特別番外「ロカと兄と姉7」
「見張りなので」と言って俺は集団の一番後ろで下校の見守り係。俺の隣はウィオラだ。ロカは一番前で友人二人となにやら楽しそう。
ロカとかなり親しい友人二人とその二人と同じ町内会の仲良しお嬢さん達五人なので多い。
いつもはウィオラと誰か一人二人が一番後ろでその日その日で誰が誰と話すか違うらしい。
集団下校終了場所に各町内会からのお迎えが来て、他の学年の同じ町内会のお嬢さん達と一緒に帰宅が多いとか、最終学年の学生が学校で点呼をとって帰宅とか見張りなし、親が毎日迎えに来るなど様々なのは前から知っている。
俺とウィオラは無言。どう見てもウィオラは照れているし俺も前を歩く女学生達にチラチラ見られて恥ずかしいので喋れない。彼女は時々扇子で顔を扇いでいる。
途中でもじもじしつつお互いを押し合っている区立高等校生の制服姿の三人組が目についた。
(あっ。花文。文通お申し込み……俺に近寄ってくるのか)
どうみてもこの集団の保護者は俺とウィオラなので礼儀正しいってこと。
「あのっ。すみません。自分達は区立高等校に通っています」
三人から順番にどの着物の方へ、と花文を渡された。
……一人はロカかよ!
「はい。確かに受け取りました」
「失礼します」と高等校生達に告げて歩きながら花文を本人達へ渡した。
「ロカ。もう一つはあなたになので父上に渡します。花だけどうぞ」
「えっ。私? 嘘。初めてです」
「ネビーさん。文通お申し込みの文には一言書いてあるものなので本人が読んでからお母様へです。一言とお申し込み用紙と二枚のこともあります」
「……はい」
文を外そうとしたらウィオラに怒られて回収されて彼女はロカに花文を差し出した。
「おお。渡す練習や文通練習をしたりするって言いますよね。あの人達、たまにいてこっちを見ていました」
「たまにこちらを見ていた方達だったのですか」
「先月から時々見かけるってミシュさんが言うていました。あそこの看板猫と遊んでいる時に少し喋ったのがミシュさんと先程の真ん中の彼なので私とヒナさんは練習だと思います」
お子様ロカは照れたり嬉しい! みたいな気持ちはないのか表情などに変化なし。残り二人は照れ照れしている。ロカが元の位置へ戻って歩き出した。
「ネビーさん。区立高等校生で先程の感じですと平家ではなさそうですね」
「……。今の渡し方は特に問題無しです。あの茎に花が沢山ついている黄色い花はなんですか?」
「金魚草に見えました」
「何の意味があるか分かりますか?」
「黄色い金魚草だけだと難しいです。有名花言葉の花ではないから違うと思います。ロカさんは黄色い着物が多いからでしょうか。一言に何かあると思います」
少し前までよちよち歩きだったロカに文通お申し込み……。えー……。頭の中がロカの小さい頃のことばっかりになってきた。
集団下校の場所でロカの友人達と別れてウィオラとロカと三人。
自然と俺、ロカ、ウィオラの順になった。ロカは花文を手提げにしまっていてそのことは話題にせず。
「お兄さん。お洒落してきたね。珍しく髪型を変えてるし下駄なのも。あの龍歌、少し捻ったね。毎日どころか一日中なんて熱烈。やるじゃん。この花結びにも掛かってるし大好評」
「ウィオラ先生の婚約者はイマイチって言われたくないから髪型を少し悩んできた。ニックがしてたからこういう感じにしたらちゃらちゃら遊び人みたいってジンが変えてくれた。今の流行りってなんだ?」
鏡はないけど元の髪型っぽく変更。
「あー。確かにその髪型よりこっちの方が凛々しいけど……。うーん。流行りはこっちかな。ハ組半見習いのケイジュがそんなだから」
「へえ。今はハ組のケイジュが人気者なのか」
俺は知らねえ。誰だそいつ。
