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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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未来編「リル、晩酌をする3」

 紅葉は始まらないけれどもう季節は秋である。誰がどう見てもルルとティエンが恋人同士ではないのはおかしいし、祖母が明日も知れないので二人の婚約が決まった。

 離縁した時の孫がどちらの家のものか問題は、ティエンは跡取り息子だからという意見に押されたのと、ルル本人が離縁する火消しは稀らしいからその時に考える、先回りばかりでは何もできないと言ったので終わり。


 祝言はティエンが正官になる年のお正月で、婚約破棄の条件の中に「上地区本部へ異動辞令が出たら一度婚約破棄」という契約が組み込まれた。

 母は相変わらず具合いが悪いし、祖母はもう二、三日という命。明日は愛娘の結納宴席なので、父がこの世の終わりみたいな顔をしている。そういう訳で、ルルを除いた私達姉妹は父と晩酌をすることにした。お酒を飲むのは良くない年齢であるロカは紫蘇甘水だ。


 祖母は一昨日から眠り続けている。私達姉妹はここのところ順番に祖母と寝ていて今はルルと二人でいる。祖母が黄泉の国へ行くのなら、私が泊まる今夜にして欲しい。お別れが言えるから。私達は晩酌をするけど合間、合間に祖母の様子を見に行くことにしている。


「ほらほら、お父さん。泣かないの。ルルは引っ越す人にはついて行かないって言うてるし、私は十年くらい仕事一筋だから」

「お父さんと居るって言うてくれるのはレイだけだ」


 レイの手を両手で握りしめた父は、まだ飲んでもいないのに泣き上戸状態である。


「レイだけって、ずっと隣で暮らしていて、今後も一緒に住む私の立場はどうなるの。お父さんは昔から末っ子になればなる程、可愛がっているよね」

「ルカ姉ちゃんが拗ねてる」

「私にはさっさと嫁に行けって言うた」

「リル姉ちゃんが怒ってる」


 ロカのこの発言に、父は言い訳を開始。私とルカは拗ねても怒ってもいないので顔を見合わせて笑った。


「いやぁ。貧乏じゃないってええねぇ。結婚相手をある程度選べるから近くにいてねって言える。貧乏大家族の世話をしていたらお嫁に行けなくなるから無理矢理にでも見送らないととか、ロクでもない家だと不幸になるから格上に頭を下げて回らないといけなかったのに、今は一生家にいてええって言える」

「うん」


 私はにこやかなルカにお酌をした。


「っていうか、その貧乏副神ネビーはどうしたの。ルル以外集合って言うたのに」


 ルカが私にお酌してくれた。


「ウィオラさんといちゃついてからくるんだと思う。一人なんだから暗くなる前に行け。後から行くって言われた」


 父へのお酌は隣にいるレイとロカに任せて、私はルカにこう言うと梅酒入りのお猪口に口をつけた。


「お父さんは息子で他所様の娘を奪った訳だから、ルルを取られても仕方ないってこと。あれは絶対、上地区本部異動になっても婚約破棄しないで祝言だね」


 ルカのこの明るい表情での皮肉に、父は項垂れて「俺もそう思う……」と呟いた。


「娘ばっかり作るからだよ」

「選べないんだから仕方ないだろう!」

「六人とも男だったら、娘が六人増えたのに残念だね〜。末っ子も女の子だと思う。ばあちゃんの生まれ変わり的な」

「胎動したから赤ちゃんが産まれるのは確定だもんね」

「衰弱しないで夏を乗り越えて、食欲が出てきたからお母さんはもう大丈夫そう。また安産でしょ」


 そこから話題は、生まれてくる末っ子が女の子だったら名前をどうするかになった。父は「母親の代わりに無事に生まれてくるのなら、母の名前を付けたい」らしいけど、妻が「姑の名前を使うのは嫌だ」と拒否しているから無理らしい。


「一文字使わせてもらおうよ。ばあちゃんが黄泉に行く時に、孫に頑張って現世に行けーって応援してくれそうだから、私もばあちゃんの名前を使いたい。娘達が言えば一文字なら折れるでしょう」

「はーい! ルルが居なくなるからララかナナは? ラリルレロ姉妹なのにラがいないからララかなぁ。リル姉ちゃんってリラだったのにばぁちゃんのラは嫌だってなったんでしょう? ルカ姉ちゃんもラは却下だったらしいけど」

