蚕と桑の木
問題の場所へ
ゼイン山脈の裾野を背に構えた酉の一族の集落は、緑と山の風景が美しい田舎村だった。農耕を主な産業としているのか、田畑が広くの景色を占めている。
その集落でも特に大きなかやぶき屋根の屋敷が、今回の目的地。そこに地主と養蚕を生業にしている村人が待っていた。
現れた村長の名はムラノ。髪が羽になっている老齢の獣人だった。白鳥や白鷺の獣人だからか白髪だからかは不明だが、その髪は真っ白である。やや色褪せた風合いになった藍染めの羽織に黒い着流しを着ている。
隣は草臥れた薄茶色の着物姿の男性はオリベ。このような席にきているのに、汚れが落ち切っていない手や服の草臥れ具合からして、彼がかなり困窮しているのが察せられた。
国の皇后が来ているのだから、彼らなりの一張羅を着てきたはずだ。
(私が婚礼衣装に使った帯が、ここで生産された絹からできているなら仕事には困っていないと思っていたけれど……もしかして思った以上に事態は悪いのかしら)
ユフィリアが婚儀に使った関連商品は、今ブランド価値も高騰して非常に人気が高い。品薄の物だって多い。色々な所で経済が回っていると、卯の一族の族長であるゲットが行っていた。
茶色いふわふわボディのキューティーラビットな姿のゲットだが、その本性は極度の銭ゲバである。商魂たくましい守銭奴で、ユフィリアの調合した薬をことあるごとにねだって、仕入れや製品化の打診をしてくる。
すでにゼインアロエを使った胃腸薬や、火傷で爛れた皮膚も治る軟膏、たちどころに毛並みが復活する美髪剤などが契約済みだ。ヨルハが目を光らせているので、無理のない範囲でやっている。
日頃の彼の上機嫌具合から察するに、婚礼フィーバーはまだまだ続きそうだ。
最初はずっと緊張で堅かったオリベは、とつとつと状況を説明しはじめる。
「オラんとこは、代々養蚕をやっとります。前は周りの連中も養蚕やっとって、もっと多かったけんどいまはオラんとこしかねえですだ」
なかなか訛りが強い。だが、全く理解できないほどではない。
オリベの話によればそもそもここは田畑より、上質な絹を生み出す養蚕がメインだった。かつては多くの家が蚕を育てて、良質な絹を生産していた。
ここで代々引き継がれる蚕は、この村にある桑の葉しか食べない。この集落の蚕がこの桑の葉を食べることで、他とは一線を画す艶のある絹糸ができるのだ。
他所の蚕ではダメで、色艶が全く違う。だからこそ、特産品としての価値が生まれた。
しかし、問題はその餌となる桑。話で聞いた通り、ここ数年に一気に衰えが見え始めた。新芽が減り、以前のように青々と茂らなくなってしまっただけでなく、葉の品質も悪くなっているという。
「まあ、それは大変でしたね」
「今までこんなことねがったですんで、オラたちはどうしたらええんでしょうか」
神獣ご夫妻の式のご衣装に使われたと、喜んだのも束の間。増産を望まれているが存続も危うい状況。
何とか騙し騙し蚕の数を少なめに維持して、飢えさせないように調整しつつ、桑の木もダメージを与えないように少ない収穫にしているという。
まずは蚕のほうを案内してもらった。
ユフィリアも図鑑で蚕を知っている。幼虫の時は白い芋虫で、成虫になると真っ白な蛾になる。蛾と言っても、その純白の姿とつぶらな黒い瞳、もふもふした全身で可愛らしい感じだ。
普通の令嬢なら芋虫を嫌がって悲鳴を上げてもおかしくないところだが、ユフィリアは慣れていた。自分の畑では害虫も益虫も出てくるし、そもそも錬金術の素材に虫を使うことだってある。
実際に養蚕場を見ると、予想通り白い芋虫姿の幼虫と、もふもふ姿の成虫がいる。
ただ、予想外の点が一つ。
(お、大きい……)
普通ならば幼虫は指くらいのサイズで、成虫も手のひらに収まるくらいがノーマル蚕。
だが、小屋の中にいたのは足より太そうな芋虫と、小型犬くらいありそうな蚕。
「こ、これは一匹でも結構食べそうですね」
「一匹でこの籠くらいは一日で食いますだ」
オリベはそう言って年季の入った丸い藤籠を指さす。
