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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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未来編「レイの恋2」

 私が働くかめ屋には色々な従業員がいる。働く勉強ということで、私は小間使い業務や中居業務をしていたことがあるので知り合いが多いけど、料理人見習いになってからは、前から知っている人以外はその業務で会う従業員としか親しくならなくなった。

 市場で出会ったユミトはその日の終わりに次も頼みたいです、引き受けますという契約が交わされたらかめ屋でまた働くという日雇い勤務。

 彼はこれまで力仕事をしてきたそうなので、かめ屋でもまずは荷物運搬と薪割りなどの力仕事を依頼されたという。

 そういう話を、私は彼から直接教わった。食材を運んでくれるのでたまに倉庫手前で会うし、厨房へ直接持ってきてくれるものもあるので会う。下っ端新人料理人の私は、見習いに教えつつ受け取りのような雑用仕事をするから。


 出会った日は少し淀んでぼんやりとした目をしていたはずなのに、かめ屋で再会した彼は表情は乏しくても溌剌とした目をして見えた。

 その理由がとても気になるけど、私達は挨拶と仕事上のやり取りしかしない。お互い忙しいから、そのくらいの時間しかない。

 そこで私はこのお店の旦那——大旦那は完全隠居状態なので実質大旦那——を捕まえて、彼のことを質問してみることにした。

 旦那は釣りと海がすこぶる好きなのでその話で釣って、軽く立ち話しに付き合って、それから「一ヶ月くらい経つけどユミトさんはどうですか?」と質問。


「ユミトさん? ああ。そうか。セイラが彼と会った時にレイさんもいたんだったな」

「はい。なので倉庫近くや厨房で見かけると、まだこの店で働いているんだなぁって思っています。彼はずっと日雇いですか?」

「紹介状通りええ働き振りだ。ネビー君も後ろにいるから安心なので、早いけど年明けには無期限雇用に変えて小間使い部へ入れようと思っている。愛想が悪いから番頭部も中居部も無理そうだ。丁寧だから掃除や運びなど、裏方を色々任せたい」


 ネビー君も後ろにいる、という発言に私は驚いて、それはどういう意味なのか尋ねた。


「彼が従業員になるとそのうち噂が耳に入るだろうから言うてしまうが、親が死んで浮浪児になって兵官に保護されて今だそうだ。奉公先を探してもらってそこ預かり。立派に育ってええ紹介状を書くから、上を目指してあちこちの奉公先を下見してこいって言われたそうだ」

「浮浪児という話は本人から聞きました」

「上京するのならその場所の屯所へ行って福祉班に相談しなさいって言われていたそうで、この店関係なら自分がとネビー君が引き受けてくれた。縁のない日雇い従業員を世話する義理なんてないから任せきり。無期限雇用に変更になったら、彼から世話を引き受ける予定だ」


 そんな話は寝耳に水。私は兄にセイラから頼まれた簡素な手紙を渡して、その後に兄に軽く尋ねたけど「質問には答えた。雇うか雇わないか決めるのはかめ屋だ」という返事だけ。

 あれをしないと、と旦那が去ったので人が少ないところでの立ち話は終了。次の休みの日に、いつものように実家へ帰る予定だったので予定通り帰宅。母は繕い物をしていた。


「お帰りなさい。何を食べたいか聞いてからにしようと思っていつも通り昼の支度はしていないわ」

「ただいま帰りました。今居るのはいつも通りお母さんだけ?」

「ええ、そうよ」

「薄々感じていたでしょうが、今日はお給料日なので何かご馳走します!」

「それなら何か作ってちょうだい。お金は大事にして節約して貯金しなさいって言うているでしょう。今日、昼の米はアサイさんと一緒にだから彼女に声を掛けてね」


 毎回似たような会話になるので、帰り道に仕入れた気になる野菜を使うと告げて、帰省時の夕食は私が実験や練習をすることに決まっているけど絶対ではないので母に了承を得た。

