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桑の木を治そう

ユフィリアの奮闘



 我が家に到着するや否や、ユフィリアはすぐに動き出した。まずは植物栄養剤のレシピのある書架へ向かった。目を通した本ならば、大体の内容は覚えている。一刻も早く確認したくて、つい小走りになる。

 淑女としてのユフィリアが「スカートを翻すなんてはしたない」と言い、錬金術師としてのユフィリアが「もっと走って! 急がなきゃ!」と急かす。

 どっちのもユフィリアの本音だが、今は後者が優勢だ。

 いつになく忙しないユフィリアの姿に、すれ違ったリス妖精は目を丸くしている。


(あった! あとは材料があるか、工房や倉庫を確認しなきゃ)


 本を持って部屋の外に出ると、工房に繋がっていた。

 廊下に出ると思っていたユフィリアは、一瞬ぽかんとしてしまう。どうやら、精霊の木が気を利かせてくれたようだ。


「ありがとうございます。精霊の木さん」


 返事がないと分かっていても、声を出してお礼を言う。

 ユフィリアは気を取り直して籠を片手に、素材を確認しつつ集め出した。

 そしていざ調合――の前に着替えである。調合は危険な素材を扱う時もある。臭いが移ったり、シミになったりする素材も扱うから専用の服でやっているのだ。

 レッドセージの葉に、アイスミントの種、ネムリナナカマドの実、水属性と土属性の魔石。できれば魔力の強い植物の蜜や樹液が欲しかったが、手元にないからあきらめた。

 レシピ通りきっちり量った素材を皿に載せて改めて状態をしっかり確認。保存が悪いと、かびてしまうし、虫にやられることがあるのだ。異物混入がないかもチェックするのも大事である。

 まずはネムリナナカマドの実と魔石は粉末にするため、乳鉢で砕く。均一に細かく、地味だが大事な作業だ。一つ一つの作業をしっかり丁寧にやるのが、成功の第一歩である。乾燥させたレッドセージは軽く炒った後で、手で砕く。粉末までくだくとやりすぎになるのだ。湿気ていると上手に砕けない。 

 レッドセージは熱した蒸留水の中に入れて、濾過機に通す。できた液体が冷めた後、ネムリナナカマドと二種類の魔石を入れて、魔力を注ぎながらゆっくり混ぜて溶液を作る。


(成功すれば、薄緑色になるらしいけど……)


 毒沼地のような濁った緑色をしていた。不安に思いながらもぐるぐる混ぜ続けていると、少しずつ色が明るくなっていく。

 最初はビーカーの八分目まであったのに、どういう訳か半分くらいになってしまったが澄んだ薄緑色になった。

 ここでようやくアイスミントの種だ。それを入れたら混ぜない。放置である。中の液体は薄緑から薄黄色になれば植物栄養剤、完成である。


「成功!」


 ぱちんとユフィリアが喜びに手を打った時、横顔に何かがかすめた。

 ふわりと優しい嗅ぎ慣れた匂いに、ユフィリアは一瞬きょとんとする。天井から、一本の蔓が伸び、見る見るうちに一振りの枝となって若葉が芽吹く。

 あまりの光景に硬直していると、その枝から雫が滑り落ちてビーカーの中に入る。ユフィリアが驚愕に言葉を失っていると、植物栄養剤が光を受けたシャンパンのように透明感ある輝きの液体になった。


「え? えええー? えーっ!」


 ユフィリアが混乱のままに、淑女としてあるまじき声を上げてしまう。そんな己の口に手をやり、戒める。こういう時こそ冷静になるべきだ。

 深呼吸をして参考レシピにした本を見てみる。

 精霊の木はユフィリアに親切だし、悪いことはしていない――はず。


「上級品の植物栄養剤……!」


 そこではっとしたきっと、ユフィリアが手元ないと諦めた素材を精霊の木が補ってくれたのだ。精霊の木はさまざまな魔法を使える不思議な植物である。間違いなく魔力は多い。


「ありがとうございます! 精霊の木さん!」


 天井を見上げてお礼を言う。

 ユフィリアの声が聞こえたのからか、はたまた偶然か、外では精霊の木の枝葉が揺れていた。

 完成した植物栄養剤を瓶に詰め、その瓶が割れないように緩衝材を入れた箱に詰めた。

 持っていく分とは別に、数本余った。精霊の木に分けるべきかちょっと迷うユフィリア。何せ、素材の一つは精霊の木を使っている。本人ならぬ本木はどう感じるか分からなかったのだ。


