嗅ぎつける守銭奴
不在にしていた分のアフターケア
翌日からヨルハとユフィリアは同伴出勤となった。公務中も傍に控え、休憩時間はユフィリアがお茶を淹れ菓子を用意し、書類仕事や片付けなどの雑務をする。
「ユフィは雑用なんてしなくていいんだよ?」
「ヨルハ様がお仕事していらっしゃるのに、私だけ怠けてなんていられません」
にこやかにユフィリアから断られて、少しだけヨルハは眉根を寄せる。その顔に不機嫌さは微塵もない。その逆である。嬉しくて仕方なくて、ユフィリアを構いたくて仕方がないと書いてある。露骨に喜ばないように、誤魔化しているのだ。
傍にいるだけで神獣皇帝のご機嫌は爆上がり。何にも代えがたい番効果に、文官たちは大助かりだ。
最強格であるヨルハが不機嫌なだけで、仄かに滲む怒りだけでデリケートな獣人は近寄れなくなる。
ユフィリアはいるだけでその場の空気を安定させる。彼女自身が頭の回転が速いだけでなく、ヨルハへの理解も高い。文官たちが判断しかねている時に、それとなく助言をしたり、質問をしたりしてヨルハの文官を取り持ち、意見をすり合わせてくれる。
人間のユフィリアへの期待は『番様』としてヨルハに侍ることだけと考えていた者もいたが、最近はその考えも改め始めている。むしろ、気分屋のヨルハを窘めてくれるからいないと困るくらいだ。
婚約者だった頃、卯の一族で流行の兆しを見せていた寄生虫による皮膚炎を解決したことや、それをきっかけに卯の族長ゲットを御したことも大きいだろう。
卯の一族の中でも利益に敏感な反面、臆病。いざという時の根性は目を見張る。
可愛らしい見た目で銭ゲバなゲットは、相当の食わせ者だ。その彼と争わずして頭を垂れさせたのは大きい。
そんな中身守銭奴外見プリティラビットなゲットは、今日も揉み手ですりすり、自慢のもふもふボディでユフィリアを篭絡しようとしていた。
「ユフィリア様~。ご機嫌麗しゅうございますか? いやあ、今日は良い天気ですね。
ところでこのゲット、小耳に挟んだのですがご結婚式で使われた帯に使われた絹糸! 再生産の兆しがあるとお聞きしたのですが……」
本当に耳ざとい兎である。特に自分の利益になりそうな話題や、金の匂いには敏感である。お金の動く気配に、いつも聞き耳を立てている。
今日のゲットは萌黄の水干姿と黒い烏帽子でゼイングロウスタイルをばっちり決めている。小さなお手てでユフィリアの腕をソフトタッチしつつ、その黒い瞳には銭の輝きが宿っていた。
「ええと桑の木は回復の兆しはありますが、まだ量産には程遠いかと……」
養蚕はこれから頭数制限を緩和し、卵の孵化量を増やすところだろう。相手は生き物であるし、本格的な増産は時間がかかる。
ユフィリアが暗にまだこの話は速いと言うが、金の亡者はそうは転ばない。
「数量限定……良い響きですね……! ブランド価値向上、稀少性による価格上昇と利益還元率のアップ……!」
はあはあと呼吸を荒くしたゲットは、涎が足れんばかりに興奮している。目がもうキラッキラに輝いている。ユフィリアは縋りつく兎が銭ゲバ中年兎だと理解していても、見かけが愛らしすぎて振り払うのを躊躇ってしまう。
しかし、そんなゲットのラブリールックスが効かない存在が同室にいた。ヨルハである。
音もなくゲットの背後に回ると、首を掴む。服でも首根っこではなく、首の骨が分かるくらい指を食い込ませて首を掴んでいた。
「ゼイン山脈で早贄になりたいみたいだな」
「うっひゃほおおい! ヨルハ様!? いつの間に後ろにー!?」
ヨルハのひんやりとした殺気の宣告に、ゲットは飛び上がる。
早贄とは百舌鳥が木の枝先などの尖った部分に、餌を突き刺して保存食にすることだ。
つまり串刺しの刑に処されたいかという、直球の脅しである。ゲットが引かなければ実行されるので、脅しというより警告に近い。
「ユフィに変なことを頼むな、金の亡者」
