晴れの日
結婚式当日
ユフィリアの誘拐事件は、無かったことになった。
しかし、断罪された。ユフィリアにしつこく嫌がらせし続けていたことと、メーダイルと内通していたことだけでヒヨウとフウカは処分を受けた。
それは双方にと厳罰にして極刑。
ヒヨウはゼイングロウでも危険な場所に追い立てられ、魔物に追いやられて死んだ。
彼を殺したのは岩ヤツメウナギ。外見こそヤツメウナギに似ているが、岩より硬い鱗に覆われた体の蛇だ。生涯の大半を地中に潜みながら音と匂いで獲物を探すため、目が退化している。大きな口は乱杭歯で、地中から獲物の骨肉を食い千切る。
普段は大人しい。肉食獣の残飯を漁る山の掃除屋だ。しかし、産卵期から子育て期は非常に気性が荒く、彼らの巣穴に入ってきた侵入者には、我が子を殺しに来たと判断されて一斉に襲ってくる。
ヨルハの追手から逃げているつもりで、その巣に追い立てられたヒヨウ。
生きながら皮も肉も骨も砕かれ、食い破かれた。最終的には死肉も食われ、彼の着衣の切れ端や血の痕しか残らなかった。
フウカは女好きで悪評高い老人に嫁ぐことになった。
何十番目か分からない妻になると知ったフウカは泣き叫んで許しを乞うが、もう遅すぎる。逃げられぬように檻付きの馬車に入れられ、未来の夫のいる僻地へ輸送されていった。
老人は気に入った女性に恋人や夫がいても手を出そうとするので、ポツンと離れた屋敷に住まわされている。僻地なのでフウカの足では隣の集落にすら行けない。
檻に縋りつきながら出してほしいと懇願し、声が枯れてもすすり泣きがずっと続いていた。
誰かが助けてくれる。憐れんでくれる。なんて可哀想なのだと己の不幸を嘆く涙だ。自分がどんな言動を取っていたことすら頭にないらしい。
だが、反省する時間はたくさんある。彼女は健康で、まだ若いのだから。
結婚式当日。
その日を祝福するような晴天で、皆も笑顔がこぼれていた。続々と各地から来賓が来ている。
しょっちゅう小さな花火が打ち上げられ、祝いの花弁も舞っている。
そんな中、花嫁の待合室に一人の少女が向かっていた。華やかなピンクブロンドとレモンイエローのドレスを楽しげに揺らして歩いている。
見ているだけで微笑ましい、今にもスキップか踊り出しそうなご機嫌な足どり。それを何とか我慢しているような歩調だ。
目的の場所に着くと彼女はノックする。
「どうぞ」
その声に、扉を開けると少女――マリエッタ・フォン・バンテールの親友が、目の眩むようなドレス姿で椅子に座っていた。
薄化粧を施した顔立ちは、繊細なユフィリアの美貌を引き出す。長い睫毛が影を落とす薔薇色の頬と、艶やかな口紅が少しだけ大人っぽい。
輝く白銀の髪には精巧な鳥の細工が施された髪飾りと羽根の形のイヤリング。随所で煌めくのはカラーダイヤである。
純白の絹に花と蝶の刺繍が施されたロングトレーンヴェール。揃いのドレスはデコルテラインから、すっきりと華奢な鎖骨や首が見えるが、ユフィリアのほっそりとしたマーメイドラインが曲線美を描ている。ドレスにはスリットが入り、そこから金、銀、紅と色鮮やかな刺繍が見える。よく見れば、腰の帯も背中で蝶のような飾り結びがあり、背面から長く流れるように彩っていた。
周囲にはメイドや大きなリスがせっせと動いて、衣装や装飾品の最終確認をしている。
一瞬見惚れそうになるが、マリエッタはすぐに笑顔で切り替えた。
「やっほー、ユフィ。お邪魔するわよ」
「マリー! いらっしゃい! 迎えに行きたかったんだけれど、思ったより時間がなくて」
時間以外にも理由があった。来賓の相手とはいえ、一人でユフィリアを出歩かせるのをヨルハが渋ったのだ。
マリエッタ以外にも招待客はいる。もしもの可能性は排除できない。神経を尖らせているヨルハが非常にごねた。
きっと先日の誘拐事件の影響もあるのだろうけれど、ユフィリアには自覚が薄かった。転移酔いで気を失っている間にすべてが終わっていたのだ。
気づけば知らない場所だが、明らかに高貴な身なりの女性と、どこか既視感を覚える少年と、顔が腫れ上がって人相不明なグレンがいた。
和やかに話をしていたら、間もなくミオンが訪問してきてそのまま護衛に戻り、夕食をコクランの家でいただくことになった。ユフィリアを暗い中で移動させたくないヨルハの訴えもあり、一緒に一晩お世話になったのだ。
