その2
風呂から上がり、ウェンをベッドに入れてから、レインはリサの部屋に向かった。
──何があるんだろう。
一緒に寝てくれたりするとかだろうか。そうだったらちょっと嬉しいけど、どきどきしすぎて眠れないんじゃないだろうか。
リサは綺麗で、可愛くて、レインとさほど年は変わらないはずなのに、びっくりするほどいろんなことを知っていて。それに、リサは違うっていうかもしれないけど、やっぱり優しくて。見つめられると、微笑まれると、すごく嬉しくなってしまうし、どきどきする。
だから、余計に。
──何を言われるんだろう。
部屋に近づくにつれて、不安が沸き上がってくるが、その思考は、リサの部屋から一礼して出てくるアーネストを見ていったん止まった。アーネストはすぐにレインに気づき、声をかけてくる。
「レイニール様。──いかがなさいましたかな?」
相も変わらず穏やかな表情と声──なのだけど、少しだけひんやりしたものが混じったのは、レインの気のせいだろうか。
「あ、あの、リサに呼ばれたんです」
静かなのに妙に迫力のある視線にさらされて、レインはたどたどしく答えた。
「……嬢様が?」
「はい。あの、お風呂に入った後、部屋に来てって……」
「──なるほど。だから二人分。……失礼、どうぞお入りください」
ノックをして、中からの返事の後、扉を開けてくれるアーネストに礼を述べて、レインはリサの部屋へ足を踏み入れた。場所は教えてもらっていたけど、入るのは初めてだ。
水晶にともる灯りに照らされた部屋に窓は無く、左手側の壁が一面本棚になっており、そこにずらっと本が並べられているためか、さほど広く感じない。右手側の壁にはつややかではあるが飾り気のない重厚な木の引出や戸棚が並んでおり、奥にはもう一つ扉があって、その近くに置かれた、これまた重そうな本が並んでいる大きな机に向かってリサは何か書いていて、手前側に置かれた小さな卓の横には椅子が二脚、上にはカップが二個載っている。
そしてその脇には、椅子にしては少し低めで、クッションにしては固そうな、何に使うのかがよく分からない、くすんだオレンジ色のものが置いてあった。
「ちょっと待ってね、今書き終わるから──そこに座ってて」
言われるままに、レインは小卓のところの椅子に腰掛けた。ほとんど待つこともなくリサはペンを置いて立ち上がり、近寄ってくる。
彼女の体を包むのは、柔らかそうな白い夜着で、レインの内に再びどきどきがよみがえってきた。
「わざわざ呼んでごめんね。お茶、どうぞ」
「うん……」
椅子を引きながらのリサの言葉に、レインはカップを手にした。飲みやすさ優先のためか、ぬるめのそれを一口含む。
リサもお茶を一口こくんと飲んでから、卓にカップを戻して、レインを見つめてきた。そして何か言いかけて、けれどそれをためらっているかのようで、それでもレインから視線を外そうとはしていなくて。
「リサ……?」
沈黙とじっと見つめられるのに、期待のどきどきが不安のそれに変わっていくのに耐えきれず、レインはリサの名を呼んだ。
「あ、ごめんね。……呼んだのは、瘴気を抜こうと思ったからなの」
「ショウキ?」
慌てたように告がれた、聞きなれない言葉に、レインは首をかしげた。それに合わせて、こくんとリサが硬い表情で頷く。
「うん。私も昨日知ったんだけど、魔界の空気は、人間には良くないものが含まれているそうなの。体にたまっていくと、病気になったりするそうなのよ」
レインは、きょとんと目をみはり、自分の手を見下ろした。
「別に……なんともなってないよ?」
「うん。そんなにすぐには影響がでてくるわけじゃないそうなのだけど、たくさんたまる前に少しずつ抜いた方がいいと思ったの。どれくらいたまったら影響があるのかとか分からないから、早めに。……不勉強で、ごめんね」
ぺこりと頭を下げるリサに、レインは慌てた。
「いいよ、リサっ。謝らなくてもっ。だってまだなんともなってないし、その……ショウキ? も、今から抜いてくれるんだよね?」
「うん」
再度硬い表情のまま頷くリサに、レインは笑いかけた。
「だったら、全然、いいよ。気にしないでよ」
「……そういうわけにも、いかなくて、ね。あのね、今日、練習はしてみたんだけど、初めてのことだから、ちゃんとできるか分からないの。だから、ひょっとしたら苦しい思いとかをさせてしまうかもしれなくて。上手にやったら、そんなことはないそうなんだけど……」
リサの説明に、レインはやっぱり、と胸中でひとりごちる。
