日常編「七夕祭り1」
リクエストにあったので、結婚二年目の七月の話です。
七月七日は七夕祭り。七が揃うから良い日なので健康祈願をする、と教わって育った。地元では火消しが無病息災のお祭りをするし、私が行ったことのある海辺街でもお祭りがあって夜には花火が上がる。
ひくらしは地元で出店を出すから、家族総出でお手伝いをしていたけれど、今年はルーベル家の嫁として過ごすので、祝日で仕事が休みの義父やロイが義母と私をお祭りに連れて行ってくれる。
とんでもないことに、前乗りをして四人で海辺街の安宿に泊まった。当日朝だと立ち乗り馬車が混むし、我が家から海辺街まで歩きだと義母が辛いので。
安宿で四人部屋にしたのは節約で、帰りも私と義父母は帰らないで泊まるからだ。有給を取れなそうだから申請しなかったロイだけ、明日の仕事のために帰宅である。近いところに二泊の旅行なんて節約ではなくて贅沢だ……と思う。
いつものように朝早く目が覚めたらロイも起きたので、二人で海岸を散歩しながらそう伝えた。
「リルさんには内緒でしたけど、今夜はルカさんも一緒に宿泊です。身重で夜帰るのは大変ですので」
「ルカもお祭りに来るんですか?」
「父上が手配して、ひくらしは今回地元だけではなくてこちらでも出店を出します。それでご家族は全員その手伝いで来ます」
妊婦のルカはジンと父が引く荷車に乗って来るそうだ。ロイが全員ではなくて、祖母は何がどうなったか分からないけどヘソを曲げたらしくて来ないと口にした。母と何かで喧嘩して、嫁の顔なんて見たくない! といういつもの事だろう。
歩いた方が良いと言われても、老い先短いなら無理はしたくない。多少痛むのを我慢して歩き回るのは……と消極的だった義母が、私が嫁に来てルル達と少し交流したら遠出しても良いと言い出したという。私とロイのエドゥアール旅行に感化されたのもあるだろう。ロイはそう告げた。
「ほら、海辺街の花火。昔、皆で見てすこぶる良かったですよね。なんて母上が言うなんて思いませんでした。南三区の花火大会やお祭りは短時間、観に行っていましたけど」
「それでこの贅沢旅行になったんですか」
「リルさんからすると贅沢ですね。エドゥアールへの資金もそうですけど、長男の嫁取り資金が浮いたからって。披露宴も町内会で小祭りもしませんでしたから」
突然聞いたらより喜ぶかなと思って実家家族が来ることを内緒にしたそうだ。こういう訳で今日は私の家族も海辺街へいるから会えるし、皆の仕事が終わったら全員でお祭り観光と花火観光が待っている。
「騒ぐからルルさん達にもルカさんが予定宿泊だということは秘密だそうです。疲れてそうなので、と母がルカさんを誘いますので賛同して下さい」
「はい」
「今夜は二人部屋取ってあります。たまには姉妹二人でのんびりして下さい」
「ありがとうございます」
なんとなく、出産は命懸けだからその前に姉妹二人でという配慮な気がする。
「ばあちゃん以外……兄も休めたか休みなんですね」
「ネビーさんは一昨日から出張で日勤だから仕事後に合流します」
バカをどうにかして番隊長、というのが兄の昔からの評価。兄がそんなに期待されているとは知らなかったので驚いた話だ。
そこにバカをどうにかしてくれそうな義父とロイが現れたので、兄は若手の番隊長候補者達の中から頭半分前に出たという。
「と、父上は言いましたけど半分どころか一つ、上手くいくと二つは前に出ましたよ。父上は家ではだらけまくっていますが仕事はかなり出来るそうなので」
今回の出張も、本来なら区民人気を上げるにはこれまで通り地元の祭りの警備をした方が良いけれど、義父が「外が騒げば優秀な兵官を他に渡すなと騒がれます」と告げて、そう至るまでの計画書と自分が兄の為なら協力出来る業務範囲を番隊幹部や煌護衛省南三区庁の担当者へ持って行った結果だそうだ。
「お義父さんは兄の為にそんなことをしてくれたんですか」
