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束の間の一喜一憂

感情がジェットコースター



 翌日、犯罪者としてエリオスは送り返された。今後、ゼイングロウの地を踏むことを禁じられた。

 始末してやりたいが、そこまではユフィリアが望まない。ヨルハが怒り任せに殺せば、ユフィリアがどんな感情を抱くか怖かった。

 エリオスは余りにも人相が変わっていたが、食事と風呂などの世話をしたら多少は戻ったものの、その分、騒がしくうるさかった。

 もっと肉を出せ、酒を出せ、服はシルクで高級ブランドじゃないと認めない――と、完全に何か勘違いしている。彼はあくまで罪人として、ミストルティンに戻されるだけ。

 ミストルティンへの護送される間もずっと言いたい放題だ。余りに身を弁えていないので二度と気の迷いを起こさないように、贈り物をしてやった。

 ゴブリンキング、オークジェネラル、スカベンジャーバイパー、三首ハイエナなどの魔物を毎夜枕元に杭で打ち付けてやったのだ。これくらいの魔物なら、ゼイン山脈にうようよいる。

 毎朝目覚めると虚ろな瞳とかち合う羽目になったエリオスは、そのたびに失禁したそうだ。根は甘ったれボンボンなので、二日目で不遜な態度は消えた。

 監視は何時の間にか入っている異物に驚いたものの、エリオスが誰の怒りを買ったか知っているので黙認していた――彼らもそれなりの実力者だが、ゼイングロウの頂点にいる人物には敵わない。

 ミストルティンからは大仰な謝罪の連絡が来ていたが、そんなことよりヨルハの頭はユフィリアのことで埋まっていた。

 もうすぐ結婚式だ。

 ユフィリアは準備を進めているのに、ミストルティンに帰りたいと言う。

 その矛盾にヨルハは大きな不安に襲われていた。

 元婚約者を国外追放しても気が晴れない。




 あれから悶々とした日々を過ごしていた。そう、時間は無情に過ぎていくのだ。

 気が付けば月が替わり、季節も変わる。

 ゼイングロウではあまり見ないドレス。よそ行きの格好に、旅行鞄を持ったユフィリアが立っている。

 そんな姿にも愛おしいと感じる。


「ではヨルハ様。行ってきます」


「うん、行ってらっしゃい」


 同じゴンドラに乗ったら、途中でゴンドラを壊してゼイングロウに帰ってしまいたくなる。ユフィリア一人くらい、ヨルハの翼で運ぶのは一瞬だ。

 攫って、閉じ込めて――それから? ユフィリアが軽蔑する視線を向けたら、怯えられたら耐えられない。

 見送りの時、ちゃんと笑えていただろうか。

 暗澹とした思考の中、仕事に向かう。今日は宮殿の改修について議論をしなければならない。ヨルハの番が見つかったから、彼女が落ち着ける部屋を用意する。


(ユフィは、俺の傍に帰ってこないかもしれないのに?)


 たくさん贈り物をしたのに、ユフィリアの片手に収まる旅行鞄だけで旅立った。

 その事実に改めて気づき、ヨルハの胸に空洞が開いたようだ。

 いじけながら図案を見て、ずっと沈み込んでいるヨルハ。その腑抜けた有様に、ついにコクランが口を開く。


「どうした、ヨルハ。マリッジブルーか?」


「ユフィが……」


「ユフィリア様が?」


「ミストルティンに帰りたいって……言った」


 見送りは飛竜を借りる都合上、管轄しているシンラだけは知らされていた。

 ごく限られた者しか、ユフィリアの帰国は知らない。

 ヨルハの番が逃げようとしているなど知ったら、大騒動になるのは目に見えている。

 コクランに言ったのは、そうすれば騒ぎになって責任感あるユフィリアなら帰ってくるかもしれないと思ってしまったからか。

 だが、コクランはしばし黙り「ああ」と思い出したように声を上げる。


「おー、もうそんな時期か。年に一回なんだろう? 一級試験。ほら、錬金術の資格。頑張って勉強してるらしいじゃねーか。応援してやれよ」


 その言葉に、ヨルハは止まる。

 目を見開き瞬きを忘れた危険な眼光で、コクランを見ていた。一方、コクランは手元の資料を見ている。


「…………資格試験?」


 小さく漏らすヨルハに、ようやくコクランも振り返る。今更ながらに様子のおかしいヨルハに気づいたようだ。

 腑抜けたヨルハにずかずかと近づくと、びしりと指さして説教を始める。


「あ? なんだ、鳩みたいな顔して。この数か月猛勉強してるって噂だぞ。お前さんの役に立つんだーってシンラの爺さんだって言って……オイ、まさかテメェの番の頑張りを知らねーとは言わせねーぞ。

