日常編「リルと新しい料理」
かめ屋の女将に、茶道のお稽古後に、厨房へ寄って欲しいと言われたので顔を出した。
「お客様、こちらは……」
見知らぬ料理人に止められかけたけど、副料理長が私に気づいた。
「そちらの奥様は助っ人だから、ここまで案内してくれ」
助っ人とは嫌な予感がする。
しかし、度胸が足りなくて「帰ります」と言えなくて、副料理長のところまで案内されてしまった。
「こんにちは、リルさん。よく来てくれました」
「ご用件はなんでしょうか」
「まず一つ目なんですが」
ということは、用事は一つではないということである。
一つ目の用事は、秋の美味しい鮭を、煌西風にしてみたので味見して欲しいということだった。
鮭を使った具材をキャベツで包み、出汁で煮たものだそうだ。それはとても美味しそう。
私だけではなく、義母の感想も聞きたいというので今夜の我が家のおかずとして分けてくれるという。
「このままだと殺風景だから、飾りつけを考えたら教えて下さい。自分たちも考えてはいるんですけど」
「はい」と答えたら、飾り付けを考えて教えないとならない。
「リルさん、お願いしますよ」
返事をしないでやり過ごそうとしたら、念押しされてしまった。
「……はい」
返事をしなければ良い作戦は見抜かれたかもしれない。試作品を食べられて、その味を盗めるのなら、飾りつけを考えることくらい、お安い御用な気もする。
「もう一つはこれです」
副料理長の制服の懐から折りたたまれた紙が出てきた。用紙を広げられたので拝読。どうやら、ミーティアで西風料理会を実施するそうだ。
「業務提携は始められたけど、従業員がこの会に潜入するわけにはいかないじゃないですか。そこで、この店の雇われではないリルさんに行ってきていただきたいです」
人を使って、私の名前で予約を取ったのでよろしくと頼まれた。リル・ルーベルと二名で良かったそうなので、好きな人を誘えるらしい。
事前に確認して予約をしたら満席になってしまうと考えたそうだ。
「女将さんが、この日はルーベル家に人を送る手配をするんでお願いします」
「……はい」
ミーティアで料理会は楽しそうだし、かめ屋の女将は義母の幼馴染でお互いの性格をよく分かっている。
「断らなかった」なんて、という嫌味を言われる可能性はあるけど、「行ってきなさい」と許されるだろう。
「あとはこれなんですけど」
まだあるの。現れたのはりんご炒め。
ミーティアはりんご炒めをお品書きにする予定はないから、ご近所のかめ屋で作ってもいいことになった。
「こちらのデザートは、近くの人気店、ミーティア直伝です。ぜひ、観光の思い出に本格西風料理をと、客を流すことで手を結びました」
「ますます人気になって、食べに行けなくなりそうです」
「女将さんから伝言で、宿泊客で、うち経由なら一日数組まで予約させてくれることになりました。宿泊客外も、多くなければええそうです。早めに言うてくれたら並ばなくて良くなりますよ」
それは大変得な権利を得られたと思う。これに関しては「得が足りない、安い」と義母に怒られなくて……私は立派な大黒柱妻になるために、義母や母から交渉術を学び中。
「我が家からは常に一組お願いできませんか? 突然のこともあります」
いつもは頼まない。頼むのはたまにだ。ただ、そのたまにが早めの時もあれば、突然のこともある。そう、主張してみた。
「おっ。女将さんの予想は外れてリルさんが交渉ですか」
「はい」
町内会でミーティアへ行きたいと言うのは女性ばかり。
仲良し嫁たちと行きたいけど、義母に言われている町内会付き合いのためには、年上たちにゴマスリをしないとならない。
「早めなら一組でも大人数可、直前なら一組四人まで。それはええですか?」
「ええですよ。ぜひ、かめ屋に任せて下さい」
こうして、我が家はミーティアの予約権を手に入れた。ミーティアは安くて美味しからすっかり大人店。私はここのところ、買い物しかできていない。
「それじゃあリルさん、このりんご炒めが高級に見える盛り付けを一緒に考えて欲しいです」
味見かと思ったら違ったので、食べられないからガッカリである。
「……りんご炒めを教えた見返りをまだもらっていません」
「そうなんですか? リルさんたちはまた海釣りに行くから、人を貸すって女将さんが言うてましたけど」
「それならええです。アジをたくさん釣る予定です。本物さんの美味しい味付けを教われるなら大変、お得です」
「アジですか。楽しみだなぁ。じゃんけんに負けて留守番にならないように特訓しないと」
目の前には、何もしていないりんごと、角切りのりんご炒めと、薄切りのりんご炒めがある。
「うーん。りんご……」
副料理長は、これまで厨房内で出て、実際に可能だった飾りを描いた絵を五枚ほど見せてくれた。
どれもこれも綺麗だけど、採用しない理由は、ただ「美しく飾りました」だけで面白みがないかららしい。
これから訪れる春は、また昨年のようなお祭りがあるから、煌国料理に西風を加えた煌西風で行く予定だそうだ。
「昨年のようなお祭りって、またフィズ様を見られるんですか? 青薔薇のお姫様も来てくれますか?」
「それが情報が錯綜していて、ハッキリしないんですよ。青薔薇のお姫様は来てくれるようです」
青薔薇のお姫様——レティア姫はまた皇帝陛下に挨拶に来てくれる。
来てくれるというか、レティア姫の国は小さくてほぼ属国だから、「よろしくお願いします」と頭を下げにくる。それはまたぜひ、席取りをして見たい。