 いつものように昼食をサッと作って、母と二人で食事をして、今週何があったのかを話しながら繕い物の手伝い。兄の制服の袴がボロボロである。


「これ、新しいものを買わないの?」

「幹部になったんだから見栄えも良くしなさいって怒られたらしいけど、これはまだ目立たない。羽織りで隠れるって言うているわ」

「お兄さんは相変わらず貧乏性だねぇ〜」

「その分、ウィオラさんに貢いでいるわよ。必要な分以外買わないで下さい、それよりも制服の袴を新調ってまた喧嘩していたわ」

「また? なんなのあの二人。喧嘩ばっかりじゃん。婚約破棄されるね」

「当主会議も乗り切ったし、両家顔合わせも終わったし、毎日痒いから大丈夫よ」


 春にお嬢様と婚約した兄は、同時に仕事が激務になり全然姿を見せなくなり、会えた時はげっそりして目の下に隈で髭面という悲惨な状況。

 最近はマシになってきて、母の言う通り両家顔合わせも無事に終わらせて、仮結納から本結納に契約内容も移行したから大丈夫そう。

 袖振りされたら倒れる、と家族は皆そう言っているので袖振りされて欲しくない。私は兄の相手は、意地悪義理姉でなければお嬢様だろうが貧乏人だろうが誰でも良い。


 ぷらぷら散歩して、幼馴染が働いているお店に顔を出して回って少しお喋りをして、夕飯に足りないものを買い出しして、大好きな雅屋へ。

 家族が多いから全員分買うとお金が飛んでいくので、いつものように練り切りを二つだけ購入。夜に両親と三人で過ごす時間に三人で二つ食べてしまうのはいつものこと。


「いらっしゃいませ。こんにちは」

「こんにちは」

「お手数ですが、レイさん、こちらの手紙をお兄さんに渡していただけますか?」

「はい」


 雅屋には新しい店員が増えて、彼女は兄の婚約者ウィオラの友人らしい。一区の置き屋で一緒に働いていたという彼女、ユラはルルと並んでも霞まない程の美しい女性だ。なので、きっと人気芸妓だっただろう。

 手紙を受け取って懐に入れて、商品を選んで持ってきた箱に入れてもらう。会計も済んだので後は帰るだけ、という時に彼女に少し良いかと話しかけられた。


「はい、なんでしょうか」

「レイさんって、料理人をしているお姉さんなのですよね?」

「いえ、妹です」

「ロカさんのお姉さん、という意味です」

「ユラさんって、ロカとも知り合いですか?」

「ええ。お姉さんとは一通り顔を合わせたと思います。私、三ヶ月間日雇いをしたら、奉公の半分をお菓子職人として過ごせる予定です。レイさんはお菓子も作る料理人だと聞いたので……。たまに何か質問しても良いですか?」


 彼女は困り笑いで、躊躇いがちにそう口にした。


「たまにでなくてええです。でも私は普段、勤務先の旅館に住んでいるので、早く何か知りたいとかあれば、家族に手紙を預けて運ばせて下さい」

「……ありがとうございます」

「なんでそんなに遠慮がちなんですか? ウィオラさんの元同僚なら私の姉の友人です。まだ姉ではないけど、きっと祝言するからもう姉のようなものです。かめ屋は雅屋と提携していますから、一緒に働くこともありそうです。女性料理人や菓子職人ってそんなに多くないのもあるから仲良くなりたいです。よろしくお願いします」

「……はい。ありがとうございます」


 美人で愛想も良いけど大人しい。ウィオラはお淑やかで品良しだけど、全然大人しくないから二人はあまり親しくないのだろうか。しかし、ウィオラと親しくない相手に兄が勤務先を紹介する訳がない。兄と彼女に接点は……あったりするのだろうか。


「ユラさんってお兄さんとは知り合いですか?」

「ええ。少しだけ」

「ウィオラさんを通してですよね?」

「その通りです」

「ウィオラさんとユラさんって親しいんですよね?」

「少しだけです」

「少しだけなのにお兄さんがここを紹介するなんてなぜですか?」

「えっ?」

「私はお兄さんが雅屋にユラさんを紹介したって聞いたんですよ。正確には雅屋の女将さんにお兄さんから紹介された方ですよって。新しい従業員さんが増えたんですねって聞いたらそう言われました」

「二人とも世話焼きなので相手をしてくれただけでそんなに親しくないですし、友人でも……。いえ、多分友人です。あなたの妹さんがそう言いましたので。いらっしゃいませ」


 別のお客さんが来たと思ったら、次々お客さんが来店するので私は会釈を残して帰宅。ユラは歯切れの悪い、よく分からない女性だ。

 家に到着したら女学校からロカとウィオラも帰っていて、子ども部屋でウィオラは裁縫、ロカは勉強をしていた。ウィオラに手紙を渡しながらその事を少し話す。


「ユラさんは猫被りなんだよ。そのうちレイも分かる。照れ屋だからウィオラ先生と仲良しですって言えないの。先生。私への手紙はありそうですか?」

「ええ、今回もありました。はい、どうぞ」


 封筒の中身は別々に折られた文で、ウィオラは片方をロカへ差し出した。


「ありがとうございます」

「今夜の夕飯はレイさん担当ですか?」

「エビジャオはどうかと思って皮を作ってきました」

「うわぁ。レイ。私も包みたい!」

「レイお姉さんって呼んだらええよ」

「嫌だよ。なんでお姉さんっぽくないレイにお姉さんってつけないといけないの。お姉さんとは呼ばないけど私も包むよ。先に宿題を終わらせよう。だから買い物と下準備や他の事はよろしく」


