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結婚式と披露宴、それから……

役所の人たちは絶対ミスれないから。



 皇帝夫妻――若き番の結婚式は盛大だった。

 


 真っ先に行われたのは調印。

 待ちわびた婚姻の成立である。兎にも角にも、ヨルハがそれを譲らなかったので最初に行われた。

 来場してホストとしての挨拶も軽く流し、怒涛のスピードでメインイベントがあっさり終わった。


(……獣人の皆さんとしては当たり前の感覚なのかしら」


 情緒がない。とにかく速く! 是が非にでも速く! そんな勢いであった。

 想像していた厳かな儀式があるかと思いきや、サインをした書類は俊足の役人が、裾を翻しながらどこかへ持っていった。

 合図のような鐘が鳴ると、人々が沸いた――あとで聞いたが、近くの建物では事務のエキスパートがスタンバイ。即座に諸手続きを済ませて入籍を終わらせた合図だったらしい。それからは一気にお祭りムードが高まった。

 大きなすり鉢状の会場で披露されるのは絢爛たる催し。舞踊、歌謡、演奏、曲芸と各地から集められた名手たち。多種多様な技巧を持つ達人たちが集まり、次々と己の芸を披露していく。

 大きく取った観覧席には来賓が思い思いに、ゆったりと寛ぎながら供される美酒や美食を楽しみ、目の前で繰り広げられる祝いの出し物を眺めていた。

 ゼイングロウ帝国には、ミストルティン王国やメーダイル帝国からだけでなく、エルフやドワーフなどの亜人の招待客が来ている。

 彼らは国というより集落を作って、各地に点在しているらしい。

 基本は隠れ里であり、魔法や特殊技術で場所を隠匿している。出不精な種族が多いが、ゼイングロウ皇帝夫妻の結婚式には顔を出したらしい。


「うちは種族に寛容だからね」


 見慣れない衣装の人たちがちらほらいる。領土的にはゼイングロウに属している。だが、独立した文化を築いているため、皇帝に従っているのではなく、友誼を結んだ協力関係である。

 ヒト族至上主義――獣人をはじめとする亜人を劣等種と見做し、排斥するメーダイル。その国に唯一拮抗できるゼイングロウ。どちらが住みやすいかなんて、歴然だ。

 

「要人が集まる祝いの場でも、たまに馬鹿がいてね。自分の気に食わない奴に難癖をつけて騒ぎを起こすのがいるから、極力近寄らせないんだ」


 その馬鹿の名は明確には出さないけれど、視線を向ける先はメーダイルの観覧席。

 その周囲にはミストルティン関係者――つまりは人間ばかりが配置されている。配膳に向かう使用人も人間のように見えた。獣人の特徴が見受けられない。

 表面上は和平を結んでも、二つの国は根本的な考え方が相容れないのだろう。ゼイングロウが屈強な獣人たちが集まった強豪国でなければ、メーダイルは武力で属国にするか滅ぼすかくらいしていたはずだ。

 ユフィリアもちらりと見るが、御簾が半ばまで降ろされていて衣装の端っこくらいしか見えない。

 その時、ひときわ大きな歓声が上がった。

 舞台の上には半分透き通った美しい男女が花吹雪を舞い上げて踊っている。実に楽し気に、重力を感じさせない軽やかさで舞台の上で回っていた。

 花弁はキラキラと輝きながら客席まで降り注ぎ、解けるようにして消えていく。


「あれは……」


「エルフが森に棲んでいるお祭り好きの妖精たちでも連れて来たんだろう。大方、祭りの空気にあてられて飛び入り参加したんじゃないか?」


 つまり、予定外の出来事だと。

 来賓リストを改めて確認する。エルフやドワーフは載っていなかったのに、当たり前のように参加しているし、席もある。飛び入りもするなんて大胆だ。

 長命種は時間にルーズな者が多いので、出席の連絡があっても辿り着く前に結婚式が終わってしまうことも珍しくない。

 だから、今回も来ない可能性が高いと考えて載せていなかったそうだ。


(何もかも違う。ミストルティンでは考えられないわ……)


 そもそも、式場規模からして違う。ミストルティンの披露宴や結婚式は立食形式が多い。

 バルコニーや庭に出入りはできるし、休憩室は用意されているが、基本は立っていることが多い。

 ここは座る席どころか、寝転がれる広さがある。しかも、それぞれのスペースに脇息や膝掛けも常備してあるので疲れたら休めるのだ。

 来賓の中には、すでに酒で潰れている者まで見える。

 御簾があるけれど、ちょっとした出入りの時にちらりと御開帳するので中でだらけているのが丸見えだ。


(上からだと良く見えるわ。みなさん、お酒もすすんで油断しているわね)


