日常編「ルーベル家小話」
リクエストにリルや料理を自慢するテルルとあったのでそういう小話があります。
☆その一★
今月で結婚一周年を迎えるので、今月八月から町内会に参加する事になった。今年、ルーベル家が所属する班は今日、鎮守社の掃除当番なのでそこに義母と参加だ。ちなみに、うんと元気ではない義母は私を紹介したら帰る。
集合時刻に鎮守社へ行ったら、すれ違いざまに挨拶をしたことのある人はいるけど、挨拶以上の会話をした人は全然いなくて、知人はコリンズ家のオーロラだけだった。
「あら、オーロラさん。おはようございます。コリンズ家は今年二班ではなかったかしら」
義母が不思議そうな表情でオーロラを見つめた。
「ルーベルさん家は八月からはリルさんも参加って聞いて、家を確認したらリルさんがまだ殆ど接していない家ばかりではと気がついて、町内会長の奥さんに相談したんです」
私は義母から「最初は嫌がらせみたいに、親しいお嫁さんと離されるのよ。なんなのかしらあれ」と聞いていた。
ロイには「一月に決まった班が、結納した後に我が家だけ変わったから、母上がリルさんを孤立させようとしたんでしょう」と聞いている。なにせ、今年の掃除の部幸せ班には義母の年代の人とその娘または嫁——私よりも皆、かなり年上——しかいないのだ。
エイラが「リルさんは人見知り気味なので自分達の年代の誰かと同じ班に出来ないでしょうか」と町内会長の奥さんに根回ししようとしてくれたけど、交流していない家と交流するべきだからと突っぱねられたという。
義母は今さら手のひらを返せないから町内会夫人に何も言わなくて、だからエイラが何か言っても無駄だったのだろうというのがロイの推測。
義母は町内会の事は嫁に何も教えませんよ、自分でしなさいと言ったけど、結局私に説明してくれたし、今日も一緒に来てくれたので手のひらはそこの部分では返っている。
「そのように気にかけて下さり、ありがとうございます」
オーロラとは最近、料理話で盛り上がっているから少し気楽になった。月のものが辛くて祓屋で会う時は怖いけど、辛くない日は気さくで優しいのでこれは心強い。
「テルルさん、今日の調子はどうですか?」
「わりと良いけど、お医者さんに無理しないようにと言われているので今日からあれこれ嫁に任せようと思っています。皆さん、こちらが嫁に来てくれたリルです。掃除は得意ですが人見知り気味なので、どうぞよろしくお願いします」
義母はにこやかな笑顔で皆に私を紹介してくれて、オーロラが「ルーベルさん家のロイ君はお母上似の女性を選んだようなんです。町内会外の幼馴染ですって。リルさんは料理がとてもお上手なんですよ」と口にした。なんだか、冷えていたような雰囲気が少し丸くなった気がする。
鎮守社の掃除のこと、班長と副班長は誰、そういうことは事前に義母に教わっている。なので義母は「足を休めたいのですみませんが失礼します」と帰宅。
何人かに義母の具合いはどうなのかと聞かれたので、手足が少し辛いくらいで元気だけど無理をすると痛くなるので休んで欲しいと教えた。
この後はオーロラが「リルさん」と声をかけてくれて、私が事前に義母から教わった事を教えてくれて、私の今日の担当は草むしりと言われたので端から始めて黙々と実施。
終わったら集会所でお茶で、それは新人が手配をするものだけど、昨日のうちに準備しておいたので問題なし。朝早く涼しいうちに掃除だけど、今は夏で暑いので集会所の井戸でお茶と自家製梅甘水を入れた大徳利を冷やしておいた。
お茶菓子は義母に「抹茶プリンにしなさい」と言われたので、大皿で作った抹茶プリンを各自でお皿に取ってもらってカラメルは自分でかけてもらう方式。
義母に掃除活動の記録をつける係からは上手く逃げなさい、字が下手だと色々突っ込まれるからと言われているので、言われているようにそこからは逃亡。
逃げ方が分からないので、ヒヤヒヤしていたけど、義母が来てサラッと私から筆記帳を奪ったので私は何もせず。
私は後日、一緒に買い物に行こうと誘ってくれたクララから「ハイカラ料理であちこちの家の大奥さんや奥さんの心を掴んだらしいですね」と言われた。