 ロカは年々、生意気になっていく。


「包ませないから」

「なんでよ」

「あんたが生意気でムカつくからだよ」

「レイお姉さん。エビジャオを作らせて下さい。お願いします」

「仕方ないなぁ。また声を掛けます。ウィオラさん、買い物はしてきたんで作り始めます」

「ご指導よろしくお願いします。ロカさん。分からないところはまた後でまとめて教えますので」


 こうして私はウィオラと二人で夕食作り。母が居ないのは、孫のジオを小等校へ迎えに行ってルーベル家に寄っているのだろう。母は夕食のことは私とウィオラに任せたので、子どもや孫のことを相談しているに違いない。


 私のいつもの休みの日はあっという間に通り過ぎた。今夜、ロカはウィオラと話があるから彼女の部屋に泊まるそうで、寮でいつも大部屋で寝ているから今夜は一人で寝られるぞと口元を綻ばせる。

 夕食を摂った後は両親と三人でまったりして大好きな雅屋の練り切りを食べて、その次はルカ家族の部屋でまったりして甥っ子ジオとも遊んで、また両親と話して、そろろ寝る時間だぞと思ったけど、日勤のはずの兄が全然帰ってこないので起きて待っているか迷う。


 明日、私は遅番なので朝も家族とのんびりしていられるけど兄はどうなのか不明。元服した妹にはひっつかない、と言う兄は末っ子の未成年ロカには構うけど、夏に成人の仲間入りした私には全然会いにこないし手紙も寄越さない。

 こちらが時間を合わせて会うか、手紙を書かないと無視の勢い。両親に少し愚痴ったら、仕事で疲れていて余裕がないのと、ウィオラに夢中で私以外の他の家族も後回しにしていると言われた。

 今の勤務状況で婚約破棄になったら倒れるだろうから、少ない時間を奪わないように、二人の邪魔をしないようにとも言われた。


 小一時間くらい兄を待つかと思って、子ども部屋で机に向かって新作料理の飾り付けを思案。

 真夜中を告げる鐘の音がしたので、もうやめようと思って、一応部屋から出て隣の兄の部屋を確認したら灯りが漏れていた。

 いつの間に帰ってきたんだろうと思って、声くらいかけて欲しいと思ったけど、机の上の薄灯りだけで過ごしていたので、兄は私はもう寝ていると思ったのかもしれない。兄の部屋の扉を開こうとして、鍵が掛かっていたので声を掛けた。


「ルルか? いや、レイっぽいな。レイか?」

「うん。レイだよ。帰ったんだね。お疲れ様」

「話なら明日聞いてやるからおやすみ」


 扉を開くことも、顔も見せることもなくこれで会話終了。多少、文句を言いたいけど仕事の疲れで倒れたら困るので渋々子ども部屋に戻って就寝。

 朝は苦手だし、真夜中まで起きていたから翌朝は早く起きられず。私は休みの翌日の朝は早番でない限りゆっくりしたいから朝食は作らない、と宣言してあるので誰かが作った食事をありがたくいただく予定。

 目が覚めたら、部屋の前の共同椅子に兄が座っていて、私が声を掛ける前に振り返って「おはよう」と声を掛けられた。


「おはよう。うわっ。また目の下に隈がある」

「人手不足でまたちょっと勤務が過密で。明後日、半日休めるから平気」

「兵官さん達の今の状況で、半日休みって本当にしっかり半日休めるの?」

「この後から明後日まで屯所に泊まり込みで明後日の十二時で強制終了。これよりも長い時間働ける奴が減るのはマズいから休める。疲労で寝込んで役に立たなくなる訳にはいかないから」


 隣に促されたので座ったことで、兄は朝食中だったと気がついた。


「おはようございますレイさん。レイさんの朝食もそちらへお持ちしますね。レイさんが早く起きて良かったですね、ネビーさん。出勤前に起きないなら叩き起こすなんて言っていましたもの」