──リサは、こんなに優しいのに。なんで、自分は優しくないとか言うんだろう。変なの。
「いいよ、リサ。僕で練習してよ」
ウェンはあの調子だから、ちゃんと痛いとか苦しいとか言えないかもしれないし、メルは女の子だし、シグもちょっとぼんやりしているところがあるし、アルは──あの足は、昔誰かに切られたせいだと、ゼス先生に聞いた。連れてくるときにリサが治してくれたから動かせるようになったけれど、と。……だから、リサがアルに苦しい思いをさせたくない気持ちも、少し分かるのだ。
しっかりしている、と言ってくれたのはリサだ。それが嬉しかったし、それに──なんでもする、と言ったのは自分だ。ちょっと苦しかったりするのくらい、どうということはない。
むしろ、選んでくれたのが嬉しい。
だから。
「だからもう、あやまらなくていいよ」
──リサの表情が曇る方が、よっぽどつらいんだ。
言葉にできない気持ちをこめて、レインはリサにそう言った。
◆ ◆ ◆
謝らないで、とレインは言った。
言われて、リサは、ようやく気づいた。
──私、逃げようとしていたんだ。
自分が、レインにしていることへの罪悪感から。
謝って、楽になれるのは、自分だけなのに。
レインは、「普通」の子どもだ。
この二日間見てきて、リサはそう思っていた。
きっとご両親のもとで、闊達に、素直にのびのびと生きてきたのだろう、そう思わせる様子があちこちに見えた。
──あの村で、あの日まで。
レインが他の四人と決定的に違う点は、彼が「奪われた」のは、つい先日のことだということだ。
普通に見えるから、元気そうだから、笑えているから──だから、正直なところ、失念していた。そんな自分を殴ってやりたいとリサは思う。
アージェントの物語りを聞きながら、突然苦しそうな表情になったレインを見て、リサは正直血の気が引いた。何が引き金になったのかは分からないけど、体の方にはもう異常はないはずなのだから、原因は心因性としか思えない。
──ばかだ、私。うっかりするにもほどがある。
依存がどうとかいうレベルじゃない。レインの心の傷は──つけられたばかりのそれは、確実に存在していて、まだ血を流していて、当然なのに。
──傷だらけの子に、しっかりしているなんて、言ってしまった。
普通に見えるから、元気そうだから、笑えているから。 そうするために、レインは、思い出さないように、記憶を閉じこめているだけなんじゃないだろうか?
忘れているものを掘り起こして苦しむのか、それともそのままにしておいて、ふとした瞬間に思い出すそれに苦しむのか。どちらがいいかなんてリサには分からない。けれど、知っていることはある。
涙はストレスを低減させる。
それなのに、リサはレインにウェンを任せてしまった。ウェンの前では、レインは多分、泣けない。
それなのに──いや、それでも。
リサは、まさに練習台にレインを選択したのだ。苦しみを与えるかもしれないそれに、他の四人ではなくて、レインを。奪われ続けてきた四人に、これ以上苦しい思いをさせるのは嫌だという感情から、レインを選んだ。この世界の人間の「普通」をいまいちよく知らないリサにとっては、レインの反応が人間の標準だったから。
──私、ひどいことをしている。
痛い。痛いけれど、それは──疼くのは、ただの罪悪感だ。
自分は恵まれていたのだ。かつても、今も。
一人じゃなかった。頼れる人がいた。たくさん支えてもらった。だから。
──私は、大人。大人、なんだから。
次は、私がこの子たちを支える番なんだから。
リサは表情を引き締め、立ち上がり、すっとレインの傍らに近づいて、彼女を見上げてくるその朱っぽい金色の頭を──胸に抱きしめた。
「え、えっ、り、リサっ?」
驚いたのか、顔を胸に押しつけているせいでくぐもったレインの声がうわずる。その後ろ頭をそっと撫でて、リサはレインの耳元に囁いた。
「私、あなたを泣かせたくないんだけど……泣かせたいわ」
──泣くための場所を、提供しないと。
本当はミアンのように豊かな胸の方が癒されるのだろうけど、あれは俺のだとゼスがうるさいし、まだリサの胸はまな板状態だから、全然嬉しくないかもしれないけれど、人の体温はあげられる。
「一人になりたい時もあるかもしれないけど、でも私、あなたが泣いている時にはそばにいたいと思うの。だから……一人で泣かないでくれるかな」
泣きたい時の誰かの体温は、うざったく感じる時もあるけれど、それでも、抱きしめられるのは、悪くないものだ。
