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集落への道中

エルフケーキ(仮)のイメージは、かつてお土産でもらったことのあるナッツと蜂蜜の焼き菓子です。ケーキかクッキーだった気がします。



 目的地は意外と近く、馬車や牛車で移動すれば一日で着く距離にあった。

 酉の一族の集落と言っても、かなり広さがある。飛び地になっている場所もあるから、それなりの距離があるだろうと予想していた。

 予定が決まったのが急だったため、馬車が出発してから到着時間を確認することになったのだが、モルガナは最初から分かっていたのかあっさりとしたものである。

 

「小一時間で着くよ。精霊の木から出発したんだから」


「精霊の木……からだからですか? 内部だけでなく、外部の距離も干渉するのでしょうか?」


「君たちの住まいは特に力が強いからね。ゼイン山脈から、肥沃な魔力をたっぷり受けて育っている。ゼイングロウはメーダイルと違って変な魔法が組まれていないし、これくらいなら朝飯前だよ」


 樹木に朝飯の概念があるのだろうか。ユフィリアは首を傾げたが、とりあえずは精霊の木の力であることは理解できた。


「精霊の木はすごいのですね」


「ユフィに早く帰ってきて欲しかったんでしょ。随分気に入られているみたいだし」


 さらりと愛称で呼ばれたけれど、モルガナには特に意味があって呼んでのではないのだろう。ヨルハがユフィユフィと連呼するから、それにつられただけだ。


「君は自然に愛される娘だから」


 モルガナの言葉に、ユフィリアは戸惑う。自然に愛されるとはどういう意味だろうか。

 愛と聞いて真っ先に思い浮かぶのは夫のヨルハ。いつだってビッグラブで溢れている。ユフィリアより周囲が鬱陶しがるくらい、溺愛している。

 真意が分からなくて訪ねようとしたところで、大きく手を叩くモルガナ。思わず問いかけを飲み込んでしまう。


「という訳で、今回の桑の木問題は君が解決してみよう!」


「ええ、私が!? モルガナ様ではなく?」


「まあドン詰まったら助言くらいはするよ~。ほら、可愛い子には旅をさせろって言うじゃない。師匠としての親心だよ」


 今のところ、全く師匠をしていない。

 教えてもらっていることもないし、ぶん投げられたも同然である。


「私はこの集落で有名なお蕎麦を堪能してくるよ。五軒は回りたいなぁ」


 ユフィリアは気づいた。モルガナは木の診療より、食い倒れ旅行を優先したのだ。

 グルメガイドの雑誌を片手に、うきうきしている美形エルフに冷たい視線を送ってしまうユフィリアは悪くない。ユフィリアだけでなく、外からこの話を聞いていたミオンたちもゴミクズを見る目でモルガナを見ていた。

 マイペースなモルガナは、ヨルハに一目置かれる実力がある。それなのに、なんで自分から評価を下げていくスタイルなのだろうか。


「私はねえ、木の不調について大体予想はついているんだ。教えて分かるより、自分で気づけたほうがいいからね。多角的に考えて、君なりに結論を出すのが大事だよ」


 まったく何も考えていなかったわけではなかったのだ。

 確かに最初に答えを教えてもらったら、それ以上深くは考えないだろう。解決策を探すことを優先してしまう。


「ああ。私はなんて良い師匠なんだろう。そんな私に、君の調合した苦くない胃薬をプレゼントしてくれていいんだよ?」


 煌めく美貌と共に流し目を添えてとばかりに微笑まれる。麗しさのフルコンボを決めてくるモルガナだが、ユフィリアの目は冷静だった。


「その前に、そんなに食べすぎたらだめですよ。大人なのですから、腹八分目で自重してくださいませ」


 まったくもってその通りである。

 十七歳なんて孫より若い。エルフの感覚だと幼いと言って過言でないユフィリアからのお叱りに、ちょっとしょんぼりするモルガナだった。

 図体も態度もでかいヨルハに怒られるのは慣れているが、見るからに華奢で儚げなユフィリアからの正論諭しは心にぐっさり刺さる。


「だって美味しいんだもん。ゼイングロウのご飯……脂っこくないし、甘すぎないし、ネチネチしていなし……」


 項垂れながらいじいじと指先を突きながら泣き始めるモルガナ。

 その言葉を聞いていると、エルフの料理がまずいように聞こえてしまう。言ったこともないエルフの里に、偏見ができてしまいそうだ。


「まあ、そんなことをおっしゃって。エルフのお料理だって美味しいものはあるでしょう?」


「保存食」


「え?」


「なんか、いつの間にか腐っているから、家だと保存食が多いんだ。気づいたら腐海を生み出していることが多くて」


 そういえば、ヨルハがモルガナをガサツとかずぼらとか酷評をしていた気がする。この様子だとかなりの確率で食材をダメにしているのだろう。


「割とポピュラーな伝統料理の一つにドライフルーツやナッツのケーキなんだけど噛めば噛むほど蜂蜜の甘さが広がりネチョネチョとジャリジャリとゴリゴリの絶望的な食感と共に、口内を蹂躙していくんだ。粘り気のある糖分と油分で味覚は麻痺するし、硬いドライフルーツとナッツと申し訳程度の小麦粉が唾液さえ奪っていく。水やお茶を口に含んでも全然溶けずに、べったり歯茎に張り付いてしばらく口から味が抜けないから」


