78話:罪と嫉妬
八千代は、温かみ溢れるオレンジ色の光で、目を覚ました。目を開けると視界には、オレンジ色の陽の光が差し込む保健室だった。もう夕暮れ。少しごわつく制服。汗がしみこんだであろう制服の一部が焦げていた。それと、襟のリボンが滅茶苦茶だった。自分の首にかかるタオルから、誰かに服を脱がされて、身体を拭いてもらったのだと、思った。
(保健の先生、でしょうか……)
そう思って、辺りを見た。すると、横に、祐司がいた。祐司はいまだ、すやすやと眠ったままである。
(もしかして、月丘先輩がこれを……?)
そう思ったとたん、身体が火照りだす。慌てて、違うんだ、と必死に自分の中で言い聞かせる。そんな時、不意に、祐司が目を覚ます。
「ん……んぁ?寝ちゃってた、か?……ああ、起きたんだ」
目を覚ました祐司は、八千代に微笑みかけた。その祐司の目尻には、欠伸の所為か、寝る前に考えていたことの所為か、涙が浮かんでいた。
「あ、はい」
祐司の笑顔に、頬を染める八千代。そして、八千代は、祐司の顔が、近くにあるのに気がつき、ハッとする。
「あ、あの……、その……」
八千代が、ベッドの上で、若干祐司との距離をとる。祐司は、しまった、と思いながら八千代に言った。
「あ、その、ゴメン。あんまり側に男がいるのは、あれだったね」
そう言って、再度謝る祐司。しかし、八千代は、慌てて首を横に振った。
「あ、いえ、あの……、そ、そうでは、ないんです……。その……」
言いよどむ八千代。祐司は最初、誤魔化しているのかと思ったが、そんなことはなく、本気で違ったようだ、と思った。
「わ、わたし……、汗臭くないですか……?」
恥らうように身を縮ませる八千代。その行動が、祐司は、とてつもなく、いとおしかった。
「そんなことないよ」
そう言って祐司は八千代に微笑んだ。眩しい笑顔に、八千代は、夕日にも負けないくらいに赤くなる。
「うっ……」
しかし、それと同時に、右肩に刻まれた烙印が灼熱の痛みを放つ。「嫉妬の炎」とでも言えばいいだろうか。
「だ、大丈夫?!えっと、れ、レヴィアタン・ヘラ、だっけ?」
その祐司の言葉に、八千代は、虚を突かれた。知っているはずのない、その名称に、八千代は、動きを止めてしまう。思わず、痛みも熱も忘れてしまう。
「な、何で、その名前を……」
八千代のかすれるような声に、祐司は、しまった、と思いながら八千代に弁明した。
「ゴメン。君が寝言で言っていたから……」
その言葉に、八千代は、巻き込んでしまった、と思いながら祐司に、自分の身にあるそれがなんなのかを教えることにした。
「その……、こんなことを言っても信じてもらえないかも知れないのですけれど……」
そう言って、語り始める。彼女の全てを。彼女の身に起こった、全てのことを。彼女の家のことも含めて。
「わ、わたしの家……、烏ヶ崎と言う家は……、昔から、日本と言う国を守る、由緒正しい一族でした。【八咫鴉】と呼ばれる組織のリダーを勤めているのです。それがわたしの父……、烏ヶ崎八束です。わ、わたしは、全然、そちらの方には関わっていないのですが。そして、そんな家に生まれたわたしは、ある日、突然、不思議な力に目覚めました。それが、《恋女の嫉妬》。嫉妬の悪魔と嫉妬の女神。この力は、周りからの【嫉妬】から生まれた力なのです。そして、大きすぎる【嫉妬】はその身を焦がす。わたしに【嫉妬】した人は、身を焦がしました。字の通り、焦げたんです。恐ろしかった。そして、集まりすぎた【嫉妬】が処理しきれなくなった、わたしの能力は、わたし自身の身を焦がしだしたのです。そして、」
そう言って、服をはだけさせる八千代。右肩を露出させた。そこにある刺青のように刻まれた烙印。
「この烙印は、成長しだしました。徐々に大きくなって、いまや、二の腕から胸まで。大きく広がってしまいました。……っ、あ、あまり、じっくり見ないでくださいね……」
見ないでと言われても見てしまうのが男の性と言うものだ。祐司は、八千代を見ながら問う。
「ん?だとしたら、さっきとかは何で苦しんだの?別に俺は君に嫉妬していないし、他に、君を嫉妬するような人が周りにいたようには思えなかったけど」
祐司の問いに、八千代が、陰りを見せる。そして、打ち明ける。
「さきほどの嫉妬は、わたし自身の嫉妬なんです。その……わたしの恋慕に対する、嫉妬」
恋慕、と言う言葉で、祐司は、頬を染めた。実質、告白と相違ないことを言われたからだ。
「わたしは、二重人格……ではないのですが……。客観的に自分を見てしまうクセがあるのです。そして、わたしは、月丘先輩のことを好きになったことを、自分自身で嫉妬した。だから、身体が、焼けたのです。妬けて、焼けたのです」
そう言った。それは、要するに、祐司の事が好きだから、身体が焼ける。好きになればなるほど、その痛みも熱さも増す。そんな酷い事実を打ち明けられたのだった。