コクランの妻エレンは、美しくも活動的な女性だ。彼女は騎士になりたかったが、親は普通に結婚して誰かの妻になるべきだと意見が対立。家族の反対を押し切り武者修行中に、ゼイングロウに女流の剣術があると聞いて流れてきたら、コクランに見初められたという。
(そういえば、私の前の番探しはかなり昔……もしやシンラ様世代のできごとだったのかしら)
当時を知る役人が少なく、かなり大変そうだった。
騒動をあれこれと思い出しつつ、久々の親友の姿にユフィリアの表情も緩む。
「いいのよ! 気ままにゼイングロウ観光も楽しかったわ。……こっちのナンパはガチ恋気味なのはちょっと困惑したけど」
「それはマリーが可愛いから仕方ないわ」
そう言って笑うユフィリアこそ、とても綺麗だとマリーは嬉しくなる。
きっとゼイングロウの生活は楽しいのだろう。手紙でも楽し気な日々が綴られ、文化の違いに驚きながらも新鮮な出会いに心を躍らせているのが感じ取れた。
ミストルティンではずっと傍にいた親友が離れていくようで寂しいが、ユフィリアの待機する衣裳部屋に通されたのが自分一人だと思うと優越感がある。
(まあヨルハ様はかなり心配症で嫉妬するタイプですものね。ユフィにべた惚れだし)
ユフィリアのことをよく知るマリエッタを、師匠と仰ぐユフィリアの旦那様。
たまにふらりとミストルティンに来てユフィリアについて聞きに来る、超絶愛情グラビティ系男子だ。
双方から話を聞くマリエッタからすると、とても相手を想い合っていると分かる。
ユフィリアを愛してくれる夫がいる。ユフィリアを傷つけない家族ができる。なんて素敵なことだろう。
ふと、その繋がりでハルモニア伯爵家を思い出す。
「ねえ、ユフィ。嫌なこと思い出させたら申し訳ないんだけど、実家となんかあった?」
その言葉に、ユフィリアの笑顔が固まるのに気づいてマリエッタは内心失敗したと気づく。ド直球に聞きすぎた。下手をこいたと分かったのだ。
でも、聞いておいて誤魔化すのも居心地が悪い。サクッと終わらせようと、少し早口で理由を喋り出す。
「えーと、その……ごめん。イアン様がブライス様に当主の座をお譲りになって、ソフィア様を連れて田舎に療養するって聞いたのよ。
つい最近までブライス様を使って金策にガツガツしてて、なんとでも返り咲こうと必死だったから。あの人ならユフィにたかろうとか考えそうじゃない? 何もしないで引き下がるなんて思わなくて……」
「実はマリーが来る前に、ゼイングロウに来たのよ。色々とお話……主にお金の融通というか、無心をしてきて、私が街に出た時ばったり会ってね」
「うっわ。ユフィ、大丈夫だった?」
「大丈夫。ヨルハ様とデート中だったから」
微笑むユフィリアの顔は、穏やかだ。その柔らかな雰囲気から、ヨルハがちゃんとユフィリアを守ったのだろうと安心する。
「まあ。あの騎士より強そうなヨルハ様なら、何かしそうね」
「ゼイングロウを入国禁止だけじゃなくて、お父様を蟄居させるようにラインハルト陛下に圧力をかけたの」
「まあ、優秀な判断力。悪くなくってよ」
素敵だわ、とでも言いたげに微笑むマリエッタ。
その笑みは嫣然としているが、その瞳の奥にめらめらと怒りが燃え盛っている。
マリエッタはユフィリアの相談に乗ることや、心配はできても政治的な力はない。侯爵令嬢の彼女には、伯爵当主相手では何もできないのだ。
そのできないことを、ヨルハがやってくれるのはありがたい。
「そういえば、旦那は?」
「ここにいるよ」
マリエッタに応えるようにひょっこりと出てきたのはヨルハだ。
ユフィリアと揃いの白を基調とした豪奢な衣装。ゼイングロウ風なのか、ミストルティンでは見ない盛装。ボタンのないゆったりとした上衣を前合わせにして、帯で締めている。
大ぶりな宝石は付けていないが帯や、裏地に豪奢な刺繍が見える。彼が動くたびにその芸術的でありながら緻密な絵柄が見え、職人の粋と執念を感じる。
ゆったりと膨らんだズボンからもその刺繍は見え、動きに合わせて魅せるデザインだと分かる。その合間に見える靴も凝っている。緋色の鼻緒と少し厚みのある靴も、蒔絵と螺鈿で華やかだ。
