29話:惨殺の騎士
蒼子は、湖畔の城へと足を運んでいた。随分と寂れた城だった。廃れたと言う表現をしてもいいかもしれない。城の原形をとどめているのがやっとと言う風貌の古城。このようなところに如何用か、と蒼子は思ったが、それでもしたがってついていった。
城に一歩足を踏み入れると、その異質さが、嫌でも伝わってきた。異質で、異常で、異端な古城。ある種、この世の理から外れているような、そんな古城だった。そう、城の外観は、あんなにも古ぼけていたのに、中は全くもって綺麗なままだったのだ。まるで、造られてから、時が経っていないように。埃一つ落ちていない。
「これは」
「ここには、不思議な力が働いていて、太古から全く朽ちないんだよ」
蒼子の短い疑問の言葉に、すんなりと答えが返ってきた。それらは、誰も同じ疑問をかつて抱き、その解説を聞いた結果だったと言えよう。
「ここには、何をしに?」
「あ~、俺たちは、骨董品専門の売買人みたいなのもやってるからな。ここにある伝説級の武具を売りさばくように依頼されてな」
そう言って、入ってすぐの大広間を抜け、階段を上り、ある一室にたどり着く。
「ここにある武具を売りさばくんだ」
その部屋は、輝いていた。蒼子の目には少なくともそう映った。金銀様々に輝く数々の名刀、名剣、名盾、名鎧。数多の騎士たちが残していった名品の数々に、蒼子は、圧倒され息を呑んだ。
「まあ、エクスカリバーのような有名な品はもう売りさばいてしまっていて、残っているのは、そこそこの価値があるものだけなんだがね」
蒼子の耳には、もう、そんな言葉は届いていなかった。蒼子は、ジッと、飾ってある剣を凝視する。剣に入った細かな傷。うっすらと付いた血の跡。それらは、剣士たちの戦いの痕跡。そして、歴史でもあるのだ。だから、蒼子は、剣に見入った。
「ん?蒼子ちゃん、興味あるのかい?」
その言葉に、蒼子は、こくりと頷いた。そして、剣を見ていく。美しい剣。無骨な剣。飾り気のない剣。折れた剣。真新しい剣。それらの剣、全てに歴史がある。そう思わされる場所であった。
「おぉ、君らか。来ていたのかね?」
そんな風に、扉を開けて入ってきた初老の男性。彼こそ、これの剣の保有権を今持っている人物だった。
「あっ、旦那。お邪魔してます。今度は、ここの全部売りますけど、いいんですかい?」
「ああ、構わん。わたしが持っていても宝の持ち腐れと言うやつだろうからね」
そう言って朗らかに笑う男性。
「まあ、エクスカリバーも売ってしまったから、ここに残っているのにろくなのはないが。そう言えば、行方不明の剣もあったな。なんと言ったかな。アロンダイトと言ったか」
「アロンダイト?そりゃ、あれですぜ、旦那。アーサーを裏切ったランスロットって騎士の剣でっせ」
そんな風に、剣の持ち主の話をする。蒼子は、それでも剣を見続けていた。
「そう言えば、悪しき騎士の剣は、封じたと言っていたな。本当の持ち主でもない限り、虐殺でも惨殺でもしてしまう、そんな怨念の剣だから。もし、適格者がいるのなら、それは自ずと手に入ると言っていた」
初老の男性は、懐かしそうに、そう言った。
「へぇ、そいつは。と言うことは、俺らには、一生見つけられねぇってことですな」
そんな風に、談笑する彼らを置いて、蒼子は、部屋の中の剣を全て見終えた。不思議と、満足感があった。しかし、何かが足りないような気がした。そのまま、剣のかかっていた壁の近くに寄ってみる。トクンと心臓が跳ねた気がした。
何かある。確信があったわけではない。だが、それでも手を伸ばす。壁に手を掛けた、その瞬間、ガコン、と大きな音がして壁が後ろに倒れた。
「なっ、何だ」
「何事だね」
皆して壁の会ったほうを見る。すると、そこには蒼子がたたずんでいるだけだった。そして、蒼子は、壁の向こうへと進んだ。
それは、運命と言うものなのだろう。そこにあったのは、二刀一対とでも言うべき、双子の剣。その片割れは、緑の柄を持つ。その片割れは、青の柄を持つ。
蒼子は、その神々しさに震えた。蒼子には、分かる。あれは、ずっと自分を待っていたのだと。それゆえに、それを手に取った。ただの剣を取る手つきではない。何か、大事なものを持つときの手つきだ。まるで壊れ物を丁重に扱うときのような。
「これが、アロンダイト……」
そう、その名前が、すぐに分かった。蒼子は知っていたように分かった。
「裏切りの騎士の持っていた剣」
そう、そして、
「怨念に取り付かれた魔剣」
そう、アロンダイトは確かに魔剣だった。だが、蒼子には、そうは見えなかった。
「まるで、聖と魔、だわ」
そう、二本一対。そして、一本は「聖」、一本は「魔」のように思えた。そして、それは、互いに存在してこそ意味をなす。別の言い方をするならば「光」と「影」。光があるから、影が出来る、とも、影が有ればこそ、光が存在している、とも言う。
「アロンダイト、これは、わたしの」
柄を握り締めただけで、蒼子には分かった。それは、まるで、彼女のために作られたかのような、そんな剣人一体の感じ。
「おお!それが、アロンダイト……」
初老の男性が蒼子に声をかけた。
「それがここにあると、わかったのかい?」
「いえ、なんとなく、ですが」
蒼子の曖昧な表現にも、初老の男性は、ニッコリと笑った。
「それは、君にあげよう。お嬢さん。その剣には、呪いがかかっている。くれぐれも、それだけは、忘れないように」
初老の男性は、それしか言わなかった。




