それぞれの行方
とばっちりグレン
コウレンは戌の一族の長、ジャッカルの獣人コクランの息子である。兄は狼の獣人のグレン、母は人間のエレン。
父譲りの黒髪に褐色の肌に、母譲りの深紅の瞳は割とお気に入りである。
コクランは最近忙しく、朱金城に連勤である。神獣皇帝ヨルハの婚姻が近いため、重役を担っているコクランはなんだかんだで駆り出される。
母はそんな父親に手作りの弁当を持たせたり、菓子を差し入れたりしている。
その合間にイチャイチャしているのは知っている。いつまでたっても新婚のように仲が良い夫婦なのだ。
番夫婦なのだから仕方ない。当然のことだ。
だが、不服なことが一つ――それは兄がのんだくれていること。女好きのグレンは長続きしない。ふられたらそれはそれと、あっさりと見切りをつける。ここまで引きずるのは珍しいのだ。
噂によるとヨルハの番に懸想して、ばっさりふられたそうだ。
普段から女にだらしないグレンなら、まともな人は相手にしないだろう。グレンは遊び人なので、火遊び向けの彼氏(期間限定)くらいが関の山だ。
顔立ちは両親譲りで良いのだがとてもチャラい。とにかく軽薄な性格が表情に出ているのが、コウレンの兄の残念なところである。
番は成立すると、浮気はない。浮気するくらいなら死んだほうがマシというくらい、互いに互いしか見えなくなるという。
無駄に初恋を拗らせたグレンは、いまだに酒に逃げて彼らの結婚を受け入れない。
今日も離れの縁側で管を巻いている。
「兄さん、いい加減に酒じゃなくてご飯を……いない。手洗いか?」
きょろきょろとしていると、下がった御簾から僅かに人の気配がする。今日は珍しく寝所で寝ているようだ。
コウレンは御簾をどけて、中に入ろうとする。
「兄さん、ご飯を……」
褥の上に、白銀の天女がいた。
すっと御簾を戻しコウレンは深呼吸をする。目をこすり、遠くを見てまたそっと御簾をずらして中を見る。
やっぱりすごい美少女がいる。
そして気づく。少女から薬の匂いがする。しかも複数だ。マタタビ系と痺れや眠気を催す類のものだ。よく嗅ごうとしたら痺れてくらりとする。
(えーと、この綺麗な人……気のせいじゃなければユフィリア様?)
彼女が国にやってきた時の歓迎の宴の席と、出先でヨルハとデートをしている姿を見たことがある。
コウレンは混乱の極みである。頭を抱え、極地に達したところで一気に走り出した。
「かーさーん! 大変! たいへーん!」
なんといえばいいのだろうか。考えあぐねた結果、ストレート強火に事実を述べる。
「兄さんが遂に誘拐してきた!」
すぱーんと母屋の戸が開いて、薙刀を持った美女が飛び出してきた。
朱金の長い髪に深紅の瞳。涼しげで凛した目鼻立ち。白い肌に赤い紅が良く似合う。落ち着いた薄紅の着物の裾を見事に捌いて、エレンは駆ける。ダッシュで離れにすっ飛んできた。
「グレン! 相手に無理強いだけはするなって言ったでしょう! 女癖もいい加減に直せって言っているのに!」
庭に着地するとぶんぶん薙刀を振り回しながら、グレンに怒鳴る。
しかし、返事はない。
その反応の悪さが、ますますエレンの怒りを増長させる。
ややあって、厠のほうからのそのそと血色悪いグレンがやってきた。どうやら飲み過ぎて吐いていたらしい。
「なんだよ、母さん。今、気持ち悪くてそれどころじゃ――」
一人状況の分かっていないグレンがそういうと、彼の脳天めがけて薙刀(鞘入り)が入る。
「このお馬鹿あんぽんたん息子!」
追撃に助走をつけたグーパンがグレンを襲う。完全なる冤罪パンチだが、酩酊してへろへろのグレンは抵抗できない。
その後、エレンの気が済むまで母の愛|は続くのだった。
兄が心身ともに母親からボコボコにされている一方で、コウレンは使用人を呼んでユフィリアを別の寝室に運ぶ手はずを整え、離れから母屋に移動させる。
兄がちゃらんぽらんだと、弟はしっかりするのだ。
朱金城は忙しいを通り越し、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
その一室から空を見ながら、ヨルハは細く嘆息する。
先ほどの険しい気配は消え、その様子には安堵が漏れている。
「……ユフィは大丈夫だ。エレン夫人とコウレンが傍にいる。護衛たちも着くし、暗部も警備の配置も間もなくだろう。俺が行くまで保護をさせておこう」
