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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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日常編「ロイとメルの話」

 結婚して無事に一年が過ぎて、紙婚式は少し遅くなるけど東地区へ旅行の予定。この一年を振り返ると色々な事があったし人間関係がパァッと広がったと思う。

 その証拠が今日の町内会で行われているお茶会で、ヨハネとネビーと共に顔を出したら控室にこれまで接していなかった人達が沢山いる。

 まずは受付で、リルが来てくれたので会費を払って記帳。そこへ見知らぬ女性が現れて、リルに「次の方々をどうぞ」と声を掛けた。


「ちょうど、最後のお客さんが来ました」

「それはタイミングがええですね」

「はい。最後のお席の方を呼びます」


 俺、ヨハネ、ネビーが最後の客で、一緒の席にクリスタとご近所の奥さん三人が入ると言われた。係に案内されて、少し待つように言われた茶室の手前の部屋で、これまであまり話した事のない奥さんに「お二人はロイさんのご友人ですか?」と質問された。


「こちらは職場の同僚のヨハネさんです。学生時代から親しくしています。彼はネビーさんで義理の兄です」

「義理の弟です」


 リルの兄なのだから義理の兄なのに否定された。


「兄です」

「弟です」

「妻の兄なので義理の兄です」

「ルーベル家の養子になって肩書きは次男なのでロイさんが兄です」

「剣術道場に先に入門したのも彼が先なのでネビーさんが兄です」

「年齢順でロイさんが兄です」

「視点を変えると兄だったり弟だったり面白い関係ですね」

「そうみたいですね。ケイトさん。私はこちらのネビーさんに前に一度、リルさんと一緒の時にお会いしたんですよ。顔立ちが似ているからすぐに兄妹だと分かりました」


 コリンズ家の奥さん、オーロラがケイトに笑いかけた。


「皆さん、妹がいつもお世話になっています」

「いえ、こちらがお世話になっています。クリスタさんのお見合い相手はロイさんの同僚の方と聞きました。ヨハネさんの事のようですね」


 オーロラはヨハネに笑いかけたけど、目はあまり笑っていないように見える。フォスター家とコリンズ家の関係はどうだったかと思案したけど記憶にないので分からず。


「あの、オーロラさん。恥ずかしいのでそういう話は……。正客。正客はどなたにしますか? オーロラさん達の中からですよね?」

「私達は気楽な真ん中が良いです。勉強になるからクリスタさんでどうですか?」


 年長者にこう言われるとそうしようとなるのでクリスタ、ヨハネ、奥さん達、ネビー、俺の順になった。正客にも末にもなりたくなかったけど仕方ない。この順番に並び直して待機。

 ヨハネの隣に座ったオーロラが彼にあれこれ質問を開始して、ケイト達は俺に話しかけてきた。


「新しい弟さんは、オーロラさんが言うたように妹のリルさんに顔が良く似ていますね」

「ええ。あの、新しい兄です」

「だから弟だって言うてるじゃないですか。しっかり者のロイさんがバカな俺の弟っておかしいです」

「ロイさんは昔からしっかりしているらしいですが、剣術道場でもそうなんですか?」

「剣術道場でもそうでしたし、親戚付き合いでもヒシヒシと感じています。お世話になりまくりです」

「昔、ロイさんがまだロイ君と呼ばれていた頃はちんまりひょろっとしていて剣術道場袋が歩いているのかと思ったものです。それがもう結婚かぁと」


 恥ずかしい話をされてしまったけど、相手がネビーなので知られているから問題なし。もやしの頃の事は、リルにはあまり言われたくない話だ。


「ロイさんは入門した頃はひょろひょろの色白で、全然ついてこれないからすぐに辞めると思っていました。師匠が厳しめなんで門下生は入っては辞めるんですけど、ロイさんは辞めずに残って今ではこうです。すこぶる努力家ですよ」


 急に褒められてびっくりしていたところに、茶室から前のお客さん達が出てきたので軽く挨拶会になり、その後は席入りとなった。

 お菓子は小さめのどら焼きだったけど、俺には魚の形のおせんべいが出てきたのでリルが根回ししてくれたのだろうとほっこり。

 掛け軸は「景星」で、これはめでたいことの前兆として出るといわれる星のこと。お点前はこの時期らしい茶箱の月点前で、床の間に飾ってある花は薄紫色の菊とススキ。お団子を乗せた器も飾ってあって香合は鯛。

