引き出物
新キャラ増えつつあります。
用意された部屋にはたくさんの引き出物候補があった。
職人の技術が光る透明感ある切子のグラス、高級茶として名高い青茶の入った茶筒、山で採掘される水晶の裸石や加工品、染料で有名な産地で染めた反物とどれも魅力的だ。
その中で真っ黒な破片のようなものに目がとまる。多分木材だろうけれど、ユフィリアには何か分からない。インテリアにしては武骨で、扱いも丁寧。絹張の上に置かれ、見るからに高価そうだ。
「これは?」
ユフィリアが問うと、傍にいた兎の耳を持つ役人が口を開く前に別の声が割り込んだ。
「香木ですわ。特別な木の樹脂できておりまして、酉の一族の持つ森林で育つ、特に薫り高い伽羅から採られたものですの」
後ろからやってきたのは紅の衣装に派手な刺繍が施されたドレス姿のフウカだった。
そのメリハリのある体を主張するような細身のドレスは、ミストルティンではあまり見ない型だ。
首元まで詰まったマーメイドドレスが一番近いだろうか。ただ、太腿まで深くスリットが入り、きわどい脚線美がのぞいている。靴はスパンコールがびっしりついたハイヒールだ。
一方、ユフィリアの今日の衣装は、仕事のためにシンプル。
上は蝶が舞い踊る桜色の着物、下は落ち着いた臙脂色の袴。着物の合わせや帯まわりには繊細なフリルレースがふんわり揺れている。
一見すればユフィリアのほうが地味に見えるが分かる者には分かる。ユフィリアの衣装のほうが一桁高い。
何ならその白銀の髪に挿された簪一つで、フウカの着ている一式が買える。
その簪の流麗な細工と蜻蛉玉は有名な工房の職人しか作れない逸品。そして羽根はヨルハのものだし、深い溺愛が嫌と言うほどわかる。
見れば見るほどヨルハの主張が激しいのだ。簪は黄金と蜻蛉玉なのだが、描かれているのは番の鳥。着物の桜色の中にいる蝶は二人を思わせる翅の色。袴にはないと思いきや、背中には腰帯に咲き誇る刺繍には愛をつづる花ばかり。
獣人は気づく、ユフィリアから漂うヨルハの残り香。それこそ頻繁にくっついていなければ出ない強さで纏っている。
それほど五感が鋭くなくとも、ユフィリアに近づくにつれてヨルハの気配を感じるのだから、本能で理解してしまう。
鈍い獣人でもわかる。現に、呼ばれていないのに勝手に出てきたフウカの顔が引きつっていく。
「説明ありがとう存じます。これは市場に滅多に出回らない珍品なのですね」
フウカの挑発を笑顔でいなすユフィリア。これくらいの嫌味、想定内だ。
それより気になるのは匂い。フウカの纏う香りは強い。一部の嗅覚の鋭敏な獣人には強すぎる香に「臭い!!」と言わんばかりに顔を顰められている。
どんなに良い香りも強すぎては悪臭だ。
フウカは格を持たない獣人。人より少し運動神経の良い程度だ。五感も人間と変わらない程度――嗅覚は香水を強く常用していたので、余計鈍くなっているのだろう
(……獣人の方はあまり香水を好まないと思ったけれど、この香木を使用する時も特別しっかりつける物なのかしら)
伽羅の使用方法を考えつつも、ユフィリアは笑顔を絶やさない。完璧淑女として、顔を顰めなかった。
正直なところ、ゼイングロウに来てから強い香りとは無縁の生活だったのできつく感じる。
五感の鋭敏なヨルハやリス妖精もいるし、香りは柔らかく纏うように気を使っていた。
「まっ、まあ、これくらいは基本ですわ。当然の嗜みですわね」
思った反応を得られず、歪んだ笑みで、負け惜しみに吠えるフウカ。
だが、そんな彼女に周囲の様子は冷ややかだ。勝手にしゃしゃり出てきて気まずくなって、ユフィリアに当たっている。
役人たちは目配せして、どうやってフウカを追い出そうかと考えた。もしこの場にヨルハがやってきたら、無作法な侵入者を許さないだろう。その場でフウカを引き裂きかねない。
そもそもゼイングロウで贅沢好きに育ったフウカと、ミストルティンで淑やかに育ったユフィリアでは土台が違いすぎるので比較すべきではない。
それに――
(……確かにこの香木は高いですけど……)
(番様から仄か香る白檀、この伽羅より貴重よね。使い方も上品だし)
(これ絶対にヨルハ様が採ってきたのだよ。近場じゃ出ないもの。ゼイン山脈の未開の地から見繕ってきたとしか)
ゼイングロウの領土――と言うには未開の地が多いゼイン山脈。強力な魔物が跳梁跋扈しているので、奥地ほど手つかずだ。
ヨルハは折を見てはユフィリアが喜びそうなものを探しに行っている。
微塵も相手にされていないフウカと、そこにいるだけで寵愛を独占するユフィリア。
露骨なほどヨルハの態度は違う。番とその他には歴然とした差があるのに、それを認めないとばかりにフウカは突っかかってくる。
ヨルハには盾突けないからユフィリアに当たって、さらにヨルハに嫌われる負の循環。
隠しきれない敵意を向けてくるフウカに、ユフィリアは苦笑しながらも香木を見る。
(珍しさと言う点ではいいかもしれないけれど、香りは好みが分かれる。馴染みのない香りを敬遠するかもしれない)
ミストルティンの流行りともだいぶ違う。
ここ最近の人気は柑橘系だった。数年前はローズ系、その前はムスクとハーブ系だ。馴染みのある素材を混ぜ合わせた調香をすれば、ハードルは下がるだろう。