「お義母さんがそうなるように助言してくれました」
「ルーベルさん家の大奥さんは新米嫁を頼りにしているとか、気に入っているって聞きました。リルさんは義母と上手く付き合えててええなぁ。私の初参加は結構面倒だったんですよ。抹茶プリンって美味しそうですね」
「ほうじ茶プリンも美味しかったです。お義母さんと色々な味を試しています」
無事に楽しく終わったサンドイッチ会の次は、色々プリン会にしましょうと提案されたので二つ返事で了承。
ちなみにこの子なし若嫁でプリン会は、どこからどうなってそうなったのか分からないが、町内会長夫人により町内会のお嬢さん達にプリン作りを教える会に変更。私はエイラやクララのおかげでなんとか講師役を果たせた。
以後、私と私と同年代の若嫁達は定期的にハイカラ料理会を開催させられることになる。楽しいけど、友人達以外もいるから疲れる。
☆その二★
嵐が過ぎたら晴れの日が続いている。元々頼みたかったことに加えて、嵐の影響で傷んだ屋根など家全体を下見してもらって見積もりを提示してもらい、義母が「お願いします」と契約したので、今日はガントが属する大工団から数名の大工が我が家に来る。
ガントが来てくれるのだろうと思っていたら、彼の父、ガント、見習いらしき少年の三人で来てくれた。さらに、なぜかイオ達ハ組ト班と兄まで登場。
我が家の前に、派手な着物姿の背が高い男性が五人と男の子と、義母が売った着物姿の兄がずらっと並んだので変な感じ。兄が来るのは明日の予定だったはずなのに。
午前仕事の義父とロイはそろそろ帰宅で、今日は特に用事がないから予定変更したのかもしれない。日曜、夜勤明けの兄と予定を合わせたと聞いていたけどな。
「ガントにリルのところに行くって聞いて、たから同じ日にした。こいつがルーベル家を直すんじゃなくて壊さないか見張ろうと思って」
「なんで大工が家を壊すって発想が出るんだ、このバカ!」
「休みなら飲もうぜって言うたら勉強って逃げるからついてきた。俺達、リルちゃんの新しい家に興味あったし」
「イオの婚約祝いのお礼に来ましたー!」
「ロイさんは? ロイさんはいるか?」
「あのなぁ、言うただろう。ロイさんは土曜午後と日曜休みのお役人さん。だから今いる訳がねえだろう。いや、そろそろ帰宅なのか?」
「それなら待とうぜ。ロイさんとまた話したい。だから来たっていうのもあるし。それにしても想像の三倍くらい大きな家だなぁ」
「俺らの周りじゃ、リルちゃんは玉の輿って有名だけど本当に玉の輿だなこれは」
兄も含めて、相変わらず皆わーって話すので戸惑っていたら義母が姿を現した。義母は挨拶後に私に「こんなに大人数だなんて聞いていませんよ」と耳打ち。
「奥さん。この度はご依頼ありがとうございます。下見時にお話しした通り、そこの棚と、屋根の一部と風呂場の修繕をします。こちらは息子で、隣は友人の息子の見習いです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ハ組ト班のイオ、ヤァド、ナックです。こいつと飲みたいしリルちゃんにも会いたいから、暇つぶしに遊びに来たんで、材木運びとか手伝います」
兄と夜勤明けのト班と仕事終わりのガントは義父とロイと朝まで飲んで、イオ達は朝は朝で眠そうなロイを引っ張って鍛錬と勉強と飲みだと出掛けた。
兄がロイと勉強だから行かないと言ったら。それならロイを連れて行くからそこで勉強しろという流れ。
お昼前に帰宅したロイは「ガントさん以外、数時間仮眠して夜勤に行くってなんですかあの体力と元気さは」と青白い顔で苦笑い。
「その着物、イオさんのですね」
派手な着物姿なので、ロイがロイではないみたい。
「ヤァドさんに酒をこぼされて、洗うって言うてイオさんがこちらを貸してくれました。コンさんって知っていますか? イオさんと遊び喧嘩をして着物を剥がされたんですが、大丈夫なのかな」
後ろを確認したら、火消しの家紋に二と書いてあるのでハ組の着物ではなくて二組の火消し一族の着物のようだ。
