病の原因
珍しく衝突
「実を言いますと、我が里では毛が抜ける病が流行しているのです。かゆみと痛みが伴い、掻きむしっているうちに毛が抜け落ちて皮膚の炎症が広がっていく……。
最初は蚤を疑って砂浴びや水浴びを増やすなどで気をつけていたのですが、回復や終息の兆しはなく……今では体が弱り果てて床に伏した者も出ているのです」
ゲットだけ床に座らされた状態で、ユフィリアとヨルハ、コクランは椅子に座っている。しょぼくれるゲットを見かねたユフィリアが彼も椅子にと言ったが、ヨルハが許さなかった。
とつとつと語る卯の一族の状況は良くないものだった。
(結婚式前にというのは、そう言うことだったのね……この様子だと家族にも患者がいらっしゃるのかも)
ユフィリアとヨルハの婚姻は、国全体を挙げて行う。
名家である十二支族の族長はもちろん招待されているし、彼らも名誉ある祝祭を楽しみにしていたはずだ。
人間の貴族がドレスや宝石に贅を凝らすように、獣人たちは髪や瞳、翼や毛並みを綺麗に磨き上げて出席するのだ。
兎の獣人たちだって同じだ。そんな時期に脱毛症が流行るなんて、混乱の極みだろう。
ユフィリアたちの式に呼ばれていなくても、この祝いに合わせて祝言を上げる若者もいる。晴れの舞台にボロボロの姿で、痛みもかゆみも伴うのではそれどころではないはずだ。悪化すれば、体が弱って臥せってしまうくらいなのだから、危険性も高い。
「あの、一度症状を診させてもらえませんか? ただ美髪剤を渡すだけでは根本的な解決にならない可能性があります」
はっきりした原因の分からない症状に、安易に薬を渡せない。そういう思いもあった。
下手をすれば、症状を悪化させてしまうかもしれないのだ。
「それはなりません! ユフィリア様はヨルハ様の大事な番様! もし貴女様にまでうつってしまえば、大変なことになります!」
ユフィリアが患者はどのような状態なのか直接見たいと訴えると、ゲットは首を振る。
ヨルハも渋い顔をしている。自分は病気知らずな分、ユフィリアが倒れたりしたら手の施しようがない。軽い風邪を引いたユフィリアですら看病できないポンコツなのだ。
そもそも、苦しむユフィリアを見たくないし、危険から遠ざけたい。
「ユフィ、俺も反対だ。原因が分からない以上、獣人より体力のない君が行くのは危険すぎる」
「もちろん感染には気をつけます。ですが、卯の一族はゼイングロウでも栄えある十二支族の一つ。今後もヨルハ様に助力し、国を支えてくれるだろう貴方がたが苦しむのを無視はできません。それは次期皇后として相応しくないでしょう」
獣人たちは人間よりはるかに強力な肉体や鋭敏な感覚を持っている。
そんな彼らが苦しむような病気だ。人間のユフィリアが罹れば大変なことになるかもしれない。
それでもユフィリアに縋ってきたというのは、卯の一族の状況がそれだけ切迫している証拠でもある。
(でも、脱毛症……皮膚炎も併発しているというけれど、そちらが原因で脱毛している可能性もある。普段は毛皮に隠されている分、直に空気に触れたり直射日光に晒されたりするの肌のストレスになっているのも考えられる。
でも、痛みを伴うほどのかゆみも気になる。掻きむしって脱毛した? いえ、それが原因で皮膚が炎症を起こした? どちらが先なの? ずっと続くかゆみの原因は? 何か毒を浴びた? 極小の毒針を持つ毛虫……チャドクガの幼虫のような? いえ、植物の毒の可能性がある。花粉のように飛散しやすい……それも違う! 毒ではない!)
