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過ぎた願望

ちょっと間を置きましたが、これからがんがんいきます





 ユフィリアが消えた。

 ついさっきまで衣装について話していたのに、強い風が吹いたと思ったら忽然といなくなっていたのだ。

 最初は事態が呑み込めなかったものの、現実を受け入れると悲鳴を上げ、卒倒するメイドたち。

 その騒ぎは当然外にも響く。異常事態を察したミオンはノックで確認もせず部屋の中に入る。


「何があった!? ユフィリア様はどこに!?」


「分かりません……羽衣に、僅かな傷があったので新しい物と交換したんです。念のため、問題がないか衣装と合わせて確認していたんです」


「羽衣に傷!?」


 神獣の番の花嫁衣装に傷をつける馬鹿はいない。ヨルハの怒りに触れるも同然だ。

 針子であり衣装を管理しているサーバルキャットの獣人頷く。大きめの木箱を持ってくると、そっと蓋を開ける。


「はい、こちらの薄絹です。」


 向こう側が透けて見えるほど薄い絹の羽衣。薄いだけでなく、緻密な刺繍まで施された一枚だ。ささくれた手で撫でたら引っ掛かりそうな繊細な織り目である。

 だが、それを差し引いても衣装が傷つくなんてそうないはず。丁重に扱われているはずだ。

 その傷すら、ユフィリアを呼び寄せる罠だったのではと思ってしまう。

 薄絹を調べてみたが、見たところ妙な仕掛けはないように見える。


「気づいたことは!?」


「ユフィリア様が消える直前、風が……」


 クオンたちは、男子禁制の部屋に入っていいか戸惑っている。

 ユフィリアがいない以上そんなものない。ミオンは怒鳴るように呼び寄せた。

 窓や調度品を確認する。持ってきた箱や、照明の裏までひっくり返して原因を探す。ユフィリアを連れて行ったとしたら、窓や隠し通路と思ったけれど、それらしきものはない。


「あ、あの! 気のせいでなければ何か光ったような。私、ちょうどその時は衝立の後ろの暗い所にいたので、その、影の差し方が一瞬だけ変わったので……」


 猫耳の若い女官が、恐る恐ると挙手する。

 その発言に、ミオンは疑問を抱いた。光源となる窓、照明は固定されていて移動できない。

 そもそも、照明だって明るい昼間は使わないだろう。主な光源は窓からの太陽光。大きく取ったガラスの窓は締め切ってあるので、風が入ることもないはずだ。


「光? ……魔法? この国ではあまり魔法は使われないのに」


 物理で殴るほうが早いので、ミストルティンやメーダイルに比べて使用者が少ない。

 そして、魔法にはあまり良い印象を持たれていない。不仲なメーダイルは、魔法を得意とする者が多くおり、魔法特化の軍隊も所持している。

 ふと、足元の敷物が気になった。しっかりしたカーペットは珍しいものでもない。

 着替えるユフィリアが、履物も合わせるかもしれないと滑り止めや足を傷つけたり冷やしたりしないように敷いただけの可能性もある。


「この敷物を剥がせ! 床を確認しろ!」


 床の半分以上を占めるので、それなりに大きい。

 護衛数人がかりでひっくり返すと、円形に見慣れない文字が並ぶ何かが書き込まれていた。

 きっとこれは、魔法陣――これで、ユフィリアをどこかへ連れ去ったのだ。

 クオンやレオンは分かっていないらしく、不用心に手を伸ばそうとしている。


「姉さん、これなに」


「触るな! 魔法陣だ! 魔法に詳しい者を連れてくるんだ! あと、足の速い者や飛べる者を集めて、ユフィリア様を探せ! 朱金城に仕掛けたなら、そう遠くには飛ばせないはずだ!」


 ここは獣人たちの中枢機関。政治や軍事機密も取り扱う。空間全体が特殊で、一種の異空間になっている。

 多少の魔法なら、この朱金城そのものの妨害機能で使用不能となる。だが、ユフィリアを連れ去ることに成功した以上、かなり強い魔法を使ったはず。

 この魔法はあくまで飛ばすだけ。飛ばした後、到着する場所の指定もあるはずだ。

 見事にユフィリアだけが飛ばされたとなると、着替えに目印となる何か仕掛けがあった可能性も高い。

 その時、ふわりと――体も思考も鈍らせる香りが漂った。

 ミオンはその香りをかいだ瞬間、不味いと思ったすでに遅い。メイドや女官たちがバタバタ倒れていく。弟たちや護衛たちも膝をついている。

 マタタビだ。それも痺れ薬や眠り薬も入った、とびきり強烈な。締め切っていたのは、この香を巡らすためでもあったのだ。


(全員猫科の獣人か!)


