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辛辣な助言

現実を見ましょう?



 ヨルハがグレンをしばき倒していた頃、アリスはかなり追い詰められていた。

 家から追い出されて学園の寮に入れられ、そこではメイドがいないので生活の質は下がるばかり。

そんな中で窃盗に遭ってお気に入りのジュエリーが盗まれた。

 学園に訴えたが、貴金属の管理は個人の責任だ。盗品の保証などはしてくれない。

 エリオスに相談しようにも、ここ数日どころかひと月以上見ていない。

 最初は生徒たちも騒いでいたが、今では忘れ去っている。だが、流れた噂は酷いものだった。

 新しい浮気相手と駆け落ちした。

 未亡人のマダムの若いツバメとなって蒸発した。

 そもそも、アリスに愛想が尽きて夜逃げした。

 どれもこれも、アリスの矜持を大きく傷つけるには十分だ。

 折角姉から奪い公爵子息の婚約者になったのに、アリスの現状は悪くなる一方だ。学園でのヒエラルキーも以前より落ち、低層を彷徨っている。

 伯爵令嬢なのは変わらないのに、下級貴族に笑われる屈辱的な日々だ。

 食べるものが質素になりストレスもあって、アリスは窶れていた。その顔にも生気がなく、項垂れている。

 俯いているアリスに、冷ややかな声がかけられる。


「あら、やけに小汚い生徒がいると思ったら――貴女だったの、アリス」


 鮮やかなストロベリーブロンドを揺らした彼女は、マリエッタ・フォン・バンテール侯爵令嬢。アリスとは逆に学園でもハイカーストに位置するサロンからも、ひっきりなしに声がかかっている。

 

「なっ! 小汚いですって!? 私は次期公爵家の一員よ!?」


「事実でしょう。忙しい特待生や、やんちゃな男子生徒でももっと身なりはきちんとしているわ」


 貴族が多く通うが、中には優秀さを認められた平民もいる。

 彼らは学園を卒業するために、また支援してくれている実家や後見人のためにも絶対に成績を落とせない。

 この学園にいる以上ある程度の身だしなみは誰もが気を使う。女子生徒ならなおさらだ。歪んだリボンなんてつけていない。


「それに、公爵家の一員とは言うけどエリオス様はどこにいったの? と言うより、何も聞いてないの? 考えてないだけ?」


 マリエッタの仕方ない駄々っ子を見る目には憐憫があった――可哀想なものを見る、見下す目。

 プライドだけは高いアリスは、その雰囲気だけは敏感に察知した。


「馬鹿にしているの!? 私は公爵夫人? 公爵令嬢になって……」


「呆れた……頭が悪いとは思っていたけれど、そんなことあり得ないじゃない。

 エリオス様は実家に勘当されているのよ? 百歩譲ってアクセル姓を名乗ることはできても、公爵家としての権限を持つわけないじゃない。

 彼は文官や武官になるわけじゃないのでしょう? コネも実力もない彼の就職先なんてないし、貴族じゃなくなるのにどうしてそんなこと思ったの?」


 心底不思議そうに言うマリエッタに、驚くのはアリスだった。


「へっ?」


 小さく呟いて、目を真ん丸にする。怒りでも悲しみでもなく、思わず漏れた声だ。

 アリスの表情に演技ではなく本気で驚くマリエッタ。


「だってアリス。貴女だって家から勘当されたらしいじゃない。伯爵が娘じゃないって触れ回っているわよ。何をしたか知らないけれど……寮にいられるのは今だけよ?

 学園在学中はいいけど、今後どうするつもり?

 貴女、住む場所もそうだけど、就職の当てはあるの?」


 住居。

 就職。

 平民落ち。


 アリスは十四歳。来年は十五で、中等部卒業となる。エリオスは単位が足りたら、今年に高等部卒業だ。

 こんな狭苦しい地味な場所だけれど、寮には屋根がある。時間を守れば朝食と夕食は出る。少なくとも生きていくには支障をきたさない場所だ。

 アリスには友達がいない。エリオスとの喧嘩が増えるとみんな去って行ってしまった。

 中には「ユフィリア様とパイプに使うつもりだった」と堂々と宣言して離れていった子もいた。


「ウソよ! お父様が私を捨てるはずないわ! アクセル公爵様だって、エリオス様との婚約を認めてくださったのだから私を娘として扱ってくれる!」


 泣き叫ぶアリスは、先ほどの弱った姿などなかったように大声を出す。

 そのヒステリックな高音は、周囲の人間を辟易させるには十分だ。

 だが、マリエッタは手を緩めない。

 今まで散々甘やかされて、ハルモニア伯爵家に守られてきたのだ。いい加減に現実を知るべきだろう。


「貴女がユフィみたいに優秀だったらね。聞くけど、貴女は何ができるの? アクセル公爵様は優秀なレディを望んでいらしたの。

 まともに働かないだろうエリオス様の代わりに彼を養って、面倒を見る女性がね」


「お姉様ならできるっていうの!? あんな不愛想な方、誰も相手にしないじゃない!」


「ユフィは何でもなれたわ。錬金術師の国家資格もあったの。やろうと思えばお店だって持てたし、貴族のお抱えにだってなれた。

 錬金術師を諦めても淑女の鏡と謳われた彼女なら、貴族のマナー講師にだってなれたでしょうね」


「そんなわけ……」


 否定するアリスだが、今日は彼女の味方はいない。これからは、と言うべきか。

 アリスにとって、ユフィリアの優秀さはもっとも認めたくない事実なのだろう。

 彼女にとって姉は、優越感を満たすための存在だ。尊敬とは真逆に位置する。


「知らない? でも、ユフィがたびたび王宮から招待状が来ていたのは知っていたでしょう。貴女も勝手についてきたんだから」


 酷い時には、ユフィリアには内緒で王宮に足を踏み入れていた。

 アリスの身勝手さに、王家が叱責したのは一度ではない。内密に処理されているが、宮廷仕えしている者の間では有名で、ハルモニア伯爵家が敬遠される理由の一つである。


「あれはね、王妃殿下が侍女や女官にスカウトしたがっていたからよ」


 ユフィリアは王族にすら目を掛けられていた。

 ゼイングロウへ嫁ぐことがなければ、直属で王族に仕えていたかもしれない。


「そんなこと、あるはずない。お姉様は無能で、嫌われ者で!」


 必死に否定するアリスにマリエッタは肩をすくめる。

 羨望の眼差しで遠巻きにされることは多かったけれど、嫌っている人は少なかった。


「それ、まんま自分のことじゃない」


 マリエッタの痛烈な一言にアリスは絶句した。

 そして、二の句が継げなくなり小さな呟きを繰り返す。

 どうやら意地でも認めたくないらしい。変なところで根性を出すアリスに、呆れるしかない。

 嘆息したマリエッタは、そのまま次の授業へと向かう。

 一人になっても、チャイムが鳴っても、アリスはその場に立ち尽くしていた。


「ぜんぶ、ぜんぶ……お姉様がわるいんだ……!」


 アリスの怨嗟は止まることはなかった。

 マリエッタの言葉は絶対に認めない。認めてしまったら、アリスは何を信じればいいか分からない。

 そうやって、彼女は自分に降りかかる不幸を見てみぬふりをした。





読んでいただきありがとうございました。

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