未来編「レイと姉妹」
ロイと共に謝罪回りの順番は遠いところから、ということでまずは仕事中の父に会いに行った。
今回は先にルーベル家と話して、子ども達に教育練習や自分達が亡くなった後の親戚付き合いの練習にしたので、今は俺から言うことはないと告げられた。なぜか職場にジオがいる。
「一つだけ。お前の悪い噂が立った時に真っ先に被害を受けるのはテルルさんやリルだ。女将さんが良く仕事を頼んでいるから二人を知っている従業員さん達は多いし、皆同じ茶道教室に通っている。リルは嫁いでからも子育てに参加してくれて、ルーベル家はそれを許してくれた。レイは何にも思っていなかったんだな」
それは違う、と言い返したら父に「嘘つきの嘘としか思えない。口ではなんとでも言えるけど行動は誤魔化せないものだ」とロイと同じような事を言われてしまった。
「行きましょうレイさん。これがレイさんの思慮が浅かった結果です」
当然だけど、ロイは庇ってはくれないみたい。到着が遅くなったからかルカやジンは職場にいなくて次は実家。その途中でロイは乾物屋へ寄って梅昆布を購入。兄が好んでおやつにしているものなので兄へだろうか。
実家へ帰ってきたら両親の部屋のかまどでルルが料理をしていて、室内に母の姿は無かった。
「ルルさん、こんばんは。エルさんの調子はどうですか?」
「相変わらずぐったりです。気を紛らわしたいって言うからルカ姉ちゃんと喋っています」
「これなら食べられると聞いたのでどうぞ。梅昆布です」
「ありがとうございます。同じようにあちこちから梅昆布だらけですが、これはどんどん食べるんですよ。あと芋。芋のスリ流しは熱くなければ食べられます」
「えっ。ルル。お母さんどうしたの⁈」
今の会話の内容から推測すると、病気か何かで具合が悪くて食欲もないようだ。
「はぁああああ⁈ 知ってて無視している薄情娘だと思っていたら、そもそも知らないの⁈ 私達、みーんな手紙を書いたでしょう! リル姉ちゃんだって忙しい中、何度も話しに行ったのに逃げていたんだってね!」
「うざいお説教とか、話があるからいつ来いみたいな手紙かと思って……。読まずに机に積んである……」
「その間に誰かが大怪我とか病気になっても気にならない。自分が大事ってことだよ。レイはいつもそう。自分、自分、自分! なんなのもう! 私は言い過ぎるから黙っていなさいってルカ姉ちゃんやリル姉ちゃんに言われたから黙ろうと思っていたけど無理!」
ルルにはそんなに言われていないと思っていたらそういうこと。とびきり美人が鬼のような形相になると迫力満点。
「ルルさん。話し合いの時に決めたように、代表者になった自分がある程度言いましたので……。」
「ロイさんの事だからどうせ甘く言うたんでしょう! 家族全員分の話をしないで使いやすい兄ちゃんくらいを使って。この子は一回、叩き潰した方がええんですよ! レイはリル姉ちゃんに一番お世話になっているのに、なんでよりにもよってルーベル家の迷惑になるような事をしようとするの!」
怒った。ルルがブチ切れた。そこそこ怒る事はあるけど、こんな風に激怒するルルはあまり見ない。前に激怒したのは……女学校に入学したばかりのロカが長屋住まいなんて、みたいにイジメに遭った時だ。
「概ね正解ですが甘くしてはいません」
「来なさいレイ。ロイさんはこのかまどをお願いします。分からなかったらルカ姉ちゃんを呼んで続きって頼んで下さい。兄ちゃん夫婦の寝室部屋にいますから!」
私がルルに連れて行かれたのは隣のルカ夫婦の部屋だった。
「あのさ、私が悪いのは心底分かったから、お母さんの事を教えてくれる? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ! つわり疑惑でそれが酷くて全然食べられなくて衰弱してるよ! つわりが酷くて死ぬ人もいるんだよ! 六回元気な妊婦で安産だったけど今回は高齢出産だから死ぬかも! なんなのもう! ばあちゃんだっていつ何があるか分からないのに! 喧嘩していても手紙くらい読みなさいよ!」