 見覚えのある顔が多いはずだ。寅の一族は猫科が多い。


「……くっ! ヨルハ様にご報告して――」


 そう思っているのに、頭を少し動かすだけで吐き気を催すほど目が回る。景色が歪んでぐるぐると奇妙に回転していた。

 脂汗が滲み、抵抗したくとも動けない。ミオンたちは声すら出せない。

 もうろうとする意識の中で思い出す。そういえば、一人だけ猫科じゃない獣人がいた。

 ユフィリアを呼びに来た役人。その人物が、香炉を持ってミオンを見下ろしていた。








 干した藁が山になって積まれて運ばれている。

 それを曳くロバはのっそりとした足取りだが、ばんえいができそうな巨体なので意外と歩みは速い。

 あまり見ない顔だが、遠くの集落からわざわざ運んでいるのだろうか。

 のどかな田園風景に溶け込んでいるのだが、なんとなく違和感を覚える。匂いが嗅ぎなれないものが多いからだろうか。外国人の接客でもしていたのかと首を傾げる。

 ミストルティンから輿入れした番様の影響か、最近は隣国からの旅行者が多い。

 嗅覚の良い農夫は妥当なところで結論付けて、果樹の手入れを再開した。

 彼が見えなくなったところで、ロバも荷も御者も姿を変える。

 ロバは軍馬のような巨体に、御者はマントを羽織った男に、荷は幌馬車へと変化する。


「おい! 早くしろ! あの屋敷だ!」


 示した屋敷は大きな平屋だ。庭も池も木も綺麗に手入れされているのが分かる。派手さはないが穏やかで趣のある佇まいだ。

 規模の割には静かで、人の気配は薄い。野鳥の囀りが響いている。

 幌馬車の中から指示が飛び、家の正面の門から入るのではなく、ぐるりと回った裏手に向かう。

 そこには別の平屋があり庭に面したところで酒を飲んでべろっべろに泥酔した青年がいる。報告通り、一人で管を巻いているのが見える。


「ううっ、うーっ! ユフィが結婚しちゃうー! なんでヨルハなんだよー!」


 泣きべそをかいて脇息に愚痴っている。

 サイズ感とか色や形に違和感を覚えないのだろうか。相当悪酔いしているように見える。


「アイツの傍に転がせば、絶対手を出すはずだ。この人間に入れあげているって噂だからな……! あの女好きなら……っ! 他の男の手垢のついた花嫁など、さすがに番と言えど拒絶されるだろう!」


 そう言って馬車から大きな袋を持って出てきたのは、ヒヨウだ。

 すっかり薄汚れている。不精髭に、乱れた髪。不摂生がたたっているのか、浮腫んでくすんだ顔の中、血走った眼だけがやけに爛々としている。

 酒に酔っぱらっているのはグレンだ。いつもなら複数の女性を連れ立って、遊び歩いているのに最近ずっと泣き暮らしているのは調査済みだ。

 どうやら、恋煩いを拗らせているようだ。相手はあのユフィリア。当然ヨルハが許すはずもなく、轟沈したと聞いている。

 結婚式が近づくにつれ、このへたれ泣き状態。

 もともとは女にだらしなく、節操のない男だ。好いた相手が無防備に傍にいれば、手を出すに決まっている。


「ウェ……っく。眩しいぜ、ちきしょー」


 そう言って、ふらふらと部屋に入っていった。

 この離れはグレンが私室代わりに使っている。ここで男女二人きりになっているのを見つけられただけでも、醜聞になる。

 強引な魔法による転移酔いで気絶しているユフィリアが起きるには、まだ時間がかかるだろう。念のため、しっかり薬も嗅がせておいた。

 寝所にユフィリアを置いた。グレンが戻ってきたら、面白いことになる。

 ヨルハのために誂えた花嫁衣装を着て、他の男に汚されるとは、実に愉快だ。


(だが、人間の分際でフウカの地位を脅かした奴には相応しい末路だな)