 あんな一目で頭痛するような本を読み漁って、毎日頑張って薬草の世話や調合しているのだって全部………いや、これは俺から言うべきじゃないな」


 勢い余ったお節介に気づき、コクランは言い淀んだ。

 ヨルハの変化は顕著だった。みるみる目に生気が宿り、淀んだ負のオーラを撒き散らしていたのがぴたりと止んだ。


「ユフィ、勉強頑張っていたの知っている。毎日薬作って、本読んで……」


 その呟きはコクランに話しかけているようで、自分に言っていた。

 大事なユフィリアのことは見ていた。彼女がゼイングロウに来てからは一番だと胸を張って言える。



「俺の、ために?」



 ユフィリアが好きで、そのままでも十分だった。

 居ればいるだけ好きになって、愛おしくて、満たされる人だった。

 ヨルハがユフィリアにたくさん何かを与えたいし、支えたいように彼女もヨルハのために何かをしたくて努力をしていた。

 離れたいなんて思っていなかったのだ。

 ミストルティンじゃなきゃダメなのは、年に一度の資格試験を受けるため。

 荷物が小さいのはすぐに帰ってくるから。

 家に贈り物が残っているのは、そこがユフィリアの居場所だから。

 ぱちぱちと嵌るピースに、ヨルハの視界が一気に拓けていく。ずっと靄がかったような薄暗さが消える。

 彼女が自分の努力をひけらかさないのなんて、初めから知っていたことなのに。そう思って自分を叱るが、それ以上に大きな幸福感が止まらない。 

 コクランはここでようやく、ヨルハの勘違いに気づいたようだ。


「このクソボケ鈍感鳥。あの真面目なユフィリア様だ。医学の遅れたこの国で、お前のためを思うならそうするだろう。

 色ボケ真っ盛りのお前なんかより国主の伴侶として、自覚はしっかりしているぞ」


 ヨルハは有能だ。戦闘面の腕っぷしもすごいが、書類仕事や政治的な頭の良さを持っている。

 ただ、それを滅多に活用しない。興味なさ過ぎて、フォローするのはシンラやコクランに回ってくる。


「ユフィ好き……愛してる」


「おーおー、本人に言ってやれ」


「ユフィと結婚する!」


「そうだな、なら仕事やれ」


 ヨルハはいつもののろけモードに突入し、コクランは雑に仕事へ追い立てた。

 いつもより浮かれまくり、書類は破くし筆は折る。おまけに扉は壊して執務机を粉砕した。番に思いを馳せすぎた梟は、自分の怪力を忘れていた。

 これにはシンラとコクランも頭を抱えるしかなくなった。

 執務が滞るどころの話ではない。ユフィリアが戻るまで家で謹慎を言い渡されてしまうヨルハ。

 試験は一日だ。午前に座学、午後に実技の試験となっている。

 結果発表は翌日なので遅くとも明日には帰ってくるし、郵送希望なら結果を見る必要ないのでその日の夜には帰れる。

 ユフィリアは結果発表を確認後、明日の朝一に帰るそうだ。

 マリエッタとの再会を兼ねて、バンテール侯爵家に一晩だけ泊る――と、リス妖精がちゃんと予定を把握していた。

 結局、ユフィリアが戻ってくるのが待てなかった。ヨルハはその日の夕方にはミストルティンへ飛んだ。バンテール侯爵邸に向かうと、何やら騒がしい。

 ヨルハが顔を出すと、バンテール侯爵がすっ飛んできた。顔を涙と鼻水でべしゃべしゃにしヨルハの前に土下座した。


「娘とユフィリア様が……待ち合わせ場所に向かい、それから姿が消えたのです!」


 愛娘とその親友。どちらも大事なのだろう。二人が消えて、藁にも縋りたい父の懇願だった。

 



読んでいただきありがとうございました。

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