 両親の部屋からひょっこりと顔を出したウィオラが私達に笑いかけた。


「おはようございます。自分で取りに行きます」

「レイ! あんた、自分で取りにきなさい!」


 顔を見せない母の大きな声がしたのもあり、私は朝食を取りに行って、私と話そうと待っていたという兄のところへ戻った。


「皆さんありがとうございます。いただきます」

「で、話って何だ? ごちそうさまでした」

「ねぇ、かめ屋のユミトさんって知ってる?」

「知っているけどそれが何だ。あっ、ありがとうございます。今日も美味しかったです」

「それは良かったです。お茶を淹れてきますね」


 兄は朝食が済んでも動かなくて、ウィオラがスッと来て兄のお膳を下げた。


「あれっ。このキュウリ、誰が切ったんだろう? ロカ?」


 私を小馬鹿にする末の妹は包丁もろくに使えないようで、キュウリの漬物が最後まで切れていないし幅の差も激しい。先週はしっかり料理出来ていたはずなのにどうしたのだろう。


「それは俺だ」

「お兄さん、包丁を持ったの?」

「癒されようと思ってウィオラさんの朝の仕事を邪魔してそうなった。今朝は全員分そんなだ」

「うん。まあ、この不器用ぶりは愉快だよ。なんでこうなるの?」

「ウィオラさんがトントントントン、トントントントン、一定の間隔でネギをどんどん切るから真似をしたつもりがそうなった」


 そのネギはお味噌汁に入っていて家庭料理としては何にも問題のない処理をされている。


「料理はこれしかしてない?」

「ああ。ウィオラさんはええって言うてくれたけど、母ちゃんに邪魔って追い出された」


 家事は嫌いで苦手な兄が自ら一番嫌な料理をしたとは、妹達でも成さなかったのに、ウィオラ(ちから)恐るべし。恋は摩訶不思議とは多分このこと。

 話が逸れてきて、私はユミトの事を聞きたかったと話を戻した。


「ユミトさんって本当に天涯孤独なの?」

「ああ。たまにある話だ。気の毒に思って気にかけたのか」

「気の毒だからじゃなくて……。たまに見かけるから働いているなぁとか、旦那さんが無期限雇用にしたいって言うてたから同僚になるんだなって。兄ちゃんがお世話してるっていうのも聞いたの」

「たまたま街中で女将さんと彼に会って、軽く話を聞いたら家族は居ない、この街に知人も居ないって言うから仕事として引き受けた。家族がお世話になっているお店が詐欺に合うのは嫌だし、逆に真面目なよかな男なら一人で大変だから、道を外れないように支援する。頼る相手が居ない区民の支援や保護も俺らの仕事だ」

「それもお兄さんの仕事……なんだ。現行犯逮捕したり、捜査して逮捕したり、その報告書とかそういうのだと思っていた。困っている人を保護して役人さんにお願いするのは知っているから、ユミトさんの支援もお役人さんかと思った」

「地区兵官の妹なのに全然興味が無いんだな。兄ちゃんってどういう仕事をしてるの? って聞かない家族はお前くらいだ」


 夢中になれるものやことがあるのは良いことで、目標に向かって真っ直ぐ進めることも良いことだけど、視野の狭さは悪癖だから気をつけなさいと軽いお説教をされてしまった。お説教は嫌い。


「ネビーさん。ほうじ茶にしました」

「ありがとうございます。お茶は部屋で飲もうかな」

「ええ」


 ウィオラが運んできたお盆には湯呑みが三つ置いてあって、そのうち二つはお揃いの物で、彼女は私にどうぞと湯呑みを差し出すと、当然のように兄と二人で兄の部屋へ去っていった。


「レイ〜。ねぇねぇ。お兄さんのキュウリを見た?」


 兄とウィオラが去るのと同時くらいに制服姿のロカが私達の部屋から出てきて隣に腰掛けた。


「なんなのあれ。兄ちゃん、私と少し話したらウィオラさんと部屋に行った。湯呑みがお揃いだった」


 白地で藍色で描いた小さな猫がいて、猫の足跡が点々とある、兄は絶対に買わなそうな可愛らしい湯呑みだった。

 欠けていても使えるから良い、要らないといつ買ったか分からないものを使用し続けていたのに。


「……えっ。湯呑みがお揃いだったって、夏の終わりに買ったのに今気がついたの? 二人ともずっとあれを使っているけど」

「そうだっけ」

「そうだよ。なんか、前よりもお兄さんに猫が寄ってくるんだよ。ウィオラ先生は動物好きだから良くここで二人で撫でてる。そうしたら当主総会の帰り道であの湯呑みを発見して二人で一目惚れだって。お兄さんがその話をした時に、レイも居なかったっけ?」

「記憶にない。……あっ。足跡が愛くるしいってウィオラさんがニコニコしている日があったのは思い出した。お兄さんとお揃いなのは気がついて無かった。その後は二人のどちらのことも全然見てなかった。ほら。食事中は食事に夢中だから」


