未来編「因果は巡るルルの祝言3」
沢山の人に、朝からずっとお祝いしてもらって、とてもいい気分。
今日から引っ越しするまで、レオ家の離れが私とティエンの家。
引っ越ししたらティエンの家族と同居なので、しばらく二人きり。
「朝まで付き合わされる」というティエンに組から連れ出されてレオ家に帰り、着替えたり、家族親戚と居間で話したり、お風呂に入って新居に足を踏み入れた。
ティエンはまだお風呂中なので一人きり。
朝からずっと賑やかだったので、自分の呼吸音くらいしかしない静けさで違和感。
机に向かって筆記帳を開く。
お祝いしてくれた人にお礼の手紙を認めるために、誰と会ったのか、どんな話をしたか記録しておく。
家族親戚や親しい友人にはあらかじめ手紙を書いて、今日配ったけど、本日のお祝いで手紙を送るべき人はもっといたと分かった。
「ルル〜」
出入り口からレイの声がした。ティエンかと思ってドキってしたけど違った。
「どうぞ〜」
促したのにレイは家に上がってこない。迎えに行って扉を開く。レイは扉の向こうで大人しく立っていた。
かわゆかった振袖姿は幻だったというように、少年の姿に戻っている。
「どうしたの?」
「明日の朝食は一緒に作るか聞き忘れてた」
「そうじゃなくて、どうぞって言ったのに入ってこないから」
「ブーツを脱ぐの、面倒で」
レイは自分の片足を軽く持ち上げた。
「そんな面倒くさがりで立派な料理人になれるの?」
「料理は面倒って思わないから。で、明日はどうする? 今日は朝から疲れただろうから、任せてくれていいよ」
レイは柔らかく微笑んだ。エドゥアールへ行く前よりもグッと大人っぽくなったと改めて感じる。
「帰ってきた時に言った通り、レイと料理をできるのは貴重になったから一緒にする」
「こいつ、寝坊したなって思った時は無視するのとここに起こしにくるの、どっちがいい?」
前のレイなら勝手に決めて実行しただろうに。
「疲れて爆睡かもしれないから、無視していいよ」
レイはニコッと笑った後、眉尻を下げてうつむいた。
「……お父さんもお母さんも、ルルが引っ越すから寂しいよね。だから帰って来ようかなって思うけど、私ね、どうしてもユミトさんを応援してあげたいの」
地面を見つめるレイの瞳がゆらゆらと揺れている。
そのユミトは友人であり、短期間とはいえ兄弟弟子だったティエンの祝いに姿を現さなかった。
華やぎ屋の従業員として、荷運びと買い付けの手伝いで来ているのに。
ただ、レイにティエン宛の手紙を預けてくれたので、そこにお祝いの言葉はあるだろう。
「やっぱりブーツくらい脱いで上がりなよ」
今日のお祭り騒ぎで、レイも色々な人と何かを喋ったのだろう。
「ううん。あのね、だからルルの引っ越してもって気持ちは分かるから……時期をずらして帰ってこようよ」
「私たちはさ、好きに帰ればいいの。お父さんもお母さんも、娘が元気で幸せなら嬉しいから。筆まめになりな」
おでこを指ではじいたら、「今のお母さんみたい」と笑われた。
「つい、疲れて寝ちゃって」
「そうだろうって皆、言ってるよ。レイらしいや。帰るまで、また一緒に暮らせるね」
「うん。三日間、よろしく」
レイは「おやすみ」と手を振って去っていった。
彼女はティエンとすれ違い会釈をした。二人は少し何かを話し、ティエンが私のところへ来た。私に気づき、照れくさそうな顔になる。
「えっとその、お邪魔します」
「我が家だから、ただいま帰りましたでしょう?」
「そうだった。あはは」
「あはは」
二人で笑い合って家の中へ。
この離れは茶室になっているけど、一家族くらいは住めるようになっている。
家を建てる時は「お茶会をする」と言っていたけど、そのお茶会は本宅でばっかりしている。
お客様が来た時用に作った茶室にもなる部屋が大活躍。この離れは私たちが去ったら、きっとまた誰かの家になるか物置部屋だ。
部屋に入りながら、ティエンは「飲んで食べて歌って踊ってヘロヘロ」と笑った。
「こっそりユミトが来てくれたんだ。狐のお面で誰かと思った」