「知らない方です。寒くなってきたのに大丈夫なのでしょうか」
季節はもうすっかり秋なので着物を脱がされたなんて寒そう。
「肉体美を競うとか言って、イオさんまで脱いで小防所を出ようとして、ネビーさんに怒られていました」
どこへ行ったと思ったら、二組へ行ってイオの結納祝い第二弾と盛り上がりつつ、ロイは兄その他と龍歌などの話——要はロイが講義——をしたり、兄と剣術の稽古をしたりしたそうだ。住む世界が違う火消し達と話すのも面白いけど、兄と共に子ども達と遊んたことが楽しかったそうだ。ロイは当然、この後爆睡である。
ロイが浴衣になると義父は火消しの着物に袖を通してご満悦。義母に「暴れ組みたい」と言われてへしょげ顔。確かに、火消し達の派手な着物は粗暴で怖そうな人達の仲間にも見える。
ご近所の上品な方々も義母と同じ感想を抱いたようで、我が家に暴れ組が脅迫に来たとか、ロイが連れて行かれたと心配する人達が我が家を来訪。兄経由でイオ達に我が家へ来る時は格好に気をつけるか制服でお願いしますと頼む事態に。
ロイが火消しと親しくなったと更に広まって、最近のロイは町内会の若衆に呼び出されまくりだ。
☆その三★
かめ屋のお菓子担当達がミーティアが少し協力してくれたから、かすていら製作に成功したそうで、茶道のお稽古終わりに教わったので、昨日試作を作ったらわりと成功。
今日は義母が呼んだお客さん達にカラド料理お披露目会で、そこそこ辛いから口直しに甘い甘いかすていらを甘味として用意した。
クララからかすていら情報を仕入れて、味も予想して、かめ屋へ流した結果、作り方だけではなくて紅茶の葉も手に入れたのでルーベル家の昼食はハイカラ祭り。
かすていらは材料を順番に混ぜて、器に入れて焼くだけだから簡単。ただ、たまごらぶゆ甘味でハチミツも使うから貧乏平家娘のままだったら作る機会は無かっただろう。
義父母はハイカラ料理の費用をくれたり、かめ屋から材料を手に入れられるように手配してくれるので料理は私の家守りとしての仕事から趣味にもなっている。
今日の来客は義母と仲良しベラと、フォスター家の奥さん、クララの義母にエイラの母だ。玄関で挨拶後、かすていらの焼き具合を確認しながらお膳を運んで、私はかすていらの焼き加減を見張るのでと断って一人で台所で昼食。
昼食後、居間の様子を見てかすていらと紅茶を運んだら義母に一緒にどうぞと誘われたので真っ席に着席。
「セヴァスさん家のアルトさんが手土産に持ってきてくださったかすていらを再現してみました。ねぇ、リルさん。嫁は料理に関しては探究心旺盛なんです」
私は教わった通り作っただけだけど、義母がそう言うのならそういうことにしておく。
「まぁ。リルさんはプリンの次はかすていらを再現したんですか」
「西風料理は食べに行くものだったのに、最近はご馳走になってばかりです」
「今日なんて、お店すら聞いたことのない料理でしたしねぇ」
「旅医者さんの知り合いが出来たなんて、リルさんは大人しいのに社交的ですよね」
カラコロカラ、カラコロカラと玄関の鐘が鳴ったので応対したら、驚いたことにリアだった。彼女はハチと一緒だ。
「こんにちは。突然すみません」
「いえ。ようこそお越し下さいました」
「……ふふっ。旅館へ泊まりに来たみたいです」
ほんの少し笑うと、リアは私にこう告げた。海辺街へ用があって、一度降りたらここへ寄れると思ったので、先日の宿泊やお茶会のお礼の品を持ってきた。
「お礼代などいただいたのに、更になんていただけません」
「いえ。あの。図々しいのですが、今夜一晩泊めていただけますか?」
それは是非、とまずはハチを庭へ案内。それで縁側から家に上がって洗面台で二人で手を洗って、廊下をぐるっと回って居間へ。友人が来訪したことと、番犬を一晩預かることを許可して欲しいと町内会長夫人に頼んだ。
リアは扇子を出して、全員にとても丁寧な挨拶をして、それから義母に「所用で海辺街へ行きましたので、こちらをどうぞ」と手土産の入った風呂敷包みを差し出した。
