偶然の産物
失敗は成功の母とも言いますし。
着々と結婚式の準備は進む。会場の準備、段取り、ゲストの出欠席とどんどん内容は詰められている。
そんな中、一向に進まないことが一つ。ずっと引き出物で悩むユフィリア。
ユフィリアが唯一任されている。他のことは多少のアドバイス程度で、全面的にユフィリアの決定権があり、取り仕切っている。
(私が他にできることと言えば、ヨルハ様のお色直しの追加や無茶ぶりを窘めるくらい)
それはユフィリアにしかできない奇跡の御業である。本人はあまり自覚がないが、ヨルハに意見するのは非常に勇気がいる。ユフィリアが間に入ることにより、役人や使用人たちはかなり負担が減っていた。困った時は、最後の綱の番様である。
そんなことを露知らず、自分の不甲斐なさに気落ちをしていたユフィリアは、気分転換に調合をしていた。
結婚式が近いので、怪我をしないように揮発や薬液の飛び散りには注意している。
飛び散りには気をつけていたものの、それ以外は油断していた。ユフィリアは本来小匙で一杯だけ入れるはずの素材を、間違えてたくさん入れてしまった。普段はしないような凡ミスである。
気づいたのはだいぶ経ってから。入れた後に、本来のレシピとは違う反応をするビーカーの中身に首を傾げた。
正しい手順だと発泡するはずなのに、ひゅぽんと気の抜けた音と共に小さく雲を作る。
「……あ!」
本来は綺麗な薄青色のはずが、星屑が煌めく夜空のような液体になっている。綺麗な薄青色のはずが、星屑が煌めく夜空のような液体になっている。
「どどど、どうしよう! ええと、この場合は……」
薬を持ったまま部屋の中を無駄にうろうろしていると、ビーカーの中は気づけば朝焼けのようなピンクやオレンジ色のグラデーションになっている。
匂いも違う。お菓子と言うより、砂糖そのもののような甘い香りがする。
ビーカーをじっと見つめ、そっと机に置いた。そして、錬金術の教本とにらめっこして、自分が何を作ってしまったか調べようとする。
色々な本を開くが、こんな事例はない。レシピの分量割合や温度、素材の状態による変質の事例はいくつかあったが、どれも当てはまらない。
ユフィリアが原因を突き止めようとしている間にも、ビーカーの中のファンシーカラーは煌めいている。
慌てているユフィリアの背後で、リス妖精が休憩と言う名のティータイムをお知らせにやってきた。
しかし、いつになく忙しなく動くユフィリアに、首を傾げる。明らかに取り込み中だ。
「ちゅー? きゅ?」
どうしたもんかと首を傾げたリス妖精は、机の上に何やらファンシーな色の甘い香りのする何かを見つけた。
このリス妖精、実は甘党だった。
いけないと分かっている。分かっていても、魅惑のシュガーな香りに引っ張られていく。
マグカップのようにビーカーを持つと、パステルな液体をのぞき込む。ここから、すごく甘い匂いがするのだ。
小さな匙をビーカーに突っ込み、取り出して匂いを嗅ぐと何とも芳しい。
ちょっとだけ、ちょっとだけと鼻を近づけてピンクの舌を伸ばす。
「……ちゅ!?」
特別意訳:甘い!!
砂糖よりこくがあって、蜂蜜より癖がなくて舌の上でふわっと消える口どけはとてもクリーミー。
ちなみに、原材料には砂糖や蜂蜜、乳製品は一切使われていない。
リス妖精はちらりとユフィリアを見ると、彼女はまだ一生懸命本を読み漁っている。こちらの行動には気づいていなかった。
「きゅ……キュキュッキュー」
特別意訳:あと一口、一口だけ……!