「俺の家でいいのか?」
ヨルハの声に応えるは、後ろで控えていたコクランだ。
コクランにすら聞き取れない音を拾い、遠くの鳥たちとやり取りをしていたヨルハは小さく嘆息する。 本当はすぐにでも迎えに行きたいのだろう。
「下手な場所より、幻獣の番のいる家のほうが安全だ。グレンは殴られ損だけど、普段の行いが悪いからだろう」
「で? お前はどうするんだ。すぐにユフィリア様のところに行かないってことは、理由があるんだろう」
「ヒオウには、身内の不始末をさせている。ヒヨウは自分が利用されて捨てられたなんて知らずに、自分から処刑場に向かっているだろう」
「処刑場? ああ……『死の山送り』か。ヒヨウじゃ一日待たずにお迎えがくるだろうな」
死の山――ゼイン山脈でも特に危険な地域に、身一つで捨てられることを言う。
強い者ならしばらく生きながらえるかもしれないが、格も持たず全盛期も終えた老いた男ではどうにもならない。魔物に見つかったら一瞬にして刈り取られるだけ。
小型の魔物でも、数と連携で追い詰められる分だけ、恐怖と苦しみが長引くだけだ。
実の兄であっても、ここまで罪を重ねた相手をヒオウは許さない。近い肉親だからこそ、許せないだろう。息を引き取るその瞬間を確認するまで戻らないはずだ。
「フウカは?」
「身分が高くて格の高い血筋が好きらしいから、良い相手を見繕うよ。よほど結婚したいらしいから」
番に夢中の神獣の邪魔をするくらい結婚したがっているのだ。
格の高い獣人は大半の番持ちが、番を待っている状態。フウカがそのうちのだれかの番ならとっくにアプローチが来ているが、その気配はない。
番の年齢差は離れていても十歳前後。そう考えると、フウカの番はまずいない。
獣人には珍しく血筋にこだわりがあるようだ。ならば、高位の格の近親者から探せばいいだろう。
まともならば、犯罪者の身内な上、素行や性格に問題のあるフウカを迎えるのを断るか、言葉を濁すはず。すぐに返事をするのは、相当な物好きか女好きで、妻や愛人を数多く囲っている者だ。
若ければいい。美しければなお良い。人格など二の次で、自分の享楽のために手元に置きたがるタイプだ。もっと最悪なのは、嘆く姿を見る目的だ。
年を重ねたヒヨウとは違い、まだ若く美貌が自慢のフウカにとって、老害の玩具になるなんて絶望以外のなんでもないだろう。
花の美しい時間は短い。それは毒花でも同じだ。その美しい盛りを、厭わしい相手に浪費して使い潰される。花が散るのを待たず、踏み躙られるかもしれない。
咲き誇る栄華どころか、奈落の未来しか待っていないのだ。
「お前は」
「警告に。まだこの国に残っているからね。あれで潜伏しているつもりらしい」
ユフィリアを転移させた魔法陣と、ミオンたちを昏倒させた獣人に特化させた眠り薬屋痺れ薬。
あれはゼイングロウにはないもの。あのような獣人を害すための薬品を作るのはメーダイルだけだ。
「いけるのか?」
「いける。感覚も戻ってきた」
甘ったるいフウカの香。彼女が獣人にはきつい香りを纏うのはいつものことだから失念していた。
フウカの好むのは濃厚で妖艶な香り。女性的で官能的に魅せようと珍品、流行、金銭的価値と種類は問わなかった。
濃厚なので獣人の感覚を鈍らせるものだと気づくのが遅れた。嗅覚の鋭敏な者ほど、不快さが際立っていたのだ。強烈な香りなので、嗅覚が鈍る。香害で気分が悪くなると、誤認していた。
ヨルハも少なからず影響が出ていた。
フウカが近づくと強い嫌悪を抱いたのは、これも原因だろう。否応なしに香る甘ったるさに、研ぎ澄まされた神経は乱される。
これはヒオウが裏帳簿から取引を見つけ、隠し部屋などで見つけてきたものだ。
ヒヨウは自分の立場を取り乱すため、同族を陥れようとメーダイルから禁止薬物や魔道具をいくつも仕入れていた。
政治や謀略を好み、富と権力を欲していたヒヨウ。彼は当然、ゼイングロウとメーダイルが表面上は友好を演じていても、内心は蛇蝎の仲だというのは知っていたはずだ。
メーダイルの手先をゼイングロウへ引き入れれば、必ず国に害悪を成す。
それなのに、己の欲を満たすために、一線を越えた。
状況を見る目はあっても、欲を抑えきれず判断を間違える。それこそヒヨウが小物たる理由。
読んでいただきありがとうございました。