ルルの怒鳴り声の内容に私は絶句。つわり、妊婦、高齢出産とはまるで予想外の単語である。それに祖母のことも頭からすっぽり抜けていた。
直らないけど、何かに意識が向いている時のこういうド忘れは悪癖にも程がある。
「えっ。お母さん、赤ちゃんが出来たの?」
「そうなんだよ。何をしているんだっていうか、あの年でも出来るんだね。四十代でもたまにいるんだって」
「何をしているんだ……。そうだね……」
去年、元服後に私は知識がなさ過ぎるということで母に色春について軽く教わったので、見た事もしたこともない私には想像がつかない謎行為を両親がしたのかと呻きたくなる。
キスをしたら子どもが出来ることがあるから結婚する人と以外するなと教わって育ったけど、それは子ども向けの嘘だった。
こうして私はルルにお説教をされて、内容は前にも聞いたような事だったので悪いけど聞き流し。
しかし、ルルが「これは他の家族に相談していて直接は言わなかったしロイさんが言う予定の事だけど」という前置きをしてから話した内容にはしっかり耳を傾けた。
その内容はロイが「お兄さんに恩を感じていなくて足を引っ張っても構わないのですね」と言ったような事のリル版だ。つまり父と似たような話しである。
「お父さんにも言われて反省した……。私はバカだから気が付かなかった……」
「自分はバカって知っているのなら周りの意見を聞きなよ。何人もの人が非常識だからやめなさいって言うたのに違うとか、平気とか、挙句に嘘をついたり相手もそれに参加させるなんてダメでしょう。親切な人を騙してこき使うなんて最低」
「……。そうなんだけど……」
「だけど何?」
「ううん。私が我儘で視野も狭くてバカだったからごめんなさい」
「本当はルカ姉ちゃんが担当だから私はここまでにする。お母さんとルカ姉ちゃんは一番端の兄ちゃん達夫婦の部屋に居るから謝ってきなさい。あの部屋は端で一番静かだから、お母さんは最近あそこで寝てるの」
「うん。お見舞いして謝ってくる」
部屋を出て移動して、二部屋ある兄夫婦の部屋のうち、長屋の一番端の部屋に声を掛けるとルカが出てきて、彼女は冷めた顔で私を見据えた。
「あの……。謝りに来ました。あとお母さんのお見舞い」
「先に私と話そう。お母さん、さっき寝たから」
「分かった」
今度は隣の隣、私達子ども達用の部屋に移動。ルカからはお説教ではなくて、自分とジンの思慮が浅くて私への叱り方は間違っていたという話しと、それを踏まえてロイに頼んだという事を言われた。
それで私に対して、今日ロイはどういう話しをしたのかと問われたので素直に伝えて、父やルルに言われた事も口にしたけど、途中から涙が出てきたのでつっかえながらしか喋れない。
「リル姉ちゃんは怒ってる?」
「怒ってないよ。リルはあんまり怒らないでしょう? 特に自分のことだと。怒ってなくて心配してる」
「ルーベル家はロイさんと同じ?」
「多分。レイがロイさんに言われた事は、事前に私達と相談した時にこういう話しをしますって教えてくれたことと同じだから。足りなくないか、先に親にお伺いを立てていると思うよ」
「兄ちゃんは怒ってる?」
「怒ってる。久しぶりに激怒してる。本人がいつものようにレイに直接言うでしょう。今日ロイさんがここに十八時頃まで居るから今日って言うていたけど、夜勤明けなのにまだ帰って来ないから分からない」
「そんなに残業なの?」
「さぁ。去年のヤバい勤務が落ち着いてきて一昨年までみたいに残業無しになってきたけど、最近また変な勤務をしてる。勤務がしょっ中変わる」
この後、十八時頃まで兄を待って、その後に私はルーベル家へ行くことになった。その際は、レオ家跡取りなのでルカとジンが付き添って一緒に頭を下げてくれるという。
