未来編「リル、見学に行く2」
ロイが戻ってきたので褒め会をして、ジンと共に子ども達のお世話に参加。ティエンは雑用係などがあるらしいので今日この見学席へ来る予定はない。
「きゃあー、旦那様は格好ええ」
ロイを見ていただけなのに、少し離れた席にいるルルにこう言われた。
「ルル、やめて」
持ってくる気はしていたけど、ルルは徳利片手で反対側の手にはお猪口を持っていて、いつの間にか席替えをして、隣に座るティエンの祖父と実に楽しげ。
試合をする人達がだんだん手練れになっていって、ついに兄の名前が呼ばれた。会場は大盛り上がりである。
「リル、ネビーは防具無しなんだね。前に道場に行った時も大会の時も防具ありだったのに」
「私は防具なしを見た事があるけど、今日はなんでだろう」
「防具なしなんてあるの?」
ルカと顔を見合わせたら、ロカの向こうからウィオラが「見学者の方々がネビーさんのお顔を見に来る疑惑なので防具無しだそうです」と教えてくれた。
「それなら相手はかなり格下しか居ないってこと。危ないもんね」
「そうだね」
「どなたと試合をするかは聞いていないのでどうでしょう。実力が拮抗しているのに自分だけ防具無しだと危ないですね。ネビーさんは大丈夫でしょうか」
「ウィオラさん。お兄さんならきっと大丈夫です」
「そうですね」
こうしてネビーの試合が始まったけど、抜刀したと思ったら間合いを詰めて相手の首にピタリと竹刀を当てていた。
きゃああああ! という黄色い声とわあああああ! という歓声が巻き起こる。剣術大会の時と似ているけどそれよりも声が大きい。
私もルカも以前、こういう兄の姿を見ているから軽く拍手で終わり。私達だけではなくて家族親戚は皆似たような反応だ。
「うおおおお! 疾風剣だ疾風剣! 親父! 肩車して!」
「テオ。ここで肩車をしたら後ろの人が見えないだろう。ナオもいるんだから抱っこで我慢しておけ」
「赤ちゃんじゃないんだから抱っこは嫌だ!」
「兄ちゃん、俺が肩車!」
ロイとジンといたはずのテオとナオが父親のイオに向かって突撃して怒られて、後ろの方へ去っていく。ロイとジンがジオとユリアとレイスを連れて戻ってきて「ここからが本番ですよ」と三人に笑いかけながら私達の後ろに着席。
「ロイさん。本番って?」
「ジンさんは聞いてないですか? ネビーさんは対多数試合で仕事の訓練だそうです。門下生のうち、地区兵官と見習いと半見習いが参加します」
デオン剣術道場には定期的に稽古に参加する正門下生——手習いと兵官育成の二種類——と、一回ごとに指導を依頼する凖門下生と、煌護省を通して数回指導されにくる外部生がいて、今日は地区兵官と半見習いと見習いが中心の公開稽古だそうだ。
そういえば義父とロイが話していたような……なので、私はちゃんと聞いてなかったので今、そうなんだと状況把握。
「ユリア。見えにくいだろうからお父さんのここに座って見ますか?」
ロイは自分の足を手で軽く叩いた。
「ユリアはジオの隣なので……見えやすい一番前に行きます。おじい様とおばあ様と見ます」
「それなら行こう、ユリア。レイスも行きましょう」
「はい」
ユリアとジオが手を繋いだ瞬間、ロイが爆発する気がしたので咄嗟に近寄って彼の口を両手で覆った。ほぼ同時にジンが「動かすな」というようにロイの腕を掴んでいる。
「旦那様。子どもなので。テオ君のウィオラさんへの態度のように、よくあることです」
「そういえばあのくらいか、もう少し小さかったリルはうさぎを捕まえて結婚したいとか、鳥を捕まえて結婚したいとか言うてたね。結婚したらいつも一緒にいられるから捕まえて結婚するって」
「そうだっけ?」
そろそろとロイの口から手を離す。彼はすこぶる不機嫌そうな顔でジオの後頭部を睨んでいる。ジオと二人きりとか、ユリアが関係していないと甥っ子を愛でているのにこれとは呆れる。
