マイペースエルフの提案
台風一過のごとく
「俺は、ユフィリアと最高の結婚式を挙げたかった」
事実最高の結婚式にした。なんとか帯は間に合ったので、モルガナをしばきに行かなかっただけである。
そんな暇があれば晴れて妻になったユフィリアとの時間を増やすほうが大事なのだ。
優先順位がユフィリア>>>>>>(越えられない壁)……>>>>モルガナであり、ヨルハの譲れない部分である。
「私は……ヨルハ様に十分すぎるほどいただいています。だから、あまり怒らないでください」
物騒な殴り込み計画を知らないユフィリアは、ご機嫌斜めなヨルハを宥める。
ナチュラルにいちゃつき始めた二人を見るモルガナは、先ほどの軽薄なノリは消えている。どこか草臥れたような、諦めたような眼差しで二人を見ていた。
長生きの彼は知っている。邪魔したら獣人側が切れるのだ。両方獣人同士の番の場合、ダブルで食って掛かられる。この場合、ヨルハが怒るので手を出したらえらい目に合う。
「夕飯ご馳走になったら帰っていい?」
「ここに居座るつもりか」
モルガナが当たり前のように夕食を食べる気でいたので、ヨルハが嫌そうに振り返った。
ゼイングロウに滞在中はヨルハの伝手を頼る気満々だったモルガナは「ケチ!」と批判し、更にヨルハが睨む。その間に挟まれたユフィリアは二人を交互に見て、おろおろしてしまう。
どうして二人は気安い関係に見えるのに、険悪になりがちなのだろうか。自然とユフィリアが取り持つ形になる。
「ヨルハ様っ! ええと、モルガナ様は遠くからお越しなのでしょう? お泊りになられていかれては?」
とっさに出たユフィリアの提案に、ヨルハはぎょっとする。
相手が人間や獣人はすべて子供にしか見えていないような、千歳オーバーのエルフジジイでも見てくれは若い男。新婚生活の中に投入したくない雑音だ。
「遅れたとはいえ、こちらの都合で呼んだのです。例の反物や蚕の件、私も気になっていましたから」
訴えかけてくるユフィリアの言葉にヨルハは迷う。結婚式に贈った帯を、ユフィリアは気に入っていた。物が物なので普段使いはできないものの、次はいつ使えるか思いを馳せ、合いそうな着物の組み合わせを考えるくらいには心に留めている。
あの帯の輝きは、上質な絹があってこそ。その素材の要は蚕と、その餌である桑の木だからその木を朽ちさせるのは、ヨルハとしても本意ではない。
珍しく即決できず、顔を複雑に歪ませている。そのヨルハの姿にモルガナは「そうだ」と名案でも閃いた声を上げる。
「じゃあ、この若い子たち連れて明日早速行ってみようか」
若い子、と新人三人を指さすモルガナ。
突然話を振られてソービとトウダは驚いているが、クルトは面白そうに顎に手をやっている。完全に蚊帳の外の気分で、終わるのを待っていたのに思わぬ方向で話が振られてきた。
「護衛の練習をするなら、安全な場所からのほうがいい」
それはもっともである。危険なのは外交――メーダイル帝国が絡む時だ。
大きな催しがどちらかの国で起きれば、ユフィリアが皇帝夫妻としてゲストに呼ばれる可能性が高い。
個々の能力は高くても、ソービたちはまだまだ粗削り。護衛としての経験はほとんどないだろうから、まずは安全なゼイングロウ国内で慣らしていったほうがいい。何かあっても対応がしやすい。
「それもそうだな。特にソービは侍女として叩き込むことも多いし」
ヨルハはそう言って、ちらりとソービを見る。
視線を寄越されたソービは自分を指さしながら、納得いかないと声を上げる。
「侍女!? メイドってこと!? お給仕やるためにきたんじゃないんですけど!」
護衛としての役目をしに来ただけであって、こまごまとした身の回りの世話をする使用人になるなんて聞いていない。そんなソービの副音声が聞こえてそうだ。
「何のためにユフィと同性の護衛を選んだと思っている。一番危険なのは警備が手薄になりやすい室内だ。寝室もそうだけど、湯浴みや着替えの時なんかは護衛が減るからな」
ヨルハからすっぱりと言い返され、口籠るソービ。彼女の不満は、ヨルハからの至極まっとうな正論で叩き潰される。
正直なところ、ソービは護衛の話を甘く見ていた。不埒な輩をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返せばいい勝手に思っていたのだ。万事を力技で解決と単純に考えていた。
護衛任務のために、別のことも学ばなくてはいけないなんて想定外である。
「マ、マジ……? うっそぉ……めんど、つらぁ~」
落ち込んで座り込むソービの肩を、ふわふわで柔らかい何かがぽむぽむと叩く。労うかのような存在に、ソービは振り返る。
そこには、エプロン姿のシマリスがいた。ただ、普通なら手のひらサイズのシマリスだが、こちらは巨大で人間子供くらいは余裕である。つぶらな瞳を細めて口角を上げるが、笑い方がソービをロックオンしており、本能的に寒気がする。
逃げようとしたソービの帯をがっしりと掴み、解けないようにしつつ引きずっていく。
「ちゅー! ちゅちゅちゅーっ!」
特別意訳:お世話のプロは一日にしてならず! 今日から住み込みで叩きこむー!