ただ、レティア姫は今、煌国で大人気。皇帝陛下としては長く滞在して多くの皇族と交流して欲しいから、本当は新年の挨拶だけど、2月か3月頃、もしかしたらもっと遅くに来てもらうように調整中らしい。
「先取りだと食いつかれなそうだし、来国頃に薔薇だと、どこも薔薇の意匠で印象に残らないから、どうしたものかと悩んでいます」
「この間、旅医者さんたちが帰って来たんですよ」
「おっ。新しい珍しい話を聞きました?」
「いえ。西風料理でおもてなししてくれて、りんごのお菓子パンを作ってくれました」
「お菓子パン?」
美味しいものを食べて欲しいけど、私は料理上手だから、煌国の裕福家庭なら気軽に作れそうなものを。
レージングはそう考えてくれて、りんごのお菓子パンを作り、お菓子パンの作り方を教えてくれた。
「高級感はないけど、まだ知られてない気がします」
「ほう、知られてないは気になるけど、料理の〆になりますか?」
「フィズ様とコーディアル様が初めて一緒に作った幸せなお菓子です。高級感はりんご炒めで、この中から選んだらどうですか?」
「きっと採用です!」
おそらくこの厨房には材料が揃っている。材料を教えて、集めてもらい、指示通りに作ってもらった。
中身なしの基本のき、庶民には高級品だけど、中流層以上なら素朴と言いそうな、お菓子パンのできあがり。
「パンって言うからあのパンを想像したけど、これは饅頭の皮に似たものですね」
「なので、あんこも合うと思います」
このお菓子パンは、食べ物との組み合わせは無限大な気がしている。
美味しさを追求でもいいし、何かで色をつけて並べても綺麗だ。
「うーん、食後には重そうです。りんご炒めもそうかなと。最後なのに、サッパリしないなぁと」
「さっぱりするものと三種類乗せるのはどうですか? 三は縁起のええ数字です」
「それでいて喧嘩しないで調和……難題ですね。三種類用意するなら手間暇……は、二品は解決しています。どちらも簡単なので」
「本物さんなら凄いものを考えられそうです」
私はそれをちゃっかり横流ししてもらおう。かめ屋の料理人たちから、私は色々教えてもらっていて、いつも感心している。
「試作と会議を重ねてまた相談しますね」
「楽しみにしています。あっ」
そもそも、りんごを本職のすごい飾り切りにして、器に飾ったらサッパリ品の完成だ。
そこに体調に合わせた、流行りのハーブティーを添えたら若い子——客の娘はきっと喜ぶ。
りんご炒めが苦手な親——父も、普通のりんごがあると安心するし、喜ぶ娘にあげられてほっこりする。
「体調に合わせたってなんですか?」
「ハーブティは異国薬草茶だから薬草茶でした」
セレヌたちに教わった、安眠や食べ過ぎにええハーブティーについて教える。
煌国の薬草茶は異国で薬の仲間になっていることもある。地域によっては、煌ハーブと呼ばれるらしい。
「ほう、そうなんですか。それはまた、旅医者ならではの豆知識ですね」
「旅の疲れを癒すお茶です、煌ハーブか異国ハーブから選べます。すこぶるええ響きです」
ハーブティーが人気なのは、お金持ちの若い娘の最近の西風お菓子好きに味が合うからと、入れ物が可愛いから。
「あっ。今からならその絵を模した器を作れそうです。あまり飾らなくても綺麗そうです」
「特別室のお客様用ならそこまで数は要らないし、今後も使えるものだから……案の一つとして、提出します」
「私はわりと活躍した気がします。旦那様とと義父さんのおやつが欲しいです。同僚さんの分も。ご近所にも少し配ります」
「いよし、試作がてら色々作るんで、ちょいと待っててくださいな。感想を集めて教えて下さいね」
待つ間、お茶とりんごの絞り汁も獲得。
夕食も手に入ったし、料理人見習いが荷物持ちとして荷車で運んでくれるので、ほくほく気分で帰宅。
門の前で、義母に「安い」と怒られないか不安になってきた。
案ずるより産むが易しなので、門を見上げていても仕方がないから勝手口から家の中へ。
料理人見習いに荷物を運んでもらっている間に、台所から居間へ行き、義母がいるか確認。
「あら、お帰りなさい。遅かったですね」
「かめ屋の厨房から泥棒をしてきました」
「あらそう。交渉できたのか報告してみなさい」
「はい」
義母は怒らず、「まぁ、ええでしょう」で終わり。ホッと一安心。
一緒に台所へ行き、実際の成果を見せた。
「店に頼まれたとはいえ、ありがとうございます。こちらは心付けです。お気をつけて」
義母は料理人見習いに、みかんを風呂敷にいくつか包んで持たせた。驚いたことに、お金も入れていた。
二人で料理人見習いを見送ると、「下っ端はいつか偉くなるから媚び売りは今のうち」と教わった。
「西風のキャベツ包みを知らないのに、煌西風ねぇ」
「西風だと中身は肉だそうです。はんばぐ? みたいなって」
「ああ、それは脂っぽくて胸焼けしそう。作り方も聞いてきたのよね?」
「出汁の味付けは教えてくれませんでしたけど、キャベツ包みの部分は」
「味は盗むか自由に作って寄越せってこと」
義母は肩をすくめ、小皿に桶の中の出汁を移して味見した。
「ええ味。さすが、かめ屋ねぇ」
「味見させてもらったけど美味しかったです」
「いただいた米もお浸しもあるし、あとは香物をつけましょうか」
「はい。今夜は温めと配膳くらいしかすることがなくなりました」
義母と二人で、新作料理会議をすることになった。
かめ屋からの頼み事は作りながら考えることにしたので、鮭のキャベツ包みの出汁のこと。
結婚してからできた友人たちに「料理を教えて」と頼まれているので、新しい料理を知れて、楽しみだ。




