卯の一族
ゲットはお洒落好きです。いかに自分をキュートに見せるか常に本気で考えている。
翌日、ユフィリアとの面会の承諾を聞いた卯の一族がすっ飛んできた。
朱金城の一室を借りて、面会の場を設けることとなった。互いのスケジュールの都合上、それが最速で時間が取れるタイミングだったのだ。逆を返せば、それだけ卯の一族が急を要していることでもある。
やってきた兎の出で立ちは立派だ。何せ、彼は族長。
一見すると人間のヨルハとは違い、彼は二足歩行の兎と言った具合だ。頭に烏帽子と水干を着ているが、それがなかったらジャンボサイズの兎である。
今まで会ってきた、近しい獣人たちとはだいぶタイプが違う。
(と、とても愛らしいわ。それなりのご年齢とお伺いしたけれど、この姿だと年齢が分からない)
こてりと首を傾げ、黒いつぶらな瞳がこちらを見る。ふわふわな薄茶色の毛並みと丸っこいフォルムが、ぬいぐるみ感がある。
ヨルハ曰く「狡いおっさん」らしいが全然そうは見えない。
ミストルティンの社交界でも外見と中身に齟齬のある人は見たことがある。それでもこれにはときめいていしまう。
リス妖精も愛らしいのだが、あの妖精たちは全体的にツッコミ属性かつ男気の溢れる性格が多い。
「お時間をいただきありがとうございます、神獣の番様。ワタクシは卯の一族の長のゲットと申します。」
「お久しぶりです、ゲット様。前回お会いした宴の時はあまりお話しできなかったので、機会をいただけて嬉しく思います」
腐っても淑女だ。だらしなくなりかけた顔を引き締めるユフィリア。
ぺこりとゲットが頭を下げると、長い耳が揺れる。深く頭を下げたので白い丸尻尾が見えた。
「突然の申し出、驚かれたでしょう。実は最近ユフィリア様が、素晴らしい育毛剤を手に入れたとお聞きしまして……」
育毛剤と言われて首を傾げたが、ゲットの後ろにいたクオンとレオンが自分たちの耳を指さすので分かった。美髪剤のことだ。
もしや、ゲットの烏帽子の中身は綺麗に肌が露出しているのだろうか。失礼な考えだが、愉快な想像をしたのはユフィリアだけでなかった。
同じ思考に行きついたクオンとレオンが互いの口を押えて真っ赤になっている。ミオンがいつも以上に顔を引き締め、強張った状態で直立不動になっていた。
メイドたちの動きが異様に早くなり、そそくさとこの場から逃げようとしている。
「ええと、ワタクシではない……いえ! ワタクシが使うことにして結構! ですのでその! 市場に流通させる前に、ワタクシに試供品でも買取でもいいので、いくつか譲っていただけないでしょうか!?」
そんな空気を知ってか知らずか、ゲットは必死の懇願である。
なりふり構っていられない様子。ヨルハの言葉は気になっていたが、ゲットの必死さは嘘ではないように思える。
「ええと、育毛剤と言われているのはきっと、美髪剤のことだと思います。
ミストルティンでは新薬のレシピとして登録済みですが、こちらの国……ゼイングロウの民の大半である獣人の方々は今まで使用していないの。
薬型という道具で、使っても問題ない方であればご使用いただいても大丈夫ですよ」
「で、では! おいくらで!」
「その、まだ市場への流通は考えていなくて……商売としてのお話は進んでいませんの」
お洒落やちょっとしたお遊びに便利な薬。それがユフィリアの認識だ。
現に、ユフィリアに協力してくれた獣人たちはファッション感覚で使っている。医薬品としての価値はないので、もう少し研究してからと考えていた。
「ではいつ!? いつならばワタクシの里に卸せますか?」
困惑するユフィリアの足に、ずべしゃーとスライディングしながら縋りつくゲット。黒いつぶらな瞳がうるうると涙で潤んでいた。
憐憫を感じて良心がぐらつくが、いつと言われても正直答えようがない。
(ヨルハ様が獣人には需要があるといっていたけれど……ゲット様の様子は尋常でないわ)
「ええと、必要ならばご用意します。あまりに多いとなると時間がかかってしまいますが、結婚式後ならば多少時間にゆとりがあるので」
「それでは遅いのです!」
ユフィリアの提案に、即座に首を振るゲット。
「ヨルハ様と番様のご結婚式には、多くの有力な一族が参加します。お二人の式に合わせ、婚礼を同時に行う若者も多くいるのです……! それには絶対間に合うように……」
ゲットの目からは滂沱というより、噴水のように涙が溢れている。
どうやらゲットの事情は時間に猶予がない様子。
人目も憚らず涙をこぼすゲットを見ていると、幼気な可愛い兎に意地悪をしているようで、良心がチクチクと痛む。
「是非、是非この契約書に署名をぉ~! 独占契約! せめて卸す総数と大体の日取りだけでも後生ですからああああ~~!」
筆と紙を持ってなにとぞなにとぞと縋り迫ってくるゲット。
涙でくしゃくしゃなバニーなお顔はキュートなのに、言っている要求は不穏な気がするのは気のせいだろうか。
