翁の助言
シンラおじいちゃんは愛妻家。あと面倒見が良い
大量のゼインアロエを前に、ユフィリアは考えていた。
「うーん、アロエって効能はいいんだけど、苦みがね……」
胃の胸やけ、痛みからお通じにも効く。
粉薬にしようが丸薬にしようが、あの苦みは健在なのだ。
錬金術師として効能は大事だと思っているが、患者のことを考えて飲みやすさも留意なくてはいけない。子供なんかは吐き出してしまう。
水に晒したり、火を通してみたりと一通り試してみたが上手くいかない。色々と書籍を漁ってみたが、良い方法は見つからなかった。
(うーん、乾燥させて水にさらすとマシになったけど……苦みを消すと効能も薄くなってしまう。水溶性の成分が多いってこと? それとも苦み自体が成分なの?)
頭を捻りつつ、今までの結果を書き記す。
どん詰まりの状態にペンが簪のように頭に挿される。ペンをなくした手が近く一輪挿しにあった梟の羽根を持ち、また髪に挿す。完全に無意識の行動だ。
その羽根は求婚の証なのだが、ユフィリアの頭に挿さるならヨルハも笑って許すだろう。
今までの完璧淑女のユフィリアだったら、こんなことはしなかった。
常に周囲の目を気にして、非の打ちどころのない伯爵令嬢として振る舞っていたのだ。
(……この国にも薬師や医者はいるのよね? その方たちに伺ってみようかしら)
もともとゼイングロウにしかない植物だから、扱いにもたけているはず。
リス妖精が考え込むユフィリアからペンを外し、髪を結い直して結い紐で纏める。結び目に梟の羽根を綺麗に挿し直して完成だ。
ユフィリアはヨルハの番だ――彼の羽根で飾るのを、唯一許された女性である。
「今日、ヨルハ様はいらっしゃらないのよね。他に頼るなら、シンラ様かコクラン様よね……だったら、シンラ様のほうがお知り合いが多そうだし、物知りそうかも」
年の功だ。薬草の種をくれたのも彼だし、案外彼自身が知っているかもしれない。
ただ問題は、どこにいるか分からない。
「巳の一族の長ですもの。会おうと思って会えないかもしれない……」
そもそも、巳の一族ってどこに住む生き物なのだろう。
普通の蛇自体は広範囲に生息している。余程の寒冷地なければ、水辺から砂漠地帯と広く分布している。
地図のゼイングロウは知っているけれど北部全体を国土とするし、その大半が山脈や大森林で疎らに平地があるイメージだ。
空の旅で入国したが、途中で寝てしまったのでヨルハと一緒に言った店や家の周囲以外は分らないのだ。
ユフィリアが考え込んでいると、漏れた声を聴いていたリス妖精は顔を見合わす。
「キュイ!」
「……案内してくれるの?」
意外と簡単に会えるかもしれない。
机上を片付けて、着替えたユフィリア。腰のあたりで締める、ゆったりとした装いはゼイングロウの衣装だ。独特の柄が特徴である。
手伝ってくれたリス妖精は満足げにサムズアップして送り出した。
(一人で出かけるのは初めてなのよね……いつもヨルハ様がついてくださったから)
そして、ユフィリアが気に掛けた品は目敏く発見してお買い上げである。
家に商人が来る時も、同席することが多い。
案内のリス妖精が目指す先に気づく。いつものお出かけに使う玄関に向かっていない。
何度か同じ扉を潜り抜けたと思ったら、見慣れない廊下があった。先に何かが見る。丸く刳り貫かれた扉は、朱塗りの枠の障子だった。
(こんな場所、あったかしら?)
「キュッ!」
スパーンと勢いよく開けるリス妖精。思ったより豪快だ。
そこは水上に浮かぶ、朱塗りの御殿だった。
黒い瓦の屋根はてっぺんに金の置物があり、屋根は独特のそりがある。屋根の下にも複雑な木造細工が多くあり、まさに異国情緒と言うものがぴったりだ。
歓迎の宴の時の会場に似ている。
あの時はすべてが物珍しく目が回っていた。催しを見るのに夢中で、暗い時間帯なのもあり建物に気が回っていなかった。
(これがヨルハ様の職場……つまりは王宮に当たるのよね)
初めてきたが、気圧されそうだ。現の世界ではないような崇高さがある。透き通る水に映る宮殿が、神秘的な雰囲気に拍車をかけた。
(こんなところに繋がっているなんて精霊の木って……すごい! この建物も……ミストルティン王宮とはまた違った荘厳さがあるわ)
驚きに絶句し、心の中で感嘆する。
視線を向ければ、獣人らしき人々が行きかっている。大体が上着を纏ったり帽子を被ったりしているので、動物に見えても違うと分かる。
視線が一瞬ユフィリアに向くが、彼女の髪に挿された羽根を見ると、すぐに合掌をして頭を下げた。
これはこの国の、目上に対する礼儀の作法だ。
(こ、これはぐずぐずしていたら、働いている人たちの迷惑だわ!)