最初こそは遠慮がちに舐めていたが、だんだんと豪快な食べ方になっていく。
気が付けば、ビーカーの中身を掻き出して、逆さにして必死に振って一滴でも多く舐め取ろうとしていた。
その時、リス妖精の上に影が差した。顔を上げると、真っ青になったユフィリアが立っている。
「な、何をしているのですか!? それは訳の分からない薬ですよ!? 原材料に毒草は含まれていませんけれど……!」
リス妖精のもふもふフェイスを掴んで、口の中をこじ開けようとする。口内にある薬だけでも吐かせようとしたのだ。
どんな変化が起きているか分からない以上、接種はもってのほかである。
「キャーーーッ!」
「キャー、じゃありません! ぺっしなさい! ぺっ!」
ユフィリアの作っていたのは、良い夢が見せる薬『ドリームエッセンス』だ。枕に垂らすと安眠と睡眠の質向上が期待される。
植物由来の自然な控えめ香りで、獣人にも使いやすい――はずである。
メイドや護衛に使い心地を聞いてみたいところだ。
ヨルハは論外である。ユフィリアが作ったと判明した時点で、悪夢を見ようが魘されようがなくなるまで使い切るだろう。
普段は頼りになるのだが、ユフィリア絡みだと判断のブレが激しいのが玉に瑕である。
「これは食べ物じゃないの! あとで何かあったら……!」
「どうしたの、ユフィ?」
ユフィリアがリス妖精を逆さにして揺すろうとした時、のんびりした声が割り込んだ。
リス妖精の悲鳴はどうでもいいが、ユフィリアの尋常でない様子を察してやってきたのだ。
「この子が! お薬の失敗作を食べちゃったんです!」
ユフィリアがぎゅっとリス妖精を抱きしめるが、逆さのまま心配された本人(本リス)は何とも微妙な顔である。
つまみ食いがここまで大ごとになるとは思わず、自分の悪戯の招いた事態に気まずいのだ。
「チチチッちゅー」
「いい匂いがしたし、美味しかったって言っているから大丈夫じゃない? こんなでもそれなりに上位の妖精だし、呪毒みたいな性質の悪い魔法薬じゃないと腹痛すら起こさないよ」
リス妖精、意外と強靭な胃袋をしていると判明し、ユフィリアはほっとしてへたり込んだ。
そして小さく「そもそも精霊の木に住んでいれば、それだけで生きていける奴らだし」とヨルハは付け足す。
人々の食文化を学習するのは、リス妖精の好奇心だ。
本来ならお菓子もご飯もいらない魔法生物なのだが、しょっちゅうユフィリアと共に料理をし、ご相伴に預かっているのが若干腹立たしいヨルハ。
ユフィリアが満足できる仕上がりになればヨルハに振る舞われるのだが、嫉妬は止まらない。
「気になるなら、俺が振り回して胃の中のモノを全部出させようか?」
にこりとヨルハが微笑み、手を差し出す。その笑みに不穏なものを感じたリス妖精はユフィリアにしがみつく。
ヨルハを止められるのは、ユフィリアだけ。可愛らしいリス妖精は、哀れなほどガタガタと震えていた。その黒い瞳にたくさん涙を浮かべている。
ユフィリアは色々考えた結果、とりあえず現段階は大丈夫そうなので遠慮した。
(あの素材なら、胃の中でも毒素を出さないだろうし……)
ユフィリアもリス妖精がぶん回されゲロリンピックを開催し、吐瀉物を撒き散らす姿を見たくない。
ヨルハはやると決めたら、容赦しないはずだ。
その時、ユフィリアの足にもふんと今まで感じていた毛並みとは違う柔らかさを感じた。
足元を見ると、巨大なケサランパサランがいる。
ユフィリアの足にくっついているケサランパサラン。先ほどまで、涙目のリス妖精がいたはずだ。
困惑するユフィリアとは違い、ビジュアルが多少――否、大きく変わったとはいえ、これがリス妖精だと気配と匂いで判別できるヨルハは、無言でその巨大毛玉を持ち上げた。
「安全か分からないから、外に投げ捨てておこう」
「きゅー! チュアアアアア!」
特別意訳:てめー分かってやってんだろう! ざけんなあああ!