ティエンがちゃぶ台の近くに座ったので、私は向かい側に腰を下ろした。
「こっそり? なんでこっそりなの?」
「なんでって……」
ティエンと目が合う。彼の顔から笑みが消えていった。
「ルルって、ユミトのことを何も聞いてないのか?」
「この感じだと、きっと聞いてない」
ユミトがエドゥアールへ去る前に、「かめ屋は殺人鬼を雇っている」という噂があったことは。そう問われた。
「そんな噂、知らないよ」
話の流れからして、その噂はユミトと関係がある。
「どこからそんな話が出たのか分からないけど、それがユミトのことでさ。でもあいつに罪人印なんてないし、そもそも殺人だと死罪か死罪相当でこの街暮らしなんて無理だ」
「うん、そうだよね」
「それがさ、逃げて捕まってない殺人鬼だって言うんだ。ビラも撒かれて、かめ屋は迷惑をかけられた」
なぜ私はそんな噂やかめ屋が迷惑をかけられた話を知らなかったのだろう。
その頃は……レイが雅屋に出向になり、母のつわりが心配なのと、ティエンの家に近いからという理由で、私はルーベル家よりも実家で過ごすようになっていた。
かめ屋で行われている茶道教室をやめて、ランから火消しの嫁について学び始めた頃でもある。
「待って。言うんだって、誰に言われたの?」
「ユミトとクルスと三人の時、道場の帰りに変な男に絡まれたことがあった」
ユミトは貧乏そうだから、代わりに金を出せと脅された。男はティエンのことは誰か分かっていなかったが、クルスのことは調べていたようで、「商売人の息子が殺人鬼と友達なんて家の恥だろう?」と言った。
ユミトは「変な男だから逃げよう」と、ティエンとクルスの腕を掴んで走りだした。
ティエンは男を捕まえようと言ったけど、ユミトは「いいから!」と真っ青な顔で拒否。
自分からネビーに変質者がいると報告すると言ったのに、三日後、彼はこの街を去った。
親しくしていたティエンやクルスにも私の兄にも言わず。
「俺、ルルはネビーさんから聞いて知ってるって思い込んでユミトの話をしてた」
「ティエンは兄ちゃんから何を聞いたの?」
「聞いてなかったって。変な噂も、変な男のことも、自分と雇い主で問題解決してみようとしたってことも」
「怒ってたし、拗ねてたもんね。頼られるのが仕事なのにって」
「ルルはそれは知ってたから、俺と話が通じてるってなったんだな」
「そうみたいだね」
「そいつ、余罪がある詐欺師だったからネビーさんたち兵官が捕まえたんだ」
ユミトは天涯孤独だし、田舎から上京してきて周りに過去を知る人間がいないから、嘘で金の無心をしやすいと狙われた。
本人がかめ屋の経営陣と相談して、別の街で働きたいと言ってエドゥアールへ行ったけど、犯人は捕まったから、彼はもう帰ってこられる。
だから今日、聞いてみたけど、ユミトは噂はまだ消えていないと怯えている。
今日の祝いに、顔を見えないようにして会いに来た理由もそれ。
「あとさ、エドゥアールって街全体が商いの街だから、捨て奉公人がちょこちょこいるんだって」
尊敬する人——私の兄のようになるには、この街で彼に助けられて生きるよりも、エドゥアールで捨て奉公人や自分と同じ天涯孤独な人間を支えられる人間を目指すべき。
なにせ、ユミトはこの街で『生きる目標』と『手本』と『血は繋がってないけど信頼できる兄弟』を手に入れたから。
「あれは帰って来ない。しかも俺はこの街から居なくなるから、『こっちに帰ってきてまた道場通いをしよう』とか言えない」
「じゃあ、レイも帰って来ないや。どうしても、ユミトさんを応援したいって」
「そのレイさんを、この街に留まるようにしてくれってユミトに頼まれたんだけど、気が乗らないなぁ」
ティエンは机に突っ伏して横を向いた。その視線の先には障子しかない。
「そんなこと、頼まれたんだ」
「レイさんはこの世で一番幸せになるべきだから、家族と一緒にいるのが良いって。あいつ、レイさんの『エドゥアールで修行したい』を真に受けて、分かってなさそう」
「帰る前にユミトさんと喋れるかな。レイのことをどう思っているのか直接聞いてみたい」