 兄もウィオラもそのまましばらく出てこなくて、二人が次に部屋から出てきた時には兄はもう制服姿でそのまま出勤。それと同時に、母がジオを連れて小等校へ出発。家族とウィオラと彼女の祖父ラルスでお見送り。


「先生。またぽーってしてる。朝から目に毒だよ」

「えっ?」


 兄と母とジオを見送った後、私の隣で学校へ行く前に勉強をしているロカがボヤいた。ウィオラは自分の部屋の前で、私達に半分背中を向けて、ぼんやりしている。

 

「目に毒って何?」

「レイは平気なの? 早く家、建たないかなぁ。着工すらしていないけど、あれが新婚夫婦になってますます痒い感じになった時にここで隣の部屋はなんか嫌」

「痒いかぁ。たまにうわぁってなるけど、今朝はそう思わなかった。っていうかさ。この既に一緒に暮らしているのと祝言するのって何が違うの?」

「生活は変わらないけど、お兄さんが好き放題手を出すんだよ。そうですよね? ウィオラ先生」

「へっ? な、なに、何をおっしゃるのですか」


 ロカに声を掛けられたウィオラはこちらを向いて、顔を真っ赤に染めた。この時期によく見かける紅葉の葉のように赤い。


「もう好き放題されていますか?」

「ですから、ロカさんにそのような話はしません。それから何度も伝えましたが常識の範囲内の交流しかありません」

「お母さんにも、学校の先生にも、ユラさんにも、結納の常識の範囲内ってほぼ全部って言われたんですよ。つまり、ほぼ全部ですか?」

「ちがっ、違います! 琴の練習をしてきます」


 ウィオラ逃亡。ロカは私の顔を見て肩を竦めた。


「ルカお姉さんの時は子ども過ぎて何にも思わなかったけどさぁ。朝から何をしているんだか」

「お話ししていただけです!」


 部屋から顔を出した、赤い顔のウィオラがロカに向かって叫んで部屋に引っ込んだ。


「絶対嘘だよね。別にええけど分かりやすいからやめて欲しい。お兄さんはしれっとしているから、先生もすまし顔をしてくれればええのに」

「さっき、ユラさんって言うたけど、質問するような仲? あの人、ロカが言うたからウィオラさんと友人って言うたんだよ。昨日、雅屋に行ったから会った」

「先生ー! 大変大変! ユラさんが先生を友人って言うたって!」


 離席したロカがウィオラの部屋へ駆けていって、会話は聞こえないけどきゃあきゃあはしゃいでいるような声は耳に届く。


(朝から何……。っていうか、ロカとウィオラさんってあんなに仲が良かったっけ。あの赤い顔だけど話していただけ。……)


 知識が無さすぎるので、結納後に軽く教える話をすると言われて母とルカそれぞれから男女関係のことを、これは必要で嗜みの範囲だと教わったけど、それが兄やウィオラとは繋がっていなかった。しかし、今、繋がった。


(そうか。結婚前だからよく分からないあれはしないとして……。婚約したら手前まではするってこと。手前ってどこまで? あっ、ロカが言いたかったのは、あの二人は朝から私のすぐ近くでいちゃついていたってことか! あの二人は朝から何をしてるの⁈)


 見ていないので正解は分からないとしても邪推してしまうので、そりゃあ、ロカはあんな顔をすると納得。今と結婚後の違いが何かも今更理解というか、講義内容と繋がった。


 私はかめ屋の同年代の、良く接する男性達と、家族の誰かと何人か出掛けてみたけど世間一般の恋とかなんとかは全然ピンってこない。

 恋愛小説も訳が分からなくて途中で放棄したし、友人に恋人がついに手を繋いでくれて嬉しいとか、キスまでしたとか、そういう報告をされてもなぜ嬉しいのか意味不明。

 

 年が変わって、その意味不明な感情を私よりも年下のロカが先に知ったようで、ちょっと聞いてと言われた後に「レイには分からないか」と去られる。からかって来るルルは嫌だから、聞き流してくれるレイが良い時もあるとたまに言われる。


 さらに月日が過ぎると、お見合いを破壊しまくっているルルが一目惚れしていたと知った。


 季節は春。かめ屋の従業員達が持ち回りで花見をする時期になり、兄は無事に結婚。兄はデレデレに拍車がかかったし、ルルは初デートがどうこう言っているし、ロカも相変わらず同じ人と文通しつつ茶屋で小一時間彼と話しているという。

 ルカとジンは仲良し夫婦で、リルとロイもおしどり夫婦だという。六人兄妹の中で、私だけが未だに惚れたはれたという感情や感覚が理解出来ない、その分野では非常にポンコツな人間である。

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