似ている二人
性根が本当に腐っているのはエリオスですが
その頃のエリオスはアクセル公爵や国の追及から逃れ――無銭宿泊・食い逃げの犯罪者としてゼイングロウの公僕にしょっ引かれていた。
それから一月ほど経つと、ユフィリアは再びシンラのもとを訪れた。
手にはガラス瓶。小さなピンクの丸薬が入っている。小粒で子供の好きそうな見た目だ。
「シンラ様、先日はありがとうございます。ゼインアロエで胃薬を調合してみました。食べすぎの際はお使いになってください」
前日、丁度妻に付き合ってドーナツフェア(甘味+炭水化物系揚げ物+オプションに糖類多数のトリプルコンボ)が決まっていた。
シンラの胃は胸やけ真っ盛りで悲鳴を上げている。
口を開けるだけでキリキリとした痛みが音として出てきそうだ。
「粉末は苦手な方も多いので、丸薬にしてみました。軽い症状なら一粒で大丈夫ですが、あまりにつらいようでしたら最大一度に三粒まで。次の服用は四時間以上あけてください」
手書きの処方箋と共に渡された瓶。
確かにゼインアロエの匂いが仄かにする。甘い香りは花びらも使ったからだろうか。
「ありがたい。お気遣い感謝します」
「お忙しい中失礼しました。では、ご機嫌よう」
ここが職場だと知っているので用件だけで手短に済ませたユフィリア。
彼女が外に出ると「ユフィ、終わった?」と声が聞こえる。今回はヨルハもついてきたようだ。
(うむ……昨夜の胃薬だけじゃ足らんようじゃの)
苦いゼインアロエの胃薬ではなく、効果は微妙だが飲みやすい胃薬にしたのが悪かったかもしれない。妻と一緒にいると、ついつい食べ過ぎてしまう。土産も買いすぎた。
ヨルハの番が見つかり、ゼイングロウ各地では番様を見つけておめでとうのお祭り騒ぎが続いている。二人にあやかった催しも多く、甘味屋も特別メニューが増えている。
シンラは早速部下に水を用意させ、薬を煽る。
飲み込んだ瞬間、燻るような炎症感があった胃がすっと落ち着いてくる。
「おお、素晴らしい! しかも苦くない!」
後味にほんのり爽やかな甘味すら感じる。
妻にも勧めようと、うきうきで瓶に頬擦りするシンラだった。
水上の宮殿の廊下を歩きながら、ぴったりとユフィリアにくっついているヨルハ。
その顔はむくれている。その姿に苦笑を禁じえない。
「そんなお顔なさらないで、ヨルハ様」
「俺が最初にユフィの薬を飲みたかった」
「元気な方にはお薬は不要ですよ」
「じゃあ、今すぐ怪我すれば」
ユフィリアが今までにない冷たい視線を送ってきたので、口を噤むヨルハ。わざと理由を作るなんて、論外である。
口を尖らせるヨルハに笑うユフィリアはとある事実を伝える。
「ヨルハ様は普段からお召し上がりです。ハーブティーを何度かご馳走したでしょう? あれには健康に良い薬草もブレンドしておりますの。お料理にも私の畑の香草を使っていますのよ?」
「えっ!」
リス妖精が何も言わずに出してくるので、なんか普段と少し変わったとしか思っていなかった。
ユフィリアと一緒の時によく出てきたのは、ミストルティン貴族の嗜好に合わせていると思っていたのだ。
「早く言ってよ!」
知っていたのなら、もっと大事にゆっくり味わって飲んでいた。普通に何も考えずに飲んでいた。
なんてもったいない。
「ヨルハ様、教えたらどんなにお口に合わなくても飲み干すでしょう? だから妖精たちにも口止めしたんです」
その通りだ。出涸らしの茶葉を咀嚼するのも辞さないだろう。
やりそうな言動を当てられ、気まずそうなヨルハ。腰に手を当てながら、仕方のない子供を見る目になるユフィリアである。
「そういえば、ヨルハ様の婚礼衣装はどうなっているんですか?」
「ユフィに合わせてちゃんと仕立てているよ」
「楽しみです」
ヨルハの胸に甘えるように頭を寄せ、ユフィリアは微笑んだ。
それを見つつ、リス妖精は「あらあらまあまあ」と言わんばかりにほっぺたに両手を添えていた。
ユフィリアの衣装はあれこれと一生懸命に用意しているのだが、自分に関しては全く熱意がなかった。結婚に興味がないと言うより、自分の衣装よりユフィリアの衣装への熱意が激しすぎたのだ。
二人が進んでいく先に、人影が立ちはだかる。
「よう、梟野郎。それが噂の番サマか?」
そこにいたのは、一人の青年だ。長い朱金の髪に獰猛そうな深紅の瞳、そして褐色の肌。端正な顔立ちに浮かぶ血の気の多そうな表情。
その顔立ちにどことなく既視感を覚えたが、ユフィリアは思い出せず首を傾げた。
彼からは甘い匂いが漂っている。彼の周囲には豊満な肉体に露出の多い衣装をまとった派手目の女性たちが侍っていたからだ。
おそらく化粧や香水が匂いの正体だろう。
彼はにやにやと意地悪そうな笑みで、ヨルハとユフィリアを見比べる。
ターゲットはユフィリアへ完全に定まったようだ。まじまじとユフィリアを見つめると、視線の種類を変えた。
「へえ、銀髪か。イイじゃん。服は地味だけど、顔はすげー可愛い」
ユフィリアの顔に向かった手より、ヨルハの手が青年に届くほうが速かった。
手を払いのけはしなかったが、まっすぐ青年の顔面を掴むとそのまま持ち上げた。
ちなみに、青年よりヨルハのほうが高身長。しかも、その日のヨルハは少し厚底で踵が高めの靴を履いていた。