 (なつめ)の模様は松唐草で、茶杓の銘は末広だったのでこの茶席は月見の趣向に加えて何かのお祝い席ということになる。その辺りの事を亭主のエイラは話さなかったし、正客のクリスタも尋ねなかったので消化不良気味。

 退室してから、そういえばネビーに茶会は分からないとか、茶席でどうしたら良いのか尋ねられなかったことに気がついた。彼は作法を知っている、というようにわりと普通に動いていた。


「ネビーさんって茶道を(たしな)んでいたんですね」

「ん? いや、全然です。先生にくっついて少しとか学校で客の作法を何回か。あと月見会とかでも抹茶を飲むじゃないですか。職場でもたまにあって周りに作法を教わりまくりです」

「ああ、事前に質問されなかったし、問題なく動いていたなと思ったらそういうことですか。そうでした。道場でもありますね」

「食べて飲む以外はサッパリで教養を増やしたいから解説して欲しいです」

「分かる範囲のことなら勿論です」


 ロイさん、と声を掛けられたので足を止めて振り返る。昨年、どこかへお嫁にいった同年代のアルベル家のメルだった。エイラとサリが隣にいる。


「こんにちはメルさん」

「えっ、メルさん?」と先を歩いていったネビーが戻ってきた。


「あー……。初めまして。茶室でお世話になりました」


 リアと会った時のように、ネビーはかわゆいお嬢さんにデレデレするのかと思ったけど苦笑いを浮かべている。なぜメルという名前に反応したのかは気になるところ。彼は彼女に会ったことがあるのだろうか。


「初めまして。メルと申します」

「お知り合いではないんですね」

「……」


 ネビーに向かって問いかけたのに返事がないので顔を覗き込む。


「ネビーさん?」

「いや、初めましてって初めてではないです。そちらは覚えていないかもしれないですが、こちらとしてはほんの少し知り合いです」


 やはり二人は知り合いらしい。ただ、この感じだと一方通行疑惑である。


「実はそうです。春先にお世話になりました。お仕事柄、沢山の方と会うでしょうから分からないかなぁと思ったので初めましてと告げました」

「どんどん忘れますがお顔を見てあっ、てなりました。この仕込み刀のお店の関係者ですから印象的で。あの時のおばあさんはお元気ですか?」

「いえ、あまりです。なのであの時の彼と祝言を早くする予定です」

「ん? 祝言? えっ。ああやって出会って結婚するんですか?」

「ええ。お嫁さんに間違えられたので、あのあとお世話の協力をしたりした縁でです」


 なんの話か分からず耳を傾けていたけれど、引っかかったので声を出した。


「あの、メルさんって昨年お嫁にいきましたよね? これからみたいな話のようですけど……」


 離縁して出戻りして再度婚約したなんて話は知らない。


「ロイさん、何を言うてるんですか。メルさんは昨年親戚関係の家に住み込みお手伝いになっただけで嫁いではいませんよ」

「そうですよ。メルさんは婚約したばかりです」


 エイラとサリに驚き顔をされてしまった。メル本人もびっくりしたような顔である。

 ……。

 俺は昨年の夏前に、幼馴染の一人であるカイに「メルさんが嫁にいってしまった」と聞いたけどな。


「そうだったんですか」

「お嫁に行ったって回覧されていないし同年代でお祝い会もしていないじゃないですか」


 そう告げたサリは呆れ顔である。


「あー……それはほら。自分もされていないです」

「嫁取りの場合は一年後以降ですから今、話が持ち上がっていて、ロイさんとリルさんの予定をうちの旦那様が確認していますよね?」

「そうでしたね」

「ロイさんってしっかりしているようでたまにこうですよね。というか、町内会の人達に無関心というかなんというか」

「でもほら、我が家とルーベルさん家はそんなに親しくしていないし、私とロイさんも同じくだから仕方ないんじゃないかなぁ」


 エイラに少し睨まれて、メルには困り顔をされてしまった。


「えっと……。メルさん、ご婚約おめでとうございます。ああ。エイラさん、鯛はめで鯛で、景星はメルさんにお祝いがきたってことですか?」

「ええ。花もそうです。嫁菜(よめな)に水引きにしたのはお嫁さんになるからおめでとうという、とても個人的なお祝いの飾りです」

「あの薄紫の菊は嫁菜っていうんですか」

「はい。それにクララさんがルーベルさん家に誘われた結果知った金魚月池も掛けて、私達の人気者のメルさんを独り占めすると痛い目を見ますよーという私達から婚約者さんへのありがたい教えです」

