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営巣は常套手段

特に鳥類に多い気がします。あとは魚類?





「やっほー。ユフィ。お久しぶり、そしてご機嫌よう」


 部屋でゆっくり読書を満喫していたユフィリアに、来客の知らせがあった。

 またヨルハかと思ったが、やってきたのは見知った友人だった。

 いつになくはちきれんばかりの笑顔を振りまき、手を振っている。


「ご機嫌よう……貴女のほうが楽しそうに見えるけど」


「だってー、ユフィにも春到来よ! 今度の殿方はユフィにぞっこんじゃない! 顔良し、性格よし、しかも超強くて色んなことからユフィを守ってくれそうじゃない! あの顔と家柄だけ取り柄のエリオス様と大違い! これは祝いよ! 宴よ! 舞踏会でも開いちゃう!?」


 いつになくハイテンションなマリエッタが、ぴょんぴょん飛び跳ねながらやってくる。

 ツインテールが耳のように揺れて、兎のようだ。

 ユフィリアの急な婚約解消や、縁談の結び直しにマリエッタは何も反対はないようだ。

 数少ない友人が我が身のことのように喜んでいるのを見て、ユフィリアはこっそり安堵した。


「あ、そうだ! ユフィ、ドレスが素敵ね。これもヨルハ様から?」


「え、ええ」


 そう言ってピンク色のドレスの裾を広げる。

 首から腕を覆うレースとビスチェと刺繍が見事で、チュールと重ねたシルクスカートがふんわり広がっている。チュールの裾にもビスチェと同じ刺繍が彩っていた。

 ユフィリアのイヤリング、首のチョーカー、ヘッドドレスはプラチナで蔓や葉を作られ、イエローダイヤで薔薇があしらわれていた。彼女が動くたびに煌めく輝きは、一級品でしか出せない。

 ユフィリアの楚々とした美貌が、華やかであり匂い立つ色香が漏れている。

 マリエッタは内心「合格」と頷いていた。とても似合っている。


「愛されているじゃない、このこのっ」


 肘で突きながら野次る仕草をするが、ユフィリアは困ったような顔をしている。

 マリエッタはその控えめな反応だけで、ユフィリアの心理を読み取った。


(なるほど、贈られたものを素直に付けはするけど完全に信用しきれていないってところかしら?)


 ユフィリアはいつも後回しにされ、蔑ろにされていた。どんなに頑張っても、努力しても家族はユフィリアを認めない。

 きっと、彼女の心の傷は深い。


「ヨルハ様、ユフィが欲しいものなら何でもくれちゃうんじゃない?」


「……そうかしら?」


 躊躇いの気配に、何か欲しいものがあるけど諦めていると勘づいたマリエッタ。

 友人の嗅覚は鋭かったし、お節介センサーがびんびんに反応している。

 今までのユフィリアなら「充分いただいているわ」と完璧淑女の笑みで流しただろう。この短期間で、ここまでユフィリアの心の要塞を崩したと思えばヨルハの手腕もなかなかだ。


「えー? なによ、気になるじゃない」


「いえ、その普通じゃないものだから」


「ナニソレ。なおさら気になる。ユフィってば王宮みたいな城でも欲しがっているの?」


「ち、違う! そんなもの貰っても困る! 工房があったらいいなって思っていただけ!」


 工房。

 確かにちょっと普通の令嬢だと欲しがらない。

 ユフィリアは錬金術に興味がある。今までハルモニア伯爵邸でずっと我慢していたのだろう。

 

「その、ダメなら小さな部屋とか、小屋でいいの。素材は倉庫を別に作るとして、火も使いたいから竈と調合器具を安置できるような丈夫なテーブルや簡素な椅子があれば……! 薬草を育てられる畑と井戸が近くにあれば嬉しいな」


 頬を染めつつうっとりと願望を語るユフィリア。

 ユフィリアは自分の夢の工房に夢を馳せて口が止まらない。マリエッタは建築に詳しくないが、結構なスペースが必要そうだ。

 自分で聞き出しておいてなんだが、ユフィリアの願望をすべて詰め込むと庶民の一軒家は優に超える設備が必要となりそうだ。


「今の家でもね、裏庭の小さなスペースでハーブを育てているんだけれど筋がいいって庭師にも褒められたのよ。本当は薬草を育ててみたくて……うちの家族はいい顔をしないから。

 だからもし許しを得られたら、色々と試してみたいの。ゼイングロウでしか入手の難しい植物っていっぱいあるし、温室があれば南部の植物だって――」


 止まらない。ユフィリアの秘めたる願望が溢れる。

 とりあえず「うんうんそれでー」と頷いて、ユフィリアの気が済むまですべて話をさせる。

 実家でも学園でもないので、ユフィリアの錬金術を憚る人間はいない。聞かれて困る人もいない。今まで我慢していたものが爆発したユフィリアはあれもこれもと熱心に工房ドリームを語り尽くす。

