逆恨みの負け犬たち
すでに破綻し始めている
二人して家から追い出され、それぞれ学園の寮暮らしになった。
これは王都にタウンハウスを持たない没落貴族や、田舎貴族向けの制度だった。
極稀に家と距離とるためや社会勉強として上級貴族も入寮するが、その場合は寮と言うより豪勢な屋敷をホテル代わりに使うような形だ。
寄付金や入寮費によって待遇は大きく違う。
こんな時期の入寮は珍しいうえ、場所は高級寮でないとなると家でのトラブルを疑われるのは仕方ないこと。
エリオスとアリスは奇異と好奇の視線に晒されていた。
「酷いわ! お父様はあのようなボロ屋に住めと言うの!? メイドもいないし、ドレスもない! 自分で食事をとりに行かなきゃいけないなんて、平民と一緒じゃない!」
学園のガゼボでアリスがわんわんと泣き咽ぶ。
それを心底鬱陶しそうに一瞥し、生返事を返すエリオス。その視線は大体彼の爪に向かっていた。
使用人がいないのは彼も同じだ。
食事もそうだが、風呂も大浴場で時間制限もある。門限も厳しくて、すっかり肌艶が荒れていた。
「エリオス様は公爵家の方なんでしょう!? 何とかしてよ! 制服だってどんどん汚くなってきたのに、誰も交換しに来ないのよ!?」
本来ならそこまで汚れないが、テーブルマナーが悪く食べこぼしも多いアリスは、すぐに首から胸回りや腕の裾を汚した。
肌は偏った食事で吹き出物が増えて、髪も誰もケアしてくれないので鳥の巣のように跳ねている。
見る見るうちに令嬢とは思えない小汚さになったアリスに、エリオスは嫌気がさす。
「それくらい自分で何とかしろよ。お前も伯爵令嬢だろう。つーか、なんでそんなに汚いんだよ」
「汚い!? 酷いわ、エリオス様! だったら美肌ケアやマッサージのできるメイドを連れてきてよ! 婚約者が可哀想じゃないの!?」
ヒステリックな癇癪に、ますますエリオスの顔が歪む。
いつもなら酷いと喚く対象はユフィリアだった。当たる対象がいなくなり、無条件にサンドバッグになる人間なんているはずもない。ストレスを持て余したアリスは常に不機嫌だった。
ちょっと前までは甘え上手で可愛いと思っていたアリスが、一気に魅力的に見えなくなったエリオス。
鼓膜を劈く声もそうだが、涙と鼻水まみれの赤ら顔も鬱陶しい――ユフィリアの白皙の美貌が懐かしい。声も可憐で慎ましかった。
もう、常に我儘と不満しか出てこないアリスの姦しい声にはうんざりだ。
誰かの悪口を言いながらいつも菓子ばっかり食べて、だらしなくぶくぶく太っている。
(そもそもコイツのせいだ。こいつを婚約者にしてからケチがつき始めた。父様は俺を蔑ろにするし、新しい婚約者を紹介するたびに笑われる)
エリオスは自分が悪いなんて微塵も思っていない。
今までの自分の放蕩や狼藉が返ってきただけだ。手に負えない騒動ばかりを引き起こし、それはついに一線を越えてしまった。
実家から見放された貴族令息なんて、誰にも尊重されない。貴族の間では笑いの種になるくらいしか相手にされていない。
(どうすればいい? 父様を納得させるにはアリスなんて目じゃない婚約者がいれば……!)
わんわん泣き叫ぶアリスをほったらかして、エリオスは自分だけでもこの困窮した状態から抜け出せないかと考え始めた。
これでもかと言うくらい、今更な行動だ。
(父様が認める淑女。普通の上級貴族の令嬢はとっくに婚約済み。残っているのはブスや成金か年増……絶対に嫌だ、そんなの……そうだ! ユフィがいる。獣人の国に売られて肩身が狭いから、俺が迎えに行けば喜んで戻ってくるはずだ!)
大人しいユフィリアなら、何も言わずエリオスのために動いてくれるだろう。
アクセル公爵にもとりなしてくれるはずだ。昔から意外と肝が据わっていて、涼しい顔をして弁が立つ。
エリオスは名案だとくつくつと喉奥で笑った。
ずっと泣いていたアリスは一向に慰めや謝罪がないことを不審に思い、顔を上げる。隣でにやにや不気味に笑っているエリオスを見て、口をへの字に曲げた。
(……何よコイツ! 私が泣いているのに! そういう時はお菓子やドレスや宝石をプレゼントして、慰めるべきでしょう!)
憤慨して立ち上がったアリスは、妄想に耽るエリオスを置いてずんずん歩いて行ってしまった。
邪魔で小うるさい姉がいなくなって、アリスの周囲は優しい人だけになった。
そのはずなのに、どうしてみんな変わってしまったのだろう。
アリスを可愛がらない、一番にしない、大事にしてくれない。向けられるのは嘲笑と憐憫。アリスの家族ですら冷たい。
(知ってるんだからね! お姉様の結婚で大金が手に入ったって、メイドが言ってた!)
ちょっと買い物をしたけれど、その時のアリスには婚約者探しが必要だった。
エリオスと婚約後、公表は待てと言われたから我慢して仲のいい友達にしか言わなかった。
その仲のいい友達とはアリスにとって都合のいい取り巻きであり、ずっとアリスに怯えながら不満を募らせていたことを知らない。
アクセル公爵家の一員になるのだから、相応しい装いを揃えた。幸せ太りでサイズアップして、ドレスを作り直す必要もあったのだ。
アリスは淑女として頑張っているのに、誰も認めてはくれない。
みんな言う。
――ユフィリア様ならできたのに。
――ユフィリア様とは比べ物にならない。
――ユフィリア様にちっとも似ていない。
ユフィリア! ユフィリア! ユフィリア!
美しきハルモニア伯爵家の令嬢はユフィリアだけ。
完璧な淑女ユフィリア・フォン・ハルモニア――良いものはすべて姉に行き、妹は残りかす。
この国からいなくなっても、今もなおアリスを苛む。
「全部……全部、お姉様のせいよ!」
アリスの逆恨みの咆哮を上げる。
自分の悪いところなんて微塵も気づいていないし、誰も教えてくれない。
たとえ教えてもそれを認めないアリスは、ますます悪循環に陥る。
そんな姿にまた誰かがアリスに失望して軽蔑することを、彼女は気づかない。
読んでいただきありがとうございます。