「精霊の木さん、植物栄養剤……嫌じゃなければどうぞ」


 声を掛けつつ窓際に小瓶を置いて、ユフィリアは部屋を出る。

 扉が閉まる一瞬、小瓶は消えていた。反応が早かったので、ユフィリアの中で精霊の木はもとからおこぼれ狙いだった説が浮上するのであった。





 翌日、ユフィリアは酉の集落に訪れていた。

 着ている服は貴人らしい華やかな装いではなく、シンプルなシャツとズボンだ。

 周囲の護衛たちは、ユフィリアの持つ箱の中に並ぶ薄緑色の液体を見るが、正体は分らない。皆は首を傾げる。


「これは植物栄養剤です。まずは希釈して与えて、様子を見てみましょう」


 ユフィリアは希釈した植物栄養剤入りの水を、如雨露で桑の木の周辺に満遍なく撒く。

 できれば雨のように降らせて木の全体に散布したかったが、ヨルハのように空を飛べるわけでも、精密な魔法を使って水を操作ができるわけでもない。

 護衛たちも如雨露を持って手伝ったので、すぐに終わった。


「土壌改善も同時進行で進めたいので、腐葉土を集めたいのですが」


「腐葉土ですか?」


 ミオンが首を傾げる。聞いたことはある。落ち葉が堆積し時間が経つと、いつの間にかできている。黒っぽい土とも朽ちた落ち葉ともいえる微妙な部分のことだ。

 そこにはダンゴムシやミミズなどの昆虫類が多くいる。幼い頃、弟たちがやたら集めてポケットに入れようとするので、それを阻止するのに苦労した。


「はい。木の周囲が覆われるくらい欲しいので結構な量になるのですが。ゼイン山脈の麓の森からなら簡単に入手できるかと」


 まずは土をふかふかにするところから。効果の強い肥料は、少し離した場所に埋めると図で説明を入れるユフィリアに、頷いて理解を示すミオンたち。

 まるで護衛たちが手伝う前提で話が進んでいると、ソービは顔をひきつらせた。


「あのー! ユフィリア様! それってうちらの仕事ですか!?」


 良くも悪くも彼女は素直で、声を上げてしまった。不満の感じられる声音に、ギラリと眼力の籠った目で振り返るのはミオンだ。


「ソービ。貴女まさか、ユフィリア様の手だけ汚させるおつもり?」


「というかぁ、そんなの村人に採ってこさせればよくない?」


 さすがに気まずさを感じたのか、ソービは尻すぼみに言い返す。

 ユフィリアはやる気に満ちている。もともと土いじりは嫌いじゃないし。ゼイン山脈の奥地は危険すぎて行けないが、麓でも十分に興味深い。


「あのあたりは獣や魔物も出るんだ。ただの村人には危険が多すぎる。戦力外の農夫を連れてきても、いざとなったら困るだけだ。大体、ユフィリア様が赴くと言うなら、御用が恙無くいくようにお守りするのが我らの仕事だ」


 ミオンの正論パンチが唸る。肉球ふわふわな猫パンチではなく、爪が飛び出した猛獣パンチだ。

 何よりその迫力が怖い。ミオンの言葉は重かった。ソービの軽薄な考えを一瞬で潰す重みがある。


「私の活躍する場面がない……土集めなんてださいよー」


「諦めろ」


 良くも悪くも思ったことがすぐ口に出るソービに、呆れた口調で窘めるトウダ。その二人の姿に何やら楽しそうに笑って頷いているクルト。

 そんな三人に冷徹な眼差しをしているミオンに、ユフィリアは苦笑してしまう。新人たちが護衛として馴染むにはまだ時間がかかりそうである。

 こんな状況の中で不謹慎かもしれないが、ユフィリアは森へ行くのを楽しみにしていた。まだ図鑑でしか見たことのない希少な素材の宝庫であるゼイン山脈。隣接する森も自然豊かな一角だ。

 ついつい胸に図鑑を抱きしめながら、思いを馳せてしまう。

 