──まあ、見た目が子どもだから、急に言っても困るかもしれないけれど。
現に、レインは固まったまま何も言わない。
まだほんのりと湿っているレインの髪を梳くように手を動かし、ガチガチにこわばっている彼の肩胛骨のあたりを、力を抜いてほしくて、ゆっくりと軽く叩く。
けれど無言のレインの体から力が抜ける様子がないので、リサはレインの体勢を再確認し、椅子に座ったまま前のめりになっている状態であるのを見て、なるほどこれではリラックスできないだろうと納得して、腕を解いてそっと体を離した。
少し息苦しかったのか、ほんのりと顔を赤く染めて、若干潤んだ緑色の瞳が見上げてくるので、少し反省しつつ──謝るなとつい先ほど言われたばかりだから、心の中でごめんねとつぶやいておいて──リサはレインを安心させたくて、できるだけ優しく見えるように微笑みを浮かべた。
「見た目まだ小さいから頼りないかもしれないけど、でも私、皆より少しおねえさんだから。甘えてくれて、いいの」
──すいませんホラ吹きました。少しじゃないです。だいぶん年上です。
けれどいきなり異世界から転生してきましたと説明しても──レインならあっさり納得してしまいそうな気はするのだけれども──何言ってんのコイツ的に変な目で見られるのは、今後に差し障りそうな気がする。それに何より──リサにはまだ「おばさん」と呼ばれる心の準備ができていないのだ。特にこの十年はずっと子ども扱いだったということもあり、余計にだ。
自分にもまだ女らしいところがあるんだなぁとひとごとのように内心でつぶやき、リサはレインの頬に再び触れた。何か言いたそうな、けれど言葉がでないらしいレインの緑色の瞳をのぞきこむ。
「遠慮しないで、ね?」
お母さんだと思って、っていうのはさすがにこの見た目では無理があるだろうと判断し、言わないでおくことにして、リサはレインの反応を待った。
「……うん」
ようやく頷いてくれたことにほっとして、リサはにっこりと笑ってレインの手を取った。
「じゃあ、瘴気抜いてみるね。──これに、またがってくれるかな?」
被服班に作成してもらったくすんだオレンジ色のクッションもどきを示すと、レインは頷いてそれにまたがる。その背後にリサもひょい、と無造作に夜着の裾を持ち上げてまたがった。ちょうどリサの膝でレインのお尻を挟む形で、彼の背中から抱きつくような格好になる。
「え、……リ、サっ?」
「ええとね──おへそから魔力を流すつもりなの。だから、この体勢が一番楽かなって。……あのね、人間はここでお母さんとつながっていたから、おへそを始まりにするのがいいらしいの。だから、ちょっと触らせてね」
母親の胎内で母体とつながっていた部分の名残であるへそは、魔術的には他者からの力の受容には、起点としてふさわしい部分である、らしい。その点で言えば、口も食物摂取などをする、起点として一番ふさわしい部分ではあるのだけれど、正直なところ指を口にくわえさせるというのはリサとしてはちょっとためらわれる。
──噛まれたりはしないと思うけれど。
自分が誰かに口の中に指を突っ込まれると思うとなんとなく嫌だな、という考えで、起点はおへそにすることにしたのだ。
ちなみに終点は、末端部分という意味で左手の指先を重ねることにしたのだけれど、こちらも本当は別に効率のいい部分があるけれどもそれはいくらなんでもアウトと判断。
座っているクッションもどきも、正面から抱きつくのはちょっとどうかと思うけど、これなら顔も見えないから、くっついていても子どもたちもそんなに気恥ずかしくはないだろうと考えて、作ってもらったのだ。スツールを二個並べてもいいかとは思ったけれど、リラックスをするとなると、ちゃんともたれられるようにしておいた方がいいだろうと考えたので、低めのクッション状にしておいた。
リサとしては、作業性と相手の気持ちにも配慮したつもりの、彼女なりに考えた体勢である。
しかし、リサは認識が甘かった。というより考えてもいなかった。
自分の外見や声が、まくれあがった夜着の裾から伸びる白い脚が、薄い夜着に包まれただけで密着した体が、そのぬくもりが、相手にどんな影響を与えるか、など。
知識はあっても他者との接触経験に乏しいリサは、実のところ、ちっとも分かっていなかったのである。
◆ ◆ ◆
一方、抱きしめられたレインは──大混乱状態にあった。
──え、えっ、頭ぎゅって、か、顔がっ、なんか柔らかっ……!