 楽しんでいるのは結構だけれど、これだけ距離があると挨拶しに回って行くのも大変――と思いきや、向こう側から挨拶に来るのが習わしなのだとか。

 理由はこの広さで互いに動き回ると、会いに行けない。なので、身分の高い者は挨拶しに来る者たちを待つことになる。

 身分の低い者やたくさんのコネが欲しければ、それだけ歩き回ることになる。

 現に卯の族長であるゲットはあっちへぴょこぴょこ、こっちへぴょこぴょこと分身しているような動きで走り回っている。

 たまに、その後ろを彼の孫がちょこちょことついて回っている。可愛らしい小さな子狸に相好を崩した大人たちは、あれやこれと席にある菓子を渡している。

 そして、にこにこと受け取り、くれた人が見えなくなる位置まで移動してそれをごっそり鞄にしまっていた。質量保存の法則を無視した収納能力は、間違いなく魔道具だろう。

 そしてユフィリアは見てしまった。

 小さな狸が可愛らしくも強欲で満ちていたその表情を。


(獣人の種は違っても、さすがゲット様のお孫さんね)


 似ている。本質的に自分の見せ方や得意なやり方を熟知している。末恐ろしい幼子だ。

 それぞれに楽しんでいるのが見える。その中にはミストルティン国王夫妻や、親友のマリエッタもいた。

 マリエッタには会いに行きたいが、皇后の身分のユフィリアは来客が絶えず席を外せない。

 近隣国の王侯貴族や、外交官などの重役たち。各集落の族長や、獣人たちの代表者たち。

 皆がヨルハやユフィリアを褒め称え、祝いの言葉を述べる。そこは各国共通だ。

 迫力のある美貌のヨルハの隣に、可憐で儚げなユフィリアは非常に絵になった。しかも盛装で飾り立てているので、誰もがため息が出るくらい美しい。

 まったく違うタイプの二人だからこそ、かちりと嵌り合うピースのようだ。

 ユフィリアの意向もあり、お色直しは一度だけ。それでも誰もが少しでも長く見たいと切望する。


(((今のご衣裳も気になるが、お色直し後も気になる!!!)))


 ヨルハはユフィリアを見せることを嫌い、御簾を降ろしている。

 主役である二人の席には、二重の御簾があるので、中に入って挨拶している時にしかその晴れ着は見られない。挨拶の口上や祝辞を述べ、頭を下げている時間も長い。余計に見たくなるのだ。

 しかも、ユフィリアが催し物を気にしていると分かれば、その休憩の合間――さらにその一部しか挨拶の時間をも設けなかった。

 会場が広いので移動中はかなり遠い。しかもヨルハの撒き散らす気迫が怖い。顔はにこやかなのに、背筋に悪寒が這いずり回る恐怖を感じるのだ。

 ユフィリアはそんな客人たちの葛藤など知らず、彼女なりに催しを理解しようとしていた。


(休憩時間がやけに長くて多いとは思ったけれど……このためだったのね)


 挨拶以上にヨルハの番第一主義を周囲も想定済みだったので、休憩時間は長く多めに取られていた。

 大体の流れは知っていたが、臨機応変に動き回る獣人たちにユフィリアは驚いてしまう。


「ユフィリア様……ではなく、皇后陛下。お色直しの時間です」


「まあ、もうそんな時間?」


 今着ているのは白い衣装だ。

 次は街中を馬車で巡る。いわゆるお披露目パレードだ。

 飾り立てた牛車で大通りの民たちに手を振る。ヨルハは面倒くさそうに最後まで渋っていたが、ユフィリアが何とか説得した。

 来賓は引き続き見世物や歓談を楽しむのも良いし、パレードを見に行くもよしだ。


(マリーは見に行くと言っていたけれど……)


 彼女のいる席の周囲には人だかりができていた。

 ユフィリアの親友ということを差し引いても、マリエッタは美人で器量よし。獣人の美真贋から見ても綺麗なピンクブロンドは目を引くのだろう。ミストルティン貴族だけでなく、ゼイングロウの人々も近づきになろうと積極的に声をかけている。


(大人気ね……あ、ちょっと苛立っている)


 貴族令嬢らしく、可憐な笑みで応じている。一見すれば、である。

 マリエッタとの付き合いが長いユフィリアには、彼女の内心で蓄積していく不満を感じ取ることができた。

 本当なら、今すぐにでも飛び出して、一番良い席を確保したいのだろう。


「マリー、パレードに間に合うかしら?」


「師匠の場所は手配済み。茶屋の一室を借りているよ。あそこはゲットの店だけど、ユフィの親友だって聞いたら気前よく貸してくれた」


「まあ……そういった席は、今は高騰しているでしょうに」


 ありがたいことだが、こうも融通してもらって良いのだろうか。

 結婚パレードを良い場所で見たいという人は多い。それこそ、大枚叩いてでも――と考える人だっている。大通り近くのパレードが見える店では、臨時の特別料金を取っているところも多い。


