特別番外「ロカと姉と兄2」
帰り道、ロイは私に自分の過去の失敗談やリルの昔話をしてくれてそれで家に到着。
ロイは琴の音色が聴こえてくるウィオラの部屋の前に立って私に向かって「嫌なことは先に済ませると後が楽です」と告げた。
「こんばんは、ウィオラさん。ロイです。少々お話があります」
私が声を掛ける前にロイが声を出した。琴の音色は止まっていないのにしばらくして扉が開いてウィオラが現れた。演奏は彼女ではなかったようだ。
「こんばんは。お帰りなさいませロイさん、ロカさん」
「他の荷物はエルさんに渡します。連絡帳を先にどうぞと思いまして。琴はウィオラさんでは無かったのですね」
「ありがとうございます。おじい様が私の友人に稽古をつけていて私はその曲で舞の練習をしていました。ロカさん、ネビーさんの顔色は悪化していなかったですか?」
「はい。昨日と変わらずです」
「自分もですがデオン先生がとても心配しているのでこれで直接顔を見た結果を報告出来ます。ありがとうございます。ご友人を理由にたまには他の方をネビーさんへ、ということですよね?」
ロイも兄に会いたかったし二人の恩師のために兄の顔を見たかったのか。
これなら聞けば教えてくれただろうけど何て尋ねたら失礼ではないか分からなくて放置してしまった。
「いえ。それは常々ネビーさん本人に確認しています。私は一番関係が浅いので優先してくれていて。なので私も仕事や距離でまたいつ会えるか分からないネビーさんよりも浅い仲の友人を優先しました」
一年間一緒の置き屋で働いていた友人と言っていたのに四月に出会ったばかりの兄の方が親しいの?
優先してくれて、だと嫌々屯所に通っている訳ではないのかな。
「まだまだ慣れない生活や仕事で疲れているのに毎日会えるか分からない相手のところへ通うのは疲れそうです。日々のことなども含めて大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます。皆さんに助けられて楽をしています」
「それならよかです。では自分はこれで。ロカさんが話があるそうです。ロカさん。リルさんは泊まるかもしれません。直ぐには帰りません」
ロイはわりと疎遠な私の頭を撫でないけど時々肩を叩いてくれる。とんとんとん、と優しく肩を叩かれたし、最後の台詞は「親やルカさんやジンさんに話したくなかったら今夜はリルさんがいますよ」という意味。こうだからロイを人としては嫌いになれない。
早く「リルさんを拐うようにお嫁さんにしてすみませんでした」って謝ってくれないかな。
最初は私もロイ兄ちゃん! って懐けていたのに成長していく程、距離が出来てしまった。
「ロカさん、学校や歌の相談ですか?」
「あの、私の部屋でもええですか?」
「ええ。もちろんです」
笑いかけられて罪悪感。信用ぶち壊しで嫌われるかも、なんてあの叱り方は酷い。
おまけに自分で言わないなら俺が言って代わりに頭を下げるなんて。黙っていれば良いのになぜ言わないといけない。
部屋の鍵を開けてウィオラを中へ促した。我が家で唯一お客用の机や座椅子がある部屋だ。私の勉強部屋だけど家を出ている姉達の帰る部屋でもあり客間で客室でもある。
「お茶を淹れてきます」
「あの。すぐに終わります」
着席しないで去ろうとしたウィオラにこう告げたら彼女は座椅子ではなくて先に部屋に上がって畳の上に正座した。
ウィオラが上座で私は下座で机の脇。家族の誰かに叱られる時と同じような座り位置。私の態度で何かを察したのかな。
「すみません。その、今日少し気になってお兄さんと先生の連絡帳を盗み見しました。今日の日付の先生のところまでで、お兄さんが来たから他は見ていません」
彼女はどのように私を叱るだろう。それか怒る。頭を下げたから彼女の表情が分からない。
「そうですか。覗き見の理由はなぜですか?」
頭を上げたらウィオラは凛とした座り姿で困り笑いを浮かべていた。
怒っていないようだけど怒り顔よりも信じていたのに悲しい、というこの表情の方が辛いかも。そういえば私は彼女の怒った顔をまだ見たことがない。
「その……。お兄さんも先生もお互いに興味なさそうに見えて、こんなに激務で会えなくて、先生はお世話係ばかりで嫌だろうから……。なにか書いていないかなと思いました。そうじゃない、まだ婚約破棄にはならないって分かる何かがあるかなと……」
「私やネビーさんに聞くよりも覗き見を選んだ理由を教えて欲しいです」
「……チラッと見て黙っていたら分からないので……。ロイさんも止めないから聞くより前に少しくらいええかなって……」
「ではこの謝罪は発見したネビーさんに諭されたということでしょうか」
「はい。見つからなくてもロイさんが告げ口したから同じです。そう言われました。それでお兄さんに叱られました。反省してもうしないと思ったから謝罪です」
「ロカさん、この件に謝罪は必要なのでしょうか?」
「えっ?」
ウィオラはずっと困り笑いを浮かべている。
「私もネビーさんも見ないで下さいと頼んでいません。見られない工夫もしていません。見ないだろう、と思いつつ少し気にして書いています。見られても困りません。むしろ少々得をしました」
「得? 得ってなんですか? 私はその見ないだろう、という信用をぶち壊したってことです」
「頼んだのに盗み見ならそうですね。しかし特に頼んでいません。得はロカさんが私達を心配してくれていると知れたことです。ネビーさんに信用をぶち壊したと叱られました?」
怒られたり叱られる前に感謝されてしまった。飴と鞭の順番が兄とは逆の人?
