ユフィリアの才能
シンラあたりは「おや?」とは思っている
その日の夕食。当たり前のように食卓に座るモルガナ。
今日もリス妖精が腕を振るった料理が、テーブルの上に並んでいる。それらに目を輝かせ、そわそわと落ち着きがない。揺れるその頭にはたんこぶがあり、白い頬には無数のひっかき傷が残っている。
「ちょっと味見をしようとしたら、リス妖精に怒られてしまったよ」
アッハッハーと暢気に笑うモルガナだが、その後ろにいる数匹のリス妖精の顔は劇画調になるくらい切れ散らかしている。無言でお玉やしゃもじの素振りをするリス妖精もおり、殺気に満ちていた。
こんなに殺伐としたリス妖精を見たことがない。
「ジュイ!!!」
「次やったらその頭燃やすって」
鋭く鳴くリス妖精の言葉を、ヨルハが呆れながら通訳する。それはモルガナのためではなく、この中で妖精の言葉を理解できないユフィリアのためだ。
それでも分からないなりに、ニュアンスを汲み取ることには慣れてきている。
「手厳しい。リス妖精の作る食事は美味しいと評判だから楽しみなんだ。うちもいい感じの木造建築なのに、どうしてか居ついてくれなくてね」
家事のスペシャリストであるリス妖精は、普通の妖精とは違うのだ。自由気ままに自然の中で暮らさない。住居で仕える家を選び、そこで働く。
ユフィリアたちの住む精霊の木は、リス妖精にとっては最高級ランクの仕事先だ。競争率が激しく、リス妖精界隈の中でも仕事のできる個体が集結している。。
「お前、ガサツすぎて何度もリス妖精逃げ出しているから、住居じゃなくてお前の問題だろう」
呆れながらヨルハが言うと「もっと言ってやれ!!」と言いたげにシャドーボクシングをしているリス妖精たち。
どう答えていいものかと苦笑しているユフィリアに、ヨルハがそっと耳打ちする。
「アイツ、リス業界ではブラックリスト入りしているんだよ。すっごく家を汚くするから」
「意外です。リス妖精さんはやりがいに燃えそうですけど」
「それだけじゃない。モルガナは変な魔法を使うし、変な魔道具もごろごろしているからな。ユフィみたいに整理整頓しないから」
目の前でひそひそされているが、モルガナはテーブルの上の料理に夢中で気がついていない。そもそも彼はすごくマイペースなので、気にもしないのだろう。
本日のメニューは海老と貝がごろごろ乗った海鮮たっぷりのパエリア、パプリカと鶏肉のマリネに、特製のソースに漬け込んスペアリブ、ほっこりとする優しい甘さのかぼちゃスープ、リス妖精秘伝のドレッシングのコブサラダ、三種のテーブルロールに、ボイルされたソーセージ、具だくさんのオムレツとたっぷりある。
デザートには苺とラズベリーのババロアの二種のババロア、と蜜柑のシャーベット。これは冷菓なので、後で出てくる予定だ。
「今日はその……いつもより多いですね?」
「ちゅぅ……」
一人多いのを考慮しても、かなりボリュームが増えている。驚いているユフィリアに、少し不安げな表情のリス妖精がモルガナを見る。
彼は嬉しそうに料理を眺め、早速パエリアに手を伸ばしていた。
「ユフィ、アイツがユフィの分まで取ろうとしたらこれで刺すんだよ?」
そう言ってヨルハはそっとユフィリアに触れ、アイスピックを握らせようとしてくる。なんでカトラリーの中にあるのだろうと思ったら、モルガナへの牽制用だったのだ。
「その隙に俺が殴って止めるから」
どうやら、モルガナは色々と信用性がないらしい。
当のモルガナは周囲からの微妙な視線をものともせず、嬉々と料理を食べ続け、デザートも完食。食後のワインまでばっちり開けて最後には床に転がっていた。
それを給仕姿のソービが面倒くさそうに部屋に運ぶ。抱き上げるのではなく、片足だけ持って引きずって持っていったのだ。
(彼はエルフの族長だったはずなのに、あんなに雑な扱いよいのでしょうか?)
