避けて通れぬ道
ユフィリアが絡むと子供っぽくなるヨルハ。
メーダイルの残党は、何を隠し持っているか分からない。
ゼイングロウにも魔法はあるが、周辺国と比べてだいぶ遅れている。一方、メーダイルは魔法技術先進国。肉体的にはゼイングロウに適わないと理解して、魔法に力を入れて国力や軍事力を上げている。
それでも一度たりともゼイングロウに勝てたことがない。
獣人は身体能力が高いので、近づくか大規模魔法でしか攻撃を当てられない。皇帝や側近、十二支族の抱える高い格を持った獣人たちが、圧倒的な個の力を振るう。
数十年かけて育て上げた師団が、一人の獣人に殲滅されるなんて珍しくもない。
弱い獣人は倒せても、最も脅威となる強い獣人は仕留められずにジリ貧になるのだ。
その最たる存在であるヨルハが今、愚か者たちを粛正しに向かっている。
落ちぶれたヒヨウに甘言を囁き、ヨルハの番に手を出した。乗るほうも馬鹿としか言いようがないが、そんな愚の骨頂をしでかしてまだゼイングロウにいるのは舐めている。
きっと、奴らはユフィリアが殺害されると踏んでいたのだろう。
しかし、そこはぎりぎり踏みとどまったヒヨウ。番を失った獣人は牙や爪が腐り、翼が折れたも同然だ。
死は時に記憶を美しくする。ヨルハが輝かしい姿を描いたままユフィリアを追っては、ヒヨウの本懐は果たされない。
ヨルハが精神を患ってくれるくらいがちょうど良かったのだろう。
ユフィリアの不義密通が公表されれば人気も失墜する。番として社会的な地位をなくせば、政治に関与するなど夢のまた夢だ。
そうすれば、ヒヨウが摂政の地位について政治を牛耳れる――そんなものあるはずもないのに。ヨルハが狂えば、コクランかシンラが地位に舞い戻るだけだ。
彼らはヨルハを苦しめたこと、また己を面倒な玉座に座らせたことを恨むだろう。
やっと愛する番や、その子供との時間を取れるようになったのがなくなってしまうのだ。
ヒヨウは愚かだ。余裕があればそれなりに盤上を支配できるが、少し強い横槍をいれられると一気に瓦解する。ヨルハの予想以上の速度で転落していったものだから、ここまで下策に出るとは考えもつかなかった。
同じ酉の一族なのに梟の獣人への理解も酷いものだ。
(いた)
まだ日も傾いていないのに、酒を飲んでいる。暢気に成功を祝って笑っている。
何も知らない周囲は、お祭りムードに沸き立って笑っている。同じように笑っているのに、あの男たちの笑いも酒臭い息も醜悪だ。
今すぐあの喉笛を掻き切って――そこまで考えて、止まった。
あれは下っ端だ。実行犯に直接接触するようなのは、いつでも切り捨てられる情報しかない。
「釣りくらいはできるかもな」
ぽつ、と呟いたヨルハは羽根を一枚とる。
細く長く息を吹きかけると、さらさらと溶けて粒子状になった。それは普通の人間どころか、目の良い獣人にすら感知できないほど細かくなる。
ふわりと渦を巻きながら、メーダイルの手先の男たちに降り注ぐ。三人とも気づかず馬鹿笑いをしていた。
「用が済んだら食っていい」
視線を合わせた小型の魔鳥にそう言って、馬鹿笑いをする男たちを示す。
普段は大人しい小型の猛禽類。一匹では大したことはないが、群れ全体で狩りをする習性がある。
ヨルハに囁かれると黒い瞳が金色になったが、それも一瞬だ。
別の鳥を指に止まらせ、指示を出す。声は必要なく、意思疎通ができる。ヨルハは梟の獣人――鳥全般であれば、精神の呼びかけだけで難なく意思疎通ができる。
その後、先に逃げたらしい別の人間と合流する三人。どうやら、本来は五人組のグループらしい。
本当はユフィリアの悲報が広がり、ゼイングロウ全体が落ち込む姿を見たかったと笑いながら話していた。
「前金はもう酒代と博打で消えたな。後金も貰うとするか」
「番様がいなくなったって、ゼイングロウで噂になっているだろう? どうやらあの爺は巧くやったらしいな」