しかし謝罪することではないと言われた。
「ウィオラ先生は信用して預けてくれたのにって言われました」
「そのお顔、ネビーさんに辛辣に叱られたのですね。ネビーさんのお説教は少々怖いです」
……。
ウィオラはネビーにお説教されたことがあるの?
「ウィオラ先生はお兄さんにお説教されたことがあるんですか?」
「ええ。とても怖かったです。ネビーさんのことだから最後にロカさんに対して自分の事を心配してくれてありがとう、ですか?」
「なんで分かるんですか?」
「自分の時を思い出して予想しましたが正解みたいですね。なのでロカさん、すみません。ロカさんは理由もなく覗き見しないと思いましたが私達のせいでしだね。いえ、沢山お話しする機会がある私のせいです」
「……えっ。なんで先生が謝るんですか?」
「今話した通りです。覗き見されて面白おかしく言いふらされたら拗ねますし、悪意を持って破られて仲を裂くなら腹を立てますが、心配で気になっただと応援されている証なので嬉しいです。なので私はこう、嫌とか腹を立てるよりもありがとうという気持ちが湧きました」
困り笑いから笑顔になるとウィオラはそのまま「ありがとうございます」と口にした。
「ネビーさんはロカさんをへしょげさせる程叱ったのなら私はこれではいけないのでしょうね。ああ。疲れているネビーさんに疲れるお説教をさせないで下さい。短い休憩なのに癒しとは逆です」
ウィオラは顔をしかめて私を軽く睨んだ。全然怖くないけど今の台詞は今の私が一番言われたくないことだからグサッと突き刺さった。
「何も悪くない彼に頭を下げられたくないから自分から謝罪とはありがとうございます。ロカさんから見て私達はお互い興味なさそうなのですね」
私が謝らなかったらウィオラは兄に頭を下げられて嫌な思いをしたってこと。二人とも発想が似ているのかな。彼女はまた困り笑いを浮かべた。
「お兄さんに叱られた時や今少し違うと思いました」
「私は自分の気持ちを把握していますがネビーさんのことは分からないので気になります。彼は何か言っていました?」
「何も言わなかったの方です。先生が嫌がらせされた話はどうなったのか聞いたら素っ気ないし、泣くくらいなのにって言うたのにへぇ、で終わりだったので」
とても悲しそうな顔をされたのでこれは言わない方が良かったかも。ウィオラが兄に多少気持ちがあるならこれは聞きたくない話だ。
このように私は賢いつもりで賢くない。こう、ついうっかり口を滑らすし盗み見をしたらどうなるか深く考えていなかったように。
「泣くくらい? 泣いて……。ああ。先月ロカさんは心配してくれましたね。あれは本当に目にゴミです」
「ちょこちょこ落ち込んだ顔をしていたけど、あの時はすこぶる落ち込んだ顔をしていました。最近は平気そうなので学校は穏やかなのかなって」
知り合ったばかりの子どもには言いたくないのは分かるけど、顔に出て涙も流したんだから気になる。
「先月はネビーさんが行方不明状態でしたので。心配してくれたロカさんに話したと思います。学校のことは何もです、と」
つまり落ち込みではなくて兄を心配していた顔ってこと?
