奇妙な寝床事情
これからガンガン更新行きます。
ヨルハの予想通り、ユフィリアは目を覚ました。
視界いっぱいに広がる絶世の美男子の寝顔。まさに顔面の暴力と言える情報量を浴びせられたが、目覚めの恒例行事なのでむしろ安心する。
数秒ほど見ていると意識もはっきりしてきたので、ゆっくり部屋を見渡した後で身を起こす。
ベッドサイドにある木製の鈴を手に取って振るう。
カランコロンと金属製の鈴にはない軽妙な音が鳴り響いた。
控えめだったが、隣のヨルハが起きていないか気が気でなく振り向こうとして、失敗したことに気づく。
ぎゅっと後ろから長い腕が伸びて、ユフィリアの身を包んだのだ。
「おはよう、ユフィ」
「おはようございます、ヨルハ様」
見なくても分る。この温もりと気配、抱かれ心地はヨルハである。
起き抜けに耳元で甘く囁かれ、少し心臓に悪い。
「朝からユフィがいる。幸せだ……ユフィはちゃんと寝れた?」
「ええ、とても良い目覚めです」
「俺もすごくいい気分」
ヨルハは子供のような無邪気さでそういうと、柔らかくユフィリアに頬擦りする。
厭らしさはなく、それどころか夜着のユフィリアを気にしての温めているのだと分かる。ヨルハも寝起きそのままで薄着だ。
淑女としてのユフィリアが「婚姻前に薄着で密着するなんてはしたない」と騒ぐ。
婚約者としてユフィリアが「ヨルハ様の要望には善処すべき」と物申す。
ユフィリアの中で二つの意見が喧々諤々と主張し合っていた。
「ちゅっ、ちゅちゅー!」
おはようございまーす! と言わんばかりに、小さな団体がやってきた。子供サイズのリスが寝室に入ってくる。
シマリスに似たその存在は、みんなエプロンをつけている。
この家に使用人は一人もいない。その代わり、このリス妖精と言うオールワークスメイド並みに働く妖精がいた。
いつもにっこり笑っているように見える可愛らしいリス妖精だが、ヨルハには結構辛辣なツッコミ属性持ちである。
「おはようございます」
「チュイっ!」
ユフィリアには丁寧に挨拶するその後ろで、別のリス妖精がげしげしとヨルハを足蹴にして「出てけコノヤロー! レディの身支度の時間だ!」と追い出している。
家主(職業:皇帝)に対して随分な扱いだ。
ヨルハも慣れたもので、容赦ないリスキックをくらいながら「また朝食で」と手を振って出ていく。
頑丈なヨルハにとって、非戦闘員(特技は家事)の妖精の攻撃なんてあってないものだ。
そんな背を見送るユフィリア。その瞳が、少しだけ寂しげに揺れる。
寝起き用の白湯とぬるま湯を張った洗面器を持ってきたリス妖精にお礼を言いながら、ユフィリアはとある不安が胸に巣食っていた。
(……ヨルハ様はお優しい、とても大切にしてくださる)
この上なく、ユフィリアに愛情を注いでいる。溺愛を隠そうともしない。
睦言を囁くし、抱きしめる。キスだってする――同衾もしているが、一線は超えていない。
同じ寝台を使った数は両手では足らないくらいだと言うのに、一切踏み込んでこない。
(……まだ、婚約中だもの。挙式して、正式に夫婦になればきっと……)
抱いてくれるはず。
そんなことを考えている自分が、猛烈に恥ずかしくなる。己から求めるなんて、淑女らしからぬ浅ましさだ。
もとはと言えばこの状態がおかしいのだ。婚約している仲とはいえ、年頃の男女が同衾するなど奇妙なことである。
年端のいかない子供や、夫婦であるなら兎も角として普通ならあり得ない。
ヨルハの勢いに流されてこの生活が続いているが、順序があべこべだ。
「ちゅう?」
思い耽っているユフィリアに、リス妖精が首を傾げる。
「あ、ごめんなさい。なんでもないの……」
ユフィリアはゼイングロウについて目下勉強中だ。
ミストルティンで生涯を終えると思っていたユフィリアは、まだまだ獣人文化について勉強が甘い。
「その……聞きたいのだけれど、ゼイングロウでは未婚の男女が同衾するのは普通のことなの?」
遠慮がちにユフィリアが訪ねると、部屋の中にいたリス妖精たちが一瞬ぴたりと止まった。そして、恐るべき速度でユフィリアから目を逸らす。
ふわふわの毛並みで顔色なんてわからないが、真っ黒なつぶらな瞳が泳いでいる。捕食者から逃げるイワシにも劣らぬ激しい泳ぎっぷりだ。
(この国でも普通ではないのね……)
今更だが、寝室を分けるべきか。
ユフィリアが頬に手を当てて悩むと、その思考を察知したのかリス妖精たちがユフィリアに縋ってくる。
「ちゅー!? ちゅっちゅちゅー!!」
やや高めに鳴く。何を言っているかさっぱり分からないが、必死に宥めて止めているような気がする。
リス妖精の一匹は自分の身の丈ほどのハリセンを持って、ヨルハの出て行った方向を指さしている。
「ヨルハ様に嫌なことはされていないわ。寝るのも嫌じゃない……し……」
そう、嫌ではない。きっと、それ以上のことも。
言いかけて、ユフィリアは自分の本心に気づく。
ユフィリアは不安なのだ。あれだけユフィリアを求めてくるヨルハが、ユフィリアの体を欲さないことを。
ゼイングロウは世襲制ではない。その時に、最も強い者が皇帝として君臨する。
皇后夫妻であっても血の繋がった後継者が要らないから、子作りも必要ない。
強いて言うなら、ヨルハの心の拠り所くらいだろう。ヨルハはその圧倒的な格の高さから、国民から敬意と畏怖が注がれている。
番は生きているだけでその役目を果たしている――少なくとも、文献を見る限りはそう記載があった。
(……ただ『いる』だけでいい存在なの? 番ってなんなんだろう。獣人独自の感覚は私には解らない)
強烈な恋慕や愛情は感じるけれど、色欲を向けられたことはなかった。
元婚約者のエリオスですら向けてきた欲望が、ヨルハにはないのだろうか。この上なくユフィリアを傍に置きたがるのに。
顔を赤くしたり、物憂げになったりと一人忙しいユフィリア。そんな彼女の様子に、リーダー格のリス妖精は何かを察したようだ。
ユフィリアの肩をぽんぽんと叩くと、妙にシニカルな笑みを浮かべる。
訳が分からずユフィリアは首を傾げる。
「え? えーと、その?」
「ちぅちっ」
生ぬるい眼差しでふりふりと横に首を振るリス妖精。
言葉はやはり分からないけれど、気にするなと言われたような気がする。
外見はとってもキュートなのに、人生の大先輩のような尊大な態度。それは嫌味な感じは微塵もなく、頼もしさを感じて笑ってしまう。
ようやくユフィリアの顔に笑みが浮かんだことに、リス妖精も安心していつものリススマイルを浮かべるのだった。
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