未来編「因果は巡るルルの祝言1」
私の妹——見合い破壊魔人は婚約破棄魔人にならずに、本日、無事に結婚する。
結婚相手は火消しなので、どう考えても明日の朝まで、下手するとそれ以降も乱痴気騒ぎになりそう。だからロイは渋々、三日も有給を取った。
師団長の兄は、火消しの騒ぎに混じって株を下げるわけにはいかないと、今日、ほどほどのところで出勤する。
業務内容は主に火消しの騒ぎを事前に食い止めたり鎮火することだそうだ。
昨夜、我が家は全員、私の実家に泊まった。
兄の時とは違って、今夜はどう考えてもお祭り騒ぎになるので、皆、そそくさと寝て起きた。
引っ越しするまで、ルルとティエンは少しの間この家で暮らすので、まだお別れ感がないのもあり。
今朝、起きてからは依頼した呉服屋と母とルカの指揮で、全員の身支度をしていく。
用意ができた人から居間へ行って待機。私は義母とウィオラ、それから子供たちの支度を手伝い、子守りをしながら準備をした。
妊娠疑惑のウィオラが苦しくないように着付けて、ジオ、レイス、ユリアに「今日はウィオラさんを助けるんですよ」と改めて言い聞かせる。
三人とも優しいので、「はい」という元気な返事をして、顔色の優れない叔母——ウィオラを気遣ってくれた。
居間に支度を終えた兄とロイが来た。兄は即、妻に近寄って寄り添った。いる間は任せよう。
ロイは義姉を労ってから、義母の調子を確認して、私や子供たちのところへ。
どんどん人が増えて、母が花嫁衣装のルルを連れてきて、家族親戚は全員集合した。
ルルがばっちり化粧をするのは珍しい。美人がますます美人で『皇女様』だと紹介されたら納得してしまうくらいの美麗さだ。
ハ組の派手な花嫁衣装姿が、とても似合っている。
緊張しているのかルルの顔は強張っていて、笑わなくて、母の手で支えられながら上座に腰を下ろした。
その隣に、父が座って、もう泣き始めた。
「父上。メソメソ泣くならジンと入れ替えますよ」
兄がため息混じりで、小さな声を出す。
「どう見たってジンの方がダメだよ」
ルカが呆れ顔で隣に座るジンの背中を思いっきり叩いた。ジンは父と同じように腕を目に当てている。
間に座るジオは「父上、父上、手拭いをどうぞ」と言い、手には手拭いで、すこぶるええ子だ。
「お兄さんは意外に平気なんだね」
ロカが、義姉ウィオラの隣から兄の顔を覗き込む。
「ランさんが頼もしいし、そもそも明日も起きたらこの家にいるから」
「私もそう思う。お父さんもジンお兄さんも大袈裟〜」
「ふふっ。ロカさん。強がりですよ。ネビーさんは昨夜、ずっと思い出語りをしては、寂しげでしたもの」
「ちょっ。そういう暴露はやめてください」
ロカとウィオラが、なにやら楽しそうに話し始める。
「……レイが無事に帰ってきた。本当によく帰ってきたなぁ」
父が鼻をチーンッとかむ。瞬間、ルルが「私じゃないの⁈」と突っ込んだ。
「ルルは明日の朝もここにいるからなぁ」
「ちょっ! ジンお兄さんももしかしてそうなの⁈」
「俺はちゃんと、出会った時は小さかったなぁとか考えてるよ」
ジンが息子の頭を撫でながら答える。
「よく帰ってきたって、夏だって帰ってきたでしょう? 街案内、買い付け係だから、ちょくちょく帰ってきてるじゃん」
ロカの隣で、レイが呆れ顔を浮かべる。
「全然手紙に返事をしない親不孝者! ちゃんと生存報告をするって約束なのに!」
「そうだそうだ。薄情者〜」
父の非難の声にロカが被せる。
「うるさいと、夕飯のプクイカの川苔煮付けを無しにするよ! 頑張って作って持ってきたのに!」
「レイ様〜。大量に食べさせてください〜。ルーベル家のプクイカは少しずつしか死にません〜」
久しぶりの姉が嬉しいというように、ロカがレイと腕組みした。
「ユリアさんと、プクイカの歌を作ったのですよ。ねぇ」
「そうなのです。うたいます」
最近、歌がさらに好きなユリアがウィオラと歌い始めた。そんな中、カラコロカラ、カラコロカラと玄関の呼び鐘の音がして、ティエンの「嫁に望むルルさんをお迎えに参りました」という、大きな声が響いた。
