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変化の兆し

ブライスは一つずつ解決していこうと頑張っていきます



 ゼイングロウの皇帝夫妻の慶事に、隣国のミストルティンも沸いていた。

 特別に招かれた来賓しか入れない宮殿の観覧席には行けなくとも、街中のパレードを楽しめた人は多かった。

 ゼイングロウのお祭りムードの影響で、ミストルティンの人々も楽しげな空気が漂っている。

 だが、その中で陰鬱な者たちがいた。

 イアンとソフィアだ。彼らはユフィリアの両親であり、先日絶縁を突き付けられた。その暴挙は国王陛下の耳にも入り、勅命で蟄居を命じられた。

 ブライスはハルモニア伯爵家を継ぐために残るが、同じ馬車に乗っている。万が一にも逃げ出して、ユフィリアにまた迷惑をかけないように監視も兼ねていた。

 重い沈黙が漂う中、ソフィアだけは虚ろな目をして人形に話しかけている。


「ああ、ユフィ。貴女は本当に良い子ね。アリスはどこへいったのかしらねぇ? あの子は本当におてんばなんだから」


 ユフィリアを思い出したようだが、現実逃避は相変わらずのようだ。

 きっと、ソフィアはユフィリアに甘えていたのだろう。ユフィリアなら何でもできる。我慢もできるし、ソフィアの要望を受け入れてくれると信じていた。


(……それはつまり、何をしてもいいって思っていたってことだ)


 信頼とか信用ではなく、都合が良い娘だった。

 それをユフィリア自身から突き付けられ、良い母親でなかった己に気づいてしまったのだろう。今更になって、人形相手に甘やかしている。

 イアンは一言もしゃべらない。ユフィリアの言葉だけでもショックだったが、国王からの叱責と療養という名の追放が堪えているのだろう。

 ブライスだって爵位を継いだが、前途多難だ。

 悪評の広がったハルモニア伯爵家は崖っぷちの斜陽貴族。死ぬ気で踏ん張らなければ、転がっていくだけの人生だ。

 ブライスの代で終わる可能性も十分あった。

 だが、ブライスは諦めていない。皇后となったユフィリアに頼るつもりもない。やっと幸せを手に入れて、年相応に表情を変えるユフィリアに、これ以上を求めるのは酷だと理解していた。