「何もって何かあったのは知っています」
「ああ。言い方が悪かったですね。何も気にならないとか、特に気にしていませんという意味です」
「でもあの落ち込んだ……顔はお兄さんを心配ですか?」
「あっ、読んでみますか?」
ウィオラは少し席を外して戻ってきて私に兄と彼女の連絡帳を見せてくれた。
「一緒懸命なにか書こうとしてくれたけど眠かったのでしょう。文字がしゅっとなっています。眠れていないのか心配ですが眠い中、なので嬉しいです」
「家族との連絡帳にはこういうのはないです。空白はあります。あと丸だけとか」
「そうなのですか。付き合いが浅い私には気を遣ってくださっているのですね。こちらは梅干し、だけなので緊急事態です。それで次は無礼ですみませんって」
ぱらぱら見せてくれたけど、お互いに対して大丈夫なのか確認するような言葉が良く出てくる。
「お世話係ではなくて元気が出るから毎日少しでも早く読みたかっただけです。ロカさんのお兄さんはこんなに優しいです」
確かにサラッと見せてくれた連絡帳の内容だとウィオラに興味ないとか素っ気ないとは思えない。
「あの、本当にすみません。兄にも言われました。気になるなら見せろって言えって」
「そうですね。でも断られたらモヤモヤするから言い出しにくいです。覗き見して隠す方がとても楽です」
「最近平気そうなのは兄の不在に慣れたり会えているからですか? でも今週は会ってないです。あの、お兄さん寂しそう……」
ウィオラは兄にも「貴方よりも付き合いの浅い友人を優先します」と言ったのだろうか。それは少し優しい言い方だ。
(ロイさんもそうしたな。ウィオラさんはなぜネビーさんに会いに行かない、みたいには言わなかった。他の家族の為ですよね? って貴女は気遣い屋ですねって感じで言うた……。あれが見本……)
「これは恥ずかしいのですが……。ロカさんはこの意味は分かりますか?」
ウィオラは連絡帳の別の頁を開いてこちら、と揃えた上品な手つきで示した。
【夜の衣かへしと言いますが龍歌は大袈裟というので言葉遊びみたいに思っていました。しかし毎日そう感じます。一日見ざれば三月の如しと言いますし月は欠ければ満ちるので数日後が楽しみです。ただ秋なのか春なのか分かりかねます】
明日灯りの中、ウィオラは優しい笑みを浮かべている。
夜の衣かへし、は夜の衣を裏返して着て寝ると夢で恋しい人に会えるという逸話とそれを使った龍歌があるからそのこと。
(うわっ。興味無いどころか熱烈だった。しかも龍歌は大袈裟表現、をわざわざ否定してる!)
続きは分からない。一日見ないと三ヶ月のようだ、だからそのくらい寂しいだと楽しみという言葉には繋がらない。
月は欠けたら満ちるはそのままの意味だから分かる。今は寂しいけど会う日が分かっているから楽しみ、平気という意味なのだろうか。
春なのか秋なのか分かりかねますって読み解けない。
「前半は龍歌百取りのもじりで分かりますが後半はイマイチ分かりません。寂しいってことです」
「私は別の意味を受け取りましたのでロカさんに宿題です。ルルさんに尋ねると少し違う感想を抱くと思います。ああ、今日ならロイさんですね。私としてはその方が良いです」
恥ずかしいので、とウィオラは連絡帳を閉じて「このように婚約破棄は今のところなさそうです」と私に笑いかけた。
「冷やかしは苦手でネビーさんも嫌がるでしょうから秘密ですよ」
他の指は曲げて小指を伸ばした右手を差し出されたのでどういう意味なのか分かるから小指と小指を絡ませた。
「指きりしましょう、誓いを破れば……あんみつをご馳走してもらいます」
「私の知っている指切りと少し違います」
「ロカさんが知っている指切りはどのようなものですか?」
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、です」
「それは私も知っていました。げんまんは拳を万回という意味でさらに針千本です。今夜の約束はそのような恐ろしい大切な約束ではないです」
「決まり文句です。でも先生は違うんですね。使い分けがあるってことです。先生はあんみつ好きですか?」
「ええ。毎月一回自分へのご褒美にお気に入りのお店のあんみつを食べるようにしています」
では稽古の続きがありますので、とウィオラは私にお辞儀をして連絡帳を持って部屋から去った。
(怒られないし叱られなかった。疲れているお兄さんを疲れさせないでって叱られたか。お兄さんにも謝るのかな。私がロカさんと話していなかったからネビーさんに疲れるお説教をさせてしまいましたって……)
兄はウィオラに興味がない、とは反対だった。なのでウィオラにそう謝られた兄はきっと悲しむ。ほんの少し隠れて盗み見、がこんなことになるとは。兄はなぜウィオラが泣いた話を聞いて困り笑いで「へぇ……」で終わりだったのだろう。
四月半ばに知り合ったというのにウィオラは兄を前から知っているみたいな様子だし、おまけにもう説教されたとかその説教は怖いとは……。