「それがさ。お金を貯めてきたから、デオン先生のところで特別稽古をしてもらうんだって。あとかめ屋の日雇いもするって。やる気いっぱいで、予定がぎゅうぎゅう」
「隙間時間なし?」
「残念ながら。まっ、俺らはエドゥアールに行くから、宿の部屋に呼び出して聞こうぜ」
「そうだね。レイは両想いみたいに言ってるけど、一方通行っぽいよね。人としてはとても大切に思われてそうだから……なんだかな」
「うん。あの感じだから、ユミトはレイさんがよっぽど大切だけど、ネビーさんの妹だからなぁ」
思っていた新婚初夜の会話と全く違うけど、ティエンがレイを心配してくれたのが、とても嬉しい。
友人ユミトのことだけではなく、今のはどう考えても私の妹を気遣っている話だ。
「よしっ、ルル。しんみりしたけど、今日は祝うべき日だ。とりあえず二人でも飲もうぜ!」
寝ないで飲むんだと面白くて吹き出す。
「飲むんだ。さすが火消しってこと?」
「一人に許すと死ぬほど飲まされるから、断固拒否してたんだ。祝い酒を飲みたい」
「では旦那様のお望み通り、お支度いたしますね」
ティエンは私の下街お嬢さん感を好んでいるので、お嬢さんさも出すといいことがある。
義姉の真似をしてお上品に三つ指ついてお辞儀をしてみた。
「……お、おう。よろしくお願いします」
ティエンは背筋を伸ばして、補佐官っぽさを出した。私も彼の半々なところが好き。
母屋へ行って、晩酌の準備をしようとしたら、台所でリルに会った。
「あれっ、ルル。どうしたの?」
「ティエンは今日、全然飲んでないから飲みたいって」
リルは頬を引きつらせて、私に「飲むの?」と問いかけた。
「なにその顔。初夜にベロンベロンになるまで飲む新妻なんてこの世にいないから」
「冗談。そうだよね」
今の顔と「飲むの?」が冗談だったということみたいだけど、全く冗談になっていない。リルは歳を重ねてもズレている。
「姉ちゃんはどうしたの?」
「お母さんとルカとレイと飲もうかなって」
「ウィオラさんは妊婦だもんね」
男たちは今頃、火消したちの宴会でどんちゃん騒ぎをしている。
「そう……ん?」
リルはお腹を押さえて首を傾げた。
「どうしたの?」
「なんか、グニグニした」
「グニグニ?」
「……子供かも」
淡々と告げた姉に「ちょっと待った!」と突っ込む。
「そうかもしれないのに、お酒を飲もうとしてたの⁈」
「まさか。危なかった。今のグニグニは怪しいよ」
月のものは? と言おうとして、リルはかなり前から不順だったと思い出す。
体調の変化はと聞こうとして、元気でモリモリ食べていると知っているからやめた。
「夏バテの食欲不振や軽いめまいって、つわりだったのかな?」
「姉ちゃんはまた、元気に出産しそう」
「丈夫が取り柄」
リルはえっへんというように、胸を張った。
母親になっても、頼れる女性になっても、根本は変わってなさそう。おかしくて吹き出す。
「気づくのが遅いって、テルルさんに怒られるよ」
「月のものが不順でつわりもないから分かりませんでしたって言うから怒られない」
「テルルさんはもう寝てる?」
「うん。孫たちを寝かしつけてくれた」
あと何回見られるか分からない、リルとテルルの楽話みたいな会話は今夜ではなく明日の朝になる。
絶対にその場にいたいから、テルルに話す時は私がいる時にとお願いした。
「何かあったら助けてくれるんだね。ありがとう」
「まぁね」
違うけどこう言っておいた。リルは昔から、誰の助けもなく義母と仲良く暮らしている。
「姉ちゃんはお酒はやめて、紫蘇甘水にしよう」
「そうだね」
それぞれの準備をして、問題なさそうだけど一応リルを居間まで見送った。
居間にいた母とルカ、レイに「飲むの?」と呆れられた。持っているお酒の量に安心もされた。
「ルル、あなたも帰ってくるんじゃないよ。ここはルカとネビーの家だから、帰ってくるならそこらで暮らしな」
「お母さんはまたそうやって。そのくらいの気持ちで、しっかり夫と向き合いなさい、簡単に離縁じゃなくて話し合いなさいでしょう?」
