美髪剤、お披露目
獣人たちは体が頑丈なので、わりと怖いもの知らず。
あの後、美髪剤は爆発的人気を得た――リス妖精の間で。
料理で火傷をした、運悪く魔物に襲われて酸や毒液で爛れたなど欲しがる理由は様々だ。
問題となっている患部にだけ塗ればいいのだが、全身毛玉のリス妖精としてはまとめて毛並みをリニューアル&美味しくいただけるとあって服薬希望が多い。
結果、毎日のように作っているユフィリアである。
(一応薬型で試した後で使うけれど、リス妖精って薬に抵抗ないの?)
躊躇いなく掻き込む姿を目にするたびに、ユフィリアは複雑だ。
新薬は症例に乏しく、どんな副作用があるか分からない。妖精と人間とでは考え方も違うのだろうか。
今のところリス妖精は問題なくお望みのハイモフリティを手に入れている。
副作用と言えば、全身の毛並みが伸びてケサランパサラン化するくらい。それに対応し、家の一室をカットサロンにしている。仲間同士協力し合い、伸びすぎた部分は手早く器用に散髪している。
(ヨルハ様は獣人にも需要があるって言っていたけれど、お勧めするのは躊躇うわ。積極的なリス妖精さんたちと違うから)
自分で試しても見たが、新薬として正式登録してからのほうが良いだろう。
ミストルティンで特許を取れば、第三者がしっかりチェックしてくれる。ゼイングロウは薬学や医学が少し遅れているのもあってか、薬のレシピを公的に登録して保護していない。
代りに秘伝の薬は一子相伝、もしくは口頭で直弟子にしか教えない。そして第三者に流出を防ぐためか、書物で残さない傾向がある。
もし、継承者が次代に教える前に亡くなってしまえば秘伝は消える。
きっと、今までも多くの医学や薬学の知識が消えていったのだろう。
(私はきちんと残しておきましょう。ゼイングロウの風習を、私が強硬に変えろと訴えても反発を招く。いくらヨルハ様の『番』とはいえ、すべてが賛同しているのではないのだから)
ユフィリアが各地の秘伝に興味を持ち、文書として残すべきだと訴えればヨルハは応じるだろう。法律を変えてでもやりかねない。
だが、強制すれば反発される。ゼイングロウの薬師たちは大事していた調合レシピを奪われるのではと危惧するだろう。
薬師の中では、一つのレシピで食いつないでいるところもあるかもしれない。
(そうなると、死活問題よね。もし、私が秘伝のレシピに相当するモノを開示して、流通させれば少しは変わるかな?)
ミストルティンでは一般的なレシピでも、こちらでは重宝されるかもしれない。
だが、問題はユフィリアがまだまだゼイングロウや獣人の文化に疎く、彼らに絶対に響くと言うものが良く分からない。
獣人は身体能力が高く丈夫。そのせいか医学や薬学が軽視され、放置されているのだ。
ユフィリアにとって大怪我でも、獣人にとってみればほっとけば治るという感覚が多い。
ユフィリアにちょっかいを掛けようとするたびに叩きのめされるグレンを見ると、良く分かる。失神や流血沙汰になっても、周囲は気にしないのだ。
ああ、またやっている。くらいの感覚である。
(うーん。でも、話のネタくらいにはなるかも。この美髪剤はトリートメントと育毛両方に効果がある。毛艶を気にする獣人たちにも、ケア用品として渡せば使ってくれそうよね)
なんといっても、ヨルハのお墨付き。
ユフィリア以外には無関心なヨルハでさえ「需要がある」と断言したのだ。試してみる価値がありそうだ。
色々考えた結果、護衛やメイドたちに話を振ってみて、反応を見てみることにした。
ヨルハのお眼鏡に適ったくらいなのだから、ユフィリアに敵対心はないはずである。
翌日、少し多めに調合した美髪剤を獣人たちに披露した。
使い切れる小瓶に分けて、テーブルに並べる。その隣にはテスト用の薬型も置いてある。