溢れるモフリティでよく分からないが、リス妖精は全力で抵抗していた。もっふんもっふと毛玉が揺れている。
悲鳴にも近い抗議で、やっとその毛玉がリス妖精と気付いたフィリアは大慌てで止めた。
「待ってください! リス妖精さんを投げないでください!」
「ユフィがそう言うなら……」
すぐさま止めてくれたユフィリアに、リス妖精の目に感動の涙が浮かぶ。
この朴念仁マイペース梟とは違い、奥方(予定)はなんて優しいのだと感動している。
「稀少な治験? 臨床実験? とにかく投薬結果としては極めて大事なので!」
興奮気味にぎゅっとリス妖精を抱きしめるユフィリア。その言葉に、リス妖精の感涙は引っ込んだ。
一方ヨルハは、ユフィリアの役に立つならとあっさり窓から投げるのは諦める。
「解剖する?」
「それはちょっと……」
さすがにそれはしたくない。ユフィリアが遠慮すると、ちょっと残念そうなヨルハ。
自分よりユフィリアの手料理を食しているリス妖精たちに、ちょっとした仕返しのつもりでの発言だがメンタルを木っ端微塵に吹き飛ばすオーバーキルである。
リス妖精はヨルハならやりかねないと、めちゃくちゃ震えている。
獣人の番にかける情熱は、時に常軌を逸する。特にヨルハはその傾向が強い。
ユフィリアが真面目で常識人であり、ストッパー役となることが多いからか、ますます激重感情が増している気がする。
その後、リス妖精は入念な健康チェックが行われた。外見もとい毛並み以外には特に異常は見られなかった。
ケサランパサラン状態だと仕事ができないどころか、日常生活に支障をきたす。綺麗にカットされていつものスマートスタイルに戻ったリス妖精。
その時になって気づいたのだが、毛艶がすこぶる良くなっている。サロン帰りかのように、ふわふわの艶々だ。
他のリス妖精にも羨ましがられ、つまみ食いリス妖精はご機嫌である。数日経っても、リスの体調に特に変化がなく良好である。
一方、綺麗になったリス妖精を見て、不機嫌そうなヨルハ。
「ユフィに迷惑かける奴なんて、ハゲ散らかせばいいのに」
勝手に飲んだことを、ユフィリアより根に持っているようだ。
謎の薬の影響を気にして、ユフィリアが毎日リスを診察しているのがその怒りに拍車をかけていた。
「見たところ、体調には悪影響はなさそうですね」
安心しつつも、どんな本にも載っていないあの薬の反応や変化が気になって仕方がない。
もう一度同じ薬を作ろうと思い、なるべく同じ素材と分量で試したのだが失敗が続いている。
試行錯誤で分量は完全再現まで至った。煌めく星空のような状態にはなるのだが、その後の変化であるパステルな色合いにならないのだ。
結婚式の準備をしつつも、リス妖精の経過観察を記録する。
そして、時間が許す限り調合で同じ薬剤を作ろうと奮闘していた。
(分量には間違いがないはず。気温? 湿度とかも関係する? でも、深い色合いになった後、そのまま放置するとどんどん色が黒ずんでいって別物になる)
今日も、煌めく藍色の謎薬剤までは作れた。だが、問題はここからだ。
ビーカーに額がくっつくほど凝視しているが、望む反応に向かう気配はない。
「ユフィ、顔近づけすぎ。危ないよ」
夢中になっていたユフィリアを窘め、ヨルハがビーカーとの間をその手で遮る。
急に瞼を塞がれたので、ユフィリアは当然驚いて、手を滑らせた。ビーカーはテーブルに落ちたが、運良く割れていなかった。たまたま置いてあった布巾が、衝撃を和らげてくれたのだろう。
一方、特注の強化ガラスのビーカーなので、割れないことは知っていたヨルハ。念のため自分の裾で薬の飛び散りを受けて、大事な番が汚れない配慮する余裕すらもある。
(い、いつの間に……)
完全に不意を突かれたユフィリアはまだ混乱中である。
そもそもヨルハは気配が薄く、長身にもかかわらず足音も静かなもの。別の何かに気を取られたユフィリアが、その動きを看破するなんて無理である。
ふと、ビーカーを見ると星空のような煌めきから、徐々に色が淡くなっていく。薬剤が変化していることに気づく。
「え! なんで! どうし……まさか落としたから? 衝撃で反応が変わるの?」
そういえば、あの時もうっかり落としてしまった気がする。
その後は狼狽してうろうろと持ち歩いていた。なるべくその状況を再現するために、ビーカーを持って室内を歩き回る。