ルカが母の背中をベシンッと叩いた。
「ルル、私とジンみたいなおしどり夫婦を目指しな」
ルカがにこやかに笑う。
「ってことは、夫をお尻に潰せばいいんだよね」
「そう! 男の手綱はしっかり握るものだよ」
「ルカは潰してないよ。ジン兄ちゃんは勝手に潰れてる」
リルがころころ笑う。
「確かに」
「カニだけに?」
レイがルカに向かって手でカニを作った。
「あはは。面白くない。どこからカニが出てきたの」
「あんまり量がないからコソコソ食べるんだけど、ここにエドゥ山でも珍しい、ちびカニのせんべえがあるの」
レイは脇に置いてある小さな風呂敷包みから木箱を二つ出した。
「いいものがあるから飲もうってそれ!」
レイは木箱を一つ、ルーベル家用だと言ってリルに渡した。残りの一箱はここで食べるそうだ。
私とティエンの分はないのかと聞いたら、エドゥアールに旅行に来た時に出すと言われた。
母親と姉妹飲みは楽しそうだけど、今夜はティエンと過ごすので別れを告げた。
リルはこの後、妊娠疑惑を伝えるだろうから、盛り上がるに違いない。
廊下を歩いていたら、兄とウィオラに遭遇した。
ウィオラはぐったりしていて、兄が横抱きにしていた。
「ウィオラさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫って言うから聞くな。昼間は気を張ってたのか、夜にドカンッてきて。手足が冷えて辛そうだから足湯してくる」
ウィオラは私に何か言いかけたけど、兄が「喋らなくていいから」と止めた。
「リル姉ちゃんのお腹がね、グニグニ動いたんだって。妊婦仲間みたい。つわりがないし、月のものも不順で分からなかったって」
「……えっ? そうなのか?」
「ウィオラさん。明日、リル姉ちゃんの手を握って、あの丈夫さを分けてもらいましょうね」
私の元気さも伝染しろと、ウィオラの手を取って握りしめた。確かに、かなり冷たい。
ウィオラは小さな声で御礼を言い、その後に「このように弱い母親で情けないです」と呟いた。励まそうとしたのに、逆効果だった。
昼間は元気そうだったけど、たまに気持ち悪くなるくらいだったけど、今は心身共にまいってそう。
「快晴だから星や月を見てのんびりしましょう。ウィオラさんが弱いんじゃなくて、腹の子が元気過ぎるんですよ」
兄はよしよしと子供をあやすようにしながら風呂の方へ去った。
兄たち夫婦は、朝以外は自分たちの領域で二人が多いから、今のことを知らなかった。
うんと親しくなったのに、ウィオラはまだ私たち姉妹を頼ってくれないのかと、寂しくなってしまった。
しょんぼりしながら新居へ戻ったので、ティエンにどうしたのかと聞かれた。素直に、何があったのか話す。
「うちの母親、あんなに勝気で元気だけど、アンを産む前だけは衰弱死するんじゃないなって勢いだったんだ」
「ランさんって、そんなに大変だったの?」
「俺の時は大丈夫だったんだけどアンの時は。体調もだけど、自分でもなんでか分からないくらい考え方が変になって、心配と不安が押し寄せてたって」
そういう妖に取り憑かれてしまった。そういう時は塩を撒いて、とにかく楽になる方法探しをするしかない。
産婆にそう言われて、周りに助けてもらって無事に出産した。ティエンはそう言いながら、優しい笑顔を浮かべた。
「ウィオラさんもきっと大丈夫。奉巫女様で加護もあるから絶対、無事に出産できるよ」
頼ってもらえなくて寂しいと言ってなかったので、母子共に無事か不安という話だと勘違いされた。
「それも心配だけど、頼ってもらえないんだなって思って」
「頼ってもらえない? ネビーさんがついてたんだろう?」
「あんなに辛い時もあるって知ってたら、もっと気にかけてたよ」
「ルルのいいところは『任せて〜』ってわりと勝手にするところだから、頼られることはあんまりないだろう」
「そう言われたらそうかも」
「気遣い上手のルルちゃんとは私のこと。だっけ」
ティエンは両手で兎の耳をぴょんぴょんと作った。