ただ、ミストルティン以外から――メーダイルからも来客が来るのが問題だ。彼らはゼイングロウと不仲なのだ。休戦協定は結ばれているものの、長年いがみ合っている。
メーダイルの主流は香水や香油。香木はメジャーではないので、珍しさはあるけれど、逆に言えばそれしかない。
大国であるし、できれば考慮した引き出物にしたい。これはユフィリアだけでなく、ヨルハやゼイングロウの評価にも繋がるのだ。
安易に決めるべきではない。
ここは一度フラットに考えたい。過去の事例を参照すべきかと、資料を手に取る。全く同じでは芸がないが、傾向を知るのは大事である。
「ちょっと、小娘! 私の話を聞いていましたの? 獣人を統べるヨルハ様は酉の一族出身なのだから、当然その地のモノを選ぶべきでしょう!」
伽羅の前から離れたのが不服だったのか、フウカがユフィリアに怒鳴る。
小娘呼びに役人たちの顔が青ざめる――朱金城は広くとも、あのヨルハだ。聞こえているとも限らない。
「で、ですが他の一族も自信をもって特産品を推薦しておりますし……」
「そんなの賑やかしに決まっているでしょう!」
いや違う。商人や職人から情報を集め、各一族が厳選を重ねた推薦品の中から、役人がさらに篩にかけたものがここに並んでいる。
伽羅も通過したからお眼鏡に適ってはいるが、決定はしていない。
フウカがユフィリアに掴みかかろうとした時、別の腕がそれを制した。
「フウカ様、控えてください。それ以上の番様への暴言、暴挙、強制は看過できません」
部屋の外で待機していた護衛が、立ちはだかる。中の不穏な空気に、黙っていられなかったのだ。
護衛は二十歳くらいの若い女性だった。
(彼女は確かミオ……いえ、ミオン?)
黒豹の獣人のミオン。
漆黒の尖った耳と長い髪は高い位置でくくられ、すっきりとした黒目は切れ長の一重。すっと通った鼻梁。薄めの唇は生真面目に引き結ばれている。中性的で綺麗な顔立ちだが、人を寄せ付けない雰囲気がある。
鎧はなく、細身の引き締まった体に茜色の胴衣を纏っている。腰の帯が他の護衛より華やかで、帯留めには翡翠があしらわれた金具になっている。きっと、彼女は階級が高いのだろう。
「私に命令しないでくれる? それが許されるのはお父様か族長たち、そしてヨルハ様だけよ」
顔には汗を滲ませながらも、強気に言い返すフウカ。圧倒されているのに、虚勢を張っている。
「然様ですか。我々はヨルハ様からのご命令でユフィリア様をお守りしております」
ズバッと最強のカード『神獣皇帝による勅命』で叩き返すミオン。
今まででこそフウカは酉の一族次席の娘と言う高い待遇を受けていた。だが、現在その父親ヒヨウはヨルハの不興を買い、降格されている。
それまでヨルハの代わりに酉の一族のまとめ役をしていたヒヨウ。今では弟のヒオウがその座に就いていた。
栄華を誇っていたが転がり落ち、窓際族である。
(それもあってヨルハ様にご執心のようなのよね。これ以上ヨルハ様の顰蹙を買わないほうが良いのに……)
鈍いユフィリアでもヨルハの激重感情は分かっている。
ユフィリアの前では少しは取り繕っているが、完全に隠しきれてはいない。
フウカのぎゃんぎゃんと甲高くヒステリックな声が響き、それに淡々と言い返すミオン。完全に矛先がユフィリアからミオンにずれている。
興奮して周りが見えなくなっているフウカを警戒しつつ役人たちはこっそりとユフィリアを安全圏に移動させる。ミオンはフウカを挑発して部屋から誘い出した。
見事な連係プレーである。
「さあ、番様! 邪魔者は出て行ったので続きをしましょう!」
「……そうですね」
遠ざかっていくフウカの声を聞きながら、ちょっと複雑さを感じつつもユフィリアは頷く。
きっと役人たちもフウカが邪魔だと思いつつも、少し前まで権力を握っていた重鎮の娘だから邪険にできなかったのだろう。そうでなくても、あの苛烈な性格も恐ろしかったはずだ。
(八つ当たりで引き出物の見本品を壊しかねないし)
その後、ユフィリアは役人たちから色々と説明を受けながら熟考した。
引き出物候補には爪研ぎや魔物肉のジャーキーなども入っていて人間にはちょっと持て余す品も数点あるので油断ならない。
ちなみに試食したジャーキーは堅すぎて、ユフィリアには嚙み切れなかった。
(他の獣人の方々は余裕で食べていたから、あれくらいの硬さは普通なのね……)
これは来賓用への食事も少し気にしたほうがいいかもしれない。
「あの、式で出されるお料理なのですが、柔らかい物をお出しするようお願いできますか? 来賓の中にはご高齢の方もいらっしゃるから」
ユフィリアがジャーキーで苦戦していたのを見て、獣人もハッとした。
ジャーキーは噛めば噛むほど塩味と凝縮された肉の旨味を感じるのだが、人間の力では食べきるまでに顎が痛くなってしまう。
ユフィリアの顎は小さく華奢だが、若くて健康である。そんな彼女でもこの様子だ。
「そうですね。料理人に伝えておきます」
役人が素早くメモを取る。ゼイングロウには人間が少ないので、ユフィリアの意見は大事である。
(それに主賓より大切な番様が食べられないメニューなんて出したら、ヨルハ様がどんなに怒るか!)