無言で青年にアイアンクロースラムを決めるヨルハ。その目から光は消え、美貌が恐ろしい迫力となっている。
掴んだところから何か鳴っている。絶対頭の骨や頭皮や髪の毛が痛い音だ。
「いた、いでででで! マジ痛い! 死ぬ! ちょ、まじでかんべん……」
段々声が弱々しくなっている。
青年に侍っていた女性たちは、ヨルハの殺気に腰を抜かしたり逃げ出したりして助ける様子はない。
「ヨルハ様、暴力は……暴力は良くありません」
「でも、コイツは俺に許可なくユフィに触れようとした。俺の番なのに。ねえ、コイツ何? なんなの?」
ぽた、と床を叩く音がした。小さな音に視線を落とすと、赤い玉が点々と広がっている。
ヨルハの手を汚し、青年の頭部から流れている。
すでに彼は抵抗する気力もないのか、声も発さず、手足をだらりと投げ出している。
このままでは、とユフィリアが青い顔で小さく首を振り、ヨルハに縋る。ユフィリアが本当に嫌がっていると気付き、小さく嘆息するヨルハ。
「駄犬はよく吠えるよね――ユフィにこれ以上嫌なものを見せたくないし、これくらいにしよう」
そういうと廊下の端っこに行く。
ここは水上の宮殿だ。建物のすぐ下には透明度抜群の水面が広がっている。
ゆらゆらと揺れる水面に、突き出されたヨルハの腕と無力な青年の姿が映る。
「一度頭を冷やせ。次は本当に骨を砕く」
それだけ言うと手を離した。
水面を叩く音と一緒に大きな水飛沫が上がり、周囲の人間がその騒動の正体を探してきょろきょろする。
だが、最近はご機嫌が続いていたヨルハのぶすくれ具合と、その下で溺れる青年を見て納得した顔に変わり仕事を再開する。
ヨルハは無言で手を拭いた後に、ユフィリアを抱き寄せた。
「あ、あの、彼は大丈夫ですか?」
「平気だよ。獣人の中でも狼は丈夫なほうだし、腐ってもコクランの息子だ」
手を拭いた布もバッチイとばかりに捨てるヨルハと、流れるようにしてハンカチを回収するリス妖精。
「え……あれが紳士なコクラン様のご子息?」
ユフィリアの中で、だから既視感があったのかと納得する。
一方で、なんだか強烈な拒否反応っぽい嫌な感じがした気がしたのにと首を傾げた。
「……紳士と言うよりアイツも幻獣で番持ちだから番一筋だし、俺の番のユフィには一目置いてるからね」
ヨルハがシンラやコクランの接近を許すのは、番がいると言う一点で信用している。
どんな美女だろうが色香漂うスタイル抜群だろうが、番でないとベジタボーに見える。たくさんいても「八百屋か?」くらいの感想しか出ない。
なんかもう、色々な意味で論外なのだ。
自身が番持ちだからこそ理解できる感覚である。
「だけど、あの馬鹿犬は違う。あいつは番なんて持っちゃいないし、自分の気に入った女を集めてハーレムを作っている。
グレン自身は狼の霊獣だから、番を求める必要はないんだろうな」
ヨルハは神獣で、最も格の高い獣人だ。それ故に絶対に番を必要とする。
獣人としての格が高ければ高いほど、番の重要性は上がるのだ。
(しかし、ハーレム……先ほど連れていた女性陣もその一握りと言うこと?)
つまりあの青年ことグレンは、かなりの女好きなのだろう。
ユフィリアの中で、すとんと納得がいった。胸の内に沸いた靄の正体は、グレンの言動に大嫌いなエリオスの存在が重なって見えたからだ。
ゼイングロウでは優しいヨルハときちんとお仕事をするリス妖精たちに囲まれ、ほとんどストレスフリーで生活していた。その分、思い出した最悪な婚約者の記憶に強烈な嫌悪があったのだろう。
グレンとエリオスは別人。何の関係もないのだから、交友関係にとやかく言うべきではない。
「グレンの奴、俺を敵視しているからな」
面倒そうに言うヨルハ――その後ろで、黄色い声と熱の籠った眼差しで彼を見つめるグレンの彼女たち。
下ではグレンがばちゃばちゃと水を飛ばして暴れている。彼を助けるどころか、他の男に夢中になっている。
獣人は相手の格が本能的に分かるので、最強の獣人であるヨルハなんてスーパースターのような輝きを放って見えるのだろう。
「ああ、なるほどそういう逆恨みですか」
「?」
納得するユフィリアとは違い、首を傾がせるヨルハ。
グレンは女性に困っていないが、女性たちとの関係は浅い。本当の意味で愛し合っているのではなく、互いに都合がいいからから――妥協で男女の関係を持っている。
だから女性たちは、グレンがいても簡単に目移りする。
エリオスも性格は最悪だったけど、家柄と顔は良かったので相手に困らなかった。
少し付き合うだけで彼のだらしなさが露呈するので長続きはしなかったが、浮気相手が他の男に靡いて振られた時は不貞腐れていたものである。
エリオスは見境がなく、妹のアリスにすら良い顔をしていた。
(そういえば、二人ともどうしているかしら? 周りに迷惑をかけてないといいのだけれど)
文通をしているマリエッタからは、見事に何も聞かない。その静かさが不気味なほどである。
ユフィリアは充実した毎日を過ごしていたが、アリスとエリオスが転落の一途を辿っていたことなど知りはしなかった。
読んでいただきありがとうございました。