「ねえねえ。だからケイジュの記名が欲しい! イオさん達から頼めない? お父さんにラオさんに頼んでって言うたら怒るから頼んでない。私と友達と三人。直接記名が良くて出来れば握手したい」
花文に続いてこれ。ロカが、ロカがついに男の話を始めて俺は想像以上に心に打撃がきた。
今までは一度引き受けると次から次へになりそうで嫌だから頼まれても断ってる、だったのに……。
「今日イオかヤアドかナックが一人くらい来るから直接聞け。握手可能ならジンが付き添う」
断りたい。やり過ぎだから断らない。どうせ嫌だと言ってもロカの性格だとイオ達本人に聞く。
「……。お兄さん。なんで泣きそうなの? 涙目だけど」
「えっ。いやロカが、つい最近までおんぶおんぶって言っていたはずのロカがついに男というか恋話とは世も末というか俺は想像以上に辛い」
「うげっ。おんぶおんぶなんてかなり前じゃん。お父さんみたい。気持ち悪いなぁ」
気持ち悪いという言葉が刃になって胸にグサリと刺さった。
「気持ち悪いって、気持ち悪いんだ俺は。妹バカだ。だから寄り道して小物屋へ寄ろうと思っている。ウィオラさんに髪飾りを買いたくて時間がなかったから。ロカにも買う。ルル達は今日いないから無し」
「えーっ! 私にも買ってくれるの? 迷ってお小遣いで本を買ったから金魚の簪を諦めたの! 流行っててかわゆいのが沢山出てるんだよ!」
金魚が流行っているから金魚草の花文?
このように妹に臨時のお小遣いを渡したり物を買うのは両親に許可を得てから。今日も良いか聞いてある。許可制はもうロカしかいないけど。
「母ちゃんがロカは無駄遣いしないでまた勉強用の本を買ったからお小遣いを渡してよかだって。と、いうわけでこれから行くお店で一銀貨以内。その予算内で買える店はロカの方が知ってそうなので任せた」
「やったあ! お兄さんありがとう!」
「ウィオラさんは長年積み上げてきた縁談資金から出すのでとりあえず小型金貨一枚分買います」
目を見開いたウィオラに見つめられた。今日もかわゆい。初めて見た髪型だ。顔の両側になんとか編みがぐるぐる。
あと素足なのと足の爪がピカピカしていて薄紅色なのもとても気になる。
日傘の柄を持つ手の爪もそう見える。数日前に朝少し会えた時は気がつかなくてその前の爪はこうでは無かった。
「ネビーさん。今なんて言いました?」
「えっ。ぐるぐる髪型がかわゆいです」
「いっ、言っていません! そのような事は口にしていません!」
「お兄さん。これは羊巻って言うんだよ。リル姉ちゃんが春霞の局で流行っているって教えてくれたの。休み時間にウィオラ先生で練習した」
「羊ってなんだ?」
「昔、絵で見せたでしょう! 毛糸になるもこもこ毛の生き物だよ。角がこの髪型みたいにぐるぐる巻なの。大蛇の国のお姫様達の中で流行っているから超最新星の春霞の局からリル姉ちゃんに伝わってきた」
超最新星ってなんだ。なんだこの言葉遣い。ロカは時々こういう変わった女学生言葉を使うからこれもそれだろう。
「ほうほう。帰ったらまた絵を描いてくれ」
「ウィオラ先生に描いてもらって。お兄さんはすぐ忘れるよね。お兄さん、ウィオラ先生の予算は小型金貨一枚って本気?」
「養子になってから今日まで縁談資金が積み上がっててまだウィオラさんに全然買ってない。俺が買った物で飾って欲しい」
「でも小型金貨一枚だよ? ええお店で吟味して買う予算じゃない? あっ。お嬢様なら普通ですか?」
「そういう方もいそうですが私は違います。退勤帰りにふらっと寄り道の買い物で小型金貨一枚はおかしいです。この発言は明らかに疲れているからだと思うので今日は何も買わないで下さい」
ネビーさんが買ってくれた〇〇とはしゃいで貰いたいのに拒否とは悲しい。今日は、だからいつか買わせてくれるのか。でも拗ね。