どうしよう嬉しいけどどうしたらいいんだろう僕あやまらないでって言ったけどなんでこんなことにああやっぱりなんかいい香りするしリサ細いのになんか柔らかいしあああショウキってこうやって抜くのかなでもこれちょっとドキドキしすぎてこまる……!
しかも椅子に座ったままで左横に立つリサに頭を抱かれている今のレインの姿勢は、体をひねっているために不安定でちょっと苦しい。しかしリサに向き直ろうにもどこに触ってしまうか分からなくて迂闊に身動きがとれず、どこかに掴まろうにも彼の体勢ではリサの体が一番都合がいいのだが、少女の細い腰にしがみつくのはなんだかものすごく気が咎めて、レインは硬直するしかなかった。
そこにさらにリサは囁く。
「私、あなたを泣かせたくないんだけど……泣かせたいわ」
──どうしろと!?
ええと泣けば? 泣けばいいの? なんでリサこんなこと言うの? なにそれどうしよう。
もう既にいっぱいいっぱいで泣きそうになっているレインに、リサは続ける。
「一人になりたい時もあるかもしれないけど、でも私、あなたが泣いている時にはそばにいたいと思うの。だから……一人で泣かないでくれるかな」
混乱した頭でも、なんとなく、リサは彼を慰めようとしてくれているのではということは分かったのだが、なぜリサがいきなりそんなことを言い出したのかさっぱり分からないし、同じ年頃のリサの前で泣くのは「男が簡単に泣くな」としつけられてきたレインとしては恥ずかしいし、けれどリサにくちごたえして気まずくなるのは嫌だし、泣いたらまたこんな風にぎゅっとしてもらえるのは少し嬉しいし──レインは何も言えず、黙ってリサの次の動きを待った。
髪を撫でられるのも、ぽんぽんと背中を叩かれるのもひどく心地よいのだけれど、どうしていいのか分からなくて固まっていると、リサがその身を離した。ようやく解放されたことにほっとするものの、少しもったいないと感じつつ、レインはリサの顔を見上げる。
リサは優しく微笑んでいた。
「見た目まだ小さいから頼りないかもしれないけど、でも私、皆より少しおねえさんだから。甘えてくれて、いいの」
──どういう、ことなんだろう。
実のところリサが懸念しているよりも遥かに冷静に、レインは家族の死を受け止めていた。それができているのはリサの存在が極めて大きいし、感情が納得していない部分も無いわけではないのだが、レインは自分を哀れまれるべき子どもだとは思っていなかった。
ついでにいうと、甘えろといわれてもどうしたらいいのかわからない。またさっきみたいに抱きしめてもらってもいいということなのか、それならとても嬉しい──と思いながらレインが「うん」と頷くと、リサはほっとしたようににっこり笑う。
だから自分の答えはそうまずくなかったのだろうとレインは思った。そんな風にようやくレインは落ち着いてきたのだが。
「じゃあ、瘴気抜いてみるね。──これに、またがってくれるかな?」
示されたクッションもどきに、言われるがままにまたがると、リサは彼の後ろにひょいとまたがった。
何をするのかとリサをうかがっていたレインの目に、たくしあげられた服からリサの白い膝上が入り──無造作にそれが自分の体を挟み──ぴたりと背中に体が押しつけられて──細くて柔らかな腕が彼を抱きしめるかのように腹部に回された時には、既にレインは再び大混乱状態に陥っていた。
──どうしようなにこれどうしよううれしいけどどうしようどうしたらいいんだろう。
どきどきを通り越してばくばくと音をたてる心臓と、そんな言葉が渦巻くばかりの脳で、彼がリサの名を呼ぶと。
「ええとね──おへそから魔力を流すつもりなの。だから、この体勢が一番楽かなって。……あのね、生まれる前の人間は、ここでお母さんとつながっていたから、おへそを始まりにするのがいいらしいの。だから、ちょっと触らせてね」