 自力で切りひらく――そして、いつかユフィリアに謝罪できればいい。その時は来ないかもしれないけれど、願うことくらいは許してほしかった。

 その時、馬車が少し揺れて止まった。


「何があった?」


「車輪が壊れたようです!」


「それは大変だな。直せそうか?」


「応急処置くらいはならなんとか! 今夜の宿までなら持たせそうです」


 異変に気付いたブライスが御者に声をかける。怒鳴り散らさなかったブライスに意外そうな顔をしつつも、御者はすぐに車輪の処置へと向かう。

 その間もイアンはずっと俯いて頭を抱えたままで、ソフィアは相変わらずだ。


「私も車輪を確認しにいきます。お二人はそのままお待ちください」


 ブライスが声をかけても聞いているか分からない。それくらい無反応だ。

 だがそれも想定内のことなので、ブライスは馬車を降りようと扉を開く。街中なので馬車は道の端に寄せて停車していた。

 念のため外鍵をつけてから、車輪側へと歩いていった。


「どうだ? 暗くなる前には直せそうか?」


「はい、スペアがあるので宿までならなんとか。馬車本体に異変があるといけないので、町を出る前に職人に見てもらったほうがいいですね」


「そうか、それなら頼む」


「はい、ブライス様」


 馬車の車輪は大きくへしゃげていた。あの揺れは、運悪く硬い物に乗り上げてしまった衝撃だったのだろう。

 手慣れた御者とは違い、ブライスには馬車の構造などさっぱりわからない。ブライスができそうなことはなさそうだ。

 ブライスが馬車の中に戻ろうと外鍵を外し、扉を開く。その瞬間、ブライスを押しのけるようにソフィアが飛び出して行ってしまった。

 すぐに追いかけたが、人込みに突っ込んでいったソフィアをブライスは見失ってしまう。

 自分の迂闊さに頭を抱えてしまった。


「ああ、もう! どこに行ったんだ!?」


 ここ数日は大人しいから油断をしていた。

 夕方前は帰宅するために人が多い。暗くなればぐっと減るだろうけれど、ソフィアがいなくなった状況で、悠長なことを言っていられない。

 必死に探すブライスだが、上手くはいかない。疲労だけが蓄積しながらも、聞き込みをしながら探し回る。

 太陽も大きく傾き始めた時、ソフィアからやってきた。やけににこにこしていて、隣の人物にやたらと話しかけている。

 連れて来たのは若い女性だった。


「……君は」


「まあ、随分お探しになっていたようね。ご機嫌よう、ブライス様」


「母を連れてきていただき、感謝します。マリエッタ嬢」


 たまたま、本当に偶然だった。帰国したマリエッタが街中を歩いていた。

 そんな彼女の腕を捕まえ、異様に目を爛々とさせた老婆――あとでソフィアと気付いた――が、話しかけてきた。

 そのまま警備兵に預けても良かったが、途中でソフィアを探している青年の話を聞いてやめたのだ。


「ソフィア様、お加減が悪いようだけれど大丈夫かしら? 私のことをユフィと言ったり、アリスと言ったり、お話も二転三転して支離滅裂よ」


「ああ、ずっとこんな様子で……医者に見せても、目ぼしい変化もありません。父と共に田舎で療養することになっています。下手に人の多い場所にいると、誘拐犯になりかねませんから。それに、下手にユフィやアリスとの思い出の多い王都にいるより、症状がマシになるかもしれません」


「そうですの」


 雰囲気の変わったブライスに、マリエッタは素っ気ない返事を返す。内心では、以前の鼻につく気位の高さや神経質さも、零落してからの陰鬱な暗さもなくなったことに驚いていた。

 ブライスと合流する気配のないマリエッタに、ソフィアは不思議そうにしていた。


「ねえ、ユフィ。貴女も一緒に行くんでしょう?」


「私は別の用事がありますので、それが済みましたら向かいますわ」


 その用事はマリエッタ・フォン・バンテールとしての生活を過ごすこと。はなから同行するつもりなどないのだ。

 ソフィアはその言葉の裏を読もうともせず「忙しいのね、残念だわ」とこぼしている。

 今回は気まぐれでブライスのところに連れて行っただけだ。


「なんだか、変わりましたわね。ブライス様」


「いい加減、自分の責任を果たそうと思ってな。ユフィにガツンと言われてしまいましたよ」


「まあ、それは本当に今更ですこと」


 可憐な笑みで毒を撒き散らすマリエッタ。痛いところを突かれてブライスは苦笑するしかない。

 あんまりにも正論なので反論する気にもならなかった。


「ユフィの結婚式はいかがでしたか? 幸せそうでしたか?」


「当り前ですわ。新婚なんですから」


 ついでに言えば、ユフィリアが大好きすぎて駄々をこねているヨルハを操縦する腕も上がっていた。

 隙あらばくっついていちゃつきたいヨルハは、常にユフィリアへのラブが溢れている。その感情が物理的な質量を持っていたら、マリエッタは近づくたびにあざだらけになっていただろう。


「私はユフィに会えない……あわせる顔がないのです」


 だから何だというのだろう。微笑を浮かべながらも、腹では冷徹にブライスを真意を探るマリエッタ。

 マリエッタが大切なのは親友のユフィリア。ブライスに土下座で頼まれても取り次ぐ気はない。


「でも幸せになって欲しいとは思っています。だから、これを渡してもらえないでしょうか」


 そう言って、ブライスは懐から少しよれた紙を出す。折り畳まれた中にはピンクの小さな巾着っぽいものが入っていた。

 あまり馴染みがないものだが、マリエッタは最近見た覚えがある。


「これは、ゼイングロウのお守り?」


「ユフィの幸せを願って買ったのですが……ユフィの好きなものが分からないし、好きな色も分らない。でも、これは気持ちの問題だって聞いたし」


 しどろもどろに言い訳のようにブライスは言い募る。

 その不器用な配慮にマリエッタは貴族令嬢としての作り笑いではなく、口角が上がった。


「そうですわね。これくらいならいいでしょう」


 かなり上からの物言いのマリエッタだが、ブライスは安堵の表情を浮かべた。

 ブライスは知らないが、彼女はヨルハが明確に敬意を払っている数少ない人物だ。マリエッタの検閲をクリアしたものを、ヨルハが捨てることはできない。

 ブライスは兄らしいことなんて、ほとんどしてこなかった。家族として、ユフィリアを追い詰めるばかりで不甲斐ない兄だ。

 それでも今はユフィリアの幸せを願っている――本当に、心から。

 



読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ユフィは優秀なのだから、本当は兄妹も資質はあったのやも。 この毒親のせいで現実が見えておらず、歪んでしまっていたのでは。 なんとか立ち直ってくれるといいですね。
お兄ちゃん、遅過ぎるけど気付いて良かったよ。 あとは、現実に領地経営をして行けば良いよ。 親達は塔に軟禁すれば、だっそうふのうだしね。
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