「でもあの爺さんは死んだんだろう? 最後は自分で動いて、捕まったらしいな。本当に獣人ってのは馬鹿だよな」
依頼者のもとに向かうと思いきや、着いたのはそういった後ろ暗い仕事専門のギルドにだった。
それなりに腕に覚えがある人間が揃っているが、誰一人マーキングに気づかない。そのマーキングは最初三人だったが、共に過ごしているうちに他の二人にも移っている
そんな彼らの姿をたくさんの鳥たちが窺っている。
田舎はもちろん、都会でも野鳥はたくさんいる。人間に躾けられた伝書鳩ですら、ヨルハの命令に従う。
見た光景、聞いた言葉、音、すべてをヨルハに伝える。
膨大な情報を、異国にいるヨルハはそのままの感覚で受け取っていた。
普通なら頭の壊れそうなめまぐるしい量を、ヨルハは強靭な精神と肉体、そして頭脳で処理していった。
普段は疲れるし、面倒だからしない。
だが、今回の事件の裏にいたメーダイルは厄介な相手だ。無視するとつけあがり、やりすぎると過剰な攻撃を仕掛けてくる。
室内はさすがに鳥の耳も届かない。
夜中でカーテンを閉めた状態だと、口の動きを読むのも難しい。
だが、家に入り込むのが得意な動物だっている。
「ヨルハ様、依頼人はメーダイル帝国の貴族からです。家紋はノクターン男爵家でしたが、その裏にマーレック公爵が糸を引いている様子」
手に黒い鼠を乗せたゲットが、ひょっこりと顔を出す。
ちょろちょろと腕を登ろうとする鼠に、ジャムクッキーを与えるとすぐに齧り出した。
ゲットは兎なので、すこぶる耳がいい。長年の研鑽と集中力で、高い格を持たずとも、幅広い動物と意思疎通ができるようになった。
そして、その特技を生かした人脈を作っている。十二支族に多くのコネクションを持っている。
卯と子は仲が良い。穏健派に見えて、やるときはしっかりやる。個に光るものがなくとも、集団の力が強い。統率力の高さもさることながら、鋭い爪や牙を巧妙に隠す狡猾さもある。
「助力、感謝する」
「よろしければ、ワタクシめが報復をしても?」
「へえ、どんな?」
「マーレック公爵家はワインの名産であり、代々受け継がれたワインセラーがご自慢だと聞きます。節目に、記念に。そして、一日の終わりにも口にするのだとか」
「ふぅん、ワイン樽でも齧るの?」
ゲットはにやりと笑う。老獪な笑いだ。
「そのワインセラーから、毎日数本のワインが寝室に運ばれるそうですよ。その日の気分によって、一本選ぶそうです。ワゴンは小さな体の仲間たちとっては都合の良い直通便です。
寝台は木製ですが、羊毛を織った毛布に羽毛布団。寝台の下には毛皮のカーペット……ばら撒きがいがありますね。ちょーっとした悪戯です」
ちょーっと、なんてお茶目な身振り手振りをするゲット。
この愛らしい兎獣人は、なかなかに良い性格をしているのを知っているヨルハはとりあえず黙って聞いている。
「そろそろ代替わりを考えるご年齢。年齢もあって、多少眠りが浅くなる日も増えるでしょうね。ちょっとした風邪もひきやすく、治りにくくなる! いやあ、老いとは悲しいです!」
その結果、原因不明の病気が発症するとか。
もしかしたら、全身が痒くて夜も眠れないかもしれない。頭髪が抜け落ち、皮膚が炎症で爛れて、のたうち回るくらい苦しいかもしれない。
ゲットは孫を大事にしている。その孫に、見返りなく手を差し伸べたユフィリアに、深い感謝と敬意を持っている。
そのユフィリアを害した。
卯の一族は草食系が大半。でも、いざという時はその抜群の脚力で肉食獣を撒き、天敵を蹴り飛ばすことだってあるのだ。
「頭でっかち……いえいえ、その優秀な頭脳が自慢のメーダイルなら、すぐに原因も究明するでしょう!」
「ふうん、じゃあキープはいらないか」
ヨルハは指を鳴らす。
それを合図に、狩りに動き出した鳥たちの存在を彼らだけが知っている。