談笑やユリアの歌で和んでいた空気が張り詰める。厳かな雰囲気になり、母に背中を撫でられた父が居間を出ていく。
しばらくして、ティエン一家と向こうの仲人のハオ一家が居間へ来て、予定通りの問答をして家を出た。
事前に決めた順番で列を作って、ハ組の管轄の神社へ向かう。
今日の主役はレオ家だけど、義父母はルルの祖父母相当ということで前の方。他のルーベル家は後ろだ。
ウィオラのつわりが心配なので、私たち夫婦とユリアの前が兄夫婦とレイスだ。
お兄さんになってきたレイスが、「叔母上、無理しないでくださいね」と優しくて目頭が熱くなる。
レイスの成長も嬉しいし、ルルもあんな風に小さかったのに、今、花嫁になろうとしていると感激は増すばかり。
神社にて、神聖な雰囲気の中、夫婦の約束を交わす御神酒を飲み交わしたルルとティエンを見て、ほんのり涙が出た。
しかし、この後のことが心配過ぎる。
「じゃあ、俺は仕事があるので失礼します」
街を練り歩きに行く前に、兄はそう言って去った。妻のことを私とロカに頼んで。
兄はこれで家へ帰って着替えて屯所へ出勤だ。そんな兄をみんなで見送る。
ロイが深い、かなり深いため息を吐いた。
「自分もジンさんはどうなってしまうんでしょうか」
「分かりません。頑張って下さい」
「よっしゃあー! 区民に縁起のお裾分けをするぞ!」と大声を出したのはイオだ。
巻き込まれたくないからデオン先生とくっつくと言っていた父は、その宣言通りにしている。
ティエンはイオの直属の後輩だ。そして、彼の仲人はイオの父親。よって、イオたちト班とティエンの所属するユ班がこれからのお祭りを取り仕切ってくれる。
これから、ハ組担当地域を練り歩いてお祝いのお裾分けが行われる。
この街で一、二を争う美女の結婚、それも一閃兵官の妹の結婚なので、便乗商売が多く、これからいく地域一帯は、小祭りどころか大祭りの予定だ。
ひくらしとかめ屋がいい場所を陣取っているし、この二つのお店と関係深いお店も同じく。
豊漁姫の妹のお祝いは景気がいい、しかも私——縁起カニ嫁の妹だ、兄——俺たちの一閃兵官の妹だからと、漁家たちに農家たちまで参加する。
イオに呼ばれたロイとジンが移動して、ハ組の祝賀祭用の羽織りを身に付ける。
初めて見るからゆっくり眺めたいけど、ひっそりしないと巻き込まれそうなので大人しくした。ジオも仲間にさせられている!
「レイスはどこだ! 風邪ひき体質を吹き飛ばすのに火消しの健康縁起をつけろ! レイス!」
息子も呼ばれて、ロイがいるので「いってらっしゃい」と背中を押す。「僕は?」と言っていたレイスは嬉しそうに走り出した。
「ユリア〜! 父上たちの近くは楽しいし絶対美味しいものも集まるから来いよ! 俺がついているから大丈夫だから!」
レイスだけ……みたいないじけ顔をしていたユリアが、イオの息子——テオに呼ばれて満面の笑顔を浮かべた。
テオの近くで、ミユが私に向かって会釈をしたので、「彼女がいるなら大丈夫」と娘に声をかけて見送る。
「リルさん、私たちもデオン先生と行きましょう。お父さんったら、ちゃっかり混じって。足腰を痛めないといいんですけど」
いつの間にか近くにいた義母に話しかけられた。言われて確認したら、義父もロイやジンと同じように火消しの羽織りを着ていた。
途中まではみんな一緒なので神社を出て、これまでの三人ずつは無視して歩き出す。
前方はとにかく賑やかで、さっそく酒配りが始まった。あれはルルが大好きな夜明け屋のお酒だ。
「皆さんも幸せな結婚ができますよー! お子さんには甘酒! さぁさぁ、縁起のお裾分けー!」
減る分を稼げば節約だと義姉から学んだルルが、花嫁なのに叫んでお酒を売り始めた。
正確には、夜明け屋の関係者の子供が売り子をして、ルルは得意の呼び込みである。
「本当にするんですね……」
私の隣で、義母が額に手を当ててぼやいた。
「では、私もそろそろ」
神社を出た時から、義理姉の付き人となった農林水省の役人二人のうち一人が、彼女に三味線を渡した。