両親は既にガイやテルルに根回し済みで、親戚付き合いはなるべく子ども達でと昔から決まっているので父や母は一緒に来ないそうだ。特に母は今、具合が悪い。
「頭を下げなくてええよ。悪いのは私だから一人で行く」
「あんたが嫁にいくまでは保護者そのニだから。その一はもちろん親。でもロイさんに断られるだろうな。レイはもう元服した大人だからって」
「うん。私は去年元服した。だからしっかり自分が頭を下げる」
「それなら自分のお尻は自分で拭けるようになるように。この状況でレイはこれからどうする?」
「まず家族と親戚に謝る」
「今、してるね。残りはネビー夫婦とルーベル家だ。それで?」
「毎週市場に行きたいけど我慢する。さっき言うたようにロイさんに我慢しない方法もあるって言われたけど……そんなの虫が良いよね?」
「そう? リルは怒っていないし、テルルさんは分からないから聞いてみたら? 常識的に過ごす努力の一環ですって頼みなら歓迎かもしれない。ロイさんが言うたってことは、ルーベル家で既にこれなら受け入れるって根回しされたことなんだし」
「そっか」
先程、自分はもう大人だと主張したけど、あれもこれももう事前打ち合わせが終わっているようだし、おまけに今言われた事を思いつかなかったので、ますます情けなくなってきた。
「聞き取り結果で、ロイさんがレイに言わない予定の事があって、今もレイが話さなかったから私の担当領域の話しがあるの。それを今から話すね」
「うん。何?」
私の頭の中は今、母のこととルーベル家に申し訳ないという事ばかりだけど、母以外の家族にも何かあったのだろうか。祖母は大丈夫らしいので祖母以外ということになる。
「レイはさ、あんまり男の人が好きじゃないでしょう? 厨房で一緒に働いている付き合いが長い人とか、家族の友人知人は別として」
「うん。そうだね」
寺子屋通いの時にいびられたので、私はわりと男の人が嫌い。気を許せばそうでもない。
「なのに何でユミトさんにはそんなに構っているの? リルが二人が薪割り場で仲良くしているのを見たんだって。リルに猫と遊んでいるだけって言うたんだってね」
盗み見したのかと問い詰めそうになるけど、リルなら私を探していて偶然見かけたのだろう。
「そうだよ。猫と遊んでる。この長屋では飼えないし、ルーベル家も犬猫禁止でしょう?」
「それなら、その日は偶然ユミトさんも一緒だったの?」
「家族が居なくて一人なんだよ? 元気かなとか、大丈夫かなって気になるからたまに話しているの」
「レイが心配しなくてもネビーが担当でしょう? それは知っているんだよね?」
「知っているけど忙しい兄ちゃんはそんなにお世話出来ないでしょう?」
「だからレイがお世話してるの?」
「裁縫とか、ユミトさんが下手くそな事くらいはそうだね」
はあああああ、とルカがため息を吐いたけど、これの何がいけないのだろうか。
「ジンが若旦那さんに言われたって。あんたとユミトさんはええ仲なのかって。どうなの?」
「ええ仲? 普通の同僚だから敵対していないよ」
「そうじゃなくて、そういう時のええ仲の意味は恋仲なのかってこと」
私は一瞬、何を言われたのか理解が追いつかなかった。
「何を言うてるの。そんな訳ないじゃん」
「そうなの? なんでそんな訳がないの?」
「だって恋人じゃないもん」
「違うのね」
「えっ。そうかもしれないって疑ったってこと?」
「一般的に、人がいないところで待ち合わせたように二人きりで楽しそうに過ごしている男女は疑われる。なんなのあんたは。頭のネジが一本ないの? って言われるよ。ネジっていうのはロストテクノロジーの機械の部品のこと。無いと上手く動かないの」
……。
そうなの? と自問自答してみて、そうだなと答える。