「そうだよ。お父さんがたまにボヤいてる。普通、娘は小さい頃にお父さんのお嫁さんになるって言うのに誰も言わなかったって」
「そういえばルル達も言うてないかも」
「ロカが兄ちゃんと結婚するって言うたくらいだよね。ジンにも結婚するって言うたけど」
「そうなんだよ。なのにロカちゃんは最近俺を避けている気がする。なんでだ」
「あんたが文通なんてまだ早いとかウザいからだよ。ネビーみたいにロカには黙って相手を威嚇したらええのにロカにぶつぶつ言うから」
ルカがジンにヒソヒソ声を出した。昔はそうでもなかったのに、ジンはすっかり兄と同じく妹バカだとルカはたまにぼやいている。
「あっ、始まりそう」
兄は五人と同時に試合をするみたい。しかも兄は防具無しで相手は防具あり。五人は全員兄よりも背が低い。審判が一人から三人に増えていて、一人はデオンだ。
「ロイさん。もしかして、この相手は子どもですか?」
「ええ、確か最初は未成年門下生の選抜組で、これはネビーさんに簡単に負けるなって訓練です」
ルカが振り返ってロイに確認したら教えてくれた。開始、という合図で試合が始まり、兄はゆっくりと竹刀を構えて、その後はあっという間に全員の胴に突きを入れて圧勝。歓声は先程の比ではない。
「うわあああ。今のは凄い。リル、兄ちゃん凄いねぇ」
「うん」
ルカの口から兄ちゃんと出ることは稀である。
「おおおおお! ネビーの奴、あんな乱突きするんだな! なんだあの威力。子ども相手に容赦ねぇ!」
「ジンさん。今のネビーさんはしっかり手抜きですよ。避ける訓練でしたが誰も避けられなかったですね。あれなら自分は避けられます」
「あれを避けられるんですか⁈」
「ええ。あのくらい手を抜いてくれたら。本気も一撃目はいけます。二撃目も耐えて三撃目で負けるでしょうけど。というのは見栄で、三撃目までいけたのは一回だけです。二回目もあまり。初撃はここ一年は六割くらい。本気というのも見栄で若干手抜きされています」
「ロイさん凄え!」
「今度、ロイさんと兄ちゃんで対決して下さい! 何回か。何回か見たいです!」
ルカとジンは興奮気味にロイに話しかけた。それなら私はロカとウィオラに話しかけようと彼女の方に顔を向ける。するとウィオラは頬をかなり赤らめて両手を胸の前で握りしめて、瞬きをしないでポーッとしていた。
「ウィオラさん」
ウィオラの隣に座るロカが彼女の目の前で手を振った。しかし、彼女の反応はない。
「ロカさん。手をどかして下さい。ネビーさんが見えません」
あっ、動いた。ウィオラはロカの手をそっとどかして兄をジッと見つめ続けている。
「見えませんって、穴があくほど見るどころか触りたい放題しているのに飽きないのね」
ロカの隣にいるユラが優雅な手つきで扇子で顔をあおぎながらウィオラに流し目とニヤリというような笑みを投げた。
「飽きるほど見ていませんし触っていません」
「全然足りないのって、新婚さんはお熱いことで」
「そ、そう、そういう意味ではありません! ネビーさんの妹さん達の前でやめて下さい」
ウィオラはますます真っ赤になったので茹でタコみたい。ユラとパチリと目が合って、彼女は私に愛想笑いを向けた後に軽く咳払いした。
「リル姉ちゃん。ユラさんは猫被りしないとこんな」
「そうなんだ。ルカみたいだね」
「私もそう思う。少しルカ姉ちゃんっぽい」
「私? ユラさんって素はそういう感じなんですね。いつもニコニコしていて箱入りお嬢さんって感じだからウィオラさんの仲間っていうか友人なのも納得と思ったけど違うんですね」
「私はしょうもない育ちをした平家女なんでこんなです」
「ひゃあ! ユラ、ユラ! ネビーさんが手を振ってくれました!」
両膝立ちをしたウィオラが兄に向かって小さく手を振った。手を振る右手の袖が落ちないように反対側の手で袖を押さえているし、指を揃えてゆっくり手を振っているからとても上品に見える。お兄さーん、と大きめに手を振っているロカとは所作が違う。
