれた厚手の上質紙だ。封蝋にはメーダイル帝国の紋章があった。


「懲りない奴らじゃ」


 シンラの時も、コクランの時も邪魔をしてきた。そして、いつも狙うのは強者ではなく、彼らが最も愛したものを亡き者にしようと策を弄す。

 獣人をヒトと認めない、ヒト族至上主義の大国メーダイル帝国からの招待状。

 大きな波乱の気配がした。







「建国祭?」


「そう。ようはでっかいお祭りやるから来いってこと」


 ゴミでもつまむかのようにひらひらと書状を振るヨルハに、ユフィリアは苦笑いだ。ヨルハとしては行きたくないのだろう。

 それでもユフィリアに報告したと言うことは、断りづらい状況になっていると推測できる。この手のお誘いをすでに何度か蹴っていたのかもしれない。


「十中八九、何かしらの嫌がらせはされるだろうな。過去に玉座をぶん投げられたり、城を壊されたりしたのに学習しない連中だ」


 どんな経由で、そんなダイナミックな破壊活動が行われたのかが気になる。そもそも、誰がそんなことをしたのだろうか。

 ごほんと咳払いが響き視線を動かせば、シンラとコクランがいる。ヨルハの執務室にこの手紙を持ってきた張本人たちだ。


「まあ、若気の至り……いや、あれは正当な抗議じゃ」


「壊してない。謁見の間があるところから上を吹き飛ばしただけだ」


 犯人たちがここにいた。紳士だと思っていた二人がそんな暴挙に出ていたなんて思いもしなかったユフィリアは、目を丸くしてしまう。


「ミレイを侮辱しおった。当時の皇后に暴言を吐いたのだから、玉座の一つ安いじゃろうて」


 シンラの妻のミレイは、たまに街で会う。隣にはいつもシンラがおり、二人の仲睦まじさが分かる。生粋の甘党な彼女とシンラのデートコースの定番は甘味屋めぐりなのだ。

 ユフィリアとヨルハのデートコースにも甘味屋があるし、その周辺には人気店も軒を連ねている。自然と姿を見る機会が増えるのは当然だろう。

 ミレイは優しい笑みが良く似合う、豊麗な老婦人だ。かつて金髪だったそうだが、今は白髪である。いつも綺麗に結い上げ、シンラの鱗を使った簪を指している。貴婦人らしい上品ないでたちで、緑の着物を着ている印象があった。


「俺のエレンに手を出したのが悪い」


 エレンはコクランの番であり妻だ。深紅の瞳と、金朱に輝く長い髪が美しく、大きな息子が二人いるとは思えぬ艶やかな美女。

 聡明な彼女は料理も上手で、かつては騎士志望だったこともあり武芸にも秀でている。まさに文武両道の才媛。それがユフィリアの持つエレンのイメージだ。若い頃は今とはまた違う、瑞々しい華があっただろう。

 ミレイもエレンも器量よしの女性だ。それぞれに違う魅力がある。

 それを語るそれぞれの夫は、生き生きとしている。その表情はユフィリアを賛美する時のヨルハによく似ていた。

 シンラもコクランも、メーダイル帝国を訪れた時、かなり不愉快な思いをしているそうだ。


「ユフィ……俺は当然守るけど、それを掻い潜ってくる可能性もある。それでも行く?」


 ヨルハの目は断って欲しいと懇願している。

 だが、ユフィリアは首を横に振った。 


「行きます」


 ユフィリアが行かなかったら、ヨルハ一人で行く。そんなことになったら、どんな風評が出ることか。今までの出来事を棚に上げ、夫婦仲が不仲であるとか平気で邪推をしてきそうだ。

 邪推なんて生易しいものではない。悪意を持って噂が広がるのだ。

 ヨルハが気にしなくてもユフィリアには許せない。それに、ユフィリアにだって矜持はあるのだ。

 神獣皇帝の隣にいていいのは自分だけ。力がなくても、知識で立ち回ってみせる。

 優雅に振る舞う裏で、相手を値踏みする。社交界はそういう場所だ。ユフィリアはかつて公爵子息の婚約者をしていたので、よく知っていた。人脈作りより尻ぬぐいの回数が多かったので、苦い思い出でもある。

 社交界なら、力になれる機会もあるはず。

 それに、気になることがもう一つ。


「ヨルハ様が誰かと踊ることになったら、嫌ですもの」


 上流階級が集まれば、昼はお茶会、夜会は晩餐や舞踏会が定番だ。

 ヨルハは気にせず一人で行っても、彼の美貌に目が眩んでご夫人が声をかけるのが目に見えている。ヨルハは自分の外見が美しいと知っているが、それがどれだけ強烈な者か理解が薄い。

 少し恥ずかしそうに言ったユフィリアに、一瞬ぽかんと呆けたヨルハ。

 じわじわと顔を赤くし、大きな手で隠してしまった。机に突っ伏し、小さく唸っている。


「ユフィ……ずるい」


 あ。負けたな。

 ヨルハが陥落したと察した、部下二人(元皇帝)であった。

 気持ちは良く分かる。嫉妬とは、愛情や関心からくる。強く想っているからこそ生まれるものだ。番からの嫉妬というのは情緒がかき乱される。






読んでいただきありがとうございました。

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