67話:夢想Ⅴ
愛美は大気の、世界の、揺れを感じ取った。その揺れは、絶望が一つ消えた揺れ。世界の歓喜。そう、王司が、石眼の白蛇を討ち取ったのだ。それが分かった愛美は、笑った。そして、第七典は、驚くように点滅した。実際、驚きだったのだろう。いとも簡単に、と言うわけではないが、こんなにも早く石眼の白蛇が討ち取られるとは第七典は思っていなかった。
「まさか、こんなにも早くっ?!」
その声に、愛美は得意げにない胸を張った。可愛らしいその仕草を八百歳の幼女がやっているとなると訳が分からなくなる。が、似合っているので問題はないのではないだろうか。
「さっすが!」
にやりと笑う愛美は、まどから外を見る。まだ見えない蒼銀の青年、予言の王子を。
「それにしても、予言と言ったわね。未来視の能力、それも他人のものとなれば、相当な異能者だと思うけれど、貴女に未来を伝えたのは、一体、誰なのかしら?」
第七典すら知らない、愛美の友。愛美は笑って、少し思い出すように、その名前を口にする。
「キリハ・U・フェミーユ管理事務長……って言っても分からないよね」
そう言う。第七典は頷くように二度点滅した。それを見てから、愛美は、その少女のことを思い出す。千年眼と呼ばれた、あの子を。
「悠崎悠歌。魔法天女はいぱー∽はるかーだよ」
そう言った。そう、【ユシリスに悠久を与えられた者】、【ユリアに悠か先を見ることを許された者】である。
【未来視】
遥か昔。まだ、石眼の白蛇が現れる前。まだ、愛美が最高責任者ではなく監察官だった頃。悠歌は、次席管理事務官だった。
「はるかーは、未来視できるんだったよね?」
何気なく愛美が聞いた言葉に、悠歌は、少し悲しげな顔をする。
まるで晴れ渡る空の色のような水色の髪を頭の上でツインテールにしている。大きな眼。瞳は、白と黒がグルグルと渦巻いたような模様が浮かんでい
る。その瞳を隠すように長く伸びた睫毛。幼児体型。十歳から十二歳くらいまでに見える。由緒正しき魔法少女の如く、真っ白なロリータファッション。胸元の真っ赤なリボンと頭で髪を縛る真っ赤なリボン。羽の生えた靴。
「うん、まあ、あたしは、それがメインだから。この眼が……」
全ての未来が見える少女。それが悠歌。あらゆる可能性の未来、幾多の分岐のその先すらも見通す事ができる。
「じゃあ、わたしの運命の人とか見れる?」
軽いノリで問う愛美。愛美の言葉にあまり乗り気ではない悠歌だったが、しぶしぶ未来視をしようと、指を丸めて眼に当てた。
「あまりよくないんだけどねー」
そんな風に言って悠歌は、集中する。そして、見えた光景に、絶句した。一言も言葉が出せなかった。
「えっ……。この人って……」
そう、悠歌は見たのだ。魔法少女達の間でも有名なかの逸話に記されし【三神】の末裔の一人にして、勝利に愛された【正義】の味方。
「蒼銀の王子……」
悠歌が口にした言葉に、愛美が胡散臭そうに眉を顰めて口を尖らせる。嘘を適当に言っているんじゃないか、と思ったのだ。
「彼方より来る蒼銀の王子。勝利に好かれた王子とともに、勝利の瞳の魔法少女は愛を育む」
しかし、その言葉が嘘ではないように感じ始める。その顔を見ればそう思わずにはいられない、と言うほどに真剣。
「勝利の剣のもとに勝利の天使、勝利のルーンに通ずる者、勝利の瞳、勝利が集まり【絆】に繋がれし時、勝利の光が悪を滅ぼす」
悠歌は、そう言って、暫し呆然としていた。それを見た愛美が、意味を問いただそうとする。
「どーゆー意味?」
愛美の言葉に、悠歌は首を横に振った。そして、真剣な顔で悠歌は、愛美に向き合い声をかける。
「これ以上は教えられない。でも、その青年と貴女は、絶対に出会わないといけない」
悠歌の言葉に、愛美は、頷いた。それから、少し迷って、そして、愛美は悠歌に聞いたのだった。
「これだけは教えて」
その真剣な声に、悠歌は思わず、おされ気味にコクコクと頷いた。そして、「何?」と聞く。それに対して、愛美は、真剣み溢れる声で、悠歌の肩をがっしりと掴んで追求するように聞く。
「その人、イケメンだった?」
ガクン、と思わぬ質問に、思わず転びかけた悠歌が、「あははは」と笑いながら、愛美に言う。
「大丈夫、大丈夫。ちょーイケメンだから」
そう言って笑うのだった。