彼らの空気はあれだ。王宮で働く文官や騎士と同じだ。職務に忙しい人のそれである。
ユフィリアは控えめに頷きを返し、姿勢を正してリス妖精に付いて行った。
歩いている途中で、向かう先から誰かがやってくる。
「これはユフィリア様、本日はどのようなご用件で」
シンラだ。すでに先振れが届いていたようだ。
「突然の訪問、申し訳ありません。少しお伺いしたいことがありまして」
ユフィリアを応接室に通される。床には毛皮の絨毯が敷かれ、四方を豪奢なタペストリーに囲まれた部屋に案内される。
シンラは部下らしき女官になにやら指示をすると、彼女は下がっていった。
「狭い部屋で申し訳ありませぬ。ではお話を」
「あ、ありがとうございます。実は植物に詳しい方を知りたくて……」
植物、と聞いてシンラは眉を下げた。申し訳なさそうに、髭をしごいている。
「あの種子ですかな? 精霊の木の麓でもさすがに難しかったでしょうか」
「種は順調に育ち、早いものは蕾が出ています」
「これはまたなかなかの緑の手をお持ちですな」
緑の手とは植物を育てる才能のある者のことだ。
精霊の宿る木は、周囲の植物の育ちを良くし実りを豊かにする。
使っている土地を差し引いても、育成の難しい種子もあった。まさか令嬢のユフィリアが、問題なくそこまで順調に育てるとは思わなかったシンラである。
(ヨルハの寵愛を受けた女性じゃ。もしや何か特異な能力でもある……と言うのは考え過ぎかの?)
こっそりと考えるが、ユフィリアはにこにこと種の育ちを説明している。
初めてあった時は隙のない笑みが印象的だったのが、随分柔らかい表情をするようになったものだ。
「ユフィリア様は勉強家でもあらせられる。最近は特にその傾向が顕著のようですが…何か目指す先がおありですな?」
悪戯っぽく片目を閉じながら、シンラが探る。
ユフィリアは黙ったが、僅かな逡巡の後に観念した。
「……一級錬金術師を目指しております。この資格はミストルティンの国家資格ですが、あらゆる調合、薬剤や素材の所持が認められます。国が認めた最高峰の錬金術師と言うことです」
「なるほど。しかしここはゼイングロウ。番様に許されぬことなどございますまい」
番が望むなら、と必ずヨルハは周囲を黙らせる。
だが、それを良しとしないのがユフィリアである。その真面目で堅実な人柄をシンラは評価している。
「私はヨルハ様の役に立ちたいのです。この国で私は弱い。戦う力はないし、この国に人脈もありません。私が秀でている点は、医学や薬草学の知識くらい」
その強い眼差しで返すユフィリア。静かだが、滾る闘志にも似た決意あった。
探る視線を向けていたシンラは優しく微笑む。
良い答えだ。番に求めるのは腕力や戦闘の強さではない。心の強さだ。
(ふむ、探るのはこの辺にしとくかの。ユフィリア様は聡明なお方じゃ)
シンラは話題を切り替え、元に戻す。
「して、訪ねてきたということは何か問題が?」
シンラの問いにユフィリアは居住まいを正して、説明を始めた。
「ゼインアロエの苦みを抜く方法を探しておりまして。優秀な薬草なのですが、あの苦みは少々強すぎるので色々試行錯誤をしているのですが……」
「薬なんて味なんぞ二の次じゃろ。あれは根性で飲むもんじゃ。わしも色々な薬屋に行ったが、あれの入った薬はどこもクソマズじゃ」
「そんなにお薬のお世話に?」
もしか体の調子が悪いのかと思えば、遠い目をして窓へ視線を向けるシンラ。
その目は遥か彼方に向かっている。その表情はどこか満足そうだが、諦観が煮詰まっている。
「わしの番……妻なんじゃが、すっごい甘党なんじゃ。特にあんこや生クリームが大好きでのー……季節ものが出るたびに甘味屋のはしごでじゃ」
なるほど、奥様に付き合って胃もたれを起こすらしい。
はっきりと原因が分かっているならユフィリアもそこまで心配しない。
シンラの夫婦仲はとても良いのだと微笑ましくなってしまう。
「苦みを抑える方法か。それなら知っておる。一応あるはあるんじゃが、珍しくて入手が難しいんじゃ」
「教えていただけますか?」
難易度が高いと言われたが、方法があるなら藁にでも縋りたいユフィリア。シンラの言葉を待つ。
「ゼインアロエの花びらじゃ。それも黄色じゃなくて、赤みの強いのを天日で乾燥させて粉末にして使うとあの苦みが消える。
ただ、葉はともかく花は十年に一度咲くか咲かないかと言う珍品での。何より色を綺麗に残すのが難しく……」
ぴたりとユフィリアの動きが止まった。
普通にある。なんなら以前採取して干したのが瓶詰に取ってある。
挿し木したゼインアロエは庭に恐ろしい勢いで成長し、当たり前のように花が咲いていたのだ。
美肌の効能があると聞いて、こっそり薬草茶にしていたくらいには残っている。
「あります! やってみます!」
立ち上がったユフィリアは、急いで頭を下げるといそいそと家に戻っていった。
その後姿を見て、シンラはいよいよかぽかんとするしかない。
ゼインアロエの花は不定期に咲くし、根付いた場所や気候が悪かったらずっと咲かない場合もある。
根付いたら枯れにくくはあるが、成長や繁殖のペースがピーキーで薬師泣かせだ。
ユフィリアの今までの生活から、満足な薬草栽培ができていたとは思えない。錬金術師の勉強も隠れてやっていたと聞く。ハルモニア伯爵家では、花壇に植えられてもおかしくないハーブ類くらいしか育てられなかっただろう。
上級者向けのゼインアロエを育成するつもりなら、素人の手に余るだろう。枯れたらおしまいだ。
(そんな偶然が? いやはや、ユフィリア様は『持っている』方なのかもしれんの)
どこか面白そうに白髭の翁は笑うのだった。
読んでいただきありがとうございました。




