招かれざる訪問客
ちなみに狸は戌の一族出身が多め。十二支に割り振るにはグレーゾーン。
狐やアナグマ、イタチあたりも「自分らってぶっちゃけどのへん?」って思っているので、住所で名乗っている人もいる。
ヨルハはその日、とある客人を持て成していた。
その一人は少しゲットと話している間に、ふらりとどこかへ行ってしまったようで、ゲットは慌てて探しに行った。連れてきた手前、放置はできなかったのだろう。
彼らが戻るのを待っていると、覚えのある足音が近づいてきた。
本人は忍んでいるつもりらしいが、ヨルハには不自然で不器用な歩みにしか感じない。
静かにゆっくり横戸を引くと部屋に入ってくる。声もかけずに不躾だ。気づかれているのも知らずに、不意を突いているつもりらしい。
姿を見ずともすでに室内に独特の匂いが広がり、鼻につく。
どうやら、諦めて引き返す気はないようだ。あと少しでヨルハに触れるというところで、止めた。
「何の用だ。お前の入室は許可していない」
その冷たい拒絶に、息を飲む侵入者。
悔し気に顔を紅潮させ、眉根を寄せる妙齢の女性――フウカだ。
ヨルハの言葉の棘はあからさまだ。それなのに、わざわざヨルハの視界に入ろうと目の前に座る。床に膝をつき、潤んだ眼差しで見上げてくる。
「ヨルハ様……っ、どうかお慈悲を。貴方様をお慕いしているのです」
慕っていれば何をしてもいいのか。
ヨルハが不愉快さに嘆息し、ちらりとフウカのほうを見る。それを都合よく勘違いをしたのか、フウカはヨルハに抱き着こうと両手を広げて迫ってきた。
一瞬にして鳥肌が立つ。纏わりつく甘い香りも、媚びた視線も、妙に柔らかい体もぞっとする。何から何まで気持ち悪くて、生理的に受け付けない。
熱っぽい視線が煩わしい。悍ましさに拍車をかけた。
ご自慢らしいその顔を潰してやろうかと考えたが、今もユフィリアから貰った組紐を身に着けている。この女の汚い血飛沫で汚れるなんて嫌だ。
「お前に興味はない。失せろ」
フウカの渾身の媚態にも、ヨルハの食指は全く動かない。この冷徹ぶりだ。
だが、ここまで言ってもめげない。俯いて引き下がったと思ったら、違った。フウカはおもむろに服を脱ぎ始めたのだ。
望みもしないストリップショーにヨルハは眉根を寄せる。昼間から、ましてや客間であるこの場でやることではない。
「やめろ、不快だ」
「……知っていますのよ、ヨルハ様が例の人間と関係を持っていないのを」
それがこの不快なストリップに何の関係があるのだ。
白け切ったヨルハの視線を、何を勘違いしたのか再び手を伸ばしてくるフウカ。それを払いのけるが、フウカはまだ笑っている。
「本当は、あんな貧弱な人間に魅力を感じないのでしょう? 私なら、ヨルハ様を悦ばせてみせますわ。同じ酉の一族ですし、私の先祖は過去に幻獣の格を持つ者もいましてよ」
それは何代どころではない前の話ではなかろうか。水よりはマシ程の血なんて、何の意味があるのだろうか。
格の高い子孫なんてたくさんいる。
そもそも、獣人は完全な恋愛結婚ばかりだ。政略結婚だとことごとく失敗するので、自然と取り入れなくなった。
「やめろ」
「うふふ、照れないで」
「人に見られる趣味はないし、子供の前でやることではない」
嫌そうなヨルハがそこまで言うと、フウカがぴたりと止まった。
余裕の笑みが引きつり、興奮に紅潮していた頬が一気に引いていく。ぎこちない動きで首を動かして周囲を確認すると、真横の柱に小さな狸と薄茶の兎が顔を並べてトーテムポールのように覗いていた。
二人とも手で目を覆っているが、開き気味のパーになっていて隙間から丸見えだ。
卯の族長ゲットと、その孫である。
「ぎゃああああ!」
「「きゃーっ」」
絶叫しながら急いで床に落とした服を拾い集めるフウカと、頬に手を当てて悪戯が見つかったようにどたばた走り出すジジ孫コンビ。
「うっひゃー! 痴女! まさかフウカ嬢にそんな趣味がおありとはー! いやはやこのゲットびっくり仰天!」
「待ちなさいこのクソ兎とチビ狸!」
「おにばばー!」
「誰が鬼婆よ!」
どうにか雑に服を着付け、騒ぐ二人を追い掛け回すフウカ。
その形相は邪魔された怒りと、きまずさで引き攣っている。これでは子供に鬼婆と言われても仕方がない。
小さい二人がちょろちょろと部屋を動き回り、フウカは始終翻弄されている。どっちも捕まらないまま、息が続かなくなってしまう。
「これだけ暴れたら満足だよね? 帰れ」