「違うよ。イノハの白兎のルルとは私のことよ〜」
「あはは。かわよか」
飲もうと言われて、手で隣に招かれた。お互いにお酌をして「今日からよろしく」と笑い合う。
「あー、変な感じ。旅行で知らない人に話しかけられたら、生まれた地から離れることになって嫁ができた」
そう。それはとても不思議な話。
私としても、姉が嫁いで旅行をしたら、結婚相手が近くに引っ越してきたのだから。
飲もうと言ったのに、ティエンは一口だけ飲むと私の膝の上に倒れてきた。
横を向いているから耳が赤くなっていくのがよく見える。
「膝枕、したかったの?」
「ん。まぁ」
「言ってくれたら良かったのに」
「言おうとしたけど、ペラペラ喋って邪魔するから」
「お喋り魔人とは私のことよ〜」
「俺も喋りまくるぜ〜」
「運命の赤い糸の話をしようよ」
「なにそれ?」
「縁がある二人はなにがどうなっても結ばれるんだって」
私とティエンは、リルとロイがエドゥアールへ行かないと出会うことは無かった。
「終わっちゃった。どうなっても結ばれるではなかった」
「ロイさんとリルさんが新婚旅行をしなかったらってことは、結婚してなかったらってこと?」
「ロイさんがその年の試験に落ちてても旅行は無かったよ」
「ロイさんが試験に受からない。そうなる条件は? その頃ってどんな感じだったんだ?」
「嫁のおかげって言いたくて頑張ったって言ってたから……結婚してなかったら受かってないね」
「結婚してなかったら新婚旅行もないから同じだな。じゃあ、二人が結婚しない未来ってあったのか?」
「ないと思う」
「幼馴染婚だもんな〜」
「えっ? 違うけど」
「えっ?」
ロイとリルのお見合い話を教えたら、ティエンの目が点になるどころか、彼は体を起こした。
「結婚してからお見合いってそんな話あるか?」
「ロイさん、恥ずかしくて話せなかったんだって。リル姉ちゃんも『親と兄が言うならいい人』つて、あのボケっぷりだし」
「俺とルルの出会いはロイさんの片想いで作られたってことか。なんかすげぇな」
「デオン先生の道場に入って、あの土手を歩いて姉ちゃんを見初めたから、デオン先生が道場を経営してないといけないわけだ」
「先生、大狼に片方の鼓膜をやられて指導者にまわったんだよな。次々と仲間がやられたから、全体の底上げもしたいって」
「……そうなの? 大狼? 鼓膜?」
私とティエンは今夜、何度もお互いが知らない話をしている。婚約期間もあれだけ喋ってきたのに。
デオン先生の逸話を知っているようで、まだまだ知らない話があった。
「きっと一生、話は尽きないな。自分だけじゃなくて他の人の過去もあるし、日々、話題が増えていくから」
「そうだね。婚約期間と同じように、沢山話す夫婦でいようね」
「黄泉の国でもずっと」
晩酌の用意はしたけど、このままほとんど飲まずに終りのようだ。
私もようやく、ルカやリルと同じ道を歩く。私とティエンの結婚は、誰かの何かの人生を大きく変えるだろうか。
『何か』は幸福なものでありますように。
それも最高だけど、誰かと誰かの良縁の赤い糸を結んでくれたらとても嬉しい。
☆★
ティエンとルルは、可能な限り毎年、自分たちの縁を結んだエドゥアールを訪れる。
子供が産まれても、頼れる祖父母がいるから家族親戚の健康祈願も兼ねて。
二人は導かれるように、ユミトが挫けそうになるタイミングでエドゥアールを訪ね、また、ユミトが赤鹿乗りの才能があることを露呈させるきっかけになる。
それはやがて、大切な妹レイの初恋を叶える道へ続くことになるのだが、それは既に語った話だ。
レイの一途な恋は、その恋のために選んだ人生は、やがて様々な夫婦を生み出す。
そのうちの一組、その妻は歌姫だ。
真冬の海に沈んだ歌姫は、レイが海に飛び込んだおかげで生き残る。
その歌姫の恋は、ルルとレイの甥たちの恋を叶えることになる。
レイスは死の副神に目をつけられた少女に恋をする。
ジオは幼馴染になるはずだった少女に恋をする。
恋は連なってずっと、ずっと、続いていく。