「ロカ。ウィオラさんの真似をして」
「ウィオラ。あんたはバカなの? 手を振ってくれましたって家に帰ってくるのになんなのそれ。あいつと見知らぬ他人で一方的に贔屓にしているみたいよ」
「ウィオラさんの真似? ああ。綺麗だね。分かった。真似する」
「まぁ、ロカさん。こんなに素肌が見えてはしたないですよ。このように袖を軽く引っ張っておかないと。きゃあ。ユラ、まだこちらに手を振ってくれています」
「あんた、バカの極みだわ」
前職が高級遊女だから上品な近寄りがたい人だと思っていたけど、こういう口調だとユラは確かにルカみたい。
兄は婚約中からウィオラにデレデレしていて、新婚の今も当然嫁バカ状態。一方、ウィオラはわりと落ち着いていてたまに二人はそこそこ仲良しだなぁと思うくらいだったけど違うようだ。
ウィオラがたまに照れてしどろもどろとか、逃亡しているのを見たことがあったけど、このように兄に熱烈気味な姿は初。
「リル、教えるならこの熱烈気味なうちじゃない? ウィオラさんがこんなだとは知らなかった」
「私は切り出せないからお願い」
「そこはやっぱりルルかレイでしょう。ロカは知らなそうだし」
「それにしてもそこそこ有名人がかなり有名人っていうか女の声が凄いわねぇ〜。昔みたいに遊び回るんじゃない?」
「ネビーさんはもう遊び回りません。そもそも遊び回っていません。思春期に少しお痛をしただけです。それもすぐにやめました。周りに流されたり興味本位でというわりと仕方のない話です」
「はいはい。相変わらずダメ男を許すダメ女ってこと。一方的にデレデレしていると浮気どころか愛人を作られるわよ」
ウィオラとユラのこの会話に、私はルカと顔を見合わせた。教えなくても彼女は知っていて、それを理由に破局にはならなかったみたい。
「ユラさん、ウィオラさんはお兄さんに浮気されても許しそうです。なので私が代わりに怒ります」
「ダメ女だからね。その時は私も呼んでちょうだい」
「なんなのですか。ここのところ皆して浮気される、浮気される、浮気されるって。浮気されません。もちろん愛人も作られません」
ウィオラはぷんぷん怒りながらユラと何やら話し始めた。ロカが私の耳元に顔を近づけて「こう言うとウィオラさんはお兄さんを拐かそうと頑張るからお兄さんが癒される」と教えてくれたのでそうなのかと彼女を眺める。
次も一対五人で試合だけど、今度の対戦相手達は先程とは違ってどう見ても大人。
開始の合図と共に五人はバラけて兄を取り囲もうとしたけど、その途中で一人は兄の抜刀で胴を打たれた上に足払いで転ばされて、次の人物は胴の上の方を突かれて飛ばされた。次々と襲ってきた相手をあっという間に返り討ち。
歓声は先程よりも大きくなり、私とルカも思わず少し腰を浮かして拍手。ロイがこれは相手だけではなくて、ネビーに対する訓練でもあると教えてくれた。それで「こんなにあっさり」と少し驚いている。
「きゃあ、ユラ。ネビーさんがまた手を振ってくれています」
今度のウィオラは扇子を出して開いて半分顔を隠して、反対側の手は指で袖を掴んで袖を振っているような状態。
「はいはい、良かったですねー」
「ロカも真似してみて」
「うん。こうかな?」
「なんか動きが違う」
「はぁ……。すときです……。すとてときと間違えました! これははしたないので帰りたいけど、帰宅したらネビーさんを見られません。ユラ〜、皆さんの前まで大失敗です」
「うるさいわね。二人の時に好きなだけ惚気なさい」
ルカに「離縁は無さそうで安堵だけど、友人ならニヤニヤ揶揄うけど、義理姉だと変な感じになるからやめて欲しい」と耳打ちされた。確かに、安心したけどこれは困惑してしまう。
