98話:第五階層
愛美を置いて、上を目指す王司たち。気づけば、初期の生徒会メンバーだけとなっていた。懐かしい顔ぶれ、と言うわけではないが、このメンバーだけで何かをすると言う事があまりなかっただけに、なんとも言えない雰囲気がある。そんな王司たちが辿りついた第五階層には、紫色の髪の少女がただ佇んでいた。二回連続で少女である敵に、少し驚く硫王司たちだったが、驚愕していたのが一人。紫苑だ。紫苑は知っていた、目の前の少女が「紫苑」であると。かつて、【空白】で相対した、気まぐれなる【破壊者】。
「深蘭さん……」
紫苑の震えた声に、紫苑が……いや、深蘭が、反応を示す。大人びた雰囲気を持つ妙な少女。その見た目は、【氷の女王】に酷似している。
濃紫の長髪は、流麗に風に靡き、深紫の瞳は、全てを見透かすようにジッと紫苑を見つめていた。その瞳には、謎の歪な紋様が浮かび上がっている。それこそ【彼の物を破壊する者】である証拠だ。【破砕眼】と呼ばれるその瞳は、紫苑を捕らえて離さない。
「知り合いか?」
王司があえて、声を出して紫苑に問う。その言葉に、紫苑は、若干、焦るような心を抑えつつ、王司に言った。
「ええ、まあ。詳しいことは何も知らないのですけど。わたしが一つ言えるのは、敵に回すのは厄介だ、と言うことでしょうか」
紫苑の言葉に、王司は、何か嫌な予感を感じ取った。紫苑の思考を読んでも、詳細は分からないので、紫苑が知らないと言うことは本当なのだろうと王司は考えながら、深蘭とは何なのかを探ろうとする。
「あ~、私は、希咲深蘭。正確には、希咲紫苑って言うんだけど……。貴方……、そこのボウヤは、蒼天の馬鹿の子孫ってことでいいのかしら?」
王司のことを見て、「蒼天の馬鹿の子孫」と言った深蘭。そして王司は、「俺の子孫はそんなに馬鹿なのだろうか」と危うく真剣に悩みかけた。
「まあ、蒼刃蒼天は、俺の祖先だ。それにしても、そんなに馬鹿だったのか?」
王司の後半の疑問は無視して、深蘭は、王司に微笑を浮かべて、生暖かい目で見るようにした。
「懐かしいわね……。蒼天の馬鹿とは殴りあった仲だったから。そう言えば、あの馬鹿、人妻に手出したんだったかしら……。それも【武神】の子に」
深蘭は、やれやれと方を竦めて、そして、本気のモードへ移る。それはまるで変容、変化。紫色の衣を纏うように【力場】を纏った。
「【概念変装】」
バサァと紫色の髪が、波打つ如く揺れ動く。紫陽の瞳は、【氷の女王】を体現する。少女のような身長は、王司と同じくらいまで伸びて、平らな胸はたわわに実った果実のように巨大に。冷徹な雰囲気を纏いながらも、その奥に熱き血潮のようなものを感じさせる。美しい顔立ちは、美女然としている。衣服は、紫の衣を纏っただけのほぼ全裸状態である。
「ふぅ、随分ぶりに、この姿になったわね……。それにしても、時空間が歪んでいる所為かしらね……。黎希のところよりも前の時間軸に呼ばれているわね」
そんなことを言った深蘭を凝視する王司。たわんと上下に揺れた深蘭の胸を思わず見てしまった王司に紫苑とサルディアのツッコミが入る。
「青葉君!見てはダメです!」
(主!!見てはダメですわよ!)
二人の怒鳴り声と、紫苑に足を踏まれたことで、王司に思わず目を瞑ってしまった。そこを逃さず紫苑は王司の目を塞いだ。
「深蘭さん、少しは恥じらいを持ってください!」
紫苑の叫び声に、深蘭は、王司たちが何を慌てているかを理解した。理解するまでに数秒かかってしまった。
「ああ。服ね。忘れてたわ。……しばらく人間のいない天使と龍しかいない場所に住んでたもんだから……」
そう言いながら、服を【力場】で構築する。着物のようで着物でない、何とも異質ないでたちの服だった。
「あんた、何者だよ」
王司の言葉に、深蘭は、くふふふと不気味な笑い声を上げて王司たちの方を見ながら高らかに言った。
「私は、【彼の物を破壊する者】。いずれ、【彼の物】が蘇る時に、再び壊す者よ」
そう、彼女は【破壊】の、【粉砕】の、【破滅】の、【崩落】の、【爆砕】の、【滅災】の、あらゆる【破壊】を司るものの頂点に立つ。それこそが、彼女。【破壊】と言う概念に関しては、彼女に勝る者は、ただ一人としていないだろう。それが、【彼の物】をどうにかしようとする四柱の天使である。
四柱の天使、とは称したが、天使かどうかと問われると微妙なものであるが、彼女らは、確かに【彼の物】に仕えていると言う意味では天使なのだ。【彼の物を封印せし者】、【彼の物を起こす者】、【彼の物を破壊する者】、【彼の物を狩りし者】。それらは、全て、【彼の物】と言う悲願のために動く。【紅蓮に嫁ぎし女】は封ずるために。【空白の謎】は起こすために。【紫氷の酒乱】は壊すために。【鈍色の追走者】は狩るために。それぞれ動くのだ。
「ゴキュ、ゴキュ」
そんな音を立てながら何処からか出したビールを煽る深蘭。普通のビールを飲んでいる若い女性にしか見えない。
「プハッ~!沁みるわぁ~」
ただのビールを飲んでいるおっさんのようなことをいいながら深蘭は、酔っ払いのように顔を真っ赤にして、紫苑に絡む。そしてそのまま、足をかけて上へ巴投げして、落とした。
「雪美流忍術・秘伝《椋落し》」
笑いながら紫苑に技をかける深蘭。どうやら酔ってしまったようだ。どれだけ酒に弱いのだろうか。
「ケハハハッ」
ちなみに、本来の椋落しでは、巴投げの途中で上に放り投げ、そこにかかと落しを入れると言う技である。