「ちょっとロカ。安直過ぎない?」

「ルカ姉ちゃんはちゃんと意味があるのに、私は末っ子で打ち止めだからラリルレロのロで長女のルカ姉ちゃんと文字を合わせたっていうのがそもそも安直中の安直じゃん。魔除け漢字にええ意味を乗せたらええって言うても雑過ぎる」


 前ならバンバン喋っていたレイは、父に寄り添ってお酌をしている。髪をバッサリと切って私は新人料理人を脱出するまで仕事だけに打ち込むと言い出した。

 お見合いはしないし、あちこちのお店で修行して採用試験を突破するか実力をつけるか、引き抜かれるまでかめ屋には帰らないと宣言してから、彼女はとても大人びた顔付きになった。まずは二、三年修行してかめ屋へ戻る事が目標だそうだ。

 その後はかめ屋の新人料理人として更に腕を磨いて、数年後に看板料理人になる。そこがレイの「仕事だけに打ち込む」の内容らしい。髪を切ったレイが我が家に来てそう告げた告げた時は驚いた。かめ屋の旦那と女将、雅屋の旦那と女将とレイの五人で話し合って、契約なども変更したという。


「リラは?」

「リル。あんたは自分の名前をもじりたいだけでしょう。自分の娘を産んでつけな」

「お父さん。ルルってなんでルルなの? ルカ姉ちゃんもリル姉ちゃんも意味があるのにルルは知らない。聞いたことがない」

「知らん。お母さんがいつの間にか腹の子に向かってルルって言うてた」

「ルカがルカ、リルだからルリ、ルル、カリ、リカって言い出して、ルリもリカも友人の娘にいるから残りってなって、カリはダメだからカリンかルルってなって、二文字揃い」

「あー。なんかそんな話をしたかも」

「カリはダメなの?」


 ロカのこの発言にレイも「なんで?」と口にしたけど、父と私とルカは沈黙。


「コホン。色春用語だから名前には使わない」


 父が、教育の為に言ってくれた。


「へぇ。そうなんだ。ルカ姉ちゃん、後で教えて」

「元服したら知識を与えるので待っていなさい」

「……私は元服しているけど知らないよ」

「正確には、元服したら知識を与えて視野が広がるので、友人同士の話題で出るかもしれなくて、知らないままなら祝言後などに耳にする機会があるから待っていなさい。知らなくても、覚えなくても、何も困らないから」

「ふーん。気まずそうなルカ姉ちゃんとリル姉ちゃんはいつだかその知識を増やしたし、友人同士でそういう話をするってこと」

「あんたが一時期、キとスの練習が必要とか、私にいつしたのとか、ネビーにもうした? って聞きまくったように、興味が出てくると友人同士で話すってこと」


 ルカのこの指摘にロカは視線を泳がせて俯いた。


「……バカだった頃の話をしないで」


 ここに兄が来て、手洗いうがい後の兄は父の隣に腰掛けて父にすぐにお酌をした。


「母上も祖母君も寝てた。まだ早いのにルルも爆睡してた。しんみりしているかと思ったらそうでもないんだな。何の話をしていたんだ?」


 兄は昨年まで母ちゃん、ばあちゃんと使っていたけど言葉遣いを使い分けではなくて、常にロイ風になる段階だと言葉遣いを変えようと努力し始めた。妻の実家で、義父と分家の当主に遠回しに怒られたらしい。

 兄がこう変化してから結構経つけど、長屋で暮らしているのに、母上とか祖母君って変な感じ。常にロイ風なら敬語でないとおかしいけど、そこは徐々になのだろうか。


「新しい末の妹の名前はララに決定って話」

「ラナのラってことか。ルルが居なくなるからララってこと」

「さすが私達は兄妹。よく分かってる〜」

「男の子だったらどうするかなぁ。もう娘はええ。職人になれる男の子が生まれますように。いや、生まれる」


 父は顔の前で手を合わせた。


「うわぁ。私がいるのに跡取りは男にこだわる〜」とルカが兄にお酌。

「うわぁ。番隊長になるかもしれない息子がいるのに不満って、うわぁ〜」と兄は私にお酌。

「うわぁ。娘はもうええって、多いからうんざりってことだぁ」とロカ。

「うわぁ、愛娘とか嫁に行くなって言うておいて居候でお願いしますとか、かめ屋に住み込みでお願いしますって言うくらいだから実は私達は愛娘じゃない〜」とレイ。


「えっと。うわぁ。うわぁ〜」


 私は思いつかなかったのでこう言っておく。


「そんなこと言うてないだろう。この揚げ足取り達め」

「男なら、俺と揃えてくれ」

「ラナのラかナで語尾が伸びる名前?」

「男なんだからレオのレかオじゃないか? 母上側の祖父君の名前は何だ。俺が父上側の祖父君の名前ほぼそのままなら末っ子は母上側の祖父君の名前にしようぜ。まっ、どうせ女の子だろう」