育ち盛りの幼虫の餌は桑の葉のみ。蚕の成虫は食事すらしないはずだが、何やら筒の中に管のような口を突っ込んで食事をしている気がする。
「良い卵を産むためにも蜂蜜をあたえていますだ。あとうちの蚕はでっかい上に繭作りがへったくそなんで、作り始めたらすぐに糸を回収して、蛹入れのベッドに寝かせて成虫まで待つですだ」
この蚕、自分の繭すら作れないと言う。ほっとくと糸に絡まって窒息してしまうので、その辺の世話は絶対とのこと。
なんという生活力のなさだろう。人に飼われることにより、様々に退化した結果が蚕だと言うけれど、ここまで来るとは。
本来の蚕は繭の時点で熱湯につけて殺してしまうから、その点では優しい養蚕なのだと思うことにする。
「餌の桑の木が本当に弱っちまって、オラの代で養蚕を畳まなきゃならんかもしれんです。他の家も、木がダメになっちまってやめちまったです」
良く見れば蚕のいる部屋はどれもスカスカだ。入口に近い場所には蚕が多くいるだけで、全体の半分も使用していない。
似たような小屋が他にもあるが、半分朽ちたような姿になっている。長らく使用されていないのだろう。
カーテンの隙間から外を見る。遠くを見れば同じような小屋がある。きっと、養蚕をやめた後も小屋だけは残っている状態なのだ。
(……ああ、本当にここは養蚕が盛んだったのね。蚕を育て続けるだけの餌を維持できず、廃業してしまった)
一つ二つなんて数じゃない。きっと、この小屋の数だけ挫折と諦めがあったのだ。
蚕自体は元気そのものだ。幼虫はぷくぷくで、成虫はもふもふ。運動神経は両方死んでいるのか、動きはのっそりとしている。大切に育てられていると分かった。
オリベは端っこをふらふら移動している蚕を見つけると、優しい手つきで安全な場所まで移動させる。
「いやあー、これが蚕かぁ。うん、この幼虫なんて丸々太っていて、こんがり焼いたら美味しそうだよね!」
モルガナの言葉を聞いたオリベは、蚕たちを庇うように両手を広げる。モルガナからの怪しい視線を遮ろうとする。
今までのんびりとした印象だったのに、驚くほど機敏だった。モルガナは「冗談だよ」と言っているが、オリベは訝しげである。
「じゃあ、次は本題の桑の木に行こうか」
モルガナがそう言うと、オリベはいそいそと移動する。可愛い蚕たちをヤバそうなエルフと同じ空間にいさせたくないとその背中が言っている気がするが、そうじゃないと思いたいユフィリアだった。
案内された先は、小屋からそう離れていなかった。
ひときわ大きな巨木――これがあの蚕の主食となる桑の木。
あの巨大蚕の餌はこの木だけ。ここ数年は新しく増やすこともできず手詰まり状態。最後の希望が、この老木にかかっている。
「成虫はこの桑の実で作ったジュースか蜂蜜しか食わないですだ。最近は実付きが悪くて、蜂蜜ばっかりですだが……」
「そうですのね」
見上げた枝葉には青々としているが、一部は禿げ野状態の枝もある。
「いつもなら翌日には葉が戻ってるはずですだが、ここ数年は戻りが悪くなっとります」
普通は戻らない。一般的な植物は数か月かけて枝葉を戻すはずだ。
ここはゼイングロウなので、普通とは違うのかもしれない。ユフィリアの畑のゼインアロエがずっと花を咲き続けさせているように、タフな植物が多いのだろう。
ユフィリアはちらりとモルガナを見るが、彼は腕を組んでにっこりと笑い返すだけ。全く手伝う気配はない。
ユフィリアがやれと言うことだろう。
木の診察なんてしたことないけれど、とりあえず幹に近づいて手を触れる。乾いた樹皮に触れて、その年季の入った幹や太い根を見た。
(なんか、草臥れているな。疲れている? 老木だからかな)
なんとなく屈んでその地面に触れる。すごく硬い。岩盤なんじゃないかというくらい、カッチカチの地面である。そういう土地を好む品種なのだろうか。
手で少し掘るとと、表層に薄っすら腐葉土まじりの柔らかい部分があるけれど、全体的に土壌が痩せている気がする。
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