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経過は上々

夫婦の時間。



 全員無事合流できたので、一度休憩がてら各自の怪我も確認する。護衛たちは多少のすり傷や汚れはあったが、行動に支障はなかった。

 襲ってきたあの蜘蛛の魔物はゼインピークスパイダー。普段は辺りに出ない魔物で、本来ならゼイン山脈の奥地にいる。天敵に追われたり、縄張りを追い出されて移動してくることはあるものの、ここまで下りてくるのは稀だという。

 いつ桑の木に向かうかの話になり、問題となったのは一番の重傷者のユフィリア。捻挫が治った後にしてはと提案されたが、ユフィリアたっての強い願いですぐ動くことになった。

 ユフィリアは捻挫が悪化しないように、移動の時はミオンが抱き上げて歩く。立つ時はミオンかソービが傍で支える形で落ち着いた。

 この二人がこの役目なのは、男性に任せたらヨルハの嫉妬が業火のように燃え盛るからだ。クルトが抱き上げて移動したのは緊急事態で、例外中の例外である。

 何とか泣き止んだソービは、不慣れながらもユフィリアに配慮しながら支えてくれる。


「足、痛くなったら言ってくださいね! 背は低いけど、ユフィリア様なら余裕で持ち上げられますから!」


「ふふ、ありがとう。痛くないから大丈夫よ」


 ユフィリアがソービに笑みを返しながら答える。それに対して、むふーと嬉しそうに満足げな表情のソービ。


「微笑ましいねえ。姉妹のようじゃないか」


 そんな二人を見て、クルトは笑っている。トウダは何が面白いか分からないようで首を傾げた。

 木の周囲にみんなで腐葉土を撒いて、それが飛ばないようにさらに敷き藁もする。

 ふと、ソービが荷台に残る蜘蛛の死体に気づいて、さぼっているモルガナに聞いてみる。


「蜘蛛はどうやって肥料にするの?」


「うーん、埋めてもいいけど腐敗して、変な風に毒素とかでたらめんどーだよね」


「桑の木が枯れたり、それ食ったあの白い虫が死んだりしたらどーすんの?」


「そういう時は燃やすに限るよ。という訳でファイヤ☆」


 モルガナが言うが早いか、ぱちんと指を鳴らす。同時に蜘蛛を置いていた荷台のあった場所に火柱が立った。

 一瞬で周囲が明るくなり熱が肌を撫でる。

 和気藹々と作業をしていたはずなのに、一瞬でその場が凍りついた。温度は激しく上昇しているのに、皆が一時停止する。

 その時、ぼとりとモルガナの傍に硬い物が落ちてきた。


「あ、ちょっと木も巻き込んじゃった。うっかりうっかり」


 落ちたのは消し炭と化した桑の枝だった。ぶすぶすと音を立て、白い煙を上げている。

 一応炎が広がりすぎないように、風で調節していたつもりだったモルガナだったが少し加減をミスしてしまったらしい。


「なーにしてんだ、このノーコンエルフ! いきなり燃やすな! 危ないだろー!」


 それを理解したソービが、色々な意味で危険な行為にブチ切れた。

 しかも近くにはユフィリアもいたので、すごく危険なことだ。ソービが怒るのも無理がなく、彼女を止める者はいない。モルガナを縊り殺す勢いで、襟首を掴んでいる。


「あの、こんなに近くで大きな火を焚いて、根は傷みませんか? これだけ大木だと地面の下で広がっているのではないでしょうか?」


 おずおずと言った具合で、ユフィリアが伺う。その疑問に「あー」と歯切れ悪い声を出すモルガナに、彼以外の全員が不吉な予感を感じた。


「エヘ!」


 笑って誤魔化すモルナガに、怒号が飛んだ。

 その後、責任を取れと締め上げられたモルガナ。桑の木が確認されるまで酉の集落で、きっちり経過観察をするよう居残りを命じられた。

 ブチブチと文句を言いつつも、モルガナは引き受けた。木を焦がしたことに後ろめたさを感じていていたのだろう。

 一週間後滞在したものの、桑の木には枯れる兆候は見られなかった。それどこか、たくさんの栄養を貰い、燃えたところなど分からないくらい旺盛に茂るほど元気を取り戻した。


「みてくだせーだ! こんなに良い葉っぱが!」


 オリベが見せた葉は大きかった。言われるまで分からないくらい立派で、蓮の葉より巨大だった。ユフィリアの知る桑の葉の概念に大きなひびが入る。


「これで枝ごと切らなくて済むだ! 楽だべ~!」


 ユフィリアがびっくりして目を丸くしている間も、いそいそと籠に詰めた葉を運ぶオリベ。つやつやで美味しそうな葉を厳選し餌に選んでいる。本当に嬉しそうだ。


「あ、あの、植物の葉ってあんなに変わるんですか?」


「栄養状態が良ければ、巨大化するなんてよくある話じゃないですか」


 ゼイングロウ的にはごく普通の出来事らしい。

 ほら、とソービが指さすと桑の木に何故か葡萄が――違う。あれは桑の実だ。普通サイズの指の爪くらいのに交じって、デラウェアから巨峰のようなのサイズまで生っている。

 まだ実は赤い。熟していないが、今後は成虫の餌も安定供給見込めるようになるだろう。


(うん、きっと桑の木も喜んでいるんだ。だからあんなに大きくなっちゃうんだ)


