95話:三日月の殺戮龍VS彩陽
【三日月の殺戮龍】と対峙する彩陽は、《炎呪の棘剣》を構え、そして、《炎呪の棘剣》の突く直線状に、【力場】を多重に展開する。それは、撃ち放つ準備。
「ハッ!」
彩陽は、一歩踏み込み、《炎呪の棘剣》を前に突き出す。その切っ先が【力場】を次々と貫き、その斬撃は、【力場】に内包され、とてつもない破壊力を持った一撃へとなる。轟々と勢いよくクロウ・クルワッハへ向かう。
クロウ・クルワッハは、その攻撃を見て、笑うように吼えた。そして、「ふんっ」と気張る。それだけで、滲み出る邪悪な気配。不穏な雰囲気に、彩陽は、怖気づくが、それも一瞬。気合を込めた一撃が、クロウ・クルワッハに衝突する。
――ゴウゥン!
凄まじい衝撃が空気に波を作る。衝撃波に飛ばされそうになるのを堪えながら、彩陽は、砂煙の向こうのクロウ・クルワッハを見た。
「うむ、神性を持っていないのは気づいていたが、吾に掠り傷程度ではあるが、傷をつけるとは、流石は、北欧の戦乙女だ」
不敵に笑うクロウ・クルワッハには、ほとんど傷が無く、無傷と言っても差し支えないほどだった。彩陽は、まずいと思うと同時に、身構える。しかし、遅い。
「ふんっ!」
次の瞬間にはクロウ・クルワッハから、空間を歪めるほどの邪気が放たれる。それだけで、眩暈を起こしそうなほどに強烈だった。しかし、邪気に彩陽の身体が触れた瞬間、瘴気とでも言えばいいのか、黒い靄のようなものが彩陽に取り付いて、彩陽の身体を吹き飛ばす。さらに身体の中に、ヌルリと黒い靄が入り込み体内から身体を引き裂くように膨張する。
「うぉぇ~」
凄い気分の悪そうな声を洩らす彩陽。全身に、瘴気が回りだす。その所為か、意識が朦朧とし始め、全身が裂けるように痛いにも関わらず、力が抜け始める。床に、ペタリと座り込む。
そして、――朦朧とする意識の向こうに、――真っ白となる頭の奥に、何かが見える。輝かんばかりの黒い光。そう、黒いのに、優しい光。まるで、全てを包むような暖かい光……。
黒い炎の牢獄。かつて、そこでは、一人の女性が囚われていた。その名前をブリュンヒルデ。いや、真名をリリィ・エルダー。オーディンに付けられた名前を【天翔ける勝利姫】。そして、神性を奪われ、堕ちた名前が【炎中で眠る姫騎士】であり、そして、真名も失われてしまった。それゆえに、ブリュンヒルデと名乗っている。
そんなリリィの話だ。黒い炎の牢獄山にて、まだ、完全に堕ちきる前のリリィは、あることを思い出していた。
かつて、リリィの義弟が死んだときのことを。もっと、愛してやればよかったとどれだけ思ったか。だから、もし、自分が、死後転生する事があるとしたら、弟を大切にしてやろうと思った。
しかし、彼女は、死ななかった。ジークフリートを追って炎に飛び込んだ彼女は、第五典神醒となってしまうのだった。
そんなあるとき、弟のために全てを差し出したいと言う願いを持った少女の声が、ブリュンヒルデの耳に届いた。
弟のため、その言葉に、ブリュンヒルデは揺らいだ。そして、呪うことにしたのだ。自分の全ての闇を呪いとして少女に注ぎ込んだ。
それから、随分と経って、少女は覚醒を果たした。弟の……、愛すべき王司のために、全てを投げうる覚悟で、【三日月の殺戮龍】へと向かっていった。それを感じ取った、ブリュンヒルデは、自分の意識の奥底にあるかつてのリリィが蘇った。
――さあ、目覚めるのですわ。我が写し身、いえ、わたくし自身、九龍彩陽……
美しい声に彩陽は、意識を呼び覚まされる。そして、一片の光も無かった漆黒の眼の色が金色へと移り変わる。【勝利】の色へと移り変わる。
彩陽の体内に居た瘴気が消し飛ぶ。そして、彩陽の漆黒の鎧が、眩い銀色の鎧へと姿を変えた。帷子は黒のままだが。
――貴女の気持ち、確かに伝わりましたわ。ありがとう、彩陽
この声の正体に、彩陽はうすうす感づいていた。そう、その名前こそブリュンヒルデであると。
――わたくしは、ブリュンヒルデ……。いいえ、リリィ・エルダー
ブリュンヒルデは、かつての、戦乙女になる前の名前を囁く。そして、続けて彩陽に向けて、言葉を投げかける。
――わたくしに昔を思い出させてくれたお礼ですわ。全てを……
その言葉とともに、彩陽に「神性」が流れ込む。そして、彩陽の中で「神性」と「魔性」が混ざり合う。そして、彩陽に宿るのは「神性」でも「魔性」でもない、不思議な力。
「ありがとう、リリィさん。お姉ちゃん、頑張っちゃう……」
全力解放、【力場】を全て解き放つ。それは、そのフロア全体を大きく揺らすほどの大きな力。その力の大きさにクロウ・クルワッハすら大きな驚きを見せた。
「な、なんだ、この力は……?!吾は、この様な力、知らないぞ!」
驚愕するクロウ・クルワッハに向かって、先ほど同様、突きの構えを取る。そして、同じように、されど量と質が大きく向上している【力場】を多重に展開させる。そして、一歩踏み込み、突きを放つ。
――ゴウ!
その瞬間、空気が切られた。無の空間を衝撃波となって衝撃が駆け巡る。その衝撃波にクロウ・クルワッハが揺れた。だが、それは、ただの剣を突いたときの衝撃波。
――ドゥウウウン!
そして、【力場】によって大きくなった剣撃が、クロウ・クルワッハを貫いた。クロウ・クルワッハが初めて喰らった大きな攻撃。生まれてから初めてだろう、これほどの攻撃を喰らったのは。
「グッ……、流石は、ブリュンヒルデの写し身か……」
クロウ・クルワッハの言葉に、彩陽は、言う。
「写し身じゃないよ。お姉ちゃんは、リリィ自身。一心同体だよ」
クロウ・クルワッハは、光の粒子となって、塔に吸い込まれるように消えていく。それと同時に彩陽は、気を失った。消え行く意識の中で、彩陽は、呟いた。
「……王司ちゃん、頑張って」