 ほくそえみながら、ヒヨウは離れから離れる。この目で見られないのは残念だが、時間がない。

 危険は承知でも、どうしてもユフィリアは自分の手で地獄に落としてやりたかった。番なんかのせいで、ヒヨウは栄光を失ったのだ。

 しかし、そんな人間でもヨルハの番である限り、貴人として扱われる。ユフィリアの捜索隊はすぐにでも組まれるはず。優秀な視覚や嗅覚を獣人たちで編成され、昼夜を問わず行方を捜すだろう。

 そこで戌の一族の長の家で、そこの子息と寝所を共にする姿を発見される。

 番に夢見ている連中は軽蔑するはずだ。所詮は人間で、番の重要性を理解しない人間なのだと非難を浴びる。

 ヒヨウは念のため、自分の体臭を消す香を焚いている。

 複数の香と薬を混ぜ合わせて焚くという、ゼイングロウでも見ないやり方だ。

 あとは馬車に乗り込み、また魔法で姿くらましをさせながら家に戻ればいい。念のため、影武者を立てておいた。よほど近づいて会話でもしない限り、気づかれないはずだ。

 屋敷の外に出るが、外壁に隠れるようにして待っているはずの馬車がない。


「な、何故!? おい、どこへ行った!」


 ヒヨウが慌てて周囲を見回すが、馬も幌も御者も影も形もない。よく見れば、轍と蹄鉄の痕が見えるのだが、慌てたヒヨウは足元に目が行っていなかった。

 ふと、空に何かが見える。

 羽ばたいて移動する人影。酉の一族の捜索隊がもうこちらを目指している。


(そんな! 複数も囮を用意したのにもう来たのか!?)


 思わず隠れた。彼らは目がいい。まだ匂いでは気づかれないはずだから、今のうちに果樹園から森林に移動し、大回りでも見つからないように移動したほうがいい。

 バレたら終わる。


(まだ逃げられる! 距離があるし、私がやった証拠はない!)


 フウカはヨルハを篭絡しに行った。

 番一筋と言っても、柔肌を晒す妙齢の美女に願われて落ちないはずがない。

 親の欲目を抜きにしても、フウカは魅力的な女性だ。その美貌も、メリハリのある体も、積極的な性格だって悪くないはずだ。

 ヨルハだって年若い青年だ。その場の衝動で動いてしまうことだってあるだろう。

 上手くいくはずだ。そうでないと――終わりだ。そんなこと、あってはならないのだから。

 今まで、酉の一族の次席だった。ヨルハが国を治めなければならないから、ヒヨウの仕事になった。

 なのに、その座は弟のヒオウに奪われた。

 あの不器用で武骨で、頭の固い真面目が取り柄だけのような男だ。

 ずっと努力してその座を守り、酉の一族の利益のために働いていた。フウカを娶るように勧めたのだって、ヨルハの地位をより盤石にし、酉の一族の力をより強めるため。

 ヨルハは異性に興味が薄いから、フウカくらい積極的じゃないと仲も進まないだろう。

 そう思っていた。

 番探しだって、ヨルハは最初全然乗り気じゃなかった。

 それなのに、あっさりと番を見つけて妻にすると十二支族に通達をした。何が何でも結婚すると囲い込んで、溺愛して、守っている。

 フウカのことは捨て置いて、あんな脆弱な人間を選ぶなんて許せなかった。


(私は、フウカは! 酉の一族の長……否! ゼイングロウの頂となるのだ!)


 誰もがひれ伏す皇族として、十二支族を抜きんでた存在になる。

 そして神獣の血を受け継いだ孫を、栄華と共にこの手に抱くのだ。



読んでいただきありがとうございました

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