「お待ちください、ヨルハ様! 神獣の高貴なる血を絶やしてはいけないと……! ましてや人間の血で汚すなど!」
「やだよ。お前じゃたつモノもたたないし。」
しっしと虫を追い払うように一刀両断のヨルハである。
その美貌にも肢体にも自信があったフウカ。女として論外と言われ、愕然としている。
ゼイン山脈より高々と聳え立っていた矜持が、ヨルハの番一筋砲弾に爆破される幻影が見えた気がする――と、後に語るのはとある孫溺愛の卯の族長であった。
「無理なんだよ。生理的に。匂い、気配も、声も、顔も、性格も全部」
ようやくまじまじとフウカを見たと思ったら、ヨルハはひどい扱き下ろしをした。
だが、罵倒ではなく正真正銘ヨルハの本音なのが残酷な事実である。
「今我慢しているのは、ユフィと早く結婚するためだよ。大事な俺の番がいるから、側室を取る気はない。必要性も感じない。
そもそも、俺じゃなくて、神獣や皇帝って肩書が欲しいだけだろう。敬われる奴の妻になって、権力や金を好きに使いたい。
顔は似ていないけど、そういうところ父親そっくりだよな」
ヨルハはその本質を見抜く。フウカやヒヨウが、いつもヨルハ個人ではなく、その格や身分に惹かれていたのを知っていた。
神獣であるのも、皇帝であるのもヨルハの一部だ。だが、それだけしか見ていないというのは、側近としても妻としても信用を置くのは論外だ。
ユフィリアはヨルハを愛している。恋もしている。
幼く拙い想いをゆっくり育てている最中だ。ヨルハの溢れんばかりの愛情を受け、日ごとに見事に開いていく。
ヨルハを愛しているから、自分なりの方法で隣に立つに相応しくなろうと努力している。
絶対君主と言えるヨルハの寵愛に依存しないユフィリアと、肩書に目が眩んで権力に寄生しよう媚びるフウカ。
周囲から見ても、比べる必要のないほど歴然とした資質の差。
身内に囃し立てられ、その気になっていたフウカ。踊りや化粧など、好きな分野には力を入れていたが、経済や語学、他国の情勢をはじめとした、苦手分野は放置していた。
以前は他の男性からもアプローチがあり、縁談も持ち上がっていた。それをことごとく蹴り飛ばしていたのもフウカである。
頼りにしていた父は閑職に飛ばされ、叔父に今までの横暴な振る舞いを叱られている。どんどん一族の間でも居場所がなくなり、フウカにはあとがない。
ヨルハしかフウカには残っていないのだ。
その相手にも、フウカは拒絶されている。
個人としても、女としても、大きくプライドを傷つけられた。
泣きながら部屋から出ていくフウカ。ヨルハはどうでも良さそうに視線すら寄越さないで、服を手で払っている。
その姿にゲットは何とも言えない顔だ。分かっていたが、ユフィリア以外への態度が本当に冷たい。
そんな時、小さな狸がヨルハに近づいた。
「よぅはしゃま、いたい?」
「ちがう」
「ばっちいの?」
「そうだね……触られたところが気持ち悪い」
ゲットの孫は、格を持たない獣人だ。だが、狸などの一部の獣人に伝わる変化の術を使える。それを自慢しているつもりらしいが、コントロールしきれない。
かなりのモフモフ強めのぽんぽこスタイルだ。
サイズも小さく、完全に二足歩行している狸。
しかもよたよた歩きながら、舌足らずな声でしゃべるものだから、本来の年齢よりずっと幼く見える。
「ゆちりあしゃま、あいたいれす」
「それはダメ」
小さな手を顔の前で握り合わせ、きゅるりんとしたつぶらな瞳のお願いスタイル。
孫ラブのゲットだけでなく、役人やメイド、護衛たちまで誑かし転がしてヨルハのところにまで辿り着いた世渡り上手である。
「そういえば、ハゲ治ったの?」
「なおった。ふわふわいいれしょ」
「良かったね」
「ゆちりあしゃま、おえ……おれいする。どんぐい。まつぼっきぃ」
子供なりの宝物でお礼をしに来たらしい。その殊勝な心掛けはいいが、うっかりユフィリアが心を奪われないか心配だ。
ヨルハはそこまで心動かされないが、この手の可愛らしさに弱い者は一定数存在する。しかもかなりの数で。ヨルハの圧倒的な美貌とは違う方面で攻撃力が高い。
お礼をしに来たと知ったらユフィリアも嬉しいのは分かっているのだが、ユフィリアの可憐な笑みをこのチビ狸が独占するのは気に食わない。
「……しょうがないな。ユフィに会わせ――」
ユフィリアの気配が消えた。
さっきまで朱金城の中にあったはずなのに、ぶつりと糸が切られたように唐突に消えた。
読んでいただきありございました。