「そうだね。そうだよ! そう言われても仕方ないよ! うわぁ。なんで自分では気が付かなかったんだろう。バカだ。バカすぎる。私は家族の中で一番バカじゃない? きっとルルに持っていかれたんだよ」
「それじゃあ、もうユミトさんと二人で会わなくてええね」
「なんで?」
「なんでって誤解されるからやめる流れでしょう」
「誤解されたら変な男の人とか、嫌いな男の人が去ってくれて丁度ええじゃん」
今日発覚した、私に少し惚れているのかもしれないあの嫌味なマオが去ってくれたら万々歳だ。
「あんたはその自己中心的な考え方をやめなさい。ユミトさんはどうなるの? あんたが自分の都合がええからってまとわりついていたら女が寄って来なくなるんだよ? ネビーが確認を取って、ユミトさんがあんたに会いに行っている訳じゃないのは分かってる」
「まとわりついているって何その言い方。ユミトさんが言うたの?」
「それは私の言葉。あとネビーやルルの言葉。女が寄ってこないばかりか、あんたを気にかける男に嫌がらせされるかも。相手の立場になって考えなさいって常日頃、昔から言われてるでしょう」
「そっか……」
私は男の人が寄ってこないのは良いと考えたけど、確かにユミトの立場では考えなかった。ロイに今日、言われたこともこれと似ている。私はこういうところを直さないといけない。
「そういう訳で、ネビーが言うだろうけど跡取り夫婦からも言うようにって言われているから伝えます。あんたはユミトさんに接近禁止。挨拶と仕事で必要な会話と、人が沢山いるところで軽く話す以外は近寄らないように」
「……えっ?」
「詳しくは彼の担当のネビーが話すから」
「ちょっと待って! 接近禁止って何⁈」
「今伝えたでしょう。職場の同僚で顔見知りだから少し話す。それ以上の付き合いは禁止ってこと」
「なんなのそれ! ユミトさんは不審者だからみたいな事ならおかしいよ! もう長く働いているからそうじゃないでしょう!」
私が声を荒げると、ルカはゆっくりと首を横に振った。
「先日、六番隊の福祉班の兵官さんが卿家ルーベル家を訪れました。かめ屋の有期奉公人ユミトさんには少々理不尽な過去があって、今は踏ん張りどころだから悪の道に誘うような人間は彼の人生には邪魔です。なので彼の担当として、レイさんに軽い接近禁止令を出したいです。ご協力お願い致します」
「……ちょっと待って。その福祉班の兵官さんって兄ちゃん? ユミトさんの担当は兄ちゃんでしょう?」
「そう。ネビーが兄としてではなくて、ユミトさんの担当の地区兵官として頼んだ。ユミトさんを担当する他の部下二人も連れてきて」
他の人も連れてきた、ということはこれはもう身内だけの話しではないということだ。悪の道に誘うような人間は彼の人生には邪魔、という台詞が頭の中をぐるぐる回る。
「なんでわざわざそんな……」
「あんたみたいな常識を守らない、嘘をつかせるような女性は世間一般的に悪女と呼ぶのよ。自分の利益のために相手の善意を利用するのも同じく悪女。言葉を選んだけど、ネビーが言うたのは概ねそういうこと」
相手側に立って考えると、確かに私がした事は「彼の善意に漬け込んで嘘で騙して我儘を押し通した」ことになる。全身の血の気が引いていく。
「彼に悪影響だから接近させないで下さい。卿家なら、暮らす街の治安維持の為にご協力下さい。ネビーはロイさんとリルに頭を下げたそうよ。ロイさんとリルもきっと、卿家なのに身内がそのような事をしていたなんて自分達の管理不足ですって頭を下げたでしょうね」
「兄ちゃん、最初にルーベル家に行ったんだ……」
「そう。半分隠居のガイさんとその奥さんではなくてロイさんとリルと話した。それで、ロイさんがレオ家とは親しいので難しいことではありませんって答えた。当たり前で簡単な話しなので、まずはお任せしますって私とジンが任された。それが今」
私が嘘をつかせるような悪女だから……。確かに嘘をつかせた。常識を守らない……守っていない。