(私のことも言うたな。ロカさんならって。私なら悪い意味で覗き見しないと思ったって。怒らないで先に理由を確認してくれた……)
嘘かもしれないのにそのまま私の言葉を受け取ってありがとうって何。兄なんて反省していない、みたいに決めつけた。それでわりと当たっているから追撃されて別のことでお説教。
(兄ちゃんの時は耳が痛かったけど今は胸が痛い……。兄ちゃんはウィオラ先生を心配してるとかあの熱烈な感じなのに、違うみたいな話をしてウィオラ先生にあんな悲しそうな顔をさせた……)
それで私は違う、と否定する話題を持っていないくて何も言えなかった。
(ああっ! だからウィオラ先生は自分からお兄さんへの気持ちみたいな部分は教えてくれなかったのかな。信用ぶち壊しじゃなくて二人の仲をぶち壊しっていうかお兄さんの足を引っ張った……)
友人は何日もいるのにウィオラは一日も兄を優先していない。あんな風に寂しくて会いたい、みたいな言葉を贈られても無視である。
私は両親の部屋へ行ってロイを呼び出した。二人で話すことなんて滅多にないのに今日は一日の終わりもロイとの会話で終わる勢い。
彼に合間椅子の人がいないところへ促された。
「あの、言いやすくしてくれてありがとうございました」
「ますます落ち込んだ顔になっていますがどうしました?」
質問をしたいけどどこから話せば良いのか分からないので最初から話してみることにする。家族からの叱責は想像出来るけどロイだと私に何を言うのだろう。
「それでルルやロイさんに尋ねたら違う感想が分かると言われたので教えて欲しいです。龍歌などは思いつかないです」
「読んですぐに覚えているとは賢いですね。紙と筆を借りても良いですか?」
「はい。灯りと一緒に持ってきます」
用意して戻るとロイは私が口にした言葉を紙に書き出した。
「一日見ざれば三月の如しはそのままの意味です。分かりますか?」
「一日見ていないだけで三ヶ月過ぎたようですってことだと思います」
「ええ。この三月、は三月かもしれません。二人は出会っていません。つまり出会っていないから寂しいとは思わないでしょう」
「えっ」
そうなのか。一日会わなかったら三月の頃のようです。
「出会う直前です。今はもう出会うと知っているので三月はとてもワクワクする気がします」
「会うのを楽しみにしていますってことですか?」
「楽しみですと続くのでそういう気がします。一日会わなくて三月になりました。次に会う日は出会った日以降ということになりませんか?」
「そう言われたらそう思ってしまいます」
「出会ってからこの文の日まで、二人がどのような交流をしてどのような言葉を贈り合ったのか知りませんがそれが全部戻ってきます」
「全部ですか……」
こう解釈したら、これまで嬉しいことを沢山言われていたらとても嬉しい気持ちになるのではないだろうか。
「月は欠ければ満ちる、は月と恋は満ちれば欠けるのもじりでしょう。満月が欠けてやがて新月になるように恋も隆盛の後には衰退、破局が待ち受けている。そういう失恋を嘆く言葉を逆にしています」
「はい。会えたら満月ってことで今は寂しいけど会う日が分かっているから楽しみ、平気という意味だと思いました」
「平気とはどこにも書いてないです。それで失恋を嘆くことの逆なので成就を喜ぶことにもなります」
「えー。遠回りですね。でも良い意味が増えました」
「ことわざを知っているのと知らないのでは意味が変わりますね。それでこの三月は三日月かもしれません。一日で三日月。日にちが過ぎると三日月が増えていくので満月になりそうです。会えない日が多い程美しい景色を見られる予感がします」
「そんなことも隠れていたんですか!」
「一日見ざれば三月の如しの後ろには本来恋ひ、恋ひてと続きます。一日見ないと三ヶ月分恋い焦がれます、という言葉です。今のところ寂しいとはどこにもないです。そこに先程の会えない日が多い程の話です」
「私が思った感想と全然違います」
「秋は本結納、春は祝言。どちらもとても喜ばしい日です。その時くらいをもう味わえるかもしれない。自分にはそういう文に見えてきます。それに秋は十五夜があって満月が最も美しく輝く日です」
短い文の中にこんなに色々入っているんだ。
寂しくなるなら早く会いたい、ではなくて待てば待つほど次に会う日が楽しみ。
つまり待っていますね、とか今は会えなくて良いですよという意味にもなる気がする。
「パッと読んだだけでは私にはここまで分かりませんでした」
「だから二人とも見られて良いと言ったのではないでしょうか。勝手な予想ですがウィオラさんがいなくてルルさんがいる日は違そうです」
「あっ。水曜にルルが来てお父さんと屯所へ行く時、ウィオラさんはお父さんにお願いしますと渡していました! 私には渡します」
しかもその日は連絡帳に小洒落た紐が結んであった気がする。ルルに盗み見されるのは嫌ってこと?