あっさり持ち上げられ、項垂れたゲットは部屋の外に出された。ゴミを投げ捨てるような雑さである。扉をぴしゃりと止められる直前まで「ひゃぁ~」という間延びした悲鳴が聞こえた。
「ったく。あいつはいつも油断ならないな」
「族長のお仕事で忙しいはずですのに、いつも商機を探していますね」
「アレの生き甲斐だからな」
ヨルハはあそこまで固執する理由が分からない。ゲットや卯の一族が借金を抱えているなど、聞いたことがない。むしろ手堅く稼いで裕福である。金銭を過剰にかき集める必要はないはずだから、完全に好きでやっていることである。
ゲットは男であるが、嫉妬は起きない。ユフィリアに絡みに来る時は、いつもあざとく全力で利益をもぎ取りにいくだけだ。
ただシンプルに腹立つ。
ヨルハはユフィリアを見下ろす。そして身をかがめるとゲットがしがみついていた場所を、入念に手で払う。その姿にユフィリアは苦笑するしかない。
「ユフィの知識は、君の努力の証だ。安売りしてはダメだよ」
あまり危機感のなさそうなユフィリアに、ヨルハは忠告する。少し小言っぽかったかとすぐに反省し、自分の口を押えた。
「ごめん。言いすぎた」
ユフィリアは不快になんて思っていない。ヨルハが純粋に、ユフィリアを心配してこその発言だと理解している。
思わず笑みをこぼしながら、大きなヨルハの手を握る。
「いいえ、ヨルハ様のご配慮は分っております。ゼイングロウの民からすれば、錬金術は未知の技術です。恐れを抱かれないように、その有用性を理解してもらいたくて」
ミストルティンほど進んではいないが、ゼイングロウにも既存の医療技術や薬学はある。互いの良いところを交えて、帝国民の生活に役立てたい。
ユフィリアは『番様』としての人気はあるが、錬金術師としては無名だ。そもそも錬金術師に馴染みがないし、薬師や医師としての技量は求められていない。
少し歯がゆいが、徐々に認知してもらうことが大事だ。
「無理しないでよ?」
ヨルハの視線はユフィリアの足元に注がれていた。
怪我の経緯は知っている。ユフィリアはだいぶ省いたが、野鳥に監視させていたし、その目を通してこまめに様子を見ていた。
最初は護衛の仕事を軽視していた三人に腹が立ったが、今は真面目に取り組んでいる。部屋の隅で、いちゃつく二人に気まずそうにしているソービがその最たる例だ。
不器用ながらにメイドや侍女の仕事も学んでいる。相変わらず粗茶だが、本人が真面目にやっているしたまにマシなのが出てくるようになった。
ユフィリアやミオンに懐いて、敬愛の姿勢が出てきたので経過観察している。
「いい子ですよ。素直で頑張り屋さんです」
ヨルハの視線だけで察したユフィリア、ソービを誉める。
ユフィリアは本当に救いのない人間を知っている。それは彼女の妹だった。ない物ねだりの欲しがり屋で、自分の欲望のために善悪の区別すらつかない。努力はできないのに、いつも他人を羨んで妬んでいた。暴君のような少女だった。
ソービは素直に謝罪できた。正真正銘の護衛となるために、努力できる娘だ。
「分かっています。無理はしません」
ユフィリアは微笑む。大丈夫と証明するように、くるりと回ってみせた。
先日捻挫した部分は、すっかり痛みが引いて元通りだ。二日ほど痛んだが、処置が早く的確だったから後に引かなかった。
ふと、先日調合した植物栄養剤のことを思い出す
「ヨルハ様。精霊の木に植物栄養剤をあげたのですが、良かったでしょうか?」
「……別にいいけど」
ユフィリアが来てからやたら元気な精霊の木。
無関心な家主と違い、こまめに話しかけたり感謝したり肥料をくれるユフィリアを気に入っている。言葉を発さない存在だが、ユフィリアに色々便宜を図ることが多々あるのだ。
あれ以上元気になったら、動いたりし出すんじゃなかろうか。
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