「金魚月池の要素はありましたっけ? ああ、鯛は魚なので金魚も掛けていて、あの香合を乗せていた水色の旧煌紙は池ってことですか」

「そうです。あと、つくばいにメルさんに見立てた魚の箸置きを入れてあります」

「帰りに確認します」

「エイラさんやサリさんったら、その本人はいないのにそんな事を言うんですよ。私からなんて言えないのに」


 メルは頬を少し染めてはにかみ笑いを浮かべた。


「サリさん。私はリルさん達を呼んでくるから炭の確認をお願いします」

「ええ。ではメルさん。また後で。ロイさん、お兄さん、今日は来て下さってありがとうございます。失礼します」


 エイラが歩き出したらネビーが「妹達となんですか?」と追いかけていって、サリは炭直しへ去ったからメルと二人になった。

 買い物帰りに鉢合わせたとか、婚約したばかりのリルをデートに誘いたくて流行りを知りたいから見かけたメルに声を掛けたりなど、外では二人で話したことがあるけど室内で二人きりは初だ。


「私、お嫁にいったと思われていたんですね」

「すみません」

「ロイ君は昔から私に興味が無いですよね」


 彼女は俯いて困り笑いを浮かべた。小等校を卒業したら君付け、ちゃん付けは終わりにするものだと躾けられてそうしてきたから急にロイ君と呼ばれて変な感じ。


「いや、あの。お祝いしたい気持ちはあるので、興味無いだなんて嫌味はその、あの。すみません」

「嫌味じゃなくて、こう、単に事実確認です。誰かに聞いたら分かるのにお嫁に行ったなんて。あはは。メルさんの結婚祝いの予定はどうなっていますか? みたいに誰かに尋ねたことも無かったという事です」

「いやぁ、あの。昨年は色々あって自分の事に夢中ですみません。結婚したり試験勉強に打ち込んでいて。その後は義理の弟が出来たり色々、つい」


 指摘通り、俺は幼馴染の女の子達をそれ程気にしたことはないし、彼女達が成人してからもそれはそのままで、エイラもサリもリルと親しくならなければメルと似たり寄ったりだ。

 最近少し変化してきたけど、町内会の若衆達とつるんでいる訳でもないし、わざわざ誰かに尋ねて情報を仕入れようとはしない。これは、めちゃくちゃ気まずい。


「ロイ君、これ、ありがとう」


 何かと思ったらメルは懐から包みを出してそれをゆっくりと開いた。中身は末銅貨と何かの招待券らしき長方形の紙だった。


「嫁ぎ先は豪家の鍛治職人さんで、彼の家はそこそこ大きな商家にくっついています。彩り繁華街にある(みがき)っていう刃物屋さんを知っていますか? 義理の弟さんの仕込み刀を作ったお店なのでご存知な気はします」

「いや、仕込み刀の事なんて知らなかったですが、師匠が道場に飾ってある刀を打った職人さんがいるお店なので知っています。先生を尊敬しているので同じお店がよかだなと妻の花嫁道具の懐刀(かいとう)を依頼しました」

「……それは偶然ですね。どの鍛治職人さんでしょう。彼だったりして。あの、こちらはお礼です」

「えっ。お礼? あの、なんのですか?」

「ロイ君に振られたのでヤケになって家出したら旦那様候補と出会いました。そのお礼です」

「……」


 ん? と耳を疑って、なんの話だと大混乱。俺に振られたって俺とメルに何かあったことは無い。


「こちらは彩り繁華街にある陽舞伎(よぶき)の招待券で彼の奉公先の商家から何枚かいただきました。大したものではないけど、沢山傷ついたからその分を差し引くと、一生の伴侶と縁結びしてくれたお礼はこれだけです」


 ニコッと笑いかけられたのでますます動揺。


「あの……」

「覚えていないだろうけど、この末銅貨は昔、ロイ君が私の下駄の鼻緒を直してくれた時のものです。ずっとお守りだったけどもうこれには祈らないから。はい」


 手を取られて末銅貨と招待券を握らされて彼女の手が少し震えているのでますますどうして良いのか、何を伝えれば良いのか分からず。


「あの……」

「突然何かと思いますよね。気持ちの整理という自己満足に付き合わせてすみません。家族も友人も皆、知りません。忍び過ぎました。ロイ君、結婚おめでとうございます。ようやく言えました。これでリルさんとも仲良く出来そう」