「そうだね。女の子だよ」

「うん、そう思う」

「私も女の子だと思う」

「私も」


 また嫁に取られるから男が良いと父はへしょげ顔。


「男だって人によっては旅をしたいとか、どこどこで暮らしたいって出て行くだろう」

「そうだけど、俺の跡取りその二ならそんな事にはならない」

「俺も娘は嫌だ。何人でも育てるから息子が良い。それにしても父親似だから女性に手を出すなって言われて育ったのに、結婚しても全然気配がない。俺はもぅ年だから早く親になりたい」

「へぇ。新婚満喫がええ、じゃないんだ」

「結果的にそうなるのは嬉しいから正直、どっちでも良い」

「私も二人目が欲しい〜。なんでお母さんなの。私のお腹に来てくれればええのに」

「私ももう一人欲しい」

「あんたがもう一人産むってなったらロイさんが泣き死するんじゃない? リルさんが死ぬって大号泣。お母さん、今でも笑い話として言うよね」

「それ、ジン兄ちゃんもだから」


 物が落ちる音がしたので何かと思ったら、兄が空のお猪口を落とした音だった。兄の顔が固まっている。


「どうした、ネビー」

「別に」

「確かにあんたもウィオラさんが死ぬ、ウィオラさんが死ぬって騒ぐね。生まれても泣いて騒ぐし。また川で溺れそうになるのはやめてよ。こっちが大変なのに迷惑」

「うん。迷惑」

「冷静に過ごす努力をする……」

「お母さんの時も大変そう。ネビーよりジンが大変だろうなぁ」


 少しして、私達は祖母の様子を見に行った。大勢で来たからか彼女はわずかに目を開いて「ほっ……ほっ……」と歌うように小さな、小さな声を出した。


「蛍、まだいるかなぁ」

「皆で探しに行こうぜ」

「ルルは起こす?」

「起こす。おいルル。起きろ。起きて祖母君にいつものペラペラお喋りを炸裂しろ」


 父や兄が背負ってお出掛けは、少し前にもう体がしんどいと祖母が訴えたのでしていない。

 支えて座らせたり、ずっと同じ態勢だと体が悪くなるからそうならないように動かすくらい。寝る時間が増えて、食べる量も減ったけど食べられていて、自力で立てていたけど、夏が終わったら転がるように悪くなってしまった。

 祖母の年齢は義父母とそこまで大きく変わらないから、次は義父母の番ではないかと胸が痛む。友人リアの父親が今の義父母の年齢よりも早く突然死したように、死は避けることが出来ないし、お別れは突然訪れたりする。


 ジオに竹細工を教えていたジンも増やして、ジオも呼んで、皆で河原を歩いても蛍は見つからなくて、それなら光苔を丸めて棒につけて揺らす? とルカが提案。


「俺とルカで作るか」

「うん。お父さん、そうしよう。ジオもお母さんと作ろうね」

「はい!」

「昨日の感じだとまだだと思ったけど、もう明日の朝まで持たない気がする。リル。ユリアとレイスを連れてくるか?」

「……うん。そうする」


 こうして私と兄は我が家へ一旦帰ることにした。兄がレイも誘ったので三人で歩き出す。


「ばあちゃん、頑張ったね」

「うん。そうだね」

「レイ。俺がお前も呼んだ理由は分かるか?」

「ユミトさんに何か言われて、それはルーベル家にも関係あるってこと?」


 突然、ユミトの名前が出てきて驚き。


「レイ。ユミトさんと何かあったの?」

「人はさ。誰も誰かの代わりにはなれないの。だから私達は友人をやめないことにした。お互いの足を引っ張らないように、周りに迷惑もかけないように、文通して楽しんだり、夢を叶えようって文字で励まし合うだけ」