リサは何でもなさそうな調子で説明をしてくれた。そしてそのままするりと彼の上着の裾からリサの右手が滑りこみ、柔らかな指先が肌の上を滑る感触に、ぞくりと背中が粟立つ。
くすぐったいような、そうでないような感覚にレインが戸惑っていると、リサはレインの左手に自分のそれを重ねて、言った。
「左の指先を合わせて──力抜いて、深呼吸して、楽にして。痛かったら、すぐに言ってね」
言われるがままに深呼吸するが、へそに触れている柔らかい指先に、背中のぬくもりにどうしても気がむいてしまい、力を抜こうにもうまくいかない。そう訴えようと口を開きかけ。
「──……………ッ!!!!!」
全身に何かが流れ、目の奥が白くなり、脳に突き刺さるようなその感覚にびくんと体を振るわせて、レインは声にならない悲鳴をあげてのけぞった。
──なに、今の。
「あ、ごめ、あっ……痛かった、大丈夫っ?」
「う、ううん、痛くは、なかった……」
手を離して慌てて尋ねてくるリサに、正直に答える。
痛くはなかった。むしろ──気持ちよいのが極まったような、気がした。けれど、今のをずっとされたら、壊れてしまうんじゃないかと思う。
一瞬で全身が熱いし、なんだかお腹の下の方がじんじんしてきて、心臓のばくばくが治まらない。
「ちょっと、強かったのかな……もう少し、弱くしてみるね」
再び指が触れて、次は、細かな波が全身に広がっていく感じがする。ひどくくすぐったいのが腰の奥に溜まっていくように感じられて、レインは小さく身をよじった。
「リサ、ちょっと、くすぐったい……」
「うん、……じゃあ、これは?」
「あ……なんか、奥に、響くっ……」
「難しいなぁ……どう?」
「んっ……痛くないけどビリビリする……」
その後ようやく、お風呂に入っているかのように温かくて気持ちいい感じをつかめたのは、十数回目のことであり。
「──こんなもの、かな。……気分悪くなったりしてない?」
「……うん、大丈夫」
実のところ、いろいろ魔力の流し方を試している最中から、下腹部というか、脚の間がなんだか疼くのだが、それをリサにはどうにも言い出しにくくて、レインはあいまいに頷いた。──触ってもらうわけにもいかないし。
「じゃあ、お休みなさい。遅くまでかかってごめんね──これはちょっと、謝らせてもらうね」
「うん……おやすみなさい」
頷いて、レインはリサの部屋を後にしたが。
なんだか、体が熱くて、目が冴えて。
全然、眠れそうになかった。
◆ ◆ ◆
ベッドの上に座り込み、自分の指を見つめ、リサはぽつりとつぶやいた。
「あれが、瘴気かな……」
うまく魔力を巡らせられるようになった時、指先にわずかに感じた淀みのようなもの。リサの中に戻る前に、彼女の中の魔力でそれはきれいに散らされたので、リサにはなんの影響もないのだけれど、あの記録に書かれていたのはどうやら事実、らしい。
ぼすっと音をたててベッドに横になり、リサは深く息を吐いた。
──思ったより、疲れた。
痛くしないように、魔力の調整に細心の注意を払わなくてはいけないので、神経を集中させつづけていたのだが、予想以上に大変な作業だった。おかげでレインの自己申告でしか彼の状態を把握できないので、ひょっとしたら無理をさせてしまったかもしれない。
──ゲームとかなら、解析とかで一発ですむんだけど。
実際きちんとモニタリングをしようと思ったら、そう単純にはいかない。体温、脈拍、血圧、呼吸数、脳波など、測定する機械がいずれも異なるように、いくつも魔法を、しかも継続的に使用しなければいけないが、あいにくリサの頭だけではそんな芸当は不可能だ。
慣れたらもう少し、いろいろ話をしながらできるんだろうけど。初めてだから、仕方ない。
「練習あるのみ、だよね」
つぶやいて、リサはもぞもぞと布団にくるまり、目を閉じた。