ユフィリアの隣には、効果を実証してくれるリス妖精。先日髭のセットに失敗し、顔の一部が縮れの大地と化している。
髭をちょっとカーリーに仕上げようとして、熱した鏝で巻こうとしたところジュッっと髭と一部の毛並みが巻き込まれたのだ。
ユフィリアに美髪剤を「どうぞ」と渡されると、すぐさま一気に呷った。ずぼっと飲み干す音が豪快である。小瓶の中身を丸ごと吸引する勢いだ。
意外な肺活量を発揮してくれたリス妖精は、一瞬にしてケサランパサランと化し、速やかにカットされて美しい毛並みを披露する。髭も毛艶も完全復活だ。
自分史上最高の毛並みを得た妖精リスは、カット終了と同時に、ドヤアアアアと決め顔&ポーズまでしている。
「――という訳で、使ってみたいと思う人はいますか?」
「「「「「はい!!!」」」」」
思った以上に立候補が出た。
手を挙げた人数と、薬の数が合わない――ユフィリアだけでなく、手を挙げた本人たちも分かったのだろう。
すぐさま臨戦態勢になり、勝者の権利となりかけたが「ジャンケンで!」とユフィリアがストップをかける。
いつになく殺気が本気であった。あれは絶対血を見る戦いになると、素人のユフィリアですら分かる殺伐とした空気だった。
数分後、仁義なきじゃんけんを制した勝者が美髪剤を手にする。まさに幸運の女神が微笑んだ者たちだけのご褒美だ。
その中に黒豹のクオンとレオンもいた。
薬型でテストした後で、二人とも自分の耳に塗る。一気に伸びた毛並みに「おお!」と歓喜の声を上がった。
「ユフィリア様! 伸びました! 生え変わるだけかと思ったら、伸びましたよー!」
「そうですね」
そっちのパターンもあったか、とユフィリアは今更ながらに気づく。
レオンの隣でクオンは何やらゲル状のもので伸びた部分を加工している。ワックスの類だろう。
「……なんか変じゃないか?」
「三角耳って言うより……兎耳?」
一応は形を整えたクオンとレオンは互いを見合わせ、微妙な顔になった。毛が伸びたのはいいが、理想のスタイリングにならなかったようだ。
二人は不思議そうに首を傾げるが、心底呆れたようにミオンが口を開く。
「いや、不自然だろう。耳を盛りすぎだ。少しは切ってから整えなさい。業突く張りども」
人間でいうと、バレバレな厚底靴を履いているようなものだろうか。
背を誤魔化すことに特化したシークレットブーツと言うものがある。踵を高くし、靴底を厚くして身長を盛るのだ。
だが、やりすぎるとアンバランスになって目立つ。ちっともシークレットじゃなくなるのだ。
ミオンに言われ、しぶしぶサイズダウンすることにした二人。
他の獣人たちも、あれこれと己の理想のために試行錯誤をしていた。
(どこの国も、それぞれにお洒落のこだわりがあるのね)
皆に感想や意見を貰ったが、評判は上々である。
これを是非引き出物にと言う意見まで出てきて、その人気ぶりにユフィリアが困惑するくらいだ。
獣人たちの使用結果を確認後、新薬としてミストルティンの錬金術師協会に申請して登録手続きをする。
個人で使う分には自己責任だし、ゼイングロウにはそう言った登録機関がない。
錬金術師協会だと、多くの人で薬型の治験や実験を行うのでさらに正確な結果が分かり、安全性もはっきりとする。今後は錬金術師協会から公認された開発者として扱われ、レシピは保護されるのだ。
酷い副作用などの問題があると、新薬としての登録は難航する。その問題が大きすぎると、そのレシピ自体が棄却されてしまうのだ。
初めての登録だと言うこともあり、返答が来るまでの間、悶々としていたユフィリア。
そんな考えは杞憂になった。一週間後、問題なしなので登録したと返事が来て一安心である。
読んでいただきありがとうございました。