「ユフィリア様。ゼイン山脈は危険ですから、絶対我々と離れないでくださいね」


「はい。気をつけます」


 まるで心を見透かされた気がして、ちょっと疚しい気持ちになるユフィリアだった。

 行く前に栄養剤は桑の木の周囲に散布した。これだけ大きいとすぐに効果が出るとは思えないが、風に揺れる枝葉は心なしか嬉しそうに見えた。


「喜んでいるねぇ、桑の木」


 いつの間にか、背後にモルガナがいた。

 手には平たい団子にゴマ味噌が塗られた串を持っている。まだ温かいのか、香ばしい香りが周囲に漂う。

 唐突な出現に驚いた護衛たちはのけぞり、一部は武器に手を伸ばしかけた。


「ちゃんと原因に気づいたようだね。偉い偉い。いやー、優秀な弟子を持つと嬉しい限りだ」


 口の周囲に味噌だれをつけたままで、快活に笑うモルガナ。エルフは体術に優れているなんて聞いたことはないが、彼は気配がなく神出鬼没である。暇だからと一緒に付いてくるモルガナだった。

 近くの森まで荷馬車と荷車を曳いて行った。できるだけ往復回数を減らし、無駄を省きたかったのだ。ユフィリアは幌付きの荷馬車に乗って移動する。

 近づくと鬱蒼とした森の暗さが分かる。木々の生い茂り方が濃密で、光があまり届かないところ多そうだ。

 入った瞬間、緑と土の匂いを強く感じる。湿気があるが、ひんやりした空気だ。足元はふかふかの落ち葉の絨毯で、馬車の轍が嵌ってしまいそうなくらいである。落葉樹が多くあるので、腐葉土集めには苦労しなさそうだ。

 

「うー、だるっ! ヒリョー? わかんないけど、なんか狩って埋めとけばよくない?」


 ブチブチ文句を言いつつも手を動かすソービ。トウダは我関せずで黙々と仕事をしている。


「おや、これはなんだい? 鮮やかで、見かけない茸だね!」


 クルトは原色の水玉模様の茸を見つけ、面白がって取っていたがクオンに没収された。


「変なもの拾うな! つーかクサッ! なんか腐臭がする! この茸くっさい!」


 クオンが顔を顰め、茸を捨てる。すると茂みから顔を出した大きな兎がそれに鼻先を近づける。

 少し小汚く痩せているが大きな兎で、顔だけで猫くらいの大きさがある。獣人のゲットの兎姿よりも大きそうだ。


「あ、兎だ。なんだ、ゼイン山脈にも可愛いのいんじゃん」


「大きな兎だね」


 腐葉土集めに飽きていたソービとクルトが、早速脱線して兎に近づいていく。

 トウダは少し苛立ったようにちらりと見て、怪訝そうに目を細めると顔を強張らせた。


「馬鹿……! 離れろ!」


 珍しく荒々しい声と、慌てたトウダの様子にソービとクルトは不思議そうに顔だけを向ける。その時、兎の体が出てくると思ったら違った。巨大な乱杭歯と目がいくつもある何かが兎の背後から出てきた。同時に兎の顔が浮く――違う。兎の首から後ろは、その悍ましい生物に食われているのだ。

 のそりと出てきたのは巨大な蜘蛛だった。兎の頭をゴリゴリと骨ごと咀嚼する乱杭歯だけでなく普通の蜘蛛と同じような口器で体を貪ってる。その身は馬車よりも大きい。こげ茶と黒の混じる全身は、この暗い森に溶け込むのに便利そうだ。全体に硬そうな毛が生えており、ミオンが投げた苦無が弾かれる。

 少し遅れて状況を察知したソービとクルトはすぐに後ろに飛び退く。トウダは元々距離があったから、慌てて武器を探そうとする。今、手元にはスコップしかないのだ。

 そこで気づく。ミオンとクオンとレオンは動いていない。格なしの三人の反応が遅れたと思い、ソービは声を上げようするがぞれの立ち位置を理解してとどまった。

 やっと、今更ながらに気づいたのだ。

 あの三人は残ったのだ。

 彼らの後ろにはユフィリアがいる。

 最も弱く、逃げ足も遅い護衛対象がいるのだ。この状況でミオンたちが下がったら、間違いなく蜘蛛はユフィリアを狙う。




 読んでいただきありがとうございました。


 普通の蜘蛛は口器から、消化液を獲物の体にぶち込んで溶けたのを啜って食べるそうです。

 

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