「俺の次男は総官になる、というのはふざけや大袈裟に言うているんでしょうけど、せめて番隊長の番隊長というのは本気でしょう。母上の嫁は華族、という望みも次男で叶える気ですよ。息子の我儘を受け入れて、妻の機嫌を取って、嫁と嫁の家族に恩を売ってこき使おうだなんて、自分は全く思いつきませんでした」
「私も家族もこき使われるんですか?」
「既にこき使われてるじゃないですか。リルさん頼む、リルさん頼む、リルさん頼むって。嫌になったら父を叱るので遠慮なく言うて下さい」
そんなにリルさん頼むって言われているっけ? と日常を振り返ってみたけど思い至らず。
「何かあったら言います」
「この感じだと次はネビーさんでしょうね。ネビー君頼む、ネビー君頼む、ネビー君頼むって目に浮かびます」
「兄は成り上がりたいらしいのでお願いします」
「彼はやる気に満ちているからよかだとして、父上がネビー君がこうだからって自分に圧をかけてくるのが……。一番の目的はそこな気がするんですよね。弟が総官を目指すのにお前は〜、とずっとうるさいです」
癒されないとやっていられません、とロイは私を後ろから抱きしめた。ここは宿から階段で降りてこないと歩けない海岸で、今他に人がいないので二人きりだけど、人が来たら……とソワソワして体がピンッとなる。
「あの……」
「朝焼けが綺麗ですね」
「……はい」
朝日が水面に反射してキラキラ、キラキラ光っている。そのせいか、チラッと見たらロイも眩しく見える。
去年の今頃は何をしていたっけ、と思い返すと七夕祭りであちこちからお客が来てかめ屋は満室。
しかし、私はなぜか休みだった。住み込み奉公人の女の子達はほとんど仕事で、かめ屋が雇っている講師の女性の先生が教える相手は少なくて最終的に私と二人で勉強。その彼女もお昼前までで仕事が終わりでお祭りに行くと言うので、そこからは一人で勉強していた。
「……ロイさん。去年の七夕って何をしていました?」
「なぜですか?」
「私は休みでした。かめ屋は忙しい日だったのに」
「忙しい日に働いたら大変です。それにその、誘ってお出掛けと思ったものの照れて無理で……」
「そんな気がしました」
起こらなかったことを想像しても何にもならない。何も変わる事はない。
『リルをくれって言うといてすぐに女を作ってムカつくからあいつとはあんまり付き合わねぇと思ったけどやっぱり幼馴染は許しちまうな』
なのに、私は兄のあの台詞がずっと引っ掛かっている。リルをくれって、私をくれとは、お嫁さんにしたいって意味だろう。私はそんな話は知らない。それなのに兄は知っていて、兄と親しいイオも知っているような口振りだった。
「リルさん?」
「……らぶゆです」
「……」
ロイに抱きしめられてますます嬉しくなる。起こらなかったことを想像しても何にもならない。
この後、私達は無言でそのまま。しばくしてからロイは周りを見渡してから私にそっと短いキスをしてくれた。今日は多分、二人きりになれるのは今だけで夜は離れ離れなのでと告げて。
部屋に戻って出掛ける支度をして、食事なしの宿泊にしているので四人で街へ出て、朝食は軽くということで浜辺近くで海を眺めながら食べられるお店でおうどんを食べて、七夕祭りの飾りで楽しい繁華街へ移動。
「リルさん。再度確認だがロイの袖から手を離さないように」
「はい」
「財布はちゃんと家の金庫に置いてきたな?」
「はい。持ってきませんでした」
七夕の日は家族でお祭りに行きましょうとロイに言われてから、お小遣いを使わないようにしていたのに、数日前に義父とロイしか財布を持たないので財布は家の金庫にしまって持ってこないようにと義父に指示された。
「これはリルさんの臨時財布で紐を結べるので、しっかり結んで持ち歩くように」
「えっ? あっ、はい」
義父に差し出された可愛らしいお財布は、見た目と異なり軽くなくて重さがある。
「妹さん達のお世話分も入っているから使い切るように。もうすぐ町内会に参加だから、歓迎茶会で使ってもらう秋柄のお茶碗は必ず探すように。逸れたら兵官に声を掛けて、そこの臨時小屯所に集合だ」