ヨルハは不思議そうに、ユフィリアにぴったり寄り添っていた。
これだけ接近しているのに、ユフィリアとぶつからずにいるのはさすがと言うべきか。
しばらくすると、パステルカラーになっていた。あの甘い香りも完全再現している。
「成功したわ! 毛玉になる薬!」
「ああ、この前の」
「リス妖精さんは毛が伸びて膨らむ以外に変化はなかったけれど、人にはどんな影響が出るのかしら……」
じっとビーカーを見つめるユフィリアに、不穏なものを感じるヨルハ。まさか自分で臨床実験をするつもりじゃないのかと、不安になる。
しっかり者のユフィリアだが、錬金術に対する情熱は並外れたものがある。
「こういう時はコレ! 薬型を使います!」
そう言ってユフィリアが取り出したのは、人型に切り取ったぺらっぺらの紙だ。
ヨルハは黙って見る。ユフィリアが自分に使わないのなら、安心だ。
「私の髪を貼り付けます。そして、専用の薬剤の塗布。髪が解けるまで馴染ませて、膨らんだら完成」
薄い紙が切れないように、たっぷりの薬剤を塗り付ける。貼った髪が溶けるにしたがって、髪は立体的になりざっくりデフォルメなユフィリアになった。
「小さいユフィだ。可愛い……」
「あ、ちょっと……今からそれで実験するんですから」
「こんなに可愛いのに!? どうしてそんな残酷なことができるの!?」
小さいユフィリア(薬型)を抱きしめて放さないヨルハ。それを返しなさいと迫るユフィリアに、泣く泣く差し出した。
その表情が「小さいユフィに酷いことをしないで」と訴えている。
恋人としては叶えてあげたいが、錬金術師として薬型の無駄使いをしたくない。
「とりあえず、これに薬を飲ませて――」
匙で口元に薬を近づけようとしたら、思ったより柔らかくもったりとしていた。匙の上で揺れて、ぼとりと薬型の頭部に落下した。
その瞬間、薬型ユフィリアの髪が一気に伸びた。人間ユフィリアと同じくらいの背を覆うほどの流れるような銀髪だったのが、今では身長を追い越してテーブルの上で引きずっている。
薬型はその後、輪郭がぼやけて最初と同じ薄っぺらい紙人形に戻った。
「小さいユフィが!!!」
「薬効の検証が終わったんですね」
真っ青になって叫ぶヨルハとは違い、ユフィリアは冷静にピンセットで紙人形を摘まんで顕微鏡に乗せる。
何故かと言えば、効能や副作用が薬型に浮き出るから。そしてその文字が小さい。小型で高性能薬型は、持ち運びや保管に便利なだけではない。結果も細かく表示されるが、薬効を見るのに顕微鏡や虫眼鏡などレンズ器具が必須なのだ。
「毛髪の育毛促進と美髪効果ですね。予想通りです」
ちなみに後で塗布ではなく飲ませて見たら、薬型ユフィリアは細長いケサランパサランになった。
服薬すると全身に薬が回り、全身の毛が伸びるようだ。
ユフィリアは体毛が薄い。それでも毛玉になったのだから、人間は絶対飲んではいけないブツだ。
再度リス妖精にも協力を仰ぎ、パッチテストをやったらそこだけ長毛化した。だが、もともと剥げている部分に塗ったら毛根が復活し、毛並みが揃った。
「……飲んでも塗っても使えるのは便利だけど、ちょっとしたパーティグッズにしかならないわね」
毒性はないし、味や香りも良い。少なくとも料理上手なリス妖精たちは「甘くて美味しい」と飲むことを苦に感じていない。
ユフィリアが活路の見出し方にあぐねていると、ヨルハが首を傾げた。
「俺はすごく人気出ると思うけど」
「そうですか?」
「獣人って、毛並みや羽の美しさを大事にするからね。それに、獣人じゃなくても髪質やハゲを気にする人は多いよ。ミストルティンもメーダイルも魔獣の毛をウィッグしてる。毎年一定量は加工用に輸入しているし」
それは初めて聞いた。確かに社交界でも髪を美しく結い上げ、綺麗に見せるために銀粉や金粉をはたく人もいる。
ユフィリアは自毛の質が良く、艶やかな白銀の髪をしていたので気にしていなかった。
「あ、そういえば獣人では試してないね。俺も飲んでみようか?」
「薬型! 薬型を使いましょう!」
ひょいとビーカーを手に取るヨルハ。そのまま残っていた薬を呷ろうとするので慌てて止めた。
一国の主(生身)で実験は色々アウトである。
ヨルハは少し残念そうにしていたが、ユフィリアの説得には折れるしかない。
読んでいただきありがとうございました