彼女は正確に、リス妖精の意気込みを聞き取ってしまった。
ヤマアラシ科はネズミ目。幸か不幸かソービは子の一族だった。生まれた集落には多くのげっ歯類系獣人が多く、彼女には慣れ親しんだものである。他の二人に比べ、シマリス系妖精の言葉の理解力は高い。
「ヤダヤダ! やああだあああ! メイドなんてやだー!」
逃げようとしたソービだが、リス妖精が素早く投げ縄をして捕獲する。普通の縄なら逃げられたけれど、その縄は自走するし追尾もしてくるマジカルな縄。あっという間にぐるぐる巻きだ。
悲鳴を上げながらずるずる引きずられていくソービの後を、何故かモルガナが付いてく。
「ねえねえ、今日の夕飯は何だい? スープは? メインは? デザートは?」
このエルフ、本当にマイペースである。隣で阿鼻叫喚が繰り広げられようが、自分の欲求のままに動いている。にこにことした人畜無害そうな美顔をしているがいい性格だった。
リス妖精は慣れているのか、尻尾でべしべし引っ叩きながら追い払おうとしている。
「トウダとクルトは、ミオンたちと行動しろ。最低でも明日の流れくらいは覚えるように」
残った二人に指示を出すヨルハは、彼らに興味を失っているようだ。ユフィリアの肩口に頭を摺り寄せている。
ユフィリアは困惑しているが、二人は特に気にしないようで退席していった。
(だ、大丈夫なんでしょうか……?)
ユフィリアの意識が別方向に向いていると気づいたヨルハは、こちらを見て欲しいとギュッと抱き着いてきた。
「ええと、ヨルハ様。そのあの新しい護衛の方々は」
「彼らはそのぞれの一族でも期待された若者だ。個々の能力はある。でも護衛に関してはズブの素人だから、まずは流れだけでも覚えさせなきゃね。その辺はミオンたちの管轄だし」
ヨルハは強いが能力差がありすぎるし、護衛でも表立って護衛する場合と、影ながら護衛する場合がある。護衛同士の連携も考えれば、ミオンに預けるのが最善なのだ。
「そうですよね。ええと、モルガナ様とはお知り合いなのでしょうか?」
「あっちはシンラが皇帝をやる前からずっとエルフの族長だからね。俺のことも子供の頃から知っているから、やたらガキ扱いしてくる……いや、違うな」
気になっていたことを質問するユフィリアに、ヨルハは答える。かなり気安そうに見えたのは気のせいではなく、昔からの付き合いなのだ。
「モルガナにとっては俺もシンラも全員お子様なんだろうな。長寿種ってのもあるけど、エルフの中でも特にずぼらなんだよ。」
呆れたように愚痴っぽくこぼすヨルハ。癒しのようにユフィリアにすり寄るが、体重をかけないし無暗に力を籠めないので苦しくない。
シンラは巳の族長でイグアナの獣人。貫禄と落ち着きのある初老の男性だ。人生はとっくに後半に差し掛かっている年齢だ。
千年以上生きたハイエルフにとって、百年も生きていない人間や獣人は幼子扱いなのかと微妙な気持ちになる。
確かに、ざっくりと考えても自分の十分の一以下しか生きていない思えばそうなっても仕方ないかもしれない。
「長生きだからしっかり知識も溜め込んでいるんだよ。魔法や薬に関して博識だから、困った時はモルガナに聞くのが一番早い。
食道楽だから適当に飯を食わせておけばいいしな」
そういえば先ほど結婚式に遅れた理由も食べ物関連だった。あのほっそりとした体で食欲旺盛なのは意外である。
「エルフの方は食道楽が多いのですか?」
「ううん、モルガナが特に意地汚いだけ」
なんでこう、モルガナに対して辛辣なのだろうか。ヨルハの辛口コメントに、ユフィリアは困ってしまう。
だが、エルフの知識については気になった。ヨルハがその知恵を借りたいと思い、真っ先に頼るくらいなのだから間違いなく信用できる。
「で、ではモルガナ様はエルフの秘薬のようなものをご存じなので?