「レオさん達に嫁入り先はケチなんて言われたくないので、しっかり使うんですよ」
「はい。ありがとうございます」
お財布が軽くないので、恐る恐る中身を確認したら六銀貨も入っていて、ロイがそこにさらに三銀貨増やしたので私は大慌てで懐から紐を引っ張り出してしっかりお財布と紐を結んだ。
「ロイも財布をスラれるなよ」
「防犯意識は高く有しています」
「まぁ、木刀帯刀許可証を取って帯刀してきた警戒心は評価するが……」
義父の台詞を遮るように「そこのお前!」と警兵——海辺街は警兵と地区兵官が混在——がロイに向かって叫んで駆け寄ってきた。
「今日は定期的にこう、不審者扱いされるぞこの青二才。せめて旅装束で来い」
「すみません父上。そこまで頭が回っていませんでした」
私は日焼け防止の垂れ衣笠や足袋は使っているけど旅装束ではないし、ロイもお出掛け着。ロイは駆けつけた若い警兵に身分証明書と木刀帯刀許可証を提示。
「ネビー・ルーベル……って確か、臨時増員者って紹介された奴で、さっき見かけました。ご家族ですか。うわっ、雑に頼むぜって言うたけど、あの人卿家のお坊ちゃんだったんですか……。臨時補佐官や補佐官副官かよ。いや、監察官か。やらかしたー!」
この地へ出張して働いている兄を見かけるかもしれない、と思っていたけどさっそく兄を知っている警兵に遭遇。
「えっと、なんだっけ。そうだ、紛らわしいのでこれをつけておいて下さい。裁判官のお兄さん、監察官の弟さんに密告しないで下さい。いや、俺は何もしでかしてないから平気だよな? 馴れ馴れしくしたくらいだから」
義父やロイが何も言わないうちに、警兵はロイの腕に鉢金を結ぶと「目印です。帰りは近くの小屯所に返して下さい」と足早に去っていった。
「父上、こんな運用ってあるんですか?」
「ある訳ないだろう。あの彼はお前の身分証明書に記載されている俺の肩書きを確認しなかったに違いない。それに中央裁判所所属だから裁判官って安直過ぎだ。でも卿家で番隊所属なら監察官かもって繋げたから大バカでもない」
「これ、どうしたらよかですか?」
「そんなものをしていたら警兵と間違われてこき使われるぞ。誰か警兵を捕まえて返そう。所属と名前が書いてあるから本人のところに戻るはずだ」
四人で警兵を探して、義父はロイよりもかなり年上に見える警兵に声を掛けて事情説明。
「バカな部下が手間をかけてすみません。職質済み者につける目標紐と間違えたんでしょう」
「鉢金は一人一つしか支給されなくて紛失したら始末書に罰なのに気前がええと思いましたけ。まあ、彼はそれも知らないんでしょうね」
「おそらく。自分からも報告をあげますが、監察官の息子さんからもお願いします。この彼とは接点がありませんが、どうせ上司に怒られてもまたかって右から左でしょうからもっと上からどやされた方が良いです。自分も若い時はそうでした。怒られ過ぎて感覚が麻痺するんですよ」
この年齢だと息子さんは監察官のたまごでしょうから点数稼ぎになりますよ、と告げると警兵はロイから鉢金を受け取って、ロイの腕に赤い紐を結んで、目印だと他言しないように説明すると去っていった。
義父によると、この紐には刺繍もしてあり、毎年色が変わるので模造はすぐには難しいようだ。
「さっきのそれなりの警兵が言うてくれたようにネビー君の点数にする。ロイ、その格好で木刀を帯刀してきたらネビー君が得をした。良くやった」
「さっきは叱ったのに現金ですね」
「そりゃあ、こんな事が起こるとは考えん」
こうして私達は観光を開始。九銀貨もあって使い切りなさいなんておかしいので、どうしたものかロイに相談したら、義父母——というか義母——が買うように告げた季節柄の茶碗は安物は買えないという。そこでまず五銀貨前後が失われるそうだ。
「ルーベルさん家の奥さんは嫁と不仲、みたいな噂があるそうなので多分町内会に最初に参加する日や、その後の歓迎茶会でなんかあり気がするそうです」
「私とお義母さんは不仲ではなくて仲良しです」