 少し涙目だけど柔らかく優しげに微笑まれた。しばらくお互い無言で、彼女は会釈を残して部屋から出て行った。


「えーっ……」


 手のひらに乗った末銅貨を眺めて、昔、メルの下駄を直したと言われて、そんなこともあったかもしれないとぼんやりと思い出す。


「ロイさん、メルさんは?」

「エイラさんと行きました」


 サリが部屋に入ってきて声を掛けられたので思わず招待券と末銅貨を彼女から隠した。


「炭を片付けるのではなくて直すって、これから一席設けるんですか?」

「リルさんに聞いていませんか? 午前中にいらっしゃらなかった方々も混ぜて花月の足の運びの練習をします」

「そうでしたね」


 サリに会釈をして何食わぬ顔で部屋を出たけど心臓がバクバクしている。

 文通お申し込みをされた事はあるけど、リル以外からあのように正面から真っ直ぐな瞳で見つめられて気持ちを伝えられた事なんてない。しかもかなり昔からだったらしい。婚約したようだし、気持ちの整理だと言っていたので……。えー……。

 廊下の途中でリル達とすれ違ってメルもいたので、ドキドキというよりもビクビクしながら会釈をして通り過ぎて、控室へ入る気にならなかったので茶室の外へ出てなんとなくハチに近寄った。


「ロイさん」


 しゃがんでハチを撫でようとしたらヨハネの声がした。


「うおわっ!」


 転びかけて上手く立ち上がったけどは真に思われたようで、背後にいたヨハネとネビーに顔をしかめられた。


「あっ、稽古に行きますか?」

「ええ。今度は二人で大丈夫です」

「控室へ戻ったらガイさんとテルルさんがルーベル家にレイを連れて行ってくれた後でもう居なかったので、ヨハネさんの稽古が終わったら俺はそのまま帰ります。今日はお招きいただきありがとうございました。妹をよろしくお願いします」

「大切にお預かりします」

「ヨハネさん。妹の申し送りがあるので先に行って準備運動をしていて下さい」

「分かりました。ロイさん。終わったら家にうかがいますのでまた後で」

「ええ」


 ネビーと二人きりになったら彼はしゃがんで「ぷにぷに犬。また会いたかった」とハチを撫で始めた。


「あのー、ネビーさん。もしかして聞いていました?」

「エイラさんにリル達と何をするのか聞いた後に戻ったら少し込み入った話をしていました。あはは。やめろ。臭いから舐め回すな」


 俺には少し尻尾を振るだけのハチが大はしゃぎという様子でネビーの足の上に足を乗せて彼の顔を舐め回している。


「あの……」

「何もない方がおかしいけど、あんな美人のお嬢さんとリルを天秤にかけてリルってどうなっているんですか? あれを傷つけて袖振りしてリルって、リルと我が家はありがたいですけど」

「ちが、違います! 寝耳に水です! 彼女と何かあったことはありせん! 誰とも何も無いです!」


 下手したらリルに、俺には恋人がいたことがあると誤解されるところだったということだ。危なかった!


「そうなんですか?」

「そうです」

「まあ、何かあったとしても別によかだと思いますけど。ロイさんは女と遊んで雑に捨てるような男ではないですから」

「ですから、過去に何も無いです」

「何も無いから辛かったようですね。あの感じ、まだ未練タラタラですよ」

「……いやぁ。あの、彼女は鍛治職人さんと婚約した訳ですから……。未練なんてないかと」

「まぁ、その程度って事です。何が理由か分からないけどロイさんに迫って横取りする気は無いどころか他の男でも構わないって事ですから。だからそんなに気にしなくてよかだと思います」

「その程度というか、もう吹っ切れたというか、諦めたんでしょう。先程のは気持ちの区切りみたいですので……」

「誰かにペラペラ言ったりはしません。ただ、自分がモヤモヤしそうだから確認しておこうって思っただけです。鼻緒を直したらお嬢さんが惚れてくれるかぁ……」

「いや、あの、そういう訳では……。いや、あまり接触が無かったから分かりませんけど……」


 幼馴染だから荷物が重そうだと代わりに持ったり、夕方だと町内会の敷地内でも危ないかもしれないと家まで送ったり……琴門教室の演奏会にサリのためにテツを連れてきて欲しいみたいに誘われたな。


 誘われていた! 