 ユフィリアはそのケーキを食べたことはないが、聞いているだけでお腹いっぱいになってくる。食欲が減退して、無意識に口を抑えた。

 語るモルガナの目は死んでいる。記憶の中の絶望に囚われた碧眼が、果てのない深淵を覗き込んでいる。

 なんと声をかけてよいかと迷っていると、馬車が止まった。


「お二人とも。着きましたよ。開けても良いでしょうか?」


「え。ええ。お願いします」


 幸運なことに、丁度目的地に到着したようだ。ミオンが外から声をかけてきたので、ユフィリアはすぐに了承する。とにかく外の空気を吸いたかった。

 モルガナも絶望ケーキから意識を切り替えたのか、パッと顔を上げる。その時にはいつもの彼に戻っていた。


「おっそば~」


 そう言って扉の空いた馬車から飛び出したモルガナ。自由人過ぎるハイエルフを即座に捕獲するのはミオンである。

 彼の首根っこをひっつかんだ状態で、ユフィリアに手を差し伸べる。


「まずは現地の者に説明を受け、それから案内をさせましょう」


 くるりと振り向いたミオンは、容赦なくモルガナを睨みつける。

 その目は「ユフィリア様を煩わすな」と警告していた。思わず口を閉ざして大人しく歩きはじめるモルガナ。

 その姿を後ろの荷馬車から見たソービは思わず身をかがめて、馬車の外から見えないように縮んでいた。


「こっわ! 何あれ! あの上司、リス妖精と同じタイプ?」


「おや、ソービ。昨日は侍女としての手ほどきをリス妖精から受けていたそうだけど、そんなに厳しいのかい?」


 ミオンに怖気づいているソービに、揶揄する口調でクルトが聞いてくる。


「厳しいし怖いんだよ! ニコニコしてるくせに容赦しないし、ちょっとサボると後ろ向いてても即バレる! 逃げようにもリス妖精が他にもいっぱいいて逃げらんないし……! あいつら意外と早いし、魔法使うから厄介だっての!」


 ユフィリアには優しくてまめまめしくお世話しているのに、ソービに対しては鬼教官モードだ。両親にだってあんなに厳しくされたことはない。

 ソービは子の里で十数年ぶりに生まれた霊獣の格持ちだ。期待され、誰よりも強くて甘やかされていたソービは未知の体験だった。


「この給仕服もビミョーに可愛くないし走りにくいんだよね」


 リス妖精から逃げるのを優先させていたので、着替えず馬車に乗り込んだソービは足首まで隠れる小袖にエプロンを身に着けた状態だ。

 普段はノースリーブにミニスカート丈なので、鬱陶しくて仕方がない。


「清楚で可愛らしいじゃないか」


 ソービの小袖は濃い目のピンクで、白い花模様があしらわれている。真っ白なエプロンは裾にフリルが付いているし、派手さはないが楚々とした可憐さがある。

 クルトはそう思ったが、ソービにしては地味すぎて趣味ではない。


「えーっ! ダサいダサい! 裾なしでミニでしょ! 足は出してなんぼ!」


 ぶんぶんと首を横に振るソービに、トウダは呆れ顔だ。

 今まで口には出さなかったものの、トウダはそもそもソービの服の趣味が派手過ぎると思っていた。


「……露出狂」


「はあああ!? なんだと!? 表出ろ!」


 ぼそりと呟いたトウダの言葉は、しっかり聞こえていた。一気に怒髪天を突いたソービはギャンギャンと小型犬のように高く吠えながら、トウダの襟首を掴む。

 そのままトウダを馬車の外に引きずり出したソービに影がかかる。


「お前らいつまで遊んでんの? ユフィリア様はとっくにいっちまったぞ」


 そこにいたのは黒豹の獣人の少年。双子であるクオンかレオンの区別のつかない三人は、とっさに名前を呼べずに黙った。

 ちなみに三人を呼びに来たのはレオンのほうだ。クオンは最低限の荷物を持って、ミオンと共に護衛に付いている。

 つまり三人は、おしゃべりに夢中で護衛対象のことをすっかり忘れ、護衛部隊からも置いていかれた状態。挙句、いつまでも来ないので先輩が呼びに来たという大失態だ。

 護衛対象のユフィリアが、わざわざ三人を待つなんてことはしない。そもそも、ユフィリアが馬車を出るのを待つくらいに先回りして当然だ。

 ソービは露骨に真っ青になり、トウダも少し落ち込んだようだ。一番マイペースなクルトも、さすがに気まずそうである。

 護衛なんて楽勝。そう思っていたのに、早速足を引っ張っているのが現実だった。



読んでいただきありがとうございました。

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