「俺はあいつの担当兵官として、その方法なら文句はない」

「担当兵官としてなら、兄としては?」

「わざわざ泥舟に乗る必要は無い。やめておけ」

「彼は頑張っているって聞いているのに、なんで泥舟なの?」と私が問いかけると兄は肩をすくめた。


「俺は過保護だから、代わりに石橋を叩いて安全で楽な道を渡らせてやりたい。レイだけではなくて二人に対してだ」

「今までそうだったけど、他の家族親戚もそうだったけど、これからは叩く係も自分でする」

「結局振り向いてもらえなかった〜。相愛になったけど目移りされて辛い〜。気持ちがなくなったからはい、さようならしたいけど見捨てるみたいで嫌だ〜。想定出来る数々の道はロクな道じゃねぇぞ。まっ、好きにしろ」


 兄は止めないで突き放すんだ。ロメルとジュリーは嫌いだけど、レイはその前なのでわざわざその道を行くことはない、とは私も思う。しかし、誰かを慕う気持ちは理屈ではない。


「うん。でも私はこれがええ。縁談は全部仕事を理由に断る。皆の足を引っ張ることはしない代わりに私の生き方に干渉しないで」


 こう言われたら、私は何も言えない。兄も反論しないようだ。


「雅屋でユラさんのお世話をするからお兄さんとウィオラさんは私の味方をして。かめ屋は私を結構利用してきたんだから、ルーベル家への恩返しはそれでトントン」


 淡々と告げたレイは、前のレイとは違う人みたい。髪を男の子みたいに短くしてしまったから余計にそう感じる。


「なんだ。考えられるようになったじゃねぇか。でもバカめ。番隊幹部と農林水省の権力をなめるな。俺達を脅すと倍返しじゃすまねぇからな。特にユミト。デオン先生のところを追い出されたり、俺が手を引いたら、あいつが地区兵官になるのは相当苦労する」

「……覚えておく」

「相愛になれたとして、ユミトが地区兵官になるまで世間からずっと文通だけで隠れんぼ。たまたま会ったら挨拶だけにする。友人でも恋人でも家族親戚の為に密会は禁止。そういうことだな?」

「うん。十年一緒にいられないなら、何十年も一緒になる夫婦になんてなれないよ」

「あいつがお前に振り向いたら、信じて待つってことだな」

「それで私も目標があるから待っててもらう。これ、両家に何か不都合はある?」

「そこまでなら特にない。ルーベル家の次の大黒柱妻としてリルはどう思う?」


 私は仕事をしたい人生で、結婚や子育てはまだまだ先が良いので縁談はしません。気になる男性と表で親しくしません。密会もしません。文通はします。これだと心配はするけど猛反対する理由は一つもない。


「心配はするけど……不都合はない」

「リルからロイさんへ話がいく。そこで特になければレオ家側は特にない。母上とルカには自分で伝えろ。誰でも嫌だってうるさいから父上には黙っておけ。必要なら母上が伝える」

「お母さんとテルルさんにはもう言うた。次は二人にって思って今」

「待つか。成せるなら成してみろ」


 兄はゆっくりと空を見上げた。


「既にそうだけど会いたくなりそうじゃん? そういう壁にぶっかったら、その時にまた相談する。何なら許されて、何なら許されないのか。許されないなら、自分は何を選択するのか。その時に色々意見を聞きながら考える。きっと、また喧嘩だね」

「喧嘩上等だ。しっかり考えて過ごせ。自分の優先順位も決めろ。お前らはバカ同士だから勝手に動くなよ。ユミトはすぐに俺に話したし、お前もこうして聞いた。少しは成長したな。説教した甲斐がある」

「お兄さんもお姉さんも怒らないでお説教にして、色々教えてくれてありがとうございました」

「えっと、レイはユミトさんを口説くってこと?」

「友人のフリをして手紙で口説くってことだろう」

「まぁ、そうなるのかな。まだ分からないや。他人になるのはうんと嫌だった」


 レイはゆっくりと空を見上げて、それきりこの件について何も話さなくなった。兄が何も言わないのもあり、私もこの話題にはもう触れず。

 我が家に到着して、子ども達はもう寝ていたので兄が二人を抱っこして連れて行くことになり、義父母は祖母と疎遠なので家のことを任せて出発。私はウィオラと二人で並んで歩いて、兄とロイとレイからは少し離れている。理由はレイがロイに私達に告げた話をする為だ。

 ユリアとレイスを兄なら二人いっぺんに軽々持ち上げて歩き続けられるから任せた、だけではなくてレイが兄にロイと話したいと根回ししたのだ。それで私はウィオラにこの話をする係。


