梟の包囲網
アピールに余念がないヨルハさん
「わぁ……すごい、うわわ……うわーっ」
ユフィリアの中で語彙力がご臨終した。
昨日は宴で終わってしまったから、家の中をほとんど見ていない。
自分の部屋として与えられた場所は多かった。図書室と言っていいような書架がある書斎に素材を入れる棚付きの倉庫、そして、見事な道具の揃った夢の工房。
水回りや収納もばっちりで、ミストルティンで贈られた道具もすでに収納されている。
やや大きめの扉の向こうには温室と畑、そして井戸。窓から見える景色は高いのに、その扉から出るとなぜか地上。
精霊の木の不思議な力が働いているので、この手の扉は普通らしい。
あっちも気になるけれどこっちも見たい。迷いに迷って遠回りをしまくるユフィリアを、ヨルハは静かに見守っていた。
「気に入った?」
「はい!」
今までにないくらい即答だった。
ユフィリアのために用意した部屋。正直、まだ空っぽの棚や場所は多いが、ユフィリアは大変お気に召したようだ。
むしろ、そこにどんな物を入れるかワクワクしている。
「楽しみです……! ミストルティンよりゼイングロウのほうが入手できる素材や、栽培できる薬草が多いんです! ハルモニアでは手が傷つくとか、服や爪が汚れるからと制限がたくさんあって……!」
「うん、そうだね。可愛い」
一生懸命に喋るユフィリアを見つめ、本音が駄々洩れのヨルハ。
聞いているようで聞いていないように見えるが、ちゃんと聞いている。
建前が本音に粉砕されてしまっただけだ。
「午後にはガラス工房へ行こうか? 道具が足りないならそこで見繕うか、無かったら発注しよう」
「はい」
ユフィリアは頬を染めてはにかんだ。
難易度の高い調合は素材や混ぜる薬剤を分ける必要が多いため、複数の透明なガラスの容器で保存する。
道具が揃わないうちは今の道具でできるものからチャレンジしていくつもりだ。
「さっそく使ってみる?」
「……いいえ、最初に作りたいものは決まっているので」
そういったユフィリアは木製の台座のような物を持ってきた。お手伝いのリス妖精が、箱を手にしている。
ヨルハは首を傾げたが、ユフィリアは少し言いにくそうにもじもじする。
「その、作っている姿を見られるのは恥ずかしいので……」
「ん、分かった」
番のお願いには弱い。
それに恥じらう姿がとても可愛かったので、それで満足したヨルハである。
部屋から離れると、しばらくしてカランと乾いた木が軽くぶつかる音がする。
一定にリズムを良く続いている。
(ああ、組紐か)
木の枝に背を預け、ごろりと寝そべる。
ちょっとだけ、と身を乗り出すと、窓ガラス越しにユフィリアが作業しているのが見えた。
そして、彼女の傍に見覚えのない細長い小箱があるのに気づく。
あれはアクセサリーを入れる箱だ。ミストルティンのブランドは大体はしごしたが、あの箱の店は買っていないはずなのに。
ガラスの反射で見えにくいけれど、なにか細長い何かが入っている。
(……俺の羽根! 求愛の時に渡した羽根! ユフィ、持っていてくれたんだ!)
人間には理解不能だったはずの求愛の証。
ユフィリアは羽根が折れたり傷ついたりしないように、それに合うサイズの箱まで用意して保存していたのだ。
喜びに舞い上がっている中、すぱーんと傍に窓が開いた。
感動を邪魔され苛立った顔で振り返れば、リス妖精の中でもボス格のリスが尻尾をいつもの五倍くらいに膨らませていた。
「チュ、チュチュー! じゅううううううっ! ピキューッ!」
特別意訳:このクソヘタレ梟! ヨルハ様の羽根を持ってどこの梟か聞かれましたよ! どーして番様が他所の梟と勘違いしているのですか!
すごい罵倒をされた。
憤懣やるかたないのか、窓枠に乗ってサッシ部分激しく足でタップしている。
「……ユフィと初めて会ったのが、梟姿だったんだ。その、すごく小さい姿の時に会って」
「……キッ?」
特別意訳:マジかよ。
いっつもあっちへふらふら、こっちへふらふらと飛び回る(物理)の家主。
下手すると一月家に帰ってこないし、服や食事にも頓着しないと言う世話のしがいと言う意味でブラック上司がようやくお世話しがいのある若奥様を連れて来たのに何たるヘタレ。
世話好きな妖精にとって、ちょっとやりがいのない職場に差した光だ。
綺麗な調度品やお洋服もたくさん増えて、食事も興味深そうに召し上がっている奥方に逃げられたらたまらない。
ヨルハだって根無し草のようにまた家に帰らなくなる。
「折を見て伝えるつもりだ。ただ、祖国……いや、実家だな。そちらでのユフィの扱いがあんまりだから、彼女を連れて帰るのを最優先にしたんだ」
リス妖精は納得したのか、窓から降りて仕事に戻っていった。
ユフィリアは一度も話していないが、噂だけでも酷かった。大した調査もせず判明するくらい日常的だったのだろう。
ヨルハの結婚だって、本人の希望ではなく周囲からの要望だ。
(……絶対、ユフィがここに来てよかったと思えるようにする)
ユフィリアとしては個人の工房を用意してくれただけで十分なほどが、ヨルハにとっては些細で足りなさすぎる。
その日の午後、ガラス工房でペアグラスや調合器具だけでなく、置物や簪、帯留めも購入した。
購入数が多かったので、店側で包装して後日家に搬入する形になった。
読んでいただきありがとうございました。




