ハイタカたちの密談
とらぬ狸のなんとやら
ミオンに乗せられまんまと朱金城から追い出されたフウカは、怒り心頭だった。
前までへこへこと頭を垂れていた連中が、白けた眼差しでフウカを見るのも我慢ならないし、少し前まではヨルハとお似合いだと囃し立てていた取り巻きも、ヨルハが番を連れて来たら一気に手を引いた。
父のヒヨウがヨルハの顰蹙を買ってから、それは一気に加速した。
何もかもが上手くいかない。今日だって、ヨルハに会うことすらできなかった。
艶やかに着飾って、念入りに化粧をして、歩きにくい踵のとびきりお洒落な靴を履いて会いに行ったのに。
「お父様! あいつらムカつくの! なんとかして!」
家に戻るなり、金切り声で叫びながら、フウカはヒヨウの部屋に入る。
髪を振り乱し、乱暴に衣の裾を蹴りながら走り寄った。そして己の不遇を身振り手振りで訴える。
「番様、番様って……! 私がなるはずだったのに! ヨルハ様の妃があんな人間だなんて!」
役人と護衛に囲まれ、手厚く遇されていたユフィリア――あの場所にいるべきなのは、フウカのはずなのに。
あの冷徹な黄金の瞳を甘く蕩けさせ、睦言を囁くのはあの人間じゃない。そんなことあってはならないとフウカは訴える。
膝に縋りついて泣き叫ぶ娘に、大きな手が添えられる。
安楽椅子でゆったりと座っていたヒヨウは何度も深く頷き、フウカの叫びを肯定する。
「おお、フウカよ。可哀想に……そうだ。お前は間違ってなんていない。ヨルハ様に釣り合う年齢、並ぶに相応しい美しさ、優れた舞の才能。
きっと近すぎてヨルハ様も気づいておられないだけだ。気づいたのなら、お前に羽根を渡し、求愛のために舞い、歌を贈るはずだ」
羽根を贈るのも、歌や舞を披露するのも鳥の獣人の定番のプロポーズだ。
フウカの乱れた髪を撫でながら、ヒヨウは忌々しそうにつぶやく。
「ふん、周りもたかが人間に浮かれおって。ヨルハ様とて、最初は乗り気ではなかったのだ。無知な人間に、早々に苛立って飽きられるはずだ」
そうに決まっている――そうでないと困る。
ヨルハは特別だ。周囲から逸脱しているレベルで優秀で、万能な存在。そんな彼の強さに皆が憧れ、畏れ敬う。
そんな彼が本気になれば、ゼイングロウを完全な支配にするなんて簡単なこと。
今まで興味がなかったから、下の者に任せていた。政治だって最終的な判断は下すものの、シンラやコクランの上奏が強く反映されている。
酉の一族のことだって、今までヒヨウに任せきりだった――なのに、番を見付けてから急にお払い箱だ。別に娘を皇后にしろと言っているわけではない、側室でも良かった。
今まで軽くあしらわれることはあっても、罰せられることはなかったのに。
(ユフィリアとかいう人間の娘は、ヨルハ様と同居している上に言動にも口出ししているらしい。あの気ままなヨルハ様が鬱陶しがらないはずはない)
酉の一族から神獣の格を持つ者が生まれ、ヒヨウはすぐさま馳せ参じた。すり寄ったともいえる。
幼い頃からヨルハを見て、彼がどういう人間かを熟知している。
干渉を嫌い、触れ合いを嫌い、とても神経質な一面もある――五感の鋭い獣人の中でも、上澄みの上澄みであるヨルハが、他人と長時間いるのは苦痛なはずだ。
最初は番だと我慢できても、時間が経てば積み重なって取り返しのつかない嫌悪になる。
ヨルハがふらりとゼイン山脈へ飛ぶのは、そう言った煩わしさから解放されたいからだろう。獣人同士でも馴れ合いを好まないのだ。人間ならなおさらだ。
だが、あれが皇后になられては困る。一度なったら、引きずり降ろすのに苦労する。ゼイングロウにおける番への崇拝や憧憬は根強くあるのだから。
「安心しろ、フウカ。手は打ってやる」
相手は人間の脆弱な小娘だ。
少し怪我をすればあっという間に弱る。死んでしまえば、番も消えて皇后の座も空く。
ヨルハは悲嘆に暮れるかもしれないが、それをフウカが慰めればいい。フウカが皇后に召し上げられなくても、序列の高い妃としてあればお手付きになるはずだ。
(……番を失った獣人は早死にすると聞く)
殺すのはヒヨウが確固たる基盤を得てからのほうが良いかもしれない。
相手は人間。獣人とは違い番の概念が薄い。ならば、それを利用して番との間に決定的な亀裂ができるようにすればいい。
ヨルハが番を拒むように仕向ければいい。きっと、裏切られたヨルハは失意に暮れる。
政が疎かになれば、その部分はヒヨウが代わって働けばいい。宰相としてこの国を動かせる
神獣は滅多に生まれない。今までだって、神獣がいなくてもゼイングロウは何とかなっていたのだから問題ない。
実に生かすか殺すか悩ましい。番は影響力が強いし、ヨルハの最大の弱点だ。使い道は多くある。最大限利用するべきか、あと腐れなく消すべきか悩ましいところだ。
もしヒヨウの考えを読める者がいたなら、その杜撰な計画を鼻で嗤っただろう。
しかしこの部屋にはヒヨウとフウカしかいない。他の者は使用人で、二人に意見が言えるはずがない。
歪で不相応な欲望を抱く二人を止められる者は、そこにはいなかった。
薄暗くなり始めた空に、景色が暗い影を落とす。嵐の予兆のような強い風が吹き抜け、木々を揺らす。乱暴に揺れる枝から、いくつかの影が飛び去って行った。
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