あの兄に恋は節穴状態だと、落ち着いてきた時にガッカリしそう。ガッカリならマシだけど離縁だったら兄はきっと倒れてしまうとルカとコソコソ話。
「ウィオラさん。お兄さんは大したことありません。こういう時は格好ええけど、しょうもない人です」
「そうですよ。しょうもないし、わりとバカです」
「突然どうされたのですか?」
「後でガッカリしたら可哀想なので先に真実を教えようと思いました」
「そうです。教え足りないかと思って」
「もう皆さんから沢山聞いていますよ。ネビーさんには愛くるしいところもありますよね」
ねっ、とニッコリ笑顔を向けられて、愛くるしいってかわゆいって意味なのでますます動揺。恋は盲目腐り目らしいので何を言っても無駄状態なのだろう。ますます、将来が心配になる。
「ひゃあ、ユラ。ネビーさんがこちらへ来ます」
「ちょっと、ウィオラ。なんでリス女の後ろに隠れてるのよ」
「お兄さん、なんだろう」
「ここは家族席だから俺は強いだろう、みたいな自慢?」
「リル。それだよそれ。自慢屋が自慢しに来るってことだわ。仕方がないから兄ちゃん格好ええって言うといてあげよう。財布の紐が緩むよ。あはは」
リス女って何? と一瞬耳を疑ったらロカが「ついに人前でリス女って言い始めましたね。あはは」と笑った。
「ロカはユラさんにリス女って言われてるんだ」
「リル姉ちゃんはリス姉だよ」
「そうなんだ」
「すみません。つい。育ちが育ちで気を抜いている時は口が悪くて」
「いえ。よくリスだと言われます」
ユラに愛想笑いを向けられたので私も笑顔を返す。
「ロカ。私は何?」
「ルカお姉さんは職人姉」
「ルルは?」
「酒飲み姉」
「レイは?」
「私は料理人姉。同僚になってからはレイって呼ばれてる」
よく喋るレイは今日、寡黙気味だけど表情は明るい。
「あはは。ルルだけ変だわ」
「ルカ姉ちゃん、私を呼んだー?」
「呼んでないから来るな!」
立ち上がりかけたルルをルカが手で払った。お酒臭いだろうしクダを巻きそうだから私も一緒に「勘違い。来なくて良いよ」と言いながら手で払う。
そうこうしているうちに兄が家族親戚の前まで来て、会釈をして「皆さん、御足労ありがとうございます」と告げた。それから懐から白い小さな紙袋を出して、ウィオラの名前を呼んだ。彼女はロカの袖に少し隠れて小さく「はい」と返事。
「ウィオラさんはなんで隠れているんですか」
「あの、日焼け防止です」
「どうぞ」
兄は白い小さな袋をウィオラへ差し出して、彼女がそっと袋を受け取ると懐から同じものを出して今度は母にそれを渡して、少し話して会釈をすると戻っていった。
「ウィオラさん、なんですか? 見たいです」
「なんでしょうか」
ロカが促したのでウィオラはその場で袋を開けた。正確には片側はもう開いている袋なのでそのまま中身を取り出せる。中身は薄桃色の桜柄のかなり小さな巾着袋。
「匂い袋のようです。白檀の良い香りがします」
「お母さんは御守りです。ウィオラさんの匂い袋にも同じ紋が入っていますね」
ロカがそう言ったので私とルカも見せてもらったら、母に贈られたのは水難厄除けと刺繍してある御守りだった。
「なんで水難なのかしら」
「お母様。東地区には水路や川が多いので水難避けも一緒に贈ることが多いです。その話をした時にネビーさんはへぇ、と相槌を打っていただけですが聞き流さないで覚えてくれていて、買いに行ったようですね」
「あの子、心配症なのよね。何種類買ってくるんだか」
母は呆れ顔をしたけど嬉しそう。
「ウィオラさん、手紙も入っていますよ。不器用なのにかわゆく折ってあります。誰かに折ってもらったのかなぁ」
ロカがそう指摘したのでどれどれと確認。確かに手紙は桜の花のような形に折ってある。ルカに私の顔で見えないと言われた。
「気がつきませんでした。後で……。ユラ。やめて下さい」
ユラはウィオラの手からヒョイっと手紙を取り上げた。
「ルリさん。こちらを読んで欲しいです」