「リアさんは息子の同級生の婚約者さんなんです。嫁は下街育ちなので、このような華族のお嬢様が親しくして色々と教えてくださるから助かっています」
義母は私の情報を小出しにしていて、今日はついに「下街育ち」が追加された。そのうち商家娘ではなくて貧乏平家娘だと訂正していくのだろうか。
「いえ。こちらこそ親しくしていただき嬉しいです。ありがとうございます」
「リルさん。かすていらはまだありますよね? リアさんにも持ってきて差し上げて」
「はい」
私とリアはしばらく居間で雑談に参加して、話題は大体我が家の嫁または娘自慢だったので、後でクララやエイラに褒められていましたよと教えようとしっかり覚えて、夕飯の買い物時刻になったらリアと共に居間から撤収。
リアが我が家を訪ねてきたのは、ロイに質問があって、手紙にしようと考えたけど間があくとグルグル悩みそうなので、用事ついでに思い切って来たそうだ。
「その。本結納が決まりまして……。個人的な結納品を悩んでいます。ロイさんなら、ウィルさんの趣味などご存知でしょうと考えまして」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
緊張していたり、人見知り時のロイと同じく表情に乏しいので彼女がどのくらい嬉しいのかは不明。気になるので、どのように本結納が決まったのかと訪ねたら、決めていた仮結納の期限が迫ってきたのでこの先どうしますか? と問われたので、このままお願いしますと答えたそうだ。
「……らぶゆ話はないですか?」
祓屋で話題になることもあり、エリーやリアと話すこともあり、私は最近らぶゆ話好きである。元々、わりと幼馴染達の噂話を聞くのが好きだったのでその延長。
「いえ、特にです」
「そうですか」
「あの」
「はい」
「日が出ている間に尋ねる話ではないので、夜に教えていただきたいことがあります」
「私に教えられますか?」
「はい。きっと」
この日の夜、私とロイは結納品の一つについて相談されて、更にその後は私だけリアから相談されて、いつもとは異なる時間を過ごした。
翌朝、ロイが出勤前にハチと散歩をしたいと言ったけどハチはリアがいないと嫌だと抵抗したので、二人と一匹でお散歩へ行った。私も誘われたけど洗濯をしたいので断った。代わりに義母が一緒にお散歩。
その結果、ルーベルさん家の若旦那さんはまだまだ新婚なのに朝から堂々と不倫していたという話が回ってきてビックリ。私にこの話を持ってきたのはクララだ。話はいついつの朝に密会どころか堂々としていた、というような内容。
「それ、リアさんです。泊まった翌朝のことでお義母さんも一緒でした」
「おかしいと思ったらそうですか。テルルさんが何かで少し離れたとか、そういう時に目撃されたんでしょうね」
「はい」
「そうだそうだ。聞きましたよ。かすていらの作り方に辿り着いたって」
クララは義母に茶会で出してもらいたいから、私に教わってきなさいと言われたという。ここで私は、ルーベルさん家のお嫁さんの実家はどうやら料理屋もしているらしいとか、国立女学校で華族のお嬢様と親しくなったとか、あのテルルさんがかなり褒めているのは自分が見つけてきた嫁だかららしい、なんて噂があると知った。
「我が家は平家です」
「まぁ、それで変な噂になるよりも、このまま放置でええ気がします」
「お義母さんもそう言うています」
「テルルさんってそこそこ自慢屋ですよね。対抗してお義母さんも我が家の嫁も良いって言うてくれるから最近快適です。しかもリルさんに教わってきなさい、ですから遊べます」
「遊びましょう」
クララに違うと教えたのでそれが広がると思ったけど、ロイはオーウェンに「素行不良の噂があります」と呼び出された。翌日はアルト、その翌日はテツというようにロイは噂のせいで毎晩幼馴染に「君は何をしている」と悪い意味で呼び出しである。
四人目まで続いた結果、ロイは若衆に緊急集合をかけて噂は誤解で迷惑だと事情説明。ロイ曰く前は隠れ気味の家だったらしいけど、なぜか我が家は今町内会の注目を集めている話題の家らしい。なぜなのだろう。