「ロイさん、じゃんけんで負けたから私のお説教係になったって言うたよ……」
「ええ。それは嘘です。ロイさんは自分からレイさんのお説教は自分がすると希望しました。ネビーがレイが大反省するようにわざと話しを大きくしたから、自分が更にぺちゃんこに潰すのはな、と甘くしたんだと思う」
「兄ちゃんはわざとそんな事をしたの?」
「私としてはレイに当て付けだと思ったけど、ロイさんはわざとではなくてネビーさんの立場では当然ですと言うた。レイ、ユミトさんと親しくなりたいとか、恋仲になりたいとか、そういう気持ちがあったのなら身から出た錆。縁談事は周りに相談しなさいって教わってきてるわよね?」
「縁談事って違うでしょう?」
「レイの心の中なんて知らないよ。そういう対象じゃないなら他の同僚程度の付き合いで問題ないわよね? 縁談事でも友情でも同情でも、バカだったせいでやり方がマズくて、おまけに周りの意見を無視した結果、あんたは悪者」
「……」
自業自得、真の見返りは命に還るってまさにこのこと。お節介と世話焼きは裏と表とか、自分の善意は正しくないこともあると言われて育っているのに、私は更に自分の我儘を通したり、怒りで視野を狭くして耳を塞いだ。
「完全接触禁止令ではなくて常識の範囲って線引き。裁縫ならネビーが預かって、直接彼と関与しないで我が家で引き受けます。割引料金だけど有料です。寂しいとかはかめ屋で知り合いが増えているし、ネビーも構いまくりだし、デオン剣術道場に入門したから仲間が増えるので何も問題ないです」
「……。問題……。無いね……」
問題は無いけど、胸にぽっかり穴が空いた気がする。
「猫に会いたいなら一人で会うか、誰か他の女性従業員と会いなさい。あんた、かめ屋に女性の友達が何人もいるでしょう?」
「……うん。そうだけど……」
「嫌だって思うなら惚れてるんじゃないの? それならそれで話し合いが必要だから勝手に突撃しないように」
「……惚れてる? 恋穴って落ちるんでしょう? 落ちた瞬間が分かるらしいよ。私は知らないから、らしいとしか言えないけど」
「私は同僚にルカちゃんはいつもジンさんを目で追ってるねって言われて意識した。そのジンはその子をいつも見ていたけど。気がついたら落ちているっていう事もあるよ」
「ルカ姉ちゃんってそうなんだ」
「まぁね。さて、レイさん。もう成人しましたので、縁談のお勉強です。貴女が仮にユミトさんにほんのり恋心を抱いていると仮定しましょう。仮定だから違うとか言わないように」
違う、と言いかけたけど先回りされたので唇を結ぶ。それに私は私の気持ちがよく分からない。
「はい」
「腑に落ちない顔をしているから変更。ロカがあの人格好ええ。文通したいって言い出しました。相手はレイと話していたかめ屋の従業員です。ロカ曰く、ユミトという名前でした」
「うん。縁談の勉強でそれだと分かりやすい」
「お父さんは誰が相手でも嫌だとうるさいので、お母さんが文通して良いのか決めようと思っていたら、つわりが酷くて調査どころではありません。かめ屋の人だからレイ、よろしく。そうなりました」
「はい」
「調べなくても、たまたまレイは彼がどういう人なのか知っていました。さて、レイはロカに文通お申し込みしてええって言いますか? ダメですと言いますか?」
こんな簡単な問題を出すなんて、私はバカにされている。
「何を言うてるの。真面目に働いている性格良しなんだからええって言うよ」
「不正解」
「なんで? 不正解なら文通お申し込みをするなって言うってことだよね? ユミトさんの何がいけないの」
「天涯孤独の元浮浪児。簡単に入手出来るのはその情報までだよね?」
「素性不明の不審者だからってこと?」
「元浮浪児。浮浪児が兵官に保護されるのは大抵犯罪絡み。生きる為に食べ物なんかを盗んだ可能性がある。役人に保護されただと、また違った考察が出来るけど」