ルルは悪意は無くても言いふらしてウィオラや兄をかなり揶揄いそうだし、今のロイのように文をしっかり読み解きそうだと思う。ウィオラもそう思っているのかも。
「それでこの文はネビーさんに助言を求められた結果です。月曜に手紙が郵便受けに入っていて水曜日にルルさんに託しました」
「そうなんですか! だからこんなにスラスラ言えるんですね。お兄さんはそこまで詳しくないというか小難しく出来なそうです」
「ウィオラさんもそう思うと思います。なのでロカさんに自分に尋ねてみたら良いと言ったのでしょう。代筆というか工夫の支援を受けても書いた本人からの言葉と受け取るものです。なにせどういう気持ちを込めたいか相談するものなので」
「お兄さんはロイさんにどう頼んだんですか?」
「わざわざ待ったから嬉しい、待ちたいみたいなことを大きく言いたかったそうです。まあ、他にも」
ウィオラはこれを全部受け取ってくれたかな。それでやはり気になるのはウィオラ側の気持ち。
「熱烈と思ったらやはり熱烈でした。興味無しとは違うのに……。お兄さんはウィオラ先生に興味無さそう、みたいな違うことを、私の思い込みを言うてしまいました。先生、とても悲しそうでした」
「それで落ち込んでいたんですか。ネビーさんの足を引っ張った、みたいに」
言ってないし交流も少ないのにロイは私の気持ちを読み取れるんだ。短い文にこんなに色々込められる人だからかな。
「はい。違いますって言えなかったです。あっ、でもこの文を見せてくれました。いえ、ウィオラ先生はお兄さんが寂しそうでも会いに行ってくれません。友人は何日も泊まっているから一日くらいなんてなくて」
「一区から会いに来てそのまま泊まり込みらしいですね。ネビーさんに会えなくても毎日屯所へ通っていたウィオラさんが離れたくない程の何かがある友人かもしれません」
「はい。だから仕方ないです」
「でもウィオラさんはネビーさんとの方が深い仲なので、と言いました。あの言葉は優しいです。本人にも言ったと思います」
「私もそう思いましたけど言葉だけです。だから逆な気がします。友人との方が深い仲です」
「ネビーさんはそこにこの言葉を贈りました。寂しいとか会いたいではなくて友人と過ごす分自分にも良いことがある、というように。気兼ねなく友人と過ごして下さいということです」
お互い気遣い合って優しい言葉を贈ったけど、これだと兄がウィオラに譲ってさらに優しくした話だ。
「……。ロイさんは何か知っていますか? ウィオラ先生と友人のこと」
「知らないです。こういう言葉をわざわざネビーさんが自分に相談してまで贈るほど、ウィオラさんがネビーさんと友人の時間配分などを気にしたのは分かります。とても気にしたような気がします」
「あっ。そういう考えは無かったです」
そうか。ウィオラが気にしなければ気にしないで、というような言葉はわざわざ贈らない。
「時間が足りなくてウィオラさんの生活や気持ちを中々知ることが出来ない分をロカさんが探って教えてくれたらネビーさんは喜びそうです。そもそもこの文の深読みをウィオラさんはご存知なのでしょうか?」
ロイは椅子から立ち上がって私の肩を優しく叩いた。
「覗き見しないでネビーさんに問いかけたら色々分かったかもしれないですし、ウィオラさんも質問する程教えてくれそうです」
「話しなさいってことですね」
「このように第三者を通すと知りたい人の人物像が浮かび上がることがあります。自分はウィオラさんのことをまだまだ知らないのでロカさんへどう接したのか知れてよかでした」
立ち上がってありがとうございました、と頭を下げるとロイは「こちらこそありがとうございました」と返してくれた。
なんでこんなに良い人で思慮深いのにリルを一週間で花嫁修行へ連れ去ってそのまま祝言したの! 私の母親代わりを誘拐婚!
(こんなのまた文句を言えなくなる……)
私は紙を畳んで矢立を持って部屋へ戻った。今夜もまだ琴の音が聞こえる。
私はロイに言われたのもあってウィオラの部屋へ突撃することにした。