新婦と同じく着飾った新郎のその手にはお盆と、小さなグラスがある。
「はい、ユフィ。朝から何も食べていないでしょ? いつもならおやつや軽食挟むのに」
ユフィリアの前に膝をつき、女神に供物を捧げるようにグラスを差し出すヨルハ。
その黄金の瞳には愛情を超えた憧憬や崇拝に近いものがある。恍惚というのがぴったりな眼差しで、いつもより甘く蕩けている。
ユフィリアはいつも素敵だが、今日はいつもに増して魅力的だ。
「今日はさすがに緊張して、喉を通りませんでした」
グラスを受け取るユフィリアは苦笑した。
「ユフィはこんなにも綺麗で素敵な花嫁さんなのに、何か心配なことがあるの?」
「この式には、各国の要人も来られますから。十二支族の関係者だって、今まで軽い挨拶くらいでしょう? そんな方々が勢揃いすると思うと、少し委縮してしまいます」
ユフィリアが頬に手を当てながら、ぎこちない笑みを浮かべた。ヨルハは心底不思議そうに、目を丸くしながら首を傾げた。
「鬱陶しいなら減らそうか?」
どうやって。
ヨルハなら物理的に参加者をどうにかしそうな気がして怖い。説得も脅迫になるのではと、ユフィリアは色々な可能性を脳裏にかけ巡らせる。
ユフィリア過激派のヨルハは、さらっととんでもないことをするので迂闊な発言ができない。
「来賓の方々には、皆様に来ていただきたいです。ヨルハ様との結婚式ですもの。多くの方に、祝福していただきたいですわ」
「そっか。ユフィ、幸せになろうね。俺、頑張るよ。必ず幸せにするからね」
屈託なく笑うヨルハ。花嫁を心から愛するその曇りなき笑顔。
輝かしい表情を浮かべる一方で、誰を消そうとしたかなんか知りたくない。
ここで釘を刺さねばならない。経験則で知っている。ユフィリアはちゃんと必要ないことを明言し、ヨルハに脳内リストを破棄させる。
そんな若い夫婦たちの脳内攻防までは知らないマリエッタには、仲良くいちゃついているようにしか見えない。
「さて、そろそろお暇するわ。ユフィたちの晴れ舞台を一等席から見たいもの」
バンテール侯爵一家は、ミストルティン国王夫妻に並ぶ賓客として扱われている。
一番近くでユフィリアとヨルハの式を祝える場所だし、あまり長居をしていると両親も心配する。
皇帝夫妻に気安い娘が、うっかり顰蹙を買わないかとしょっちゅう気をもんでいるのだから。
「来てくれてありがとう、マリー。落ち着いたら、またゆっくり話しましょう」
「ええ、もちろん! ヨルハ様、私の大事な親友を頼みますわよ!」
「任せて、師匠」
並ぶ二人からの言葉に満足したマリエッタは破顔する。
泣き出しそうな笑いだしそうなくしゃくしゃな表情は、正しく両方の感情が入混じったものなのだろう。
(ああ、この二人に幸を多からんことを)
マリエッタは心底願わずにはいられない。
幸せになることは当然だから、幸せがいっぱいであってほしい。
マリエッタがいなくなったあと、ヨルハは落ち着きない。揺れているというか、うずうずとそわそわしている。
そろりとユフィリアのヴェールをめくると、こっそりと確認するように声を潜める。
「キスしたいけど、口紅が取れちゃうよね」
「ダメですよ」
ヨルハは最近、深いキスをしたがるような気配がある。軽く触れるじゃすまされない気がする。
分かっていたが、あっさりと断られてちょっと不満げだ。
ふと見つめ合って、どちらともなく笑っていると、外からシンラが呼んでいる。
「では、お手をどうぞ。愛しき人」
「ええ、よろしくお願いします。愛する人」
差し出された大きな手の上に、手袋をした華奢な手が重なる。
立ち上がったユフィリア、ゆっくりと歩き出す。その歩調に合わせ、支えるように、導くようにヨルハも足を進める。
開いた扉からは明るい光が差し込んでいる。
その眩しさに、ユフィリアは涙が出てきそうだった。
こんな幸せな結婚をできるなんて思っていなかった。ただの作業で義務だと考えていたのに、今は違う。
誰にも代えられない。大好きな人と結ばれるのはなんて幸福なのだろう。
一歩一歩噛みしめながら、ユフィリアはヨルハと共に光の中を歩いていくのだった。
読んでいただきありがとうございました。