だってもう誰も気にしない。ユフィリアはもうとっくに見つかったと公表し、ゼイングロウでは安堵が広がっている。
結婚前に心配が重なり、マリッジブルーになってしまったともっぱらの噂だ。同じ人間のエレンに相談をして、改善したことになっている。
ユフィリアとしては気づいたらコクランの家で、その家人に囲まれているという謎状況。ミオンたちに状況を知らされ、驚いていた。
ヒヨウと共謀したあの下手人たちは任務失敗したから始末されたと誰もが思う。
誰かがやったのだろう。でも、それが誰かで、すぐ近くで鋭い爪を研ぎ澄まして見つめているなんて知りはしないのだ。
報酬までもらって失敗が発覚したのだから、始末したのは依頼者だろうと誰もが思っている。
事態に気づくころには大本の依頼人は謎の皮膚病と脱毛症でそれどころじゃないはずだ。
自分に降りかかった病を治そうと必死で、死んだ暗殺者なんて、気にもしないだろう。
「うーん。ちょっと消化不良。俺も何かしたかったな」
「ついこの前まで次席をだった者を『死の山送り』にしておいて、よく言いますよ。まったく……」
あれは極刑だ。
あっさりと殺すには惜しい相手を、心身共に追い詰めて絶望と恐怖の中で惨めに終わって欲しい時の手段。弔いや墓もなくその肉体はゼイン山脈に還る。
それはヨルハの怒りを示す。
ヨルハが手に掛けたら、あっさり死んでしまうから――つまり、それだけの不興を買ったと言うこと。
ふと、ヨルハが急に表情を変える。慌てたように振り向くと、何もないはずの方向を凝視していた。
「ユフィ? 嘘だ……嘘だろう? そんなこと」
ヨルハに動揺が走る。
安全なはずの番の身に何か起こったとしか思えないこの反応。その美貌に汗が流れる。
嘘だ。また呟いて頭を抱える。膝をついて、ゲットが目の前にいるにもかかわらず嘆き始めた。
「ヨルハ様? 如何なさったのですか? ヨルハ様!?」
呆然と頭を抱えるヨルハに、ゲットが必死に声をかけるが反応がない。
どうしたものかと右往左往していると、ノックや声掛けもなしにいきなり戸が開け放たれた。
コクランがひらひらと手を振って、その姿に後光が差してみるゲット。
「おーい、ヨルハ。うちに飯食いに来ねえ? うちの奥さんとお前の未来の嫁さんが、一緒に夕飯作って……あ、遅かったか」
床と仲良くなっているヨルハを見て、すべてを察したコクランである。
自分の過去を鑑みても、覚えのありすぎる状況なのでヨルハをからかったりしない。
コクランの言葉で大体の経緯を理解したヨルハが、低い声で唸る。ユフィリアとエレンが仲良くなったのは良いことだと思うが、少し見ていない隙にとんでもないことが起きたと愕然としてしまったのだ。
とんでもないことと言っても、ユフィリアが他所の家でご飯を作り、その家人と食べるというそんなに騒ぐことではないのだが。
「行くに決まっているだろう。この野郎……ユフィの手料理を俺以外が食べるなんて……っ」
色々と感情は飲み込んだ。普段はユフィリアと食卓を囲っている。今回はちょっと場所が違い+αのもいる。そう、それだけだ。
(ユフィの作るご飯は、俺だけのモノなのに……!)
自分に言い聞かせるヨルハ。ナチュラルにリス妖精を除外している。
ヨルハの葛藤が手に取るようにわかる経験者は、軽く嘆息する。番持ちの誰もが通る道だ。
「嫉妬爆発してるな。そりゃ無理なことだ」
「次はない! もう誰もいない!」
「可愛い番との子供は?」
コクランの言葉にヨルハは言葉に窮す。
ぎゅっと眉根を寄せて口を引き結んで、目を強く瞑った。
「…………いっしょにたべる」
ユフィリアに似た子だと嬉しい。輝く銀髪や、紫がかった空色の瞳も受け継いでほしい。
自分に似ているかなんて、別にどうでもいい。
先ほどまで年相応どころか、幼子のように不貞腐れるヨルハに、コクランとゲットは顔を見合わせて笑った。
読んでいただきありがとうございました。