一人慌てているユフィリアだが、ヨルハはまったく気にしていない。邪魔なのがいるくらいにしか思ってなさそうなくらい無関心なのに、モルガナはその冷たい視線をものともしない。
獣人のトップとエルフのトップの食事会なのに、礼儀や気遣いががお出かけしている。種族同士の軋轢や、外交の問題にならないか心配だ。一人気苦労が絶えないユフィリアである。
草木も眠る夜中に、精霊の木の根元に黒い影が動く。迷いのない足取りで向かうのは、ユフィリアが丹精込めて育てている薬草畑だ。
ユフィリアにしては背が高い。ヨルハにしては細身である。
その人物は指先に光を灯す。魔法で照らされた灯りに浮かび上がったのは、モルガナだった。
足元にある小さなハウスの中のソリハリ除虫菊は、ゼイン山脈の厳しい環境でしか育たない。この辺りでは育成が難しいはずだ。
良く見れば畝の近くに魔石が設置されている。
「考えたなぁ。これで雪原の寒さと土壌の魔力の濃さを再現しているのか」
水と風の魔石で、冷風が当たるようになっている。そして、魔石自体の魔力で土壌の魔力を潤沢にしている。
くるりと方向を変えたモルガナは元気がはちきれんばかりに育つゼインアロエを見る。滅多に見られないような鮮やかな赤い蕾がある。日中にはあちこちに花を咲かせていた。
「黄色と赤色の花か。しかも深紅のような真っ赤となれば私でも難しいぞ」
ゼインアロエは気難しい植物だ。そもそも栽培に向いていない。薬効が豊富で、様々な部分を素材に使えるのに、増やすのが難しい代物だ。需要は高いのに、安定的な供給が難しい素材の一つである。花は特にそうだ。
やろうと思ってもこんなに旺盛に育ってはくれない。
ユフィリアの愛情とマメな性格もあるが、それ以上に才能の片鱗が溢れている。
「……これはうん、確かに伸びしろがあるだろうなぁ」
皇后と二足の草鞋にさせるのがもったいないくらいの素質がユフィリアにある。
本人は無自覚だろうけれど、精霊の木に好かれ難しい薬草を難なく育てていることからして『緑の手』の持ち主なのだろう。
自然に、大地に、花に、木々――植物に愛された才能の持ち主。
ユフィリアの纏う空気や、あの馬鹿けた勢いで旺盛に育ち爛漫に咲いたゼインアロエを見て、もしやとは思ったが、大当たりだ。
「ゼイングロウでは気づかれにくいだろうけど、稀有な才だ。ミストルティンでも重宝されただろうに。
本格的にやり始めたのは最近だとは聞いたが、今の時点でこれだけでできることは、伸びしろもある。メーダイルなんかにいたら一生閉じ込められてこき使われただろうな」
メーダイルでは育ちにくい植物でも、彼女なら育成できる。ゼイングロウに頼らねば入手できない薬草だって生産可能だ。彼女が手に入れば大きく変わる。かなりの予算が浮いて新しい薬にも着手できる。
北の大国メーダイルが覇権国家と呼ばれたのはもう数百年も前の話。今では嫌々ながらにゼイングロウの顔を窺っている。
純粋な武力ではゼイングロウには敵わない。だからメーダイルは魔法や薬、兵器に力を注いで、ゼイングロウに勝とうとしている。
そんなメーダイルにとって『緑の手』は喉から手が出るほど欲しいだろう。
当然、ヨルハたちは許さない。ヨルハは久方に現れた神獣であり、ユフィリアはその番だ。その重要性は高く『緑の手』だとか関係なく、ユフィリアを庇護している。
だがきっと、そのうち気づかれるだろう。
ただでさえメーダイルはユフィリアを注視し、害す機会を窺って監視ししているはずだから。
実に性格の悪いことである。
「まあ、頑張りなよ。旦那様?」
上を向けば、木々の陰に紛れるように潜む巨躯の影があった。静かにモルガナを見下ろす黄金の双眸が見える。
勝手にユフィリアの畑を荒らすようであれば、腕の一本や二本圧し折ってやる予定だった。ただ見ているだけのようだから、知らぬ仲でもないので我慢してやったのだ。
モルガナの独り言は、すべてヨルハに向けた助言だったのだ。
「言われなくても。ユフィに興味があるの?」
「あるね。『緑の手』は貴重だよ。自然に愛された稀有な力。私ですら数えるほどしか見たことない。こんなにすごい子はどれくらいぶりかな……あの子の才能は有用だ。金にも力にもなる。メーダイルに奪われないようにね」
「当然だ」
ユフィリアの能力がどんなものであろうが関係ない。ヨルハはユフィリアを愛しているから、傍にいて欲しいから守り続ける。
何もかもぼんやりとした暗い世界に、彩りと輝きを与えてくれたユフィリア。その存在だけで、何者にも代えられない価値がある。
誰であろうと、ユフィリアを利用するなんて許さない。
ミストルティンにいた頃の彼女は、将来を悲観する籠の鳥だった。ゼイングロウに来て屈託なく笑うようになったユフィリア。その心を曇らせるなんて、想像するだけで怒りがふつふつと湧いてくる。
危うく殺気を放つところだったヨルハだが、寝室のほうを見て心を落ち着かせる。
寝台ではユフィリアが眠っている。ヨルハの大切な番が健やかに寝ていると思うと、すっと怒りが引いた。
「じゃあ、おやすみ。ヨルハ」
モルガナはそう言って精霊の木に戻っていく。だが、出てきたドアがなくなって騒いでいた。
精霊の木に抗議している声を聞きながら、翼を広げて寝室に飛んでいくヨルハだった。
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