「七夕祭りで母と選びました、と言うてくれたらそれが分かりやすいです。お茶碗を選びなさいとは、そういう事です。と、これは父上からの密告です」
なのでロイと二人で探すのではなくて、こういう理由でこのお茶碗が良いけれどどうですか? と義母に尋ねるようにして下さいと頼まれた。優しい義母と茶碗選び……燃えてきた。
「お義母さん!」
「どうしたのですか。急にそんな大声を出して。人が多いところでそのように、はしたないですよ」
「すみません。気をつけます。まず茶碗を探したいです」
「お茶碗。おを付けなさい。そのようだから妹さん達が真似をするんですよ」
「はい」
こうして私達はまずお茶碗を探して、かわゆいからと赤の花柄のお茶碗を選んだら、かわゆいなんて理由はお茶会で言わない。せっかく茶道を習い始めたのに、文学などの勉強はしているのかと叱られてしまった。
「すみません」
「仕事と趣味にかまけて嫁の教養を深める場へ連れて行かない方がどこかにいますからねぇ」
今日の義母はあまり笑わないし、このように嫌味を言ったり、直接的に私を叱るので機嫌が悪い気がする。
「まあ、これなら値段も柄も恥ずかしくなさそうですね。あなた、花言葉を結構覚えていますよね?」
「はい」
私は義父のおかげでついに花言葉の本を一冊手に入れたので、写本しながら漢字と一緒に花言葉をどんどん覚えている。
「あっ。お義父さんがくれた花言葉の本に夢中です。それで秋の花のお茶碗にしました」
「それならええのでは? あなたと親しくしている友人達ならもう知っているでしょうけど、私達の年代で彼女達とそういう付き合いのない奥さん達は花言葉をそんなに知らないでしょう。なので食いつく気がします。女学生がいる家はなおさら」
義母はようやく笑ってくれた。
「それにしてもリルさんが町内会だなんて大丈夫かしら。やっぱり、私の世話があるのでもう一年待って下さいって言いません?」
義母はまたしかめっ面。
「そんなに心配しなくても大丈夫だろう」
「この間も何人かと会って少し多い人数だったからか、この子ったら一言も喋らなかったんですよ。すまし顔で立っていただけ。緊張と人見知りとはいえ、あれはちょっと」
「すみません」
「ロイ、貴方はちゃんと町内会長さん夫婦にリルさんは誰と親しいとか、人見知りだと説明するとか、根回ししているんですよね?」
「えっ? 自分ですか? 母上ではなくて?」
「なんで私がそんな疲れる事をしないといけないのよ。私はリルさんの実家の方々にあれこれ教えるので忙しいんです。本当はそれも貴方がする事ですけどね。嫁のことくらい自分でなさい」
目配せし合った義父とロイが入れ替わって、私は義母とロイの後ろを義父と二人で歩くことになった。
「はぐれると大変だから袖を掴んでおきなさい」
「はい」
「この間の町内会の集まり後からずっとこうだ。そんなに心配なら自分が前に出て根回ししたらええのに、嫁の為に動きたくない、でも心配ってなんなんだあれは」
心配してくれているから今日のような発言なのか。
「お義母さんは私に怒っていますか?」
「少しは怒ってそうだが、俺とロイに怒ってる。主に今のロイと昔の俺を被せてロイに怒りつつ、俺はこうしてくれなかったと怒ってる。最近、夢に見るらしいんだ。全員と仲良くは無理で、既に親しいお嫁さんがいるようだから、悪目立ちしないように励んでくれ」
「はい。頑張ります」
この後、義母の機嫌はロイが直して、その後に人懐こい犬に遭遇して遊べたのでさらに良くなった。私も犬と遊べて幸せ。
「リルさん、リルさん。見て下さい。あの浮絵、気になりませんか?」
「お義母さん、かわゆい犬が色々います!」
「色々な猫の絵もあるようですね」
「猫……」
昨日も現れた我が家の、義父母の敵の猫を私は許さない!
「ロイ、猫の話なんてするんじゃありません」
「そうだぞ、ロイ。犬の話をしろ」
「猫もうんとかわゆいのに、お義父さんもお義母さんも猫は嫌いですか?」
「「「えっ?」」」
なぜか分からないけど、三人は私にどの猫の浮絵がかわゆいのか聞いて、それを三枚買ってくれた。