俺が贈った簪も使っていないから代わりに買ったものを使って欲しい。
「疲れていませんが、まあ、はい。それならロカにだけ」
「ええ」
俺にはよく分からない構造だけど羊巻というのには紐が絡んでいるから紐と飾りの小さいリボンが必要なようだし、爪が艶々なのは何か道具を使っただろう。しかも爪に色があるってことはそれも何かある。
(何も買わせてくれないのか。髭は剃ってあるけど痩せたせいか? 今の発言は疲れてなくても言うけど……。言い合いになったら嫌だし欲しくないなら仕方ない)
ロカに案内された小物屋へ入ると女学生向けの安そうな材料で安い物がある領域があった。
「何に使うのか俺には全然分からない」
「ノノンさんがウィオラ先生に使ったこういう小さめのリボンと紐を買う。金魚のちび簪は……」
ロカは財布を出して中身を確認し始めた。全部買うと予算を超えるのだろう。値札を見て計算したらお小遣いは足りるはず。他にもこれ、と何か目星をつけているのだろう。
俺は入店前に渡した一銀貨以上は末銅貨一枚だって出さないので黙って眺める。
「ロカさん。このような紐とリボンは私が持っていますからお貸ししますよ」
「そうしたいけどお母さんに甘えないようにって怒られたんです。特に学校で使えるような小さい髪飾りは失くすって」
よく見たらロカの爪もピカピカしている。ただ、色はついていない。
「ロカさんから借りないとは言っていませんよ。似たものがあるので別のものにして下さいということです。私も使います。同程度のものを貸し借りは甘えとは違います。きっと単に借りるよりもお互い気をつけますよ」
「そうですか? そうか。先生にも借りたらええのか」
「遠慮されたら借りられないです。貸して欲しいです。私はこの辺りが良いです。ロカさんに似合いそうで私も好みなのはこれとか、これです」
「それならこっちがええです。先生に似合うよ」
少し拗ねたけど妹と婚約者が笑い合って仲良く買い物とは眼福で癒される。
「ありがとうございます。私も金魚の何かを一つ買います。増えたなと思っていましたが流行りなのですね。一人一種類買うのに貸し借りで二種類。ロカさんが仲良くしてくれて二倍でお得です。嬉しい話ですね。流行りを早く知れましたし」
提案したのもロカと親しくなろうとしてくれているのもウィオラのように見えるのにこう言ってくれるのか。しかも心の底から、みたいな笑顔で。
「……。ケイジュが金魚の小物をかわゆいって言ったらしいから多分狭い範囲でしか流行ってないです。なので増えた理由はよく分かりません」
「あら。そうなのですか。ケイジュさんは皆さんが思っているよりも人気者なのかもしれませんね。ありますよね、そういう話。……」
ウィオラはなぜか嫌そうな顔をした。
「ウィオラ先生? どうしました?」
「いえ。ロカさんはどれが良いですか? 私は制服に合うこの辺りが良いので一緒に使うからここから選んで下さい」
「一緒にじゃなくてお揃いにしましょう! この色違いがええです。お揃いだけど私は飽きたら売ります」
「それなら私も流行りが終わってきたらこちらを売ってロカさんにまた新しい流行りを教えてもらいます」
何かないか、と軽く店内を見たけど何が何だかサッパリ。ウィオラの好みもまだまだ分からないし彼女が使ったら全部輝く気がしてきて選べず。
ロカのことと今日暗記しようとしていたことで頭の中がいっぱいで余計に考えられない。
そうして二人の買い物終了。買うと言ったのにウィオラは自分の財布を出して支払った。
(ネビーさん、こちらをお願いしますは? おねだりされたかった。買うって言うたのに。いや、俺が近くに行けば良かった。ぼんやりしてたせいだ)
