79話:嫉妬の悪魔
祐司は、告白とも取れる八千代の言葉に、閉口した。八千代は、対して、今は、自分のことを客観的に語っている状態なので、自分がそんなことを口走っていることに気づいてない。そして、丁度語り終えた、そのきりの言いタイミングで、ドアがガタリと揺れた。
「ん?あれ、鍵掛かっているわね?……んー、ピッキングできない?」
外から聞こえてくる声に、祐司が動揺する。天龍寺秋世。祐司の担任教師である。そして、祐司は、現在、保健室に八千代とふたりきり。それも鍵を掛けている。そして、八千代は服をはだけさせたまま。どう考えてもあれな状況である。
「できることには、できるが、普通に鍵を取ってくるという選択肢はないのか?もしくは、お前が転移して中に直接入って鍵を開ければ良いじゃないか?」
そんな友人の声を聞き、祐司は焦った。焦ったゆえか、「転移」などと言う突拍子もない言葉よりも、八千代に服を正させることを優先した。
「ああ、なるほど、その手があったわね。ってゆーか、『お前』って仮にも私は教師よ」
「ああ、そうだな、秋世」
「呼び捨てんなっちゅーの!」
そんな会話が繰り広げられていくのを聞きながら、祐司は心の中で王司に礼を言う。
(ナイスだ王司。お前の不遜な態度が俺に時間をくれた!)
そう思いながら、祐司は、八千代と少し距離をとり、八千代は服を正した。そして、万全準備して、ドアの方を見た。
……のと同時くらいに、ドアの前に一瞬、眩い銀朱の光がする。そして、気づけば秋世がいた。
「ったく、私が何でわざわざ……」
秋世が鍵を開けた。そして、王司が入ってくる。王司の視線が祐司と八千代を捉えた。そして、少し動揺する。それもそのはず。
(あれは、あの悪意は、【嫉妬】、ですわね)
サルディアがそう言ったからだ。王司は、少し観察するように八千代を見たが、すぐに秋世の方を向く。
「秋世、《古具》だ」
王司は、秋世に耳打ちした。
「え?どう言う……って、え?月丘君?」
秋世はようやく祐司と八千代に気づいた。そして、王司に耳打ちする。
「え?《古具》ってなに、月丘君が《古具》使いってこと?」
秋世の問いに、王司は再び耳打ちで返す。その様子は、誰がどう見てもいちゃついているようにしか見えない。
「ちがう、女子の方だ。右肩から【嫉妬】を感じるって、相棒が……」
「そう、情報源は確かっぽいわね」
そう言って秋世が二人の方を見た。一方、その見られている二人は、呆気に取られたように、秋世と王司を見ていた。
「え、な、何?」
秋世が思わず聞いた。すると二人は、「あ、いえ」と言ってから、二人で顔を見合わせた。
「お、王司って、彩陽さんか七峰会長が好きなもんだとばかり思ってたけど、秋世せんせーと付き合ってたんだな」
などと言う祐司の言葉。また、八千代も言う。
「て、天龍寺先生、お若いのに独り身、と聞いていましたが、せ、生徒との爛れた関係、だったのですね」
八千代の言葉に、秋世が頬を真っ赤に染めた。そして、慌てて否定をする。
「ちっ、違うわよ!三十歳だから若くないわ……って自分で言っちゃったじゃないの!」
「いや、まず、爛れた関係を否定しろ」
慌てすぎて否定する場所を間違えた秋世に王司がツッコんだ。そう言う王司は、祐司の言葉を一切否定していない。
「え?て、天龍寺先生って、さ、三十歳だったのですか……。ほぇ……。ど、どど、どうやったら、それほどの艶のある肌を保てるのですか……」
八千代が割りと真剣に秋世に問うが、秋世は微苦笑を浮かべて「いえ、まあ」と曖昧に言うのだった。
「しっかし、新聞にできるな。秋世せんせーが教える美容効果と秋世せんせーが生徒と逢引。どっちともいける!」
こんな時まで祐司は新聞のことで頭がいっぱいだった。そんなアホな会話を繰り広げている最中にもサルディアは、分析を続けていた。【嫉妬】の正体について。
(嫌な【嫉妬】ですわ……。ねちっこくて、まるで……、これの原典は【悪魔】か【神】……。嫉妬の悪魔、ってなんですの?)
「レヴィアタン」
王司がボソリと言った。急に出た妙な言葉に首を傾げる秋世。そして、動揺しきった祐司と八千代。
「きゅ、急になんだよ」
「え、ええ。……、え~と、え~、あっ、じ、じ、自己紹介がまだでした。わ、わわ、わたし、烏ヶ崎八千代と言います」
自己紹介で話を逸らす八千代。その反応から、「当たりか」と思う王司。
「ああ、この中で面識がないのは俺だけか」
正確には、王司とサルディアなのだが、サルディアは姿が見えていないのでややこしくしないために言わない。
「俺は、青葉王司だ」