ぐいぐいと物理的に押しながら、荒い息で契約を迫ってくるメルヘン兎。やっていることはちっともメルヘンではない。地上げ屋系の気配がする。
もふもふと毛並みがぎゅうぎゅうと迫ってくるが、唐突に圧が減った。
「おい、中年兎。お前らは金の匂いがするとその見てくれであざとく騙すのやめろ。
ヨルハに耳を引きちぎられて子の一族にぶち込まれるぞ」
ゲットの首根っこを掴んでいたのは、黒髪と褐色の美丈夫。戌の族長コクランだった。
黒いノンスリーブの胴衣に複雑な刺繍の布を肩から流して腰帯で締めている。一見するとラフなスタイルなのに、生地の良さと刺繍の豪華さが品格を与えている。
その衣装は体格が良く、精悍なコクランによく似合っている。
一方、片手で捕まって宙吊りになっているゲットはしょんぼりと身を縮めている。
「チィッッッ!! あと一押しだったのに」
素晴らしく鋭い舌打ちだ。ヤクザのような舌打ちと共に、さっきの明るくポップな声ではなくイケてるボイスが響いた聞こえた気がする。
ユフィリアが目の前の光景に混乱していると、ゲットは先ほどの渋い顔も声もなかったようにキュルンしたお目目のラブリーラビットしている。
「そうだな。あと一押しでヨルハがお前の首を捩じ切りにきただろうよ」
コクランがそういうと同時に、窓枠に影が差した。
翼をふわりと消し、眼光に苛立ちが満ちたヨルハが降り立っていた。
今度こそゲットは恐怖を感じる。ヨルハの迫力のある美貌に、鬼が乗り移っていた。肉食獣のようなしなやかな足取りで、驚くほど静かに距離を詰めてくる。肌を焼くような殺気は距離が縮まると共に増してくる。
「あの程度の距離で聞こえていないと思ったのか……?」
「ひええええ! これはヨルハ様! いえいえ、そのののの?」
少しでも逃げようとめまぐるしく足を動かすゲットだが、コクランに捕まっているので空を掻くだけだ。
普段は冷静というより冷淡で、何事にも興味の薄いヨルハ。番への執着ぶりは聞いていたが、まさか来るとは。
「ヨヨヨ、ヨルハ様? 本日はお式の演目を確認なさっていたのでは?」
「そうだな。やたら演奏や伴奏付きの音が響くものが多かった」
しらじらとした空気に万事休すと察したのか、ゲットの顔がしわくちゃに縮みこんだ。
そう。ゲットは今日の予定に音が鳴るものを多く入れるように手を回していた。絶対にヨルハが察しないように準備をしていたのだ。
「不思議だな。ユフィの声は聞こえたんだ。何やら困っていたようだから」
冷徹な声が、大きな手がゲットに迫る。この際コクランでもいいから助けてくれと救援を求めるが、コクランは無言で首を振った。
コクランが言ったところで、ヨルハは止まらない。それに、ここにはコクラン以上の適任がいる。
「つまり、ヨルハ様はお仕事中に余所見ならぬ他所聞きをなさってらしたの? 心配してくださるのは嬉しいですけれど、過保護すぎです」
少し困ったような、拗ねたようなユフィリアの声。ヨルハには効果覿面で、殺気が霧散して声へと振り返って膝をついた。
さっとユフィリアの手を握ると、眉を下げるヨルハ。
「だって、ユフィは慣れない場所で頑張っていてくれる。頑張り屋だから、無理をしてしまわないか心配なんだよ」
その言葉は事実なのだろう。
金や権力に物を言わせ、隣国の伯爵令嬢だったユフィリアを強引に娶った。ユフィリアも実家では冷遇されていたので、毎日愛を囁かれ、プレゼントを贈られ、国王直々に輿入れを願われたので嫁ぐしかなかった。
ヨルハにはその負い目があるが、ユフィリアにしてみればゼイングロウで快適で幸せな日々を過ごしている。
だからこそ、ユフィリアはヨルハやゼイングロウに報いたい。
「お気持ちは嬉しいです。でも私は私のできることに尽力したい……ダメですか?」
ヨルハの手を握り返すと、真摯や紫がかった空色の瞳が黄金の瞳を見つめる。
ユフィリアの眼差しと、真剣な表情に折れたのはヨルハだった。
「本当に無理なことや、嫌なことされたら、言ってほしい。じゃないと、俺はユフィに内緒でそいつをどうにかしてしまうから」
「もう、ヨルハ様ったら」
不貞腐れながら妥協するヨルハは子供みたいだ。ユフィリアは困ったように笑うが、周囲は笑えない。
やるといったらやる。ヨルハはその力も覚悟もある。絶対に原型をとどめないようなえげつないやり口で叩き潰しにかかると想像がついたからだ。
「で? ユフィに契約をゴリ押したのはどうして?」
「うう……すみません。すみません。ヨルハ様にお願いした時より、こちらの状況が悪化したのです」
コクランに吊り上げられながら蹲り頭を抱えるという奇妙な姿のゲットは、絞り出すように口を開く。
まさに苦渋の決断だったのだろう。
ヨルハとコクランに睨まれた状態で、ついに観念したようだ。
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