先にウィオラが購入して俺のところへ来て次はロカ。ウィオラの購入は見過ごしたけどロカは見ていた限り二大銅貨程度だった。平家女学生のロカが小物屋一回で使うにはそこそこ贅沢な額。
残り一大銅貨弱あるけど余らせてはいけないとは言っていないので他のものを買う予算を計算したのだろう。
次の目星はこれ、みたいに店内を物色せずに帰るようで二人がお店を出たのでついていく。
「ウィオラ先生。お兄さんが不機嫌極まりないです。この顔はそうです」
「えっ? すみません。もたもた買い物をしました。お疲れですか?」
「いえ。疲れていません。仕事を思い出しただけです」
俺に贈り物をされたくないというのが嫌だとか拗ねたなんて情けないことは言えない。
要はウィオラの気持ちが欲しい訳でそれは頼んでもらうものではない。頼んだって手に入らないものだ。
ウィオラはロカと金魚にまつわる話を始めた。聞いていて楽しいので耳を傾ける。
「出たいのです。ああ、私はこの池を出たいのです。早く出て行きたいです。海を渡って龍ノ宮へ〜。満つる月夜の晩に行きたいわ〜」
普通に話していたけど語りになって歌に変化。かわゆいし美しい歌声。
女学校講師の制服なのかウィオラ自体になのかこの歌なのか分からないけど通り過ぎた男達が何人か見惚れたのが気に入らない。
「龍ノ宮ってなんですか?」
「海の中にある龍神王様の別荘です。満月の夜に月の道が出来て行けると言われています」
そうして池の金魚に魅せられた若者は失踪したそうだ。
「池には彼の草履が片方浮かんでいて美しき金魚はその日から現れなくなりました。終わりです」
「えっ。終わりですか?」
「ではロカさん。この話を読み解いてみましょう」
「自制心は大切、という話です」
「そうですね。海には男性を惑わして海へ引きずり込んで食べてしまう美しい半身の魚、人魚がいますので美女に注意。色欲には気をつけましょうということです。金魚にはお金という字も入っていますのでお金もです」
「食べると不老不死になる人魚は男性を食べるのですか? 初めて聞きました」
「異国の伝説です。その人魚はこの話のように歌って誘います。では試験風にしましょう。副神様は生き物に化けることを踏まえて若者が失踪したということは?」
「この金魚も副神様で悪い色欲や財欲を良い欲に変えられるか、自制できるか試したってことです! 試されて欲に負けて罰を受けました!」
「ええ、素晴らしい見事な回答です。皆で眺めるだけで満足しないで独り占めしたり、池の主様なのに売ろうとしたからでしょう。これは南東農村区の金魚月池にまつわる実話らしいです」
「副神様はどこにいるか分からないってことです。実話なんてこわーい! 異国の人魚伝説を皆に教えてあげよう」
ロカがウィオラの授業は楽しいというのはこういうところだろうか。語りや歌が入って異国の豆知識もある。
俺も楽しかったしロカはこの話や歌で話題の中心になれそう。
「こう考えると黄色い金魚草は金魚月池でしょうか。あまりにも魅せられました、なんて」
……。
「えっ。最近金魚の小物が流行りで私は黄色い着物が多いからかなと思いました」
ロカが、ロカが少し照れた!
……。
「私もそうだと思いますがこう、もしも練習文通をするのなら試しにつついてみると言いま……」
「お兄さんがいるから後でその話を聞きたいです」
ウィオラの唇にロカの人差し指が触れた。
……。
俺が触りたいところを触るなとか、お前に文通はまだ早いという言葉を飲み込む。
五人姉妹の中で唯一「兄ちゃんのお嫁さんになるの」と何度か言ったロカが……、高い高いをしてと言っていたロカが……帰ったら西瓜割りどころではなくて寝込むかも。
来月はレイの元服で近いうちにルルは誰かと縁談が進んで結納や祝言で……五人も妹がいるってやはり白目。