「それは分からないけれど、植物にも詳しいね。薬に関してはゼイングロウよりは歴史があると思うよ。そもそもモルガナ自体がメーダイルができる前から生きているから、今は廃れたレシピも知ってるんじゃないかな」
ヨルハの言葉にユフィリアは大いに興味がそそられる。
「まあ!」
エルフの長い時間の中で連綿と紡がれた膨大な知識。なんて魅力的なのだろう。
ユフィリアが目を輝かせていると、ヨルハは口が滑ったと気づいた。好奇心と知識欲にエンジンがかかってしまっているユフィリアは、かなり貪欲だ。
「えーと、ユフィ? あいつは蚕の件が終わったら帰ると思うよ?」
「では、その間だけでも是非学ばせていただきたいです」
モルガナはロリコン(寿命的な意味で)ではないから、基本的に獣人や人間には手を出さないはずだ。
それでも異性とユフィリアが一緒にいるのは嫌なヨルハ。しかし、こんなに期待しているユフィリアを無下になんてできない。ちらりと目線を移せば目をキラキラさせているユフィリア。ヨルハの番がこんなにもとても可愛いのに、これを自分の言葉で悲しませてしまうのは言語道断だ。
もともと護衛の予行練習として同行の許可は下ろすつもりだったが、こんなにも食いついてくるのは予想外だ。複雑な心境である。
ちらりとユフィリアを見るとも今から楽しみにしてる。
こんなに期待しているユフィリアの表情を曇らせるなんて、ヨルハにはできない。
「人間や獣人では薬型を試してみたのですが、エルフでやったら反応の違いはあるのかしら。あれだけ御髪が長いのなら、大目にいただけたりできたらいいんですけど」
薬型とは、薬を治験するための道具である。人型の髪に特殊な薬液と、その使用対象の体の一部を溶かしたものを塗って使用する。
ユフィリアは薬の知識も気になるが、治験のサンプルとしても興味があるようだ。
ある意味、体目当て。
知識と素材として興味があるのかと納得した。疑っていたわけではないが、異性としては微塵も興味を持っていないようだ。
「ユフィが欲しいなら、アイツの頭皮ごと俺が毟ってくるよ」
「ダメです、ヨルハ様。頭皮まで取ってしまったら、次の髪が生えなくなってしまうかもしれません」
その前の色々と重症になりそうだが、そこはいいのだろうかとヨルハは一瞬そう思ったが、可愛く叱るけれど少しずれているユフィリアが愛しいのでどうでも良くなった。
二人の会話を聞いてしまったリス妖精が「はわわ」と慌てている。普段は良識のあるユフィリアなのに、錬金術が絡むと時折倫理観が怪しくなるのだ。
しかも、会話している神獣皇帝はやるときはやる。良い意味でも、悪い意味でも。ユフィリアの些細な言葉で、モルガナの頭皮は本体とおさらばする。
「ごめんね、ユフィ。それなら丸刈りにするよ。毛根は残さなきゃだめだね」
「はい!」
とても良い返事をするユフィリアだが、そこにモルガナの意思は一切ない。
モルガナ本人の知らないところで、彼の頭髪が危険に晒されていた。
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