 走り終わった時に家の前で会って、手拭いを渡されたこともあった。


 待ち伏せをされていた!


 相手の気持ちを知って振り返るとメルは同年代の女性の中で一番、町内会の敷地内で遭遇していた。俺はわりと鈍感かもしれない。


「あー。あの。なぜネビーさんはメルさんの名前に反応したんですか? 知り合いと間違えたということですよね」

「海って古い言葉でメルって言うんです」

「へぇ、そうなんですか」

「メイだったかもしれません。イ揃いだからメイだったかも。いやメルだったかな」


 どことなく寂しそうな横顔だしこれはなんの話なんだ?


「そのメルだかメイが海という意味だと何があるんですか?」

「メルさんは海にちなんだ名前ですか? と知的な会話が出来るぞって思っただけです。お嬢さんしかいないはずだからこれはよかだぞって。既婚者と婚約済みしかいなくてもお嬢さんだらけで眼福至福。しかも喋れたからなおさら」

「メルさんだと話しかけられるぞっていう事ですか」

「ええ。そうです。その話題がなくても話しかけられました。ちょっとした知り合いだったので」


 先程の表情はどこへやらで、彼はニコニコ笑い始めたので引っ掛かる。


「それ、本当ですか?」

「何がですか? メルさんとは知り合いでしたよ。春先に石化病が頭にきてしまったおばあさんが彼女をお嫁さんだと主張するんで、保護に付き合ってもらったんです」

「えっ。石化病ですか?」

「あの病はどうにか治らないんですかね。あちこちに症状が出るし、若い時にかかるとあっという間に命を奪ったり……」


 ネビーの表情が明らかに曇ったのは俺の母を気遣ったのではないだろうか。母は進行が遅いので天寿が先にきそうだから大丈夫と告げようとしたら彼が先に声を出した。


「俺の恩人も、あっという間に亡くなりました。明日の朝会おうなんて大バカで会えなくて……。元服前であと少しで大人だったのに……。発覚して数日で黄泉へ旅立ってしまったんです」

「そう、なんですか……。頭に症状が出るとか、若いとそうだとか知らなかったです」

「……」


 俯いてハチを抱きしめたネビーの背中を眺めて、その肩が少し震えたので動揺。


「秋は苦手です。まだ生きている(せみ)が転がっているのが更に。ぽちぽち犬を触れたし、ヨハネさんも待っているんで失礼します」


 ハチの頭を撫で回すとネビーは立ち上がって俺に会釈を残して走り出した。

 ハチはぷにぷに犬からぽちぽち犬になったようなので、どこがぽちぽち模様なんだ? とハチを観察。ハチには模様はない。


 母が「町内会から嫁は嫌だけど、アルベル家のメルさんならまぁ」と口にしたことがあるからリルへの気持ちを自覚しなかったら、俺は彼女とお見合いしていたかもしれない。

 しかし、今後はこの一年のように彼女と顔を合わせることは滅多にないだろうし、彼女と俺に何か起こる可能性はゼロである。俺はしばらくハチを撫で続けた。


 ☆★


 人の縁とは不思議なもので、俺とメルには恋愛や結婚という縁はまるでなかったけれど、別の縁はあった。

 彼女が嫁いだ豪家とくっつく商家が営む刃物屋は、母の行きつけだったからだ。おまけに母が昔、注文した特注品の皮剥き器を考案してくれたのはメルの夫だと後に知る。

 受け皿付きの大根おろしも増えていたし、リルが父と釣りに行って魚を捌くことが多いから増やした包丁も俺の知らないところでセイ・フルゲンに依頼されていた。

 おまけに数年後に俺の知らないところでネビーが大狼と戦った時に彼の身を守ったのはメルの夫が打った新しい仕込み刀で、それを俺は事件の数年後に知ることになる。

 

 なのでつい、俺はメルと会うと主に彼女の夫へのお礼などで雑談をする。気がついたら、同じ学校なのもあって俺の子達は彼女の子達と幼馴染だ。


 そうしてさらに後に、義弟ネビーもまたメルという名前の女性も恋愛や結婚という縁はまるでなかったけれど、別の縁はあったと知ることになる。

 ネビーとメルが万が一縁結びに至っていたら、俺とリルの縁談は確実になかったようなので彼女はある意味俺とリルの縁結びの副神様だ。それなら密かにお礼と思ったけど、既に我が家の味噌の一種類は彼女の家が販売しているものであったという。世界は広いのに、時々世間は狭過ぎる。

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