 そう思うことにしたユフィリアである。世の中、まだまだ知らないことが多い。

 これからは、ゼイングロウにある植物には栄養を与えすぎないように気をつけよう。そう誓うユフィリアである。





 酉の集落へ通うことがなくなり、やっといつもの日常が戻ってきた。

 モルガナは相変わらず食べ歩きしながら、だらだらと集落に滞在している。一応役目はこなしているらしく、近々戻ってくるとも連絡があった。

 桑の木の調子は良好で、蚕の餌を制限しなくて済むくらいに元気を取り戻した。さらに挿し木で数を増やし始めているそうで、そちらの経過も順調。養蚕を再開したいと相談しに来る村人も出てきて、集落全体が活気づいていると報告があった。

 村長から、感謝の手紙に安心に胸を撫で下ろすユフィリアである。


「やっとユフィが戻ってきた。近くにユフィがいないと俺は寂しいよ」


 その隣で、ヨルハが甘えたモードになってユフィリアに張りついている。同じソファに座り、ユフィリアを後ろから抱きしめて、肩口に顔を埋めている。

 ここ数日、一気に欠乏したユフィリア成分を補給しているのだ。

 家に戻ったら、すぐにこの状態だ。ヨルハの姿に「ガラじゃねーだろ」と、リス妖精が冷たい目で見ている。あれはおシバき案件か審議中である。

 それでもしばらく二人の時間が減っていたのは事実。ユフィリアはヨルハほど熱烈にアピールしないが、ヨルハに甘えられて嫌ではない。

 普段は凛とした美丈夫なのに、ユフィリアの前だとこんなに甘えた夫を、可愛いとすら思っている。


(うーん、これはいない間にシンラ様やコクラン様にご迷惑おかけしていないかしら?)


 ユフィリア以外には、かなりドライなヨルハである。

 べったりなヨルハに仄かであるが拗ねの気配がある。ユフィリアには拗ねる程度だが、周囲には不機嫌を撒き散らしていたかもしれない。


(しばらくは様子を見たほうがいいかもしれない)


 思い立つとすぐに、リス妖精に手紙を送ってもらうよう頼んだ。

 風呂から上がるとリス妖精に髪を乾かしてもらい、髪のトリートメントもする。獣人の界隈でも毛艶や髪艶が良くなると評判な老舗の椿油を柘植の櫛でゆっくり梳りながら馴染ませる。

 ゼイングロウにおいて、美醜の重要なポイントに髪の美しさがある。ヨルハもユフィリアの髪を良く褒めてくれるし、以前にも増して気を使うようになった。

 その最中に返事が来た。リス妖精から手紙を受け取り、中に目を通す。


(お返事早いとは思っていたけれど、やはりご機嫌は麗しくなかったのね)


 二人宛にヨルハの公務に同伴していいかの提案は、二つ返事だった。かなり即答だったので、嫌な予感が的中していたと察する。

 手紙を近くのリス妖精に片してもらうように頼むと、ノックが響く。この力強いはっきりとした音は、ヨルハだ。顔や声が分からなくても、誰だか分かる。


「どうぞ」


 入ってきたのは、お風呂上りで浴衣姿のヨルハだ。

 ユフィリアと目が合うと、黄金の瞳が蕩ける。蜜のような甘さを帯びた。使っている櫛も椿油も自分からの贈り物だと分かり、喜びが滲み出ている。

 だが、何かを思い出したように咳払いをする。


「ユフィ。今日は満月が綺麗だよ。寝る前に少し散歩して一緒に見ないか?」


 些細な口実で、ユフィリアとの時間や思い出を作ろうとするヨルハ。ユフィリアが愛しくて仕方ないし、大切なのだと分かる。

 

「ええ、喜んで」


 ユフィリアは返事と共に、差し出された手を取る。

 夫ほどはっきりと言葉にできないし、行動もできない。いつも先を越されてしまう。だがユフィリアもヨルハとの時間がとても愛おしいのだ。






読んでいただきありがとうございました。


ゼイングロウは土地全体が魔力が濃いのでへんてこ動植物の宝庫です。

きっと自分から獲物を食いにいくウツボカズラとかハエトリグサとかいる。もはや魔物。

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