そう口にするとユラはルルに向かって兄の手紙を放り投げ。
「ユラさん。ルルですルル。ルカ、リルであそこの酒飲みオババはルルです。美女なのに中身は残念オババ」
「ロカ。オババはやめなさい」
娘達を表面だけでもしっかり淑やか娘にしたいと願う母がすかさず注意。ルルやレイに対しては最近は言わないから諦めたのだろう。
「はい、お母さん」
「私はルリではなくてルルです! えー。ユラさん。誰も来ていなかった気がするけど、こんな時にも文通お申し込みですか? 私はもう予約済みなのに〜」
少々勘違いをしているルルが立ち上がって手紙を開いた。それで口を開きかけて何も言わず、少し頬を染めて着席。
「ルルー! なんて書いてあったの? それ、ネビーからウィオラさんへ」
「えっ? 私にじゃないの? 雅だなぁって思ったのに! もしかして、ティエンさんがコソッと渡しに来たのかと思ったのに!」
ルルは再び立ち上がって「花ぐはし。以上です。秋なのに桜の花びらの判子が押してあります」と私達に教えた。少しよろめいたのは酒の飲み過ぎだろう。
私の隣にいるウィオラが途端に真っ赤になって、扇で完全に顔を隠した。何?
「ルル! 分からないから解説」
「恥ずかしくて言いたくないよ! なんなのもう! 家ですればええのに大衆の前でいちゃいちゃ、いちゃいちゃ。なんで今これを持ってきたの!」
「何をしたか分からないけど、今日、こいつも来るって知っていたからきたんだろう。子どものテオに対抗心剥き出しってガキだなぁ。ご丁寧にこいつに鼻で笑うような笑顔を残していった。あはは。テオ、完敗だな」
イオは大笑いしながら息子テオの頭を撫でた。
「親父! ウィオラちゃんがいつもよりかわゆい! いつもかわゆいけどもっと! 俺を見てからかわゆいから、ついに俺の嫁になるの?」
「お前は人の話を聞け! あと親父じゃなくてお父さんか父上って呼べって言うてるだろう」
花ぐはし、とはなんなのかその一言で何が伝わるのかここはロイに聞こうと振り返ったら、彼は口元に手を当てて少し耳を赤くして視線を落としていた。
「旦那様、花ぐはしはそんなに恥ずかしい言葉ですか?」
「聞かれてないから自分で探し出してきたんでしょうが、さ、さすが新婚だなぁと」
「そうなんですか。知りたいです」
ロイに手招きされたので隣に移動したら耳元でこう囁かれた。
「自分もリルさんへにします。ネビーさんは書くのが限界、しかも文学知識豊かなウィオラさんが相手なら伝わるだろうからと最初の言葉のみにしたようですが自分は言います。でもこれ、言いづらいな」
これはなんだかワクワクする。
「今は秋ですが万年桜に掛けているのでしょう。花ぐはし桜の愛でこと愛では早くは愛でず我が愛づる子ら」
「……」
めでって多分、愛って字。滅多に使われない、ほぼ言われない漢字が何度も出てくる!
「少し変えて子らではなくて妹で。相手は妻ですから」
「……」
「もっと早く、元服前のリルさんとも交流したかったです」
新婚当時だと分からなかっただろうけど、ロイが色々詠んでくれたり古典龍歌を贈ってくれて解説してくれるし私も勉強したから分かる。
好きで好きで仕方がなくて、もっと早くから愛でたかったという歌だこれ。
「……らぶゆです」
私には知識も語彙力も足りないのでこの返事。かなり久々に使った!
兄はこの後の方が格好良かったらしいけど、あまり覚えていない。ロイの隣に移動して寄り添っていた記憶はある。
茶会は義母が亭主で私とレイと共に数回点前披露をしたし、水屋でずっと手伝いをしたのにずっとぼんやり。ウィオラがロカと連奏をして、ルルがユラと踊ったこともはっきりは覚えていない。
この日の夜、最近のロイは多忙で家でも仕事をしているから書斎で一人で寝ることが多かったけど寝室で寝たし、いつもと違って子ども達と四人で川の字では無かった。