簡単に視認できる毒ではないはずだ。目では捉えにくく、被害者の多さを見ると拡大傾向がある。
まるで、毒が次から次へ増殖するようだ。まるで、風邪に感染するように。
ただの毒だったら、数人程度にしか影響が出ない。生き物には自浄能力があるし、最初の人が酷く、二次被害に出たとしても小さい被害になるはず。
体の丈夫な獣人たちがこうなるのはおかしい。
「……ヨルハ様、今までで似たような症例はありましたか? それらの残した書籍などはありますでしょうか」
「過去の事例は探さないと分からない。俺の知っている限り、ここ二十年はないと思うよ」
ユフィリアの問いかけに、ヨルハは記憶を辿りながら答えた。
お世辞にも有益な情報ではないと、自分で言いながらも分かっていたがユフィリアの反応は違った。
「いくつか、原因に心当たりがあります。確認ですが、卯の一族は森や山の深くに行くことや、動物の解体やそれに近い物をした覚えは?」
「しますよ? 卯の一族は魔物の狩猟はあまり得意ではありませんが、薬草や鉱石などの素材探しは得意なんです。器用なので、他の一族から依頼された魔物や獣を捌くこともあります」
「そうですか。となると、経路の特定は難しいかな……」
「何かお分かりになったのですか? いえ、その前に育毛剤! いえ、美髪剤を!」
顎に手をやり、考えるように視線を巡らすユフィリア。
少しでも情報を得ようとそわそわしているゲットを、ヨルハが一瞥して黙らせる。
「お気持ちは分かりました。ですが、薬を使う前に、薬型で副作用などの確認をしてからです。私は一級錬金術師の資格を持っていますが、知識は人間基準ですので、状態が良くない方に対しては特に繊細な配慮が必要です」
薬型を試すのには対象の体の一部が必要で、髪、血液、爪などを使うのが一般的だ。
一刻も美髪剤が欲しいゲットは「すぐに戻ります!」と走ってどこかへ行き、小一時間ほどで戻ってきた。手にはぼそぼそとした埃のようなものを瓶詰にしていた。
「これは、抜け落ちた毛の一部です」
ゲットは悲しげな顔で、瓶の蓋を開ける。
そこから漂う匂いに気づいたのか、ヨルハは少しだけ眉を上げ、コクランに至っては顔色が変わる。
「……おい、それってまさかお前のところの」
「ええ。やはり気づかれましたか。この毛は、今年六歳の孫です。ワタクシの孫が、一番容態が悪いのです。最初に脱毛症になったのは息子です。少し毛が抜けるようになったら一気全身に広がり……今では大半の体毛を失い、寒くても布団が触れるところすらかゆいと。敷布団に擦れるだけで出血が出るほど皮膚が脆くなっているのです」
子供は大人に比べ、体力が少ない。免疫も少なく、急激な体調変化を起こすことがある。
ゲットがやたらと急かす理由が分かった。幼い孫の危機に、藁にでもすがる思いだったのだろう。
被毛がある生き物は、それで守られているから皮膚が弱い。
「お借りしますね」
強引すぎるほどの押しの理由を知っては、ゲットを責めることもできない。彼も身内の重篤な状態に、なりふり構っていられなかったのだろう。
ユフィリアは痛ましく思いながらも、瓶を受け取った。
ゲットが席を外している間、ユフィリアも検査用の薬型や溶液を持ってきてもらっていたのだ。
ピンセットで掴んだ毛は、掻きむしって付着した皮膚や血のせいか粉っぽい。どこも汚れが目立つ。気になりつつも溶液に毛を溶かし、薬型に塗る。
そこには小さな良く分からない生き物だった。妙にぷっくりとした質感で細長い。毛がなく、顔も良く分からない。気持ち悪い虫のようだ。
それは机の上でのたのたと体をくねらせると、べちゃりと溶けた。
「……これは」
その不気味な結果に、誰もが絶句する。
「孫が病気だからでしょうか?」
「いえ、病気でも形はちゃんとするはず。不純物が入ったのでしょう。近くに誰がいました? 他の方の毛と混ざってしまったのかしら」
ユフィリアが混乱していると、コクランが首を振る。
戌の一族出身で、ジャッカルの獣人のコクランはこの中で一番嗅覚が良い。
「それはないと思うぞ。他の奴の毛が混ざった匂いはしなかった」
これでは薬の作用を調べるどころではない。
今までに経験のない事例に、ユフィリアは焦りつつも頭の中はめまぐるしく考える。
「この瓶を、いただいてもよろしいでしょうか? 詳しく調べたいの」
「ユフィ。それは」
「お願いです、ヨルハ様。本当に気をつけて扱います。素手では触れません。原因を調べないと……今は卯の一族だけかもしれませんが、これが他の一族にも広がっていたら大変です。
脱毛症や皮膚炎の方は、自慢の毛並みや羽根、鱗が損なわれたらきっと落ち込むし、人に見られたくないでしょう。我慢して、隠している方もいるかもしれない。
考えたくないですが、他の部族から持ち込まれた何かが原因というのもあり得るのです」
そう言ったユフィリアは、ヨルハの恋人ではなくいっぱしの錬金術師の顔をしていた。
人を、ゼイングロウの民を思う憂慮や責任感。その覚悟を言葉の一つ一つから感じる。
ユフィリアの強い決意は揺るがないと分かり、一瞬だけ苦々しい顔をしたヨルハ。その目がにわかに厳しくなり、怒りの覇気を帯び始めて周囲が委縮する。
いつもとは違い、すぐに頷かないヨルハ。ユフィリアはいつになく険しい眼差しを向けるヨルハに、果敢に見つめ返す。
静かな攻防は数秒。
同じ室内にいる者たちは気が気ではなく、武闘派じゃないゲットに至っては泡を吹きそうだ。
だが、くしゃりと髪を掻き混ぜるヨルハがため息一つ。
「本当に気をつけてよ……」
あ、折れた。
「もちろんです。私の一番近くにいるのはヨルハ様ですもの。扱いには細心の注意をしますわ」
まさに泣く泣く、と言った具合のヨルハ。にこにこと嬉しそうなユフィリア。
尻に敷かれている。すごく敷かれている。ヨルハはユフィリアにとことん弱かった。
でもやっぱり折れる。
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