「子どもが生きる為に多少悪いことをしたくらいでガタガタ言うの? 半元服くらいの時って言うていたよ。なんなのそれ。人って皆、今の方が大事でしょう?」
「普通の家ならそうだけど、ロカは卿家の親戚でしょう? 卿家のご法度は身内に犯罪者を出すな。出たら即、国に売り渡せ。世間体や信頼第一の家だから、犯罪者かもしれない相手を身内にするのも嫌がる。ルーベル家の許可もなく文通お申し込みをどうぞなんて言えない。これが正解」
説明されたらその通りで、私は本日またしても自分の思慮の浅さを痛感。
「そう言われたら、その通りだ……」
「私もそこらへんは考えが足りなくて気が付かなかった。気がついている人達はレイとユミトさんに縁談話がないのでわざわざ言わなくてもとか、分かっているだろうって考えていた」
「えっと……。ロカで例えて勉強って言うたけど、今のは私に対して言うたって事だよね?」
「今くらいユミトさんと接したいのなら、これから先は縁談話ってことにするので、私やルーベル家に相談無しで勝手に行動することを禁止します。軽い接近禁止令も了承したので破らないように」
「……。私は別に……お申し込み……しないけど……」
「但し、縁談話にしても、軽い接近禁止令にしても例外があります」
「……はい。なんでしょうか」
「家族やうんと大事な恩のある親戚の家に背を向けるのなら私達もレイに背中を向ける。相談してくれるならなるべく道を探すけど、一人で考えて選んで進むなら、何がどうなっても、何を失っても自業自得」
「何がどうなっても……。何を失っても……」
その内容は少し想像がつく。なにせ今日、ロイに言われたばかりだ。私は最悪、かめ屋を退職することになる。
「混乱してそうだからこの件は今日はこれで終わり。自分の気持ちを見つめてみたり、自然とユミトさんにこれまでくらい近寄ろうとしたら足を止めて、ここに来るかリルのところへ行きなさい」
「もしも近寄ろうとしたら惚れてるってこと?」
「それを考えてみなさい。続けて別の話です」
「はい、なんでしょうか」
「ネビーがぶち切れてる。あんたのせいで怖いからどうにかしなさい」
そんな予感はしていたので、これが一番気が重たい。
「ルルもぶち切れてる。お世話してあげているのなんて言うけど、ルルはリルにうんと甘えてきた自覚がある。だからルルの地雷はリル」
「……さっき般若みたいな顔で怒られた」
「ジンも同じく不機嫌。ネビーとやり合ったからさらに面倒。ジンはしっかり聞き出さないと言わないから言ってくるのを待つのではダメ。ここで聞きそびれると溝になるよ」
「分かった、ありがとう。ロカは?」
あと、こうしてわりと穏やかに話してくれているルカはどうなのだろう。
「ロカは呆れているだけ。損するのはレイなのにバカって言うてる。甘えん坊の癖に、色々分かっていない、ちっとも成長しない姉だってさ。家族に捨てられても知ーらないってさ。あんた、いい加減、ロカにお姉さん扱いされるようになりなさいよ」
「……」
私はいつになったらロカにお姉さん扱いされるのかと思っていたけど、今回の件でそこから遠ざかったようだ。
「ルカ姉ちゃんも怒ってるよね?」
「多少、腹が立ったけど周りの怒りで忘れた。それに私やリルはあんた達三人に迷惑をかけられまくってきて、うるさいし面倒だけどかわゆいって育ったからそんなに。なんなら珍しく兄弟姉妹が集合したり、リルとお茶をしながら相談会で楽しいわ」
そう告げるとルカは私の頭を撫でて「リルも似たような事を言いそう。甘えてええから改善しなさい。ごめんね。もっと早く上手く導いてあげられなくて」と優しい声を出してくれた。こうやって甘やかすから、ダメな妹が出来上がるんだと文句を言いそうになる。
数々の指摘よりも何も悪くない姉の「ごめんね」という言葉はきつく、きつく胸を締め付けた。ロイやリルが私のせいで兄を含む地区兵官三人に頭を下げたという話と同じくらい。