ユフィリアは優しく言ってくれるし、なるべく穏便に済ませてくれるが、ヨルハは違う。判断を間違えば秒で機嫌が氷点下まで下がるのだ――ユフィリア関連は特に。
そんな役人たちの心配をよそに、ユフィリアは食べかけのジャーキーを持って悩んでいた。
味はとても美味しいので残念だ。味も濃いのでお酒の摘まみにも良い。保存性も高く、来賓たちが土産として国に持ち帰りやすい。
だが、食べ方に難儀するのはいただけない。このジャーキーはユフィリアの指より太く分厚い。キャンディーのようにずっとしゃぶっているのも大変だ。
「麺のように薄く細めに加工できればいいのですが……」
それなら嚙み切れるはずだ。
だが、ここにあるのは完成品。この形を細く裁断するのは難しいだろう。こういった干物や乾物類は、干す時点である程度形が決まっている。
このジャーキーの素材はゼイン山脈でも滅多に出てこない魔物を使っている。まさにゼイングロウらしい品物と言える。
(この国ならでは米のお酒もそうよね。ミストルティンでは葡萄酒や蒸留酒が多いもの。平民では麦酒も人気らしいけれど)
ユフィリアはまだ口にしたことがない。
ゼイングロウでは湿地だったところを水田として利用し、稲作が盛んにおこなわれている。ミストルティンと同じような作物――小麦や葡萄や芋も作っているが、米も一般的なのだ。
そもそも、ミストルティンとは比較にならない広大な領土を持つゼイングロウだ。多種多様な特産物があるのも頷ける。
「式に出すお料理を見せてもらえる? 食事と飲み物、両方お願い」
ユフィリアの言葉にリストを差し出す役人。
最初のドリンク以外は、三種の清酒と二種の葡萄酒が出る予定で、好みの飲み物を選択する方式だった。
今回はゼイングロウ皇帝夫妻の結婚式。祝いの席だが、同時に政の席でもある。この場で失敗すれば、国の評価に関わることもある。来客は飲み過ぎないように調節するはずだ。
(きっと、本当に飲みたいものを我慢する人だっている。気に入ったのなら、国に持ち帰りたい人だっているはずだわ)
料理人たちだって、自慢の料理に合う酒を用意している。この式典に相応しい品格や逸話のある品だ。
(お酒とおつまみ……となると、グラスにも凝りたいわね)
ふと思い出したのは、ヨルハとお揃いの切子。
美しく鮮やかなグラデーションに、透明度の高いガラス。繊細で大胆な彫刻が素晴らしかった。
(この引き出物だと酒飲みの欲張りセットみたいになっている気が……)
お酒をたしなむ人はともかく、そうでない人たちにはどう思うだろうか。
しかも来賓の中には親友のマリエッタもいる。同い年の彼女はバンテール侯爵令嬢だ。果たして、彼女は喜ぶだろうか。
とても面白がりそうではある。
ふと思う。マリエッタにも喜ぶものを用意したい。
実の家族に冷遇されていたユフィリアが心休まるのは、学園だった。そこには、いつも笑顔で出迎えて、ユフィリアの話を聞いてくれるマリエッタがいたから。
こんな勝手な私情を挟むなんて、自分でも驚いた。でも許されると分かっている。ヨルハはユフィリアの意思を、捻じ曲げたりしないから。
(本当は、もっと早く決まるはずだったんだけれど候補品の選出が難航したのよね)
引き出物にどれを選んでも良いように、各一族は生産基盤を整えているそうだ。
ユフィリアのお眼鏡に適えばヨルハの歓心を得ることにも繋がるだけでなく、ゼイングロウ皇室御用達と銘打つこともできるので、各自気合いが入っている。
読んでいただきありがとうございました。