 その夜、ゼイングロウ宛にヨルハの家の改築&増築の要望が飛ぶことになるのだが乙女二人はまだ知らなかった。





 マリエッタと女子トークから三日後、一枚の設計図を持ったヨルハがユフィリアを訪ねた。

 テーブル越しに対面しているユフィリアは、いつもなら持ってくる花や茶菓子や紅茶がないことに首を傾げた。

 ヨルハはおもむろにテーブルに設計図を広げる。

 丸テーブルのほとんどが覆われるほど大きな設計図には、工房の建築構想があった。工房の竈は大釜用と調理にも使える一般サイズに二通り。その隣には書斎と素材倉庫。

 水道はもちろん引いてあり、外には井戸と畑ができる庭がある。

 ユフィリアの夢の工房&願望が詰め込まれた欲張りセットである。

 言葉を失って、その図面に釘付けになっているユフィリア。顔をあげればキラキラと輝く瞳と薔薇色の頬が、何よりも喜びを物語っている。


「ユフィ。君が望むならどんな家でも用意しよう。俺とゼイングロウに来てくれ」


「ヨルハ様……仮眠できるベッドが欲しいです」


 おはようからおやすみまでこの工房を堪能し尽くしたいユフィリアは、足りない物に気づいておねだりした。


「それはユフィが工房に寝泊まりして不摂生しそうだから駄目だ」


 否定しきれないユフィリアは黙った。

 きっとこんな素敵な工房が用意されたら、連日連夜泊まり込んで調合と読書と薬草栽培に明け暮れるだろう。

 ヨルハそっちのけで錬金術に始まり錬金術に終わる時間を過ごすに決まっている。

 

「寝室は一緒だ」


「分りました」


 妥協は大事である。

 ユフィリアの中で淑女は死んではいなかったので、すぐに切り替えた。

 ヨルハはユフィリアの前に跪いて、恭しく首を垂れる。白魚の手をそっと握りながら、騎士の宣誓のように額に押し当てながら、唇を落とした。

 顔をゆっくりと上げると、長い睫毛が震え黄金の瞳が甘く熱を帯びた。口角が少し上がっただけで、美貌が色香を持ち魅惑的な笑みになる。

 ユフィリアはその視線と表情に、初めて会った時を思い出す。美しい王宮の庭園。ガゼボに向かう途中でヨルハが待ちきれずにやってきた、あの時。

 握られている手が、その瞳が震えていた――ヨルハが緊張しているのが分かって、それがユフィリアにも伝わってくる。

 心が柔く優しく絡め捕られていく気がした。


「我が番。生涯の伴侶。俺と結婚してくれ」


 駆け抜けた風が二人の髪を揺らす。

 ユフィリアの答えを急かすように葉の揺れるざわめきが広がった。


「はい、喜んで」


 ユフィリアが頷いたので、ヨルハはくしゃりと破顔した。

 返事の言葉は、ユフィリアが思っていた以上にすんなり出てきた。

 考える前に、感情で返事をしていた。工房に釣られたのもあるけれど、ここまでユフィリアを理解してくれようとする人なんて絶対現れない。

 ヨルハはたくさんの愛情を注ごうとしてくれるのに、ユフィリアにはそれを受け止め切れる大きな器がない。それに申し訳なさや、歯がゆさを感じ始めていた。

 彼の優しさに包まれるたびに、ユフィリアの心の固く閉ざされたものがほぐれていく気がする。

 ぎこちなく微笑むユフィリアは、淑女ではなく揺れ動く心に戸惑う年相応の少女だった。

 ヨルハはそっとユフィリアを抱き上げ、くるくる回しながら喜びを表現する。全くブレない体幹に、ある種の感動を覚えながらされるがままである。

 ヨルハの腕はしっかりユフィリアを支えてくれているので、下手に暴れないほうが安定すると気付いたのだ。


(お父様もお母様も……お兄様もエリオス様も私を抱きしめたり、ましてや抱き上げたりしてくださることはなかった)


 少なくともユフィリアの記憶では、何かを誤魔化すときにハグをしてくることくらいしかなかった。それも本当に幼い頃だけだ。

 愛情や喜びを表現するための行動ではない。


「一生大事にする!」


 ヨルハはそう宣言したが、この短い間だけでも今までの家族からの愛情より多い。

 ユフィリアはそういう存在。ハルモニア伯爵家で、アリスの優越感や虚栄心を満たすために優秀であれと言われながら、常にみじめで都合よく奪われる役目だった。

 過去の番が全然故郷に帰ってこなかったのは、最高の愛の巣が用意されていて戻ろうとする気すら起きなかったからではなかろうか。

 そんな可能性すら見えてきたユフィリアである。




読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 居心地良すぎて帰りたくな〜い、本音だろうな。 ましてユフィリアさんみたいな生活だったらなおさらだろう。 [気になる点] 帰りたくない←番の本気度半端ねぇ。 [一言] マリエッタさんの有言…
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