妊娠疑惑のつわりでそこそこ辛そうなのに、ウィオラも予定通り稼ぐつもりだ。
「ウィオラさん、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。演奏してある方が気が紛れます」
頼まれていた鈴棒を役人から受け取り、ロカと二人で、ウィオラの演奏が始まってすぐ、練習通りに鈴をシャンシャンと鳴らし始める。
前方では火消したちが酒撒きをしながら、火の用心、めでたいなどなど歌って踊って大騒ぎ。太鼓も鳴っている。
少し離れたこちらでは、綺麗な鈴の音とウィオラの美しい三味線の音。
いつの間にかお店ののぼりを持った人たちが私たちの周りにいて、「出店がありますよ〜」と宣伝している。
かめ屋、ひくらし、夜明け屋、雅屋、吉善屋、うらら屋、きらら屋、朝日屋などなど、我が家の贔屓店ののぼりが勢揃い。
「新郎が新婦を射止めた美しい紙は吉善屋にありますよー!」
お面を頭に乗せたクルス——ロカのほぼ恋人君も張り切って宣伝している。彼と一緒にいるのは、親友の二人だ。
「……あれ。あのお面、どこかで見たような」
ロカが私の袖を引っ張る。
「お姉さん、あれ、うちにあるよね? インゲ君とニムラ君のあのお面」
「ああ、あれ。ロカがジオにあげたお面そっくりだね」
健康なロカが沢山使ったお面を、彼女はジオの誕生日に贈った。本人がかなり欲しがったので、甥っ子がすくすく育ちますようにと願いを込めて。
ジオはあのお面を気に入っていて、お祭りがあると良く身に付ける。
それは昔々、ロカが欲しいと騒いだので、イオに懐君男の子がくれたもの。イオが可愛がっている弟分たちのために、特注したお面だ。
「ああ。そういえば、あの特注の狐面を貰ったのってインゲ君たちだ」
「どういうこと?」
私は鈴を鳴らしながら、昔話をロカにした。
「私、そんな風に駄々を言って大切なお面を奪っちゃったの?」
「そう言われたらそうだけど、イオさんはいつものあの調子でニコニコしてて、そんなイオさんの弟分も。あの子はなんて名前……」
インゲとニムラと一緒にいたとなると、クルスな気がしてならない。
三人とも、似た名前や同じ名前の子がいるし、イオは子供好きで大勢の子供と交流があるから、なんだか繋がっていなかった。これは久しぶりに、ぼんやり発覚かも。
「クルス君! ちょっと!」
彼を呼んで来てもらい、ロカの名前は出さずに、昔話をしてみた。
昔、友達とお揃いのあの狐面を誰かにあげなかったかと。
「ああ、昔。楽しいお祭りの日にイオさんの知り合いの女の子が欲しいって言うからあげました。売ってないものを欲しいって強くねだられて、お姉さんが困っていたので」
「その子のお姉さんが困っているからあげたんですか?」
「インゲが死にかけた時に、魔除けの水をくれたお姉さんだって教わったのもあって」
穏やかで綺麗な人で、妹さんも可愛かったなとクルスが微笑む。どうやら彼も、私たち姉妹とその姉妹が繋がっていないようだ。
「それ、私とロカです。あの時は大事なお面を贈ってくれてありがとうございます」
「わぁ! ごめんなさい。小さい頃は我儘で恥ずかしいです。だから今、クルス君は一人だけ違うお面なんですね」
ロカが恐縮して縮こまる。
「えっ? あれ、ロカさんだったんですか?」
「なんかそうみたいで……。あのお面、今はジオの健康を守ってくれています。だから返せないかも……」
「そうなんだ。返さなくてええですよ」
「お前のところの店の宣伝なのにサボってるんじゃねぇよ!」
「デレデレ野郎!」
ニムラとインゲが来て、クルスの頭を軽く叩いて引っ張っていった。
「あのっ、また後で!」
恥ずかしそうにロカがクルスに小さく手を振る。
「死ぬ前にレイさんとロカさんの嫁入りまで見られたら悔いはありません」
義母のこの発言に、私は悲鳴をあげた。
「ひ孫まで見ないとダメですよ!」
「本当、義母に長生きしろとは、あなたは変わった嫁ですこと」
義母と顔を見合わせて、ウィオラとロカと四人で笑い合う。
今日は友人知人、知り合いと沢山会うから、この後も色々なことがありそうだ。