「兄は二人を応援しているように感じます」

「十年、手紙だけでは破綻すると考えているのだと思います。先日、そういう話があるかもしれないという話題になって、そのような話をしました」

「お互い、他の方を気にかけそうです」

「ええ。それかどうしょうもなくなって密会して何かあったりしそうです」

「私はロメルとジュリーは嫌いです。もう少しでお互いに家を捨てて二人で暮らせそうでしたのに、風の悪戯であの最後は悲しいです」

「ネビーさんってお説教は嫌いなんですよ」


 突然、何の話だろう。そして兄はお説教好きだと思う。お説教好きというよりも世話焼きだ。


「いえ、兄は世話焼きです」

「特定の人や彼なりの理由があればです。ユミトさんに関しては仕事関係と私的な感情が混ざっています」

「お気に入りというか、昔お世話出来なくて悔しかった分ついって聞きました」

「お説教嫌いで、親しい幼馴染にもあまり会いに行かないのにわざわざしょっ中会いに行くくらい、彼が気になるようです」


 ウィオラのこの発言は、兄にとって彼はとても大事な存在という意味である。


「兄はかなりユミトさんが大切だということですね」

「ロメルとジュリーにも支援者がいたように、二人が強い絆を持つ程ネビーさんが奔走するので大丈夫です。彼が単に妹さん側なら容赦無い壁になるでしょうけど、ユミトさんには甘々ですから」

「悲恋はええけど、悲劇は嫌なので、風が吹かないことを祈ります」

「レイの雰囲気が変わったのと何となく予感がします。縁は切れないで太くなると。レイさんは生きていく術も、知識も、経験もありますので、腹が据われば出来ることは多いです」


 私のこの予感は正解で、年明け少しして、ユミトは南三区から姿を消した。彼に関する嫌な噂が流布されたことが関係あるのだろう。自分が対処すると言っていたのに寝耳に水だと、兄はしばらく怒ったり不貞腐れていた。


 この間にレイとユミトがどのような手紙をやり取りしたのかは誰にも分からない。この件でレイは家族と喧嘩をしたり、絶対に相愛なのに言ってくれないし、彼に置いていかれたと、とても悲しそうに泣いたりして仕事以外はほぼ引きこもり。

 それからしばらくして、妹が生まれた翌日、レイは「一度きりの人生なので自分の為に生きることにします。料理の武者修行に旅に出ます。何年経っても必ず帰ります」と書き置きを残して南三区を去った。

 過保護気味の両親があまり発言せずに、大騒ぎした子ども達に「レイはもう成人だし、夢があるなら応援しよう」なんて言ったので、無許可の家出ではないと察する。


 ほどなくして、我が家と私の実家宛にユミトから「レイさんが現れて、言っても帰らない」という報告が私達家族親戚宛に来た。仕事その他で連れて帰るには時間がかかるとか、とにかくレイは帰るべきだという事が記載されている手紙だ。

 彼の住所はかつて旅行で行ったご利益の山の(ふもと)にある旅館だったので、最初に誰が協力したのか、疑惑は確信に変化。


「リルさん。返事はどうしますか?」

「ルルが新婚旅行で行く予定なので、それまでよろしくお願いします。これにします。旦那様はどうしますか?」

「レイさんはとっくに成人で、我が家は卿家なので政略結婚に使いたいなどレイさんを家に縛る気はないので、自分達の足を引っ張らない範囲では自由です。二人で我が家とレオ家の敷居を跨ぎだければ、地区兵官になった後にして、更に事実婚や子持ちになっていることはやめて下さい。これです」


 兄が口を割らず、ロイが調べきれなかったことを義父が調べ上げたので、私達夫婦はもうユミトの秘密を知っている。

 何ヶ月も前にあっさり機嫌を直した兄や、縁が無かったかめ屋の旦那とデオン先生がちょこちょこつるんでいたりするので、誰がユミトの夢を応援したり、彼の努力を評価し続けるのかは明らか。

 十年程度彼の人柄や努力を確認した後なら、私とロイは覚悟を持って受け入れるつもり。そこにレイの、私達家族の幸せがあるのなら。 


 十年もかからずに二人は南地区近くへ戻ってきて、ユミトは目標とは少し異なる道を歩んでいて、レイは「私のことを好きなくせに恋人にしてくれない」とブーブー文句を言いながらかめ屋が海辺街に出店する料理屋付き簡易宿処の開店準備に勤しむことを私達はまだ知らない。人生は何があるか分からなくて、驚きの連続だ。

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