「気にしないでいいよ。ユフィの作る美髪剤と寄生虫の駆除剤でお釣りがくるくらい儲けるでしょ。それに、バンテール侯爵はミストルティンでも人柄が良く伝手も多い。経営者としても手堅い商売をする人だ。ミストルティンで商売をするには縁を作って損がない……そういう魂胆だってある」


「なるほど。ふふ、ゲット様らしいです」


 ユフィリアは笑みをこぼすが、ヨルハは複雑である。あの兎のジジイは大変よろしい根性をしているので、できれば一定の距離を保ちたい。

 なのに、ユフィリアはすこぶる気に入られている。隙あらば揉み手ですりすりと音を消してやってくる。

 マリエッタとバンテール侯爵にも近づいたのも、その一環だろう。

 ヨルハはユフィリアに害がない以上、手を下すのには躊躇いがあった。ユフィリアを擁護する派閥はあったほうが良い。

 ゲットは損得で従ったのではない。ユフィリアの人柄を敬愛し、恩で動いている。

 分かっている。分かっているけれど、ユフィリアの魅力を理解されるのは嬉しいけれど、なんだか腹立たしい。自分だけが知っていたかったのに、ユフィリアが素敵な人だとどんどん広まってしまう。


「あまり遠くへ行かないでね、ユフィ」


「着替えに行くだけですよ? もう、ヨルハ様ったら……すぐに戻ります。貴方の隣に」


 はにかんだ笑みは幸せそうで、白皙の美貌に薔薇色が浮かぶ。

 たった一度のお色直しで、こんなに不安になるなんて。もしもヨルハの要望のままに何度も着替えていたら、何度も引き離されることになっていたのだ。


(ユフィの言う通り、一回だけにしてよかった)


 でも、それとは別に綺麗な衣装は折を見てたくさん着てもらいたいヨルハだった。

 ユフィリアと離れたくなくて、ヨルハは彼女の入って行った部屋の前で座り込んでしまう。

 見かねたシンラやコクランがその姿を見て呆れ果てる。


「衣装が汚れるからやめなさい」


「リス妖精にしばかれるぞ」


 というより、すでに隣で嫌そうな顔をして立っている。

 立たんかい、ワレ。そう言いたげなやさぐれリススマイルで、ヨルハを突いている。それでも立たないので、布で包んだ布団叩きでバシバシと容赦なく叩き始めた。

 しかし相手は神獣ヨルハ。全然動く気配がない。

 だが、部屋の中でユフィリアの身支度が終える気配を察したのか、急に立ち上がる。素早く裾を払い、服の皺を伸ばして扉の前に待機する。

 変わり身が早い。


「お待たせしました、ヨルハ様」

「お疲れ様、ユフィ……ああ、とても綺麗だよ」


 目をゆるりと細めてヨルハは称賛する。思っていた通り、苦労して手に入れた帯はユフィリアによく似合っていた。

 今度は着物ではなくドレス。だが、その衣装の生地はゼイングロウでも一級品の絹を惜しみなく使っている。

 ドレスは先ほどの白とは一変した黒をメインとしている。それでも暗い印象ではなく、重厚な高貴さを感じるのは絹の美しさと胸から足まで咲き乱れたたくさんの刺繍の花があるからだろう。帯は白と黄金、そして鮮やかな鳳凰が舞っている。

 ヨルハの主張を感じる。ユフィリアは自分の番だと、その配色が訴えている。

 ユフィリアもそれを感じ取っているのか、ほんのりと頬や耳が赤く染まっている。

 その姿に相好をさらに崩すヨルハ。彼もユフィリアに合わせるように、黒い羽織を一枚纏う。

 隣に並ぶ自分の番をうっとりと眺め、そのまま抱きしめだした。


「綺麗……本当に、可愛い。ユフィ。俺のユフィ――誰にも見せたくないな」


 そのままごね始めてしまった。

 その間、リス妖精は蹴るし、護衛たちはおろおろするし、シンラとコクランは頭を抱えて言葉を尽くしたが、結局ユフィリアの言葉でしか頷かなかったのだ。

 だが、ヨルハがユフィリアを開放したのは一時間後。ずっと順調だった予定が遅れた。

 おかげで、マリエッタがパレードに間に合ったのだが――


「どうしてか、予定より遅れていたのよね。間に合ってラッキーだったけど。ユフィ、何か知っている?」


「その、少しマリッジブルー? のようなものがヨルハ様に……」


「マリッジブルーというより、単に綺麗なユフィのお披露目を嫌がったんじゃない?」


 後日、そんな会話がとある皇后と貴族令嬢と交わされたとかなんとか。





